2.俺の推しの声が、隣の席と重なった
大学生になるとこれまでの高校生と違い、時間の余裕だったり、生活における学校という空間の重要度だったりがガラリと変わったと思っている。
特に俺は前者、時間の使い方という面では高校生の頃とは違って日常の大部分を趣味や自分の時間に使っている。
授業と授業の合間はネットサーフィンの時間に使ったり、授業後の空いた時間にバイトや友達と遊んだりと、親の監視下にいないことをいいことに好き勝手やっている方だと思っている。
その中で特に最近の俺の中のリソースを割いているのが某大手動画投稿サイトのYtubeでの動画視聴である。
中学生、高校生の時には一コンテンツとして楽しんでいただけではあったのだが、大学生になって文学だけでなく映画論などの映像系の分野の講義を受けることで少し違った視点を持つことができた。
それもあって特に直近興味を持っていた分野が3Dや2Dモデリングされたキャラクターが配信や動画を投稿する所謂VTuberだった。
足を踏み入れるきっかけなんかもあったりもするのだがそれは後日語るとして、その特に興味を持っていたその頃の俺が偶々出会ったのが、白井ヒナタという女性配信者だった。
配信者――白井ヒナタは、直近じわじわと伸びていた。
爆発的、というほどではない。
だが、確実に「次に来る」と言われているタイプの配信者だった。
売りは声。 透き通っていて、それでいて妙に耳に残る。
雑談枠なのに、気づけば最後まで聞いてしまうような、不思議な中毒性。
「……この人、声だけで飯食ってるな」
そんな感想を抱いたのは確か、大学入学前の夜だったと思う。
大学が終わりベッドに寝転びながら、スマホ片手にラジオ代わりに流していた雑談配信。
画面に映るのは、淡いパステルカラーの背景と、少し眠そうに瞬くキャラクター。
『えー、今日からの大学ね、ほんとに最悪でぇ……大学デビューしくった……。』
そこで、俺の指が止まった。
「……は?」
“今日の大学”。
珍しくもない言い回し。
でも、その声のトーンと、語尾の抜け方。
さっきまで隣の席で、雑談を持ち掛けてきた彼女と――重なった。
いや、落ち着け。
声が似ている人間なんて山ほどいる。
『あ、でも隣の席の人と少しだけ打ち解けることが出来て……』
配信の向こうで、ヒナタは笑った。その、ほんの少し照れたような笑い方。
「……そんなわけ、ないだろ」
俺はそう呟きながらも、なぜか配信画面を閉じることができなかった。
☆ ★ ☆
翌日。
「……」
「……」
図書館の自習スペース。隣の席に、黒名が座っている。
いつからか、お互いの被っている授業の前にはここに集まって授業前に自習を行ったり、他愛もない雑談をしたりなどをする時間となっていた。
周りの環境が割と静かなこともあってか、高校生みたいに騒がしくもならない。であるのにも拘らず、なぜだか気まずい沈黙。
——声。
昨日から、そればかりが頭をよぎる。
同じじゃない。理屈ではわかっている。
なのに。
「……なに」
不意に、低い声が飛んできた。
「え?」
「さっきから、じろじろ見すぎ」
「いや、見てない」
「見てた」
黒名はじっとこちらを睨む……が、すぐに視線を逸らす。
「変なの。……ほんと、やだ」
その呟きが、小さく震えていたことに、俺だけが気づいた。
——今の、声。
昨日の配信で聞いた“素”のトーンと、限りなく近い。
喉が鳴る。
心臓が、嫌な音を立て始める。
「……黒名さん」
「なに」
「昨日……」
頭より先に口の方が言葉を漏らす。
ただ、思考が後から追いついてきて、この場で言葉を間違えれば終わる。そんな関係であることも同時に理解させられてしまう。
「……帰ってから動画とか、見たりした?」
ただ、一瞬。
本当に一瞬だけ、黒名の肩が跳ねた。
「……別に?」
否定は早かった。でも、声が上ずっている。
別になんでもない回答なはずなのに俺の中では、もうほぼ黒に近かった。
その日の夜。
俺は、白井ヒナタの配信を開いていた。
『今日はちょっと、疲れたなぁ……』
ため息。その吐き方。
やっぱりだ。
「……」
胸の奥が、妙にざわつく。
もし、仮に。本当に万が一。隣の席のあの不愛想な女が。
この画面の向こうで、何万人に笑顔を振りまいているとしたら。
それって——。
『あ、そうだ。今日ね、ちょっとだけびっくりことがあって——それもあってちょっと疲れたっていうか……』
配信コメントが流れる。
〈大丈夫?〉
〈無理しないで〉
『……でもね。だいじょぶ』
明るく取り繕う声。それが、痛々しいほどわかってしまう。
「……」
俺は、スマホを握りしめた。
知らなければよかった。でも——。
——知ってしまったのは、“俺だけ”だ。
翌朝。
いつもより早くゼミの教室に入ると、黒名さんが一人、席でうつむいていた。
「……」
声をかけるべきか、迷う。
でも。
「……黒名さん」
「……なに」
「昨日の宿題」
「……できてる」
「じゃあ、あとで見せて」
「……ふん」
相変わらずの態度。
でも、俺にはもうわかる。
その横顔の奥に。配信画面では見えない、不安と疲れが詰まっていることを。
——そして。
この秘密を理解しているのが、今は俺だけだということを。
こんにちは、昨日に続いての投稿となりますが
物語のスタートのきっかけとなるお話を2話がかりで進めさせていただきました。
ここからが、ある意味一話目の冒頭で言うところの特に引きの部分になるかなと思いますので、
是非次回更新もお楽しみにしていただけますと幸いです。




