005 「ちょっと、か、カッコいいかも……だし?」
美湖を家まで送り届けてから、侑弦はバイト先へ向かった。
駅前のショッピングモールに入っている、百円ショップの店舗スタッフ。
働き始めて、もう一年以上が経つ。
おおよその仕事にも慣れ、最近は少し、楽しくなってきていた。
「あ、お疲れー朝霞くん。よろしくねー」
「お疲れ様です」
制服に着替えて売り場に入ると、社員の嶋田が声をかけてきた。
気さくで気分の波も少なく、店の雰囲気作りに一役買っている。
質問や報告もしやすく、侑弦にとってはかなり、ありがたい存在だった。
「朝霞くん、レジだよね?」
「はい。混んでますか」
「ううん。雨だし、まばら。こんなに人数いらなかったなー」
そんなことを言って、嶋田はさっさとバックヤードに戻っていった。
それを見送り、侑弦もレジの交代へ向かう。
「あ……朝霞っち。やっほー」
レジに着くと、バイト仲間の榛名望実がこちらへ手を振った。
金に近い明るさのミディアムヘアと、愛嬌のあるアーモンド型の目。
派手すぎないメイクは今風で、ギャルという言葉がよく似合う。
望実は侑弦と同じく、高校生のアルバイトだ。
「お疲れー。交代来てくれたの?」
「ああ。そっちこそお疲れ」
幾度か軽く言葉を交わして、侑弦は望実と入れ替わりでレジに立った。
小さくこちらに手を振って、望実が売り場に戻っていく。
すると、すぐさま買い物客がひとり、レジにやってきた。
「いらっしゃいませ」とお辞儀をして、商品をスキャンする。
カゴに美湖の好きなアメが入っているのが見えて、侑弦はまた、先ほどの彼女とのやり取りを思い出した。
十八時からは、榛名望実とツーオペだった。
パートは全員退勤し、社員の嶋田も予定より早めに帰宅した。
それでも客足は少なく、ふたりでも充分に店を回すことができた。
閉店後、レジ精算と掃除を分担して済ませ、店をカーテンネットで囲い、侑弦と望実もタイムカードを切った。
「はぁー、終わった。帰ろ帰ろー」
学生服に着替えた望実が、ググッと伸びをする。
美湖とは違うデザインのスカートと、リボン。
榛名望実は、侑弦とは別の高校に通っている。つまり、他校のバイト仲間だ。
ふたりでスタッフ用通路を通り、事務員に鍵を返却する。
そのままショッピングモールの建物を出ると、夕方の雨は止んでおり、湿った空気が生温かかった。
「朝霞っち、今日歩き?」
「ん、ああ。傘がある」
「ふぅん……あたしも歩き。めんどいねー」
意外にシンプルなカバーを着けたスマホをいじりながら、望実がこぼす。
「そうだな」と返事をすると、望実は何度かチラチラと、侑弦の方を見た。
それから、しばらくなにかをためらうように黙って、かすかに身体を揺らしていた。
「……一緒に帰る? 途中まで」
望実が言った。
普段元気な彼女にしては珍しく、ぽつりと囁くような声だった。
彼女はこのあと、駅だったか。
頭の中にルートを思い描いてから、侑弦はコクリと頷いた。
「朝霞っちってさー、バイト代なにに使ってんの?」
隣を歩く望実が、身体の後ろに両手を回して、そう言った。
侑弦より十五センチほど背が低い彼女は、自然こちらを見上げるような姿勢になっていた。
「もう一年ちょっとでしょ? 貯まってんじゃないのー?」
と、なぜか肘をツンツンと動かして、侑弦の腕を何度か突いてくる。
たしか、望実も同じくらいのバイト歴じゃなかったか。
そう思ったけれど、まあ、彼女なりのコミュニケーションなのだろう。
「いや。原付買ったから、貯まってないよ」
「あっ、そっか! この前来てたもんね、原付で」
思い出したように言って、望実が手のひらを口に当てた。
控えめながらに可愛らしいネイルがチラリと見える。
「なんか、意外だよね、朝霞っちが原付」
「意外……そうか?」
フットワークを軽くしたくて、少し前に免許を取った。
いざ購入するときはテンションが上がり、奮発して新車を選んだ。
ただたしかに、美湖にも言われた気がする。『原付乗り回してるの、不良っぽい』。
「朝霞っちって、スマートな文学少年、って感じだもん。原付かぁ」
「……似合わないか?」
にわかに不安になって、侑弦は恐る恐る尋ねた。
おかげで行動範囲も広がり、自分では気に入っているのだが。
「え……う、ううん、全然! いいと思う! ほら、ギャップ? あってさ!」
「……ギャップか」
「うん! えっと……まあ、ちょっと、か、カッコいいかも……だし?」
そう言いながら、望実は顔をふいっとそらして、あははと笑った。
なにやら、ぎこちない。もしかして、嘘なのでは。
侑弦は密かに悲しみつつも、わりとすぐに立ち直った。
まあいいか、便利だし。
「じ、じゃあ、今は金欠?」
「いや、多少は潤ってきたよ。ただ、ほかは趣味とか、日々の買い物に消えるな」
「へぇ~、趣味。どんな?」
「まあ映画見たり、本読んだり、いろいろだな」
他にも、ゲームをしたり、スポーツの試合を見たり。
そう頭の中で数えたが、望実の興味が向きそうにもないので、黙っておいた。
あとはそう、美湖と一緒に過ごすのが、基本的な時間とお金の使い方だろうか。
「本! やっぱり文学少年だ!」
と、なぜか嬉しそうに声を上げる望実。
侑弦本人としては、文学少年というのはあまりしっくりこない。
が、まあ不良よりは幾分マシだろうか。
「それに、映画かぁ。あ……あたしも今、見たいやつあるんだよねー……」
と、望実はまた侑弦から顔を背けて言った。
なにやら不思議に思いながらも、侑弦は記憶を辿ってみる。
今の上映作品はなんだっただろう。
あまり覚えていないところをみるに、ちょうど興味のあるものがなかったような気がする。
来月には見たい作品が公開されるので、それまで映画は休憩かもしれない。
少なくとも、誰かに誘われない限りは。
「で、でも、ひとりで映画っていうのもなー……。なんか、さ、寂しいなー……」
「そうか? 意外といいぞ、ひとり映画」
あの適度な非日常感といい、気楽さといい、侑弦の性には合っている。
まあ、普段は美湖と一緒に行くことが多いせい、というのもあるだろうけれど。
「そ、そっか……あはは……! じゃあ、今度チャレンジしてみよっかなー……」
依然として明後日の方向を向いたまま、望実はそんなことを言った。
ひとり映画仲間が増えるに越したことはない。
ただ、たしかに望実のような賑やかな子には、あまり似合わないかもしれないと思った。
「……あ、そうだ、朝霞っち」
「ん?」
「あの……に、二学期は……シフト、どんな感じにするの?」
望実が言った。
そういえば、たしかにもうすぐシフト希望の提出日だった。
夏休みが明けて、生活リズムは大きく変わる。それに、美湖の予定とも擦り合わせが必要だ。
少し、億劫な気持ちになる。
「ああ、まだ決めてないな……。締切、来週だっけか」
「え……う、うん! そうそう! もうっ、忘れたら怒られるよー!」
望実の言葉で、侑弦は社員の嶋田の顔を思い浮かべた。
普段は穏やかな彼も、シフト希望を忘れたときは例外だ。
きっとあの笑顔のまま、チクチクと詰られることになるだろう。
帰ったら、さっそく美湖に電話しよう。
そう決意して、侑弦は救い主である望実に、心の中で感謝するのだった。




