043 「怪しい……」
綿矢紗雪が佐野桜花と話した、その数日後。
「桜花と仲直りすることになったわ」
生徒会室を訪ねてきた紗雪は、並んだ美湖と侑弦に向けてそう言った。
隣の美湖がホッと息を吐くのがわかって、侑弦も少し遅れて、同じようにした。
いや、もしかすると、こちらの息の方がずっと、深かったかもしれない。
「天沢さん、朝霞くん。本当に、ありがとう」
紗雪は背筋を伸ばしたまま、ふたりに綺麗なお辞儀をした。
再び頭を上げた紗雪は、憑き物の落ちたような、すっきりした顔をしていた。
とはいえ、表情そのものはいつもと変わらないのだけれど。
「ホント、よかったね。まあ、最後は私、ほとんどなにもしてないけど」
「いいえ、そんなことない。あなたのおかげで、決心がついたわ」
「そう? まあ、侑弦のお手柄は私のお手柄でもあるし、そうかもねー」
と、美湖は軽い口調でそう言った。
が、チラリとこちらを見る目が、少し拗ねたように細まっていた。
あの日、ケーキ屋で紗雪と出会った日。
侑弦は紗雪に頼まれて、桜花に伝えるセリフを一緒に考えた。
それが、美湖の貢献に比べて、功績として大きかったとは思わない。
けれどもしかすると、美湖の方ではそうは思っていないのかもしれない。
今さらながらに、若干の申し訳なさがつのる。
まあ、自分がやったことに後悔はしていないけれど。
「桜花とは、まだ完全に元通りってわけじゃないわ。これからもいろいろ話して、ゆっくり関係を修復していく。その努力を、ふたりでする。そういうことになってる」
「……ああ、いいんじゃないか、それで」
美湖が返事をする前に、思わず声が出ていた。
紗雪がこちらを向いて、コクンと頷く。
「ただ、これからもなにかと、うまくいかないことがあるかもしれない。いいえ、きっとあるわ。だから、そのときには……また、助けてもらえたら嬉しい」
「うん、もちろん。お悩み相談は、いつでもウェルカムだからねー」
屈託のない笑顔でそう言って、美湖は紗雪の手を取った。
彼女が初めてここに来たときは、どうなることかと思ったけれど。
紆余曲折、かなり大変だった気がするけれど。
ひとまずは、いい方向に進んでなによりだ。
侑弦はあらためて吐息をついて、胸を撫で下ろした。
あまり美湖の受けた相談に首を突っ込むことはないが、今回は少し、気持ちも立場も肩入れしすぎた。
まあ、当事者になっている美湖の安堵と疲労は、こんなものではないのだろうけれど。
つくづく、すごい少女だな、と思う。
「朝霞くんも」
「……えっ」
紗雪が、またこちらを向いていた。
彼女には似合わない、柔らかく、穏やかな笑顔だった。
いや……似合わない、なんていうことはない。
それは、天沢美湖にも負けないくらいに華やかで、可憐で、綺麗で――。
「また、助けて。お願いね」
「……おう。まあ、俺でよければ」
そう返事をすると、紗雪はさらに目を細めて、深く笑った。
きっと、もう自分の出番はないだろう。
さっきまでのそんな考えに、侑弦はどういうわけか、自信を持てなくなってきていた。
「怪しい……」
綿矢紗雪と別れて、侑弦は美湖とふたりで下校した。
が、その道中、美湖は普段よりも口数が少なく、妙に静かだった。
そして、駅が近づいてきた頃、ぽつりと、おかしなことを言ったのだった。
「……なにが怪しいんだ」
「紗雪ちゃん」
「……綿矢の、なにが」
「……むむむ」
と、美湖は侑弦の質問には答えず、難しそうに唸り始めた。
さっぱり、意味がわからない。
が、なんとなく、あまり追及しない方がいいような気もした。
「……やっぱり、侑弦は油断ならないかも」
今度は完全に、ひとりごとのようだった。
紗雪の話かと思えば、いつの間にか自分の名前が出ている。
ますますわけがわからず、侑弦は人知れず、両手のひらを空に向けて肩をすくめた。




