034 「まずはやっぱりあれをしなきゃね」
松永玲逢と映画を見た、その翌日の日曜日。
「ゆーづるっ。お待たせ」
「……美湖、おはよう」
集合場所の駅前で待っていると、恋人の美湖がやって来た。
ピョンと跳ねて、上半身を前に突き出すように、侑弦の顔を覗き込む。
ニッコリ笑ったその顔を見ると、自然と頬が緩んだ。
かわいい、と思うのが、もう何度目か侑弦にもわからない。
けれど間違いなく、会った回数よりはずっと多いだろう。
「なんか、ちょっとぶりな気がするね、外のデート」
「そうだな……最近は、バタバタしてた」
前回は、侑弦の部屋でのおうちデートだった。
ふたりで外出するのは、たしか数週前の夏休みぶりだ。
今日の美湖の服装には、心なしかいつもより、気合が入っているように思えた。
淡い色のハイウエストワンピースで、かわいらしさとスタイルアップを両立。白いレースアップサンダルが涼しげで、季節感がある。
おまけに、髪は以前、侑弦がプレゼントしたヘアクリップで留めていた。
それに侑弦も、今日は去年美湖にもらったベルトをしている。
こうしてお互いの小物に歴史を感じると、侑弦はなんともいえない幸せを感じるのだった。
「今日も十分前に来てた?」
「ああ。まあ大体な」
「そっかそっか。いつも私があとだから、ちょっと心配になるんだよねー、待たせてないか」
言ってから、美湖はえへへと声を漏らす。
普段の外での待ち合わせでは、必ず侑弦が十分早く来る。
ふたりの間でもそう決めてあって、美湖はそれから二、三分でやって来るのが常だ。
ちょっと待ちたい侑弦と、ちょっと待たせたい美湖。
ふたりの希望が、うまく一致した結果だった。
「じゃ、行こーぜー!」
美湖の号令で、ふたりは改札を抜けて、ホームに上がった。
どちらからともなく手を繋いで、電車が来るのを待つ。
周囲の視線を、おもに隣に感じながらも、結弦は特に気にもせず、楽しげな美湖の声を聞いていた。
デートとはいっても、今日のプランはシンプルなものだった。
いつもの駅で降りて、ショッピングモールで遊ぶ。たまに別の場所にも行って、夕食後に解散。
ただ、どこへ行くかではなく、誰と行くかが大事だと、ふたりで価値観は一致している。
それに、あまり暑いあいだは、大きな遠出は避けたいというのもあった。
いずれにせよ、話し合って決めたことだ。
「私もペットほしいなー。ソラとツキ見てると、ますます思う」
モール一階のカフェでパスタを食べていると、美湖が言った。
スマホを操作して、犬や猫の画像を検索し始める。
「いいぞ、ペットは。手はかかるけど、それ以上の幸せをくれる」
「いいなーいいなー。しかも、ふたりともお利口さんだもんね」
「そうだな。お互いの相性も、意外と悪くないし」
わんぱくなポメラニアンのソラと、ツンデレなラガマフィンのツキ。
性格は真逆で、たまに喧嘩もするが、それなりに仲よくやっているらしい。
多頭飼いはペット同士の相性が大切だといわれるが、その点はよかったところだろう。
「うちは両親がねー、あんまり動物好きじゃないから」
「たしかに、まだ娘ラブって感じだもんな、ふたりとも」
「まあ、仕方ないけどねー。ひとり娘が、しかもこんなにかわいいと」
わざとらしくやれやれと息を吐いて、美湖が首を振る。
天沢両親の気持ちも、侑弦にはよくわかる。
もし美湖のような娘がいたら、侑弦だって溺愛するだろう。
「私たちの子どもも、絶対かわいいよねー」
「……」
美湖のセリフで、侑弦の頭には自然、美湖と家庭を築いたときの光景が浮かんだ。
将来の仕事や自分の姿は、まだわからないけれど。
美湖はきっと、いつまでも可憐で、それに、エネルギッシュなのだろうな。
まあ、結婚や子育ての前には、越えなければいけない壁、というか、段階がたくさんあるのだが。
「子どもは何人ほしいですか?」
「ぐっ……おい、やめなさい」
「えー、なんで。将来のことは、今からある程度考えとかないと」
「まあ……それはそうだけども」
とはいえ、さすがに少し、照れる。
というか、こんなところでする話ではない。
「でもその前に、まずはやっぱりあれをしなきゃね、あれを」
「こらっ……いい加減にしろ」
「イチャイチャさせろーーー」
ペシペシと、テーブルの下で美湖が膝を叩いてきた。
侑弦は呆れつつも、その手を握って少し撫でてやる。
むすっと膨れた美湖は、けれどどこか満足そうに、ジュースのストローを吸っていた。
最近の美湖からは、特にスキンシップの要求が増えてきている。
それ自体は嬉しいものの、ところ構わず発動するのは少し、心配だ。
この前など、生徒会室で――。
「……」
余計なことを思い出しそうになり、侑弦はふるふると首を振って、その記憶を消し去った。
あまり意識すると、侑弦の方でも、歯止めが緩んでしまう。
「ゆーづる。あとでカラオケ行こっ。予定変更して」
「……だめ」
心を鬼にして、侑弦は答えた。
今個室に入っては、絶対に、よくないことが起こる。
いや、美湖はそもそも、それが目的だろうから。




