002 「結局、相性なんだから」
「夏休みも終わり、二学期になりました。三年生の受験勉強が本格化するなか、二年生が中心となって、いい学校作りに励んでほしいと思います。もちろん、私も一緒に、です」
侑弦と美湖が三度目の失敗をした、その翌日。
九月上旬の今日は、体育館での生徒総会だった。
クーラーのない館内は暑いが、みんな不満も言わず、壇上の女子生徒の話を聞いていた。
「一年生の皆さんも、わからないことや困ったことがあれば、先生や私たち生徒会、それに、近くにいる上級生に、遠慮なく助けを求めてくださいね」
マイクを持った新生徒会長、天沢美湖はそう言って、ニッコリと笑った。
途端、「きゃーっ!」という黄色い声援と、「天沢さーん!」という野太いヤジが飛ぶ。
その声に笑顔で手を振って、美湖は上手すぎるウインクをしてみせた。
ますます湧く体育館内。
アイドルか、と半ば呆れ気味に、侑弦ははぁっと息をつく。
とはいえ、今に始まったことではないのだけれど。
「まあ、そうはいっても、ね」
一段声のトーンを軽くして、美湖は壇上から全校生徒を見渡した。
ざわついていた体育館が、スッと静かになる。
なんとも統率の取れた聴衆。とはいえ、それも美湖のカリスマ性の成せる業であることを、侑弦はよく知っていた。
「ルールと節度を守って、人に親切でいられれば、それ以上はいらないと思うから。みんなで、いやな思い出の少ない青春にしようね。困ったら、本当に私に相談して。大抵は生徒会室にいるし、私、人助けが趣味なので!」
最後に、そう締めくくって。
天沢美湖は、眩しい笑顔でVサインを作った。
放たれ圧倒的な正のオーラに、周囲がさらに色めき立つのを、侑弦は感じた。
「美湖ちゃーん! かわいいーっ!」
「生徒会長、サイコー!」
「一生ついてくよー‼︎」
天沢美湖は歓声を浴びながら、ひとつ満足げに頷いた。
それからマイクをスタンドに置き、ペコリと綺麗なお辞儀をする。
拍手に送られて壇上を降りる際、彼女がチラリと、侑弦の方を見たような気がした。
相変わらず、呆れるくらいの人望だな。
やれやれと首を振りながら、朝霞侑弦は心の中でそうつぶやいた。
「なーんか、ますます人気に拍車かかってるなぁ、お前の彼女」
総会が終わって教室に戻ると、背中から声をかけられた。
そちらを向かずとも相手がわかって、侑弦はまたしても辟易した。
「どうなん、そこんとこ。彼氏としてはさ」
「……べつに、どうってこともない」
「あらあら。つまらんね」
そんな勝手なことを言って、声の主、松永玲逢は侑弦の前の席に座った。
我が物顔で他人の机にビニール袋を広げ、パンをひと口かじる。
毛先の遊んだ明るい髪と、そのあいだから覗く銀色のピアスが目を引いた。
「しかし、ホントにアンバラスだな、お前ら。かたや地味な男子Aに、かたや学校のアイドル。付き合ってるのが、未だに謎だ」
「今さらだろ、そんなの」
そもそも、玲逢はふたりの馴れ初めを知っている。
それどころか、これまで侑弦と美湖のあいだに起きた出来事だって、ある程度は把握しているはずだ。
なにせ玲逢は、侑弦の幼馴染なのだから。
「最初は、すぐ別れるって踏んでたのに。まあ長いこと続いてるこって」
なぜか呆れたように言って、玲逢は両手の平を上に向けた。
デリカシーのかけらもない、と思う。
が、それこそ今さらだった。
「お前が短すぎるだけだよ。この前出来た彼女、もう別れたんだろ」
「おや、詳しいな。興味津々か、俺の恋模様に」
「目が離せないよ、危なっかしくて」
松永玲逢は、恋多き男だ。
いや、正確にいえば、多すぎる。
それに、実際は恋でもないのかもしれない。
昔から、玲逢の派手な外見と軽薄な雰囲気は、妙に異性を惹きつける。
本人にもその自覚はあるようで、モテるのをいいことに、手当たり次第、とまではいかずとも、簡単に恋人を作り、大した理由もなく破局する。
ずっとそれを続けているあたり、おそらく反省も、問題視もしていない。
そんな玲逢のスタイルを、かつて美湖はこう評した。
――いただけない、だらしない、情けない。
侑弦は友人を庇おうとしたものの、特にうまい反論も浮かばず、なにも言えなかった。
まあつまり、玲逢とはそういうやつなのだ。
「恋愛なんて、数打った方がいいんだよ。大事なのは結局、相性なんだから」
玲逢が言った。
お前を見てると、そうは思えないよ。
浮かんだそんなセリフも、侑弦はあえて口に出さなかった。
弁当箱を開けて、「いただきます」をする。
机の上のスマホが震え、画面には美湖からのメッセージが表示されていた。
『今日、一緒に帰ろー!』




