016 「タイプだったりして……?」
「朝霞っち、今日もお疲れー」
バイト後、着替えてショッピングモールを出ると、望実が言った。
外はすっかり暗く、大学生やスーツを着たサラリーマンが、忙しなく行き交っていた。
「ごめんね、最後応援呼んじゃって」
「ん、ああ。いや、全然いい。むしろ、行くのが遅れて悪かった」
侑弦が言うと、望実はホッとしたように、ニコリと笑った。
ベルに呼ばれて侑弦が駆けつけると、レジでは望実が、ひとりの客に声をかけられていた。
レジ担当はその場をあけるわけにはいかないため、売り場にいるスタッフに接客を任せる。
ツーオペ中は、よくある出来事だ。
だが今回は、少しだけ事情が違っていたのも事実だった。
「あのお客さん、朝霞っち指名で来るからさー。あたしじゃいやがっちゃって」
「まあ、用件は簡単なことだったけどな」
上品な中年のおばさまで、常連。
その客はいつも、聞きたいことがあると決まって侑弦を呼びたがる。
以前、侑弦が初めて対応したのをきっかけに、どうやら気に入られたらしい。
「何人かいるよねー、朝霞っちのファンのお客さん」
「ファン、ってほどじゃないだろ。お互い慣れてるから、話が早いんだ」
侑弦に限らず、各スタッフにはそれぞれ、その人が対応した方がいい客というのは存在する。
個人的な交流がある相手だったり、事情をよく把握している相手だったり。
そしてそのなかでも、望実の言う通り、侑弦には特に指名の客が多いのだった。
それ自体はありがたいけれど、今日のようにツーオペのタイミングなどでは、少し困ることもある。
まあ大抵はいい客なので、多少待たせてしまってもトラブルになったりはしないのだが。
「パートさんもそうだけど、年上にかわいがられるよねー、朝霞っちは」
「榛名の方が気に入られてるだろ。愛想いいし、真面目だし」
「えー、そうかな? あたし、けっこうテキトーに働いちゃってる気がするけど」
と、望実が照れたように頬をかく。
望実は派手な見た目や軽い振る舞いに反して、仕事に対しては責任感が強い。
ミスをすれば落ち込むし、たくさん謝る。それに、わからないこと、知らないことはきちんと学ぼうとする。
それを、侑弦はもうよく知っていた。
「でも、それをいうなら朝霞っちだって真面目だよね」
「……まあ、俺は性分的にな」
サボったり、いい加減なことをするのが、侑弦は好きではない。
後ろめたさや罪悪感で居心地が悪いし、なによりダメな自分を自分で見逃せないのだ。
それに、美湖の恋人としては、恥ずかしいことはできない。
「しかも、いつも落ち着いてるよね。意外と度胸あるっていうか……お、男らしいっていうか……な、なんかいいよね、そういうの! あはは……!」
と、望実はさっきよりもさらに照れた様子で、そんなことを言った。
侑弦が望実を尊敬しているのと同じく、どうやら望実の方でも、こちらのことはある程度評価してくれているらしい。
ありがたいな、と思う。
ますます、しっかりやらなければ。
「あ、そろそろ行かなきゃ……朝霞っちも帰る?」
「ん……ああ。そうだな」
時計を見ると、もう二十二時半が近づいている。
二十三時からは補導対象になるため、あまりゆっくりしているわけにもいかない。
「じゃあ、またな。暗いから、気をつけて」
「う、うん……あ、あのさ! 朝霞っち!」
と、駐輪場へ向かおうとした侑弦を、望実が呼び止めた。
半身で振り返ると、望実はいつの間にか取り出していたスマホに、視線を落としていた。
トントン、と指で画面を叩く音が、かすかに鳴る。
垂れた前髪に隠れて、目は見えなかった。
「レジ前で品出ししてるとき、チラッと見えたんだけど……ガチャガチャのところで、女の子と話してた?」
「えっ……あ、ああ」
見られていたのか。
侑弦はにわかに、申し訳ない気持ちになる。
ついさっき、しっかりやろうと思ったところなのに。
「悪い。手があいてたんで、ついな……」
「う、ううん! それは全然いいんだけどさ! 私も、友達とか来てたら話しちゃうし! ……あれって、もしかして、綿矢さん……?」
「ん? ああ、そうだけど……知ってるのか、榛名」
「う、うん! 中学一緒なんだよねー、あたし……。そっか、あの制服……朝霞っちと同じとこ行ったんだ、綿矢さん、へーぇ……!」
あははと笑って、望実はゆらゆらと身体を揺らしている。
しかし、なるほど。意外と世間は狭いらしい。
「えっと……と、友達なの? 綿矢さん、あんまり誰かと話してる印象なかったけど……」
「いや、クラスが同じってだけだ。それに、話したのも、ついこの前が初めてだよ」
「あ……そ、そうなんだ! へぇ……! てっきり、朝霞っちも隅におけないなーとか思っちゃった! そっかそっか!」
と、望実は途端に声を大きくし、うんうんと頷いた。
さすがに、紗雪は友達ではないだろう。
今回だって元はといえば、美湖への相談がきっかけで話しただけだ。
もしそれがなければ、この先もずっと、関わることはなかったかもしれない。
「で、でも、やっぱりすごいかわいいよねー……。っていうか、美人? 美少女? クールビューティ、って感じで」
「まあ、そうだな。ちょっと、クールすぎる気もするが」
表情にも言葉にも、感情の起伏がない。
とはいえ、さっき初めて見た笑顔には、かなりの威力があったけれど。
「あ、朝霞っちのタイプだったりして……?」
「……いや。俺があんまり、喋る方じゃないからな。相手は明るい方が嬉しい」
自分で話すよりも、人の話を聞く方が得意。
賑やかなのは嫌いじゃないけれど、自分自身が賑やかなわけではない。
そんな侑弦には、それこそ美湖のように、元気でエネルギーが有り余っている女の子の方が、きっと相性はいいだろう。
まあ、侑弦の美湖への気持ちには、相性などは一切関係ないのだけれど。
「えっ! そ、そうなんだ! 明るい子……ふぅん、へぇ~……」
と、望実はまたスマホを見て、画面を何度も操作していた。
あまり、興味がないのかもしれない。
つい真面目に答えてしまったが、たしかに普通に考えれば、からかうための望実の冗談だろう。
やれやれ、と自分に呆れつつ、侑弦はあらためて、望実に別れの挨拶をした。




