第四章・第一節 開戦前夜
大会前夜――孫と仲間、そして亡き妻に誓うじいじ。
ちゃぶ台は今、静かな“戦場”へと変わろうとしていた。
夜のちゃぶ台には、湯飲みとマウス、そしていつもの老眼鏡。
窓の外は虫の声。
重蔵はその音を聞きながら、画面に向かって深呼吸をした。
「いよいよ明日が本戦か……」
つぶやきながら、盆栽の葉を軽く撫でる。
長年の趣味であるその松は、妻・春子が大切にしていたものだ。
「見ておるか、春子。わし、明日は戦場に立つぞ」
写真立てに微笑む妻の笑顔。
その前に、娘の真理が静かにお茶を置く。
「お母さんも、きっと応援してるよ」
「うむ。あの人は昔から、わしが無茶すると笑ってた」
「今もきっと笑ってるね。“重蔵、またやってるわね”って」
二人の笑い声が、優しく重なる。
居間の奥では、美羽と翔、TACTが集まり、最終チェックをしていた。
「じいじ、マイク動作OK!」「ネット回線も安定してます!」
「作戦名“ちゃぶ台フォーメーション”、最終確認!」
「なぜちゃぶ台……?」TACTが苦笑する。
「だって、じいじの戦場はここだもん!」
重蔵が笑ってうなずく。
「ふむ、ならばこの四畳半が、わしの要塞じゃな」
TACTが腕を組む。
「JZさん、明日は緊張すると思います。でも――」
「でも?」
「緊張しても、声を出して。あの“ボイチャ談義”が、チームの武器っすから」
「声は武器、か……なるほど、口は災いの元にもなるが、福も呼ぶ」
「それです!」
夜更け。
皆が帰り、静けさが戻ると、重蔵はひとりヘッドセットを手に取った。
ディスプレイには《大会公式サーバー:接続準備中》の文字。
その青白い光が、彼の皺だらけの頬を優しく照らしていた。
盆栽の松が、夜風に揺れる。
まるで小さな戦友のように。
「明日は孫と仲間と、全力で笑う。それで十分じゃ」
重蔵は、静かにパソコンの電源を落とした。
その背中には、老兵の誇りと優しさが、確かに灯っていた。
老兵、明日より参戦す。
勝っても負けても、戦う理由はただ一つ――「誰かを笑顔にするため」。




