第一章・第一節 盆栽と演歌と、静かな午後
定年退職して穏やかな日々を送る重蔵。盆栽と演歌、そして「水戸黄門」。しかし孫のひと言で、思いもよらぬ新しい戦場へと足を踏み入れる――。
佐藤重蔵、六十五歳。
定年を迎えて半年が経ち、彼の日常はまことに穏やかであった。
朝五時、まだ薄暗い街路を歩き、近所の小さな神社でラジオ体操。
帰り道に顔馴染みの豆腐屋へ寄り、冷奴用に木綿豆腐を一丁。
午前中は盆栽に霧吹きをかけ、落語や演歌を流しながら剪定。
昼は町内会の会計係として、帳簿に向かう。
電卓を叩く指は年季が入っていたが、パソコンは相も変わらず苦手だった。
「まあ、オレにはこれで十分だ」
誠実さと温厚な人柄で社長にまで登りつめたとは思えないほど、地味で素朴な生活。
そして夜。
湯呑みに熱いお茶を注ぎ、テレビをつける。
画面にはいつもの「水戸黄門」。黄門様が印籠をかざす場面に合わせて、重蔵はつい一緒にうなずく。
――妻がいた頃も、同じように笑っていた。
五年前に先立たれたとき、世界がぽっかりと空洞になった気がした。
それでも、三人の子供と孫たちの存在が、彼を孤独から救ってくれていた。
その日も、そんな「静かな午後」になるはずだった。
ところが、居間に駆け込んできた小さな足音が、その日常を大きく塗り替える。
「じいじー!」
声の主は、娘の子――小学三年生の孫、**美羽**だった。
ランドセルを放り投げ、ゲーム機のコントローラーを両手で掲げてみせる。
「じいじ、このゲーム一緒にやって!」
差し出されたパッケージには、不気味なゾンビと炎に包まれた戦場の文字。
――『ゾンビ・オブ・パニック:最終戦線』。通称『ゾンパニF』。
重蔵は目を丸くした。
「……じいじには、ちょっと難しそうじゃないかのう」
美羽は、にかっと笑った。
「大丈夫! ボタン押すだけ! ね、じいじ!」
こうして、老兵――佐藤重蔵の、新たな戦いの日々が始まった。
老後の静けさを破る、孫からの突然の誘い。次回、重蔵の“伝説のポンコツプレイ”がついに幕を開けます。笑いの嵐をお楽しみに。




