第4話「奈落の温泉街でひと息つく」
門を潜ると、湯けむりとネオンが入り混じる、不思議な夜景が広がる。
木造の旅館が軒を連ね、射的屋の隣ではオークがピコピコハンマーで客を叩いて景品を渡している。その横では巨大スライムが、コボルトの子供と一緒に足湯に浸かっていた。
コメント欄:
【はいはい異世界温泉パターンね】
【何この治安の悪い熱海】
【スライムと鬼が混浴してるw】
【背景カオスすぎるやろ】
【どうみても安全ゾーン(大嘘)】
「……いや、どう見ても安全じゃねーだろこれ」
『奈落ですからね。未完成なんで基本カオスなんですよ』
「大丈夫なんだろうな?あいつら襲ってこないか?」
『長女の縄張りなのでたぶん……まあ安全とは言い切れませんが』
「もういいわ……とりあえず宿でも探そう」
ブツブツ言いながらも、桐谷は一番手前の「湯けむり亭」に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ〜、お客様。死なない程度にごゆっくりどうぞ」
女将は、表情が固まりかけているバグNPCだった。口元だけが不自然にピクピクと動いている。
コメント欄:
【死なない程度www】
【素敵なブラック温泉】
【女将表情バグってるやん】
【あんま笑かすなよw】
「どうせラノベみたいに何か起こるんだろ?」
『設計者は椎間板へルニアで田舎に帰っちゃったんで』
「笑えないぞそれ……まあ、いいか」
部屋に荷物を置くと、桐谷は真っ先に浴場へ向かう。もう疲れ果てていた。
『温泉はHP・MP回復効果がありますよ』
「やっと普通のゲームらしい機能だな」
暖簾をくぐった瞬間、鼻をくすぐる硫黄の香りと、妙に豪華なBGMが流れた。
「……ああ、こりゃ沁みるわぁ……」
桐谷が湯船に浸かると、全身の疲労が溶けていく。
スキル【深夜残業耐性】の効果か、温泉が残業明けの生ビール並みに体に染み渡る。
(温泉なんていつぶりだろう……入社時の社員旅行以来か?)
ふと、桐谷は自分の日常を振り返る。
(毎日デバッグとコードレビューに追われて、部下のフォローして、上司の無茶振りをこなして……いつの間にか自分のことは後回しになってた)
湯船に身を委ねながら、久しぶりにリラックスしている自分に気づく。
(まあ、命の危険はあるけど……これはこれで悪くないかも)
【HP回復中:現在85%】
【MP回復中:現在90%】
【温泉バフを獲得:ストレス軽減効果発動中】
隣の湯船では、リザードマンがアヒルの浮き輪を膨らませていて、向こう側ではダークエルフの男がサウナハットを被って将棋を指していた。
(なんか既視感あるな……思い出しても言わないけど……とりあえず、モンスターも大人しいみたいだし、考えるのはやめよう)
コメント欄:
【これは思いつき設定の墓場w】
【開発陣て絶対ミーハーだろ】
【もうなんでもありだな】
【設計者の元ネタわかったぞ】
【ややこしいからそれ以上言うな】
「ほんとコイツら容赦ないな」
『大事な収入源、じゃなくてリスナー様にコイツとかやめてくださいよ』
「おまえもなー」
桐谷は湯船で隣でくつろいでるスライムに話しかける。
「なあ、ここを仕切ってる奴って知ってる?」
すると、スライムはプルプル震えながら答えた。
「長女様?ああ、あの人は気分屋だよ。今日は機嫌いいといいね」
「機嫌いいって、悪いとどうなるんだ?」
「この街が更地になる」
「えぇ……やばい奴じゃん」
『桐谷さん、多分”長女”が近くにいますね。プログラムが反応してます』
「いやいやいや、今は回復タイムだろぉ。せめて完全回復まで待ってくれよ……」
その時だった。
湯けむりの向こうから、ゆっくりと影が近づいてくる。
長い銀髪、きらめく髪飾り、和装──一瞬で分かる。絶対に高貴な女キャラだ。
「──よく来たのじゃ。プレイヤー・キリヤよ」
低めの鼻声と共に湯気が晴れる。
そこに立っていたのは──身長140cmほどの小柄な少女。
幼い顔立ちに不釣り合いな金色の瞳で、桐谷を見下ろしながら腕組みしている。
子供みたいな体型だが、しっかり態度だけは、完全に世界の覇者っぽい。
コメント欄:
【え?ちっさw】
【態度とサイズのギャップww】
【小鬼娘な長女爆誕】
【かわいいは正義】
『……桐谷さん、多分あれ長女です』
「うそだろ?俺の長女の方がでかいぞ?」
「聞こえているのじゃ。余は奈落管理AI第一号、長女なのじゃ。この温泉街の支配者じゃ」
少女は湯の上をアメンボみたいにペタペタと歩き、桐谷の前までくる。裸足で歩く音がやけに可愛い。
よく見ると、頭に小さな角が生えていた。
「歓迎してやるのじゃ。ここは余の縄張りじゃ。滞在中は……余のルールに従っておれば悪いようにはせん」
桐谷は困惑した。リアルの長女(中学生)は身長160cm、毎日「お父さんちゃんと食器洗って」と説教してくる。
でも目の前にいるのは140cmの角っ子少女。しかも古風な口調で世界を支配してるかのような態度を取っている。
「あの……プリマさん?でしたっけ」
「プリマ様、と呼ぶのじゃ」
「プリマ様……俺、温泉にはいってるだけで何も悪いことしてないので」
スライムがコソコソと囁く。
「あのお方、気に入らない奴は即座に奈落の監獄送りにするから気をつけた方がいいよ」
「奈落すら地獄なのに、その監獄って何があるんだ?」
「誰も戻ってこないから分からない」
「キリヤよ、おまえは明日、あそこに来るのじゃ」
プリマが指差したのは、現実世界でいうとろころ
ラブホ……──もとい、プリマ城だった。
(なんだあのシンデ◯ラ城の出来損ないみたいなのは)
さらに、城の下層部にはいかにもキャバクラっぽい看板が怪しく光っている。
『エルフキャバクラ・ミスティア』
——やはり、見たまんまだった。
「えっと、キャバクラ?俺、そういうのちょっと……妻に殺さるんで」
「おまえに拒否権はないのじゃ。
あそこで生き延びられたら、話しくらいは聞いてやろうぞ」
コメント欄:
【キャバクラ強制参加w】
【奥さんに怒られるの心配してるw】
【でもプリマ様かわいい】
【長女で小娘ギャップ萌え】
「だめだ、何考えてるのかまったく読めない……そもそも若い娘が苦手なんだよ俺は」
その時、画面右上にスパチャ通知が表示された。
【視聴者スパチャ:10,000円】
【メッセージ:プリマ様かわいすぎる!オッサン頑張れ!】
瞬間、桐谷の体が再び光に包まれる。
【スパチャブースト発動!】
【スキル『女子説得術』が強化されました】
桐谷の頭上にスキル発動のエフェクトが光った。
「え?またスパチャ?」
すると桐谷の表情が急にイケてる親父のように凛々しくなり、口から、普段なら絶対に言わない言葉が流れ出た。
「でも、プリマ様もきっと大変なんですよね。三姉妹の長女として、下の子たちの面倒を見るのは本当に疲れるでしょう」
プリマの表情が、一瞬だけ驚いたように変わった。
「な……なぜそれを……」
「長女って、いつもしっかりしてないといけないから、一人で抱え込んじゃうんですよね。でも、たまには甘えたくなる時もあるんじゃないですか?」
コメント欄:
【スパチャブーストで説得力アップ】
【1万円の効果すげぇ】
【プリマ様の表情変わった】
【金の力は偉大】
プリマの金色の瞳が揺れる。
「よ、余は……奈落の支配者なのじゃ……甘えるなど……」
「無理しなくていいんですよ。俺にも長女がいるので。その気持ち、少しは分かりますから」
桐谷自身が困惑している。なんで急にこんなことを言ってるんだ?
【対象:長女AIプリマ 警戒心-70% 好感度+25%(ただし照れ隠し発言率+80%)】
プリマの頬がほんのり赤くなる。
「き、きさま……何をしたのじゃ……別に余は動揺などしておらんのじゃ!」
「俺も分からん!勝手に口が動いた!てか明らかに動揺してるじゃないですか」
プリマの金色の瞳が、一瞬だけ優しくなったような気がした。
「知らん!では、明日の夜なのじゃ。待っているのじゃ」
そう言い残すと、プリマは湯けむりの中に消えていった。
残された桐谷は、湯船で頭を抱える。
「……角まで生えてるし、完全に俺の苦手な異世界ファンタジーキャラじゃねーか。しかもプリマって……」
コメント欄:
【オッサンの試練は続く】
【次回キャバクラ回確定】
【それでもプリマ様最高】
【長女とか天才的ネーミング】
そんな桐谷の横を、プリマがちょこちょこと歩いていく影が窓に映った。どうやら外から様子を確認しているらしい。
「……あいつ、まだいるのかよ」
コメント欄:
【プリマ様まだ見てるw】
【キリヤのこと気になってるw】
【これはツンデレ確定】
【明日が楽しみすぎる】
― To be continued ―
『癒しのはずが、長女にロックオンされましたね』
桐谷「俺の安息はどうなったんだよ」
作者「大丈夫!明日はエルフキャバクラ回です!」
桐谷「お前らは好きかもしんねえけどな!俺は妻子が見てるから!」
次回エルフキャバクラ・ミスティアにて何かが起きる。
たぶん読者も後悔する。
そういやラノベなのになんで一人称で書かなかったんだろう?!
視点がもはや六人称くらいになってるんだが。
このあとどうすればいいんだよ。