第3話「奈落の正体を聞かされる」
巨大ムカデを倒した桐谷の前に、レベルアップの光が踊る。
【レベル25に上昇しました!】
【新スキルを複数習得しました!】
「いきなりレベル25か。まあ、いきなり最下層に送られたんだから、これくらいはもらわないとな」
桐谷はスキル一覧を開いてみた。
すると、画面いっぱいに意味不明なスキルが並んでいる。
【習得スキル一覧】
・剣術Lv1
・魔法Lv1
・料理Lv1
・『女子説得術』Lv3
・『部下のメンタルケア』Lv5
・『深夜残業耐性』Lv8
・『ローン計算』Lv10
・『???(封印中)』
「……なんだこれ?」
コメント欄:
【女子説得術www】
【深夜残業耐性が一番高いの草】
【ローン計算MAXレベルやん】
【リアルスキルじゃねーか】
「おい運営!なんで俺のリアルスキルまで反映されてんだよ!しかも『女子説得術』って何?俺、結婚してるから妻に説得されてる側だぞ!」
『あー、それは願望成就システムって機能でして……』
「願望成就システム?」
管理者A『プレイヤーの脳波を測定して、現実世界での願望をゲーム上で実現することで、カタルシスを最大化するんです』
管理者B『要するに、現実で叶わない願いをゲームで叶えて満足度を上げる機能ですね』
「たとえば、俺が『自分の娘たちを説得したい』って思ってるから『女子説得術』になったってこと?」
『そうなんだ……いえ、そうです!あと『部下のメンタルケア』も、たぶん現実では部下に気を遣わせてばっかりで、逆に面倒見てやりたいって願望があるんじゃないですか?』
「……図星すぎて何も言えない」
『深夜残業耐性とローン計算は、もはや諦めの境地から来てる諦観スキルですね』
「諦観って!俺の人生、諦めスキルばっかりかよ!」
『ちなみに、リアルの私には説得スキルは通用しませんよ』
「興味ねえよ……ていうかおまえ女だったんかい」
『アニメならともかく、活字じゃ伝わんないですからね』
「……もうどうでもいいわ」
そのとき、運営スタッフの声が慌ただしくなった。
『あ!桐谷さん、ちょっと状況説明しなきゃいけないことがあります』
「まだあんのかよ」
『実は、奈落っていうのは……えーと、どう説明すればいいか……』
管理者A『産廃場です』
「産廃場?」
管理者B『バグで修正不可能になったモンスターとか、作りかけでボツになったゾーンとか、ゲームバランス的にヤバい要素を、とりあえずぶち込んである場所なんです』
「おい、それって要するにゴミ箱じゃねーか!俺、ゴミ箱に捨てられたのか?!」
『まあ、そんな感じですね……』
コメント欄:
【ゴミ箱送りは草】
【配信者がゴミ扱いされてる】
【これは酷い】
【運営、正直すぎるだろ】
「で、このゴミ箱から出る方法はあるのか?」
『それが……実は奈落には、このゲームシステムを管理するために設計された、自立成長型のAIが三体いるんです』
「三体?なんで三体?」
管理者A『上司がエヴァみたいでかっこよくね?って理由で三体管理システムを試したかったんです』
「安易すぎるだろ!アンチが湧くぞ」
『でも、そのAIが進化しすぎて、お互いで縄張り争いを始めちゃって……』
管理者B『収拾つかなくなったので奈落に閉じ込めました』
「問題の先送りじゃねーか!」
「まさか……俺にそいつら倒せとか言わないよな?」
『あの、言いにくいんですが……』
「言いにくいって時点で嫌な予感しかしないんだが」
『ログアウトできないバグも、そいつらの仕業っぽいんです』
「っぽいって何だよ、っぽいって!」
管理者A『このゲームに予測不可能な事態が発生している原因も、たぶんそいつらで……』
管理者B『要するに、AIを何とかすれば、ログアウトできない現象もなくなるかもしれません』
「かもしれませんって!不確定すぎるだろ!俺の人生かかってんのに『かもしれません』で片付けるなよ」
桐谷はため息をついた。
「つまり、そいつらを説得とか倒すとかすれば帰れるってことだな?」
『理論上はそうです。でも……』
「でも?」
『全員かわいい女キャラに擬人化してますよ』
「おい、それはやめろ」
『しかも三姉妹って設定です。元ネタがエヴァなんで』
「だから安易だって言ってんだろ!もうやめて」
桐谷の脳裏に、自宅で毎日ケンカしている三つ子の娘たちの顔が浮かんだ。
「まさか……長女、次女、三女とかじゃないよな?」
『ドンピシャです』
「最悪だ!俺、現実でも三人娘の世話で疲れ果ててるのに、ゲームでもかよ!」
コメント欄:
【リアルでも三つ子の父親www】
【人生ハードモードすぎる】
【娘に挟まれる人生】
【これは同情する】
『ちなみに、奈落には未完成のエリアがいっぱいあります。温泉街とか、エルフのキャバクラとか、廃テーマパークとか……』
「エルフのキャバクラって何だよ!誰が企画したんだ!」
『企画書には『男性ユーザーの課金率向上のため』って書いてありますね』
「正直すぎるだろ!」
運営スタッフがマップを表示してくる。奈落の中には、確かにカオスなエリアが点在している。
『とりあえず、一番近い安全ゾーンは温泉街ですね。そこで休憩してから、AI三姉妹の攻略を考えてみてください』
「おい……温泉街って、その三姉妹の誰かの縄張りとかじゃないよな?」
『あー……たぶん長女の縄張りですね』
桐谷は頭を抱えた。リアルでも長女に毎日説教され、ゲームでも長女と対峙することになるとは。
「長女の縄張りって、一番面倒くさいやつじゃん……」
コメント欄:
【長女の縄張りは地雷】
【説教されそう】
【オッサンの受難】
【温泉回くるー?】
「でも、ここにいても仕方ないし……まあ温泉で疲れを癒してから考えるか」
桐谷は重いため息をついて、マップに表示された温泉街に向かって歩き始めた。
【現在地:奈落・ムカデの巣】
【目的地:奈落・温泉街(長女の縄張り)】
【推定移動時間:30分】
「……なんで推定時間まで出るんだよ。親切なのか不親切なのか分からんシステムだな」
歩きながら、桐谷は自分の人生を振り返る。
(三つ子の娘に振り回され、会社では部下の面倒を見て、家では住宅ローンの計算……そして今度はゲーム内でもAI三姉妹かよ)
30分ほど歩いた頃、桐谷の視界の奥に、湯けむりとネオンの明かりに包まれた街並みが見えた。
そこが──長女の縄張り、奈落の温泉街だった。
― To be continued ―




