第2話「奈落で理不尽モンスター配信開始」
視界がぐるぐる回る。
永遠に続くかと思われた落下の中、桐谷の耳に聞こえるのは生配信のコメント欄が爆発する音だった。
コメント欄:
【映画のオープニング並みの落下シーンw】
【まだ死なないの草】
【カメラワーク神】
【落下芸人】
「いやこれ絶対着地で死ぬやつだろ!重力加速度的に考えて!」
桐谷は落ちながら叫ぶ。IT企業で働く四十五歳が知ってる物理法則なんて高校レベルだが、それでも分かる。この高度から落ちて無事なわけがない。
『桐谷さん、ちょっとログを確認したんですが、奈落は落下ダメージ無効化されてるみたいです』
「は?なにそのご都合主義設定!」
ドスン。
思ったより軽い衝撃で着地した桐谷。体を起こすと、そこは薄暗い洞窟のような場所だった。
だが、周囲の雰囲気は明らかにおかしい。
天井は見えないほど高く、あちこちから不気味な鳴き声が響いている。
「うーん、まぁ生きてるし良いか……って、おい!」
視界の奥から、透明な巨大ムカデが現れた。
その背中には炎の塔のようなものがそびえ立ち、体長は軽く二十メートルを超えている。
普通のゲームなら最終ボス級の見た目だ。
コメント欄がざわめく:
【おいおい公式サイトに載ってない奴だぞ】
【ベータじゃなくて未完成ステージじゃね?】
【デザインやばくない?】
【透明ムカデとか悪夢すぎる】
「おい運営!これ明らかに初心者が戦う相手じゃないだろ!ラスボスでも持て余すレベルだぞ!」
そのとき、マイクから運営スタッフの声が漏れてきた。
『奈落は例のバグ直ってないだろ、もしあいつが沸いたらこの世界の終わりだぞ』
『強制処理なんで止められなくて……あ、マイク切れてない…』
『え?あ、やばい』
「お前ら完全に俺でデバッグしてるだろ!俺はQAエンジニアじゃねーぞ!給料も違うんだよ!」
桐谷の怒りをよそに、巨大ムカデがゆっくりと近づいてくる。
(そうだ!俺には、例の禁止スキルがあるじゃないか)
桐谷は前回使った禁止スキル『虚数分解』を発動しようとするが──
【スキル『虚数分解』:クールタイム 999:55:58】
「おい、999時間って何日?」
『えーと約41日ですかね』
「有給全部使ってもまだ足りないじゃんよ!」
コメント欄:
【詰みw】
【逃げろ】
【カメラアングル下から頼む】
【配信者ピンチで草】
「お前らな!俺の人生かかってんの!住宅ローン残り30年なの!家族もいるの!」
その時、巨大ムカデが触手のような足を振り上げる。
スピードは思ったほど早くないが、攻撃範囲が馬鹿でかい。
慌てて横に転がるが、その巨体から繰り出される攻撃を交わし続けるのは難しい。
「くそ……でも考えてみろ。俺は毎日終電まで働いてるんだ。月の残業時間120時間。これくらいの理不尽、もう慣れたもんだろ……」
「やるしかねえ」桐谷は腹をくくった。これぞ社畜根性である。
「パワハラ残業だと思えば……どうってことない!」
桐谷は武器やアイテムが格納されているインベントリを開いた。
何か強力な武器はないのか。
画面に表示されたのは──
【ロングソード(初期装備)】
「え……これだけ?まじで?」
桐谷は運営に向かって叫んだ。
「おい!このソードに初期装備って書いてあるけど、もちろん特別なチート能力とか、隠しスキルとかついてんだよな?『実は伝説の剣でした』みたいなやつ!」
『えーっと……』
『あー、すみません。スキルを追加するのに気を取られて、武器まで気が回らなかったです』
『普通にその辺に売ってる量産品です』
「量産品って!俺の命預けてんのに量産品かよ!せめて『よく切れる』とかないの?!」
『切れ味は……まあ、普通ですね。あとこの相手だと折れるかも』
コメント欄:
【耐久性ひっくw】
【運営ガバガバで草】
【初期装備でボス級とかww】
【これはさすがに酷い】
「くそ……でも仕方ない。これでやるしかないのか」
巨大ムカデがさらに接近してくる。桐谷は量産品のロングソードを握りしめた。
そのとき。
画面の右上に、見慣れない表示が現れた。
【視聴者スパチャ:10万円】
【メッセージ:がんばれオッサン!ローン完済まで生きろ!】
瞬間、桐谷の体が光る。
暖かいエネルギーが全身を駆け巡り、ステータスが急上昇していくのが分かった。
【スパチャエナジー発動!】
【一時的に全能力値300%アップ!】
「……俺の能力って、配信課金で強化されるのか?」
コメント欄:
【スパチャ強化システムとかやべぇだろ】
【おいおいVtuberかよ】
【うっは!大草原】
【これぞ金の力!】
【まさに資本主義やね】
桐谷の体が光に包まれる中、巨大ムカデが触手のような足を振り下ろしてきた。
しかし、強化された反射神経で、その攻撃がスローモーションのように見える。
「おおお!これはすげぇ!でも……」
桐谷は手にした量産品のロングソードを見る。光ってない。
「このソード、まったく強化されてないけど?大丈夫かこれ?」
巨大ムカデの装甲は、体内から発する熱で赤く光っている。
見るからに硬そうだ。
「まあ、やるしかないか!」
桐谷は思い切って剣を振り下ろした。
ガキン!
量産品のロングソードが、巨大ムカデの装甲に弾かれる。
「やっぱりだめか!」
コメント欄:
【刃が通らないw】
【量産品の限界】
【武器ガチャ必要では?】
しかし、スパチャエナジーで強化された桐谷の腕力は桁違いだった。
弾かれた反動を利用して、今度は装甲の隙間、関節部分を狙う。
「よし!RPGの基本だ!硬い敵は関節を狙えってな!」
ズブリ。
今度は見事に刃が通った。巨大ムカデが苦悶の声を上げる。
「おっ、いける?!でも……なにこれ」
桐谷のHPバーの上に、タイマーが表示されていた。
【スパチャエナジー残り時間:00:58】
「一分?!短っ!」
巨大ムカデが怒り狂い、背中の棘から火柱を噴射してくる。
桐谷は慌てて転がって回避。
「おい運営!一分で倒せって無茶だろ!」
『設定なんで頑張ってください!』
「他人事かよ!」
桐谷は必死に関節部分を狙い続ける。
量産品のロングソードでも、強化された力があれば十分ダメージを与えられる。
(頼む!折れないでくれよ)
残り30秒。
残り20秒。
残り10秒。
「うおおおお!」
最後の一撃。桐谷は全力で剣を突き刺した。
ズドォ!
巨大ムカデの装甲を、量産品のロングソードが軽々と貫通した。
いや、正確には「強化された桐谷の腕力で」貫通した。
ついに、巨大ムカデを倒した。
【システム】
桐谷はレベルが25にアップしました。
現金10万円を獲得しました。(手数料15%を徴収します)
「……これ、マジでローン返せるかもしれん」
― To be continued ―
-------あとがき-------
正直に言います。
テンプレ実験で書きはじめた小説です。
桐谷「てめえふざけんな!」
『キリヤさん、その感じで3話もお願いしますね』
【作者無責任で草】