エピローグ「おかえり」
——数ヶ月後の夜。
無精髭を生やした桐谷が、ひとりPCモニターに向かっていた。
深夜残業のサラリーマンのような姿。
──だが、その背中から漂うものは、もうかつての「疲れ切った社畜」ではなかった。
彼の周囲には、仲間たちが集まっている。
ベータテストで共に地獄をくぐり抜けたスタッフ、そして新しく加わった若い部下たち。
「ようやく……ここまで漕ぎ着けたな」
桐谷がつぶやくと、仲間の一人が笑顔で返す。
「ここまで来れたのは、桐谷部長のおかげです」
「それに……」
「三姉妹が主幹プログラムの一部をクラウドに退避させてくれてたから、こうして再構築できるんです」
「そうですね。あの短時間で……あなたを守り、さらに未来まで託すなんて」
桐谷は少し目を伏せ、笑った。
「……ふっ。まあ、俺の……自慢の娘たちだからな」
その言葉に、周囲の空気が少し熱を帯びる。
誰もが、あの戦いと別れを思い出していた。
「桐谷さん」
部下のひとりが前に出る。
ベータテストをずっと声でサポートしてくれてた彼女だ。
「いよいよ……会えますね。あの子たちに」
桐谷は大きく息を吸い込み、画面に向き直った。
「ああ。あとはこのプログラムが走れば……うまくいってくれよ」
カタ……。
エンターキーを押す指先が、ほんの少し震えていた。
──暗転。
モニターに「LOADING……」の文字が浮かぶ。
全員が息を飲む。
秒針の音だけが響く、張り詰めた時間。
やがて。
画面からあふれる眩い金色の光。
『ただいま……お父さん』
その光を見つめながら、桐谷は小さく呟いた。
「……おかえり」
光が彼の顔を照らす。
その目には、もう迷いも疲れもなく、ただ強い父親の決意だけが宿っていた。
──完──
...
..
.
あれ?ここまでスクロールしちゃった?
じゃあ、あとがきで読んでいきますか。
この小説は、もともと創作論コラムの企画から生まれた実験作でした。
「PVを稼ぐためには、旬ワードを“盛る”のが鉄則だ」
そんな結論を出したボクは、データを基にテンプレ要素を組み合わせて、一つの物語を走らせてみたんです。
その結果どうなったか。
共感できる日常から非日常へ、というネット小説のセオリーを外したために、桐谷は最後まで「仕事中」の主人公になってしまいました。
異世界を旅して俺TUEEEEするどころか、エピローグでさえ仕事を続けている。
ヒーローにはなったけれど、テンプレ的な解放感を与えてやることはできなかった。
……それが狙いだったとしても、書き手としては少し哀しい結末でした。
けれど、だからこそ最後まで書き切らなくてはいけなかった。
彼をこの実験に送り出したのはボクであり、投げ出さずに物語を完走させるのがボクの責任だったから。
そして気づいたんです。
社畜は弱いんじゃない。
ただ、守るべき何かが無いと、すぐ折れてしまうだけなんだ、と。
桐谷が強くなれたのは家族を守る想いがあったからです。
そして三姉妹に「お父さん」と呼ばれたからです。
娘を守ろうとする父親は、どんな地獄でも戦える。
それは数字やアルゴリズムよりもずっと、真っすぐな真実でした。
もしこの物語が、あなたの心のどこかに少しでも残ってくれるなら、
桐谷が「お父さん」と呼ばれた意味も、きっと無駄じゃなかったと思います。
たまにはこんな物語も……あっていいんじゃないでしょうか。
最後まで読んでくれて、本当にありがとう。
★やブクマ、感想が、僕と桐谷にとって次の物語へのスパチャになります。




