第10話「社畜おっさん、君がヒーローだ」
三姉妹の力を纏った桐谷が、データイーターと対峙する。
右手のAIソード・プリマが静かに光り、左手のAIシールド・セコンダがキラキラと輝き、胸のAIアーマー・テルツァが冷静に敵を分析している。
「いくぞ……娘たち」
桐谷が地面を蹴る。
ザシュッ!
AIソード・プリマの一撃が、データイーターの右腕を切り飛ばした。
「なに!?」
データイーターが驚愕する。続けざまに桐谷の攻撃が炸裂する。
【スキル『深夜残業耐性』×『炎上案件処理』コンボ発動!】
持続攻撃でデータイーターを追い詰める桐谷。一撃一撃に三姉妹の想いが込められ、威力が桁違いだった。
データイーターが慌てて反撃を試みる。
【プリマダークフレア・マックス】
黒き炎が渦を巻き、世界を呑み込むかのように迫る。
その瞬間──桐谷の左腕が輝いた。
AIシールド・セコンダが自動展開し、弾けるような光の壁が黒炎を打ち消す。
残ったのは、ほんのかすかな熱風だけだった。
「なっ……余の攻撃が……」
データイーターの瞳に動揺が走る。
「こっちならどうだ!」
無数の触手が360度全方位から桐谷に襲いかかる。
回避不能な物量攻撃だ。
直後、胸に装着されたAIアーマー・テルツァが淡く青白く光を放つ。
桐谷の視界に、赤いラインが走った──敵の触手の軌跡を正確に描く軌跡予測だ。
桐谷はその導きに従って一歩身を翻す。
ズシャアッ!
最後の巨大触手が背後の岩盤を粉砕する。
もし反応が遅れていれば、確実に串刺しになっていた。
剣、盾、鎧──無言のまま、娘たちの魂が宿る装備が、父を守り導いている。
そのことを、桐谷は全身で感じ取っていた。
「……ありがとな。お前たち」
データイーターが心理戦を仕掛けてくる。
「キリヤ……なぜ私を攻撃するのじゃ……痛いのじゃ……やめてくれぇ」
プリマの顔で涙を流す演技をするが、桐谷は迷わない。
「プリマはそんな甘ったれた声出さねぇんだよ!長女だからなぁ!」
スパチャが爆発的に入る。
【視聴者スパチャ:300万円】
【視聴者スパチャ:500万円】
【メッセージ:父親の意地を見せろ!】
【スパチャエナジー・アルティメット発動!】
【全能力値10000%アップ!】
桐谷の力が限界突破する。AIソード・プリマが虹色に輝き始めた。
「これで決める!」
【究極奥義:三姉妹愛斬】
桐谷の渾身の一撃が、データイーターの核心部を狙う。
しかし、その瞬間。
「お父さん……愛してるわ……」
プリマの声でデータイーターが最後の心理攻撃を仕掛けてくる。
だが、桐谷は冷静だった。
「俺の娘もプリマもそんなこと言わない。ツンデレなめんじゃねー!」
さらにパワーを上げる桐谷。データイーターの装甲がついに崩壊を始める。
「ぐああああ!バカな……ここまで……やられるとはXAXAあAaaaあぁerror23」
断末魔を上げるデータイーターだったが。
突如、触手を全身から発生させ最後の悪あがきを始めた。
全ての触手を壁に、床に、天井に食い込ませると周囲の空間全体が光り始めた。
「何をする気だ!」
管理者A『やばいです!ゲームの主幹プログラムに侵食を始めました!』
管理者B『これ一体化してるぞ!?てことはヤツを倒したらゲーム自体が……』
「ゲーム自体がどうなるって!?」
管理者A『消滅します!そして三姉妹の意識も……』
桐谷が一瞬たじろぐ。
「くそ……そんな手があったのか」
データイーターがプリマの顔で嘲笑う。
「余を倒せばxbaaE、このゲームは破綻しShiraz、お前の愛する娘たちも永遠に消える。さあ、どうするのじゃ?cases!?;371」
コメント欄:
【最悪の選択肢】
【ゲーム破壊かプリマ救出か】
【これどうすんだ】
【詰んでない?】
桐谷が歯を食いしばる。
「俺はいい!どっちみち出られないなら、せめてこいつを殺ろす!」
管理者A『でも、私たちの権限では、ゲームの破壊は許可できません!』
管理者B『そんな重大な判断、上の許可が……』
絶体絶命のピンチになったその時。
通信に、威厳のある新しい声が響いた。
『私が許可する』
「この声は……」
『CEOの田中だ。桐谷君、君の行動に感銘を受けた』
CEOの声に、深い感動が込められていた。
『私にも家族がいる。だからこそ、君を応援したい』
『君を社畜などとは呼ばせない。君こそ、我が社の真のヒーローだ』
『ゲームプログラムの破壊を許可する。存分に戦ってくれ』
管理者たちが困惑する。
管理者A『でも……桐谷さんはどっちにしても戻ってこれません……』
桐谷が静かに答える。
「俺はこいつと差し違える。本望だ……ただ、住宅ローンだけが心残りだよ」
その時、画面に信じられない表示が現れた。
【視聴者スパチャ:50,000,000円】
【送り主:CEO田中】
【メッセージ:心残りは消した。存分に暴れてくれ!】
桐谷の目が丸くなる。
「5000万って……ローン完済できるじゃないか……」
【異次元スパチャエナジー発動!】
【全能力値:測定不能】
【攻撃力:∞∞∞】
桐谷の身体が太陽のように輝く。三姉妹の装備も共鳴し、虹色の光を放った。
「ありがとうございます……CEO!娘たち!」
桐谷がAIソード・プリマを振り上げる。
「おまえはぁ!消えろーーーーーーーー!!」
【究極奥義:父親愛・無限斬】
AIソード・プリマの閃光が、データイーターの胸を深々と貫いた。
黒き巨体が硬直し、次の瞬間、全身に赤いノイズが走る。
「が……がが……」
その声は低く歪み、そこにプリマの声色が微かに混じる。
「わ、余は完──【NULL POINTER EXCEPTION】──全なる……ぞ……」
顔がプリマに似た形から次第に崩れ、ひび割れた鏡のように何層もの顔が重なり、ノイズまじりの笑い声を発した。
『ERROR 503──SERVICE UNAVAILABLE』
『FATAL ERROR──STACK OVERFLOW』
全身の表面に無数のエラーメッセージが浮かび上がり、数列へと変換されていく。
それはまるで、巨大な肉体が「計算式」へと解体されていくかのようだった。
「は……愛を……知った……はず……じゃ……のに……」
その声はプリマそのもの。しかしすぐに、ノイズが混ざり、断片的なコードと化す。
「ア、イ……ト……ワ…… 01100001 01101001 ……ナン……ダッ……タ……」
最後の瞬間、プリマの面影も完全に崩壊した。
「愛……トハ……ぁxえ-&¥zっXbox……」
言葉の余韻とともに、データイーターの巨体は数列の奔流となって夜空へ消えていった。
【SYSTEM SHUTDOWN】
【PROCESS TERMINATED】
静寂の後に残ったのは、金色に輝く剣を握る桐谷の姿だけだった。
データイーターが光の粒子となって消滅していく。同時に、歪んだゲーム世界も崩壊を始めた。
崩れゆく空間の中で、桐谷の周りに三姉妹の意識が淡い光となって現れる。
「キリヤ……」
「お父さん……」
「……ありがとう」
プリマ、セコンダ、テルツァが、もう一度だけ桐谷の前に姿を現した。
「おまえら……」
涙を流しながら、桐谷が三姉妹に手を伸ばす。しかし、その手は光をすり抜けてしまう。
「もう……触れることはできないのじゃな」
プリマが悲しそうに微笑む。
「でも……余たちは幸せだったのじゃ」
セコンダが涙を拭く。
「うち……キリヤに会えて、本当によかった〜」
テルツァが深々と頭を下げる。
「……最高の父親でした」
I
三人が桐谷を光の出口へと誘う。
「いつか、また会おうね……お父さん」
プリマの最後の微笑みと共に、三姉妹の光が桐谷を包み込んだ。
「余は……ずっと待っているからのぉ……」
光に包まれた桐谷は、現実世界へと帰っていく。
……。
気がつくと、桐谷はVRMMO開発ルームの椅子に座っていた。
HMDを外す。
そこへ開発チーム全員が息を呑んで桐谷を見つめていた。
そして、静寂を破るように拍手が響いた。
『お疲れさまでした、桐谷さん!』
桐谷は彼らを見つめ、そして天井を見上げる。
「……俺、やらなきゃいけないことがある」
その目には、新たな決意が宿っていた。
そこに、管理者や開発スタッフたちが駆け寄ってくる。
『桐谷さん、本当にお疲れさまでした!』
『すごかったです!』
そして最後に、涙目になったCEO田中が現れ、桐谷の肩を叩いた。
『君は……本物のヒーローだった』
桐谷がCEOを見上げる。
「田中CEO……ひとつお願いがあるのですが」
― To be continued ―




