55.襲撃
紅葉が夜の神楽坂の景色を見上げると、提灯や行灯が付いている。そのお陰で夜でも昼のように明るい。
「夜でもこんなふうに工夫をすれば綺麗になるんだね…」
すると、紅葉がその景色を見ていると誰かが肩を3回優しく叩かれた。
「どうしたの?」
早知が首をかしげながら紅葉に声をかけた。
「ううん、何でもないよ。ただの独り言だよ」
「そう?」
一度だけ早知に疑われた。それでも、紅葉は何でもないと貫き通すしかない。
(早知ちゃん、なかなかすごい洞察力だね…)
小さい子供には洞察力が強いことに紅葉は分かっていた。
しばらくの間に『風森屋』で働いている青蘭は控え室の中で休んでいた。それでも、青蘭の体調は良くなる見込みはなかった。
(魅緑…やっぱりあの人は厄介な客だし面倒だよ)
魅緑のことを思い出す度に面倒な客だと思っている。関西弁で何を言っているのかは分かる。だが、何処かが不気味。青蘭のことをやたらと友達のように話しかけてくる。
(別に友達でもなんでもないのにため口で俺に話しかけてくるし)
青蘭は内心、文句を言うような口調で思っていた。
(愚痴を言ってもなにも変わらないし、そろそろ着替えてくるか)
今は緑色の無地の着物を着ている。初めて最初に入ったときの部屋へ向かい、椿柄の青い着物な着替えるつもりだ。
(魅緑がいませんように)
そう願いながら襖をほんの少しだけ開けると魅緑の姿はない。
「よし!」
青蘭は安心した。そのせいでガッツポーズをした。急いで布団を片付け、素早く控え室を出て行く。魅緑がいないうちにだ。
(ササササッ)
周りに従業員たちもいない。だから音を立てずにこっそりと走ってしまった。
初めて店の中へ入ったときの部屋へ着き、襖を静かに開ける。他の従業員がいないか確認をした。その結果、誰もいなかったので青蘭は安心した。
(よかった…)
すると、青蘭の目の前に椿柄の着物とフリル付きの黒いリボンが置いてあるのが見えた。中へ入り、着替え始める。
「魅緑に覗かれてないか心配だ…」
そのことを不安に思いながらも素早く着替える。だが、帯を閉めるときが苦戦した。それでも何とか一人で閉め終えることができた。
(髪が乱れてるな…でもこれは自分で結び直すことが出来ないから…まっ、いっか)
綺麗に結んである編み込みが既に乱れていた。けれど、結び直すのも面倒。まだ寝不足のせいかそれをする気はない。
その部屋を出ると、誰もいない。
(大丈夫か…これは…)
上の人に何か一言は言わないと白い目で見られると思っていた。すると、誰かが廊下を通る音がする。
(誰だ…?)
青蘭が左を向く。そこにいたのは青蘭の指導係でもあり、この店の営業成績1位の志野だった。
「すみません、志野さん…布団、ありがとうございました。お粥も美味しくいただきました…」
寝不足のせいかあまり語彙力がない。
「雪乃ちゃん、もうちょっと寝たらいいのに」
「いやいや、そんなに寝たら悪いです。こういうときは家に帰ってから寝た方がいいと思いますし」
青蘭は眠いという気持ちもある。だが、今は店の従業員数も少ない中、たくさん寝るわけにも行かない。
(何だか悪いな…)
本当はぐっすりと眠る気がしない。とは言えなかった。
「でも…」
「お疲れ様です、志野さん」
志野がまだ言おうにもかかわらず、青蘭は走って店を出て行った。
店の外に出ると、まだ夜だった。妖怪と人間の死者が街を歩いている。
(何てこと言っちゃったんだ…この仕事にはやっぱり向いてないかも…)
青蘭は女子高生に化けたまま『黄鈴屋』へと帰る。落ち込んでいるせいか猫背になった。
(この店に手掛かりは無し。魅緑は怪しかったが、根拠がない)
魅緑は既に怪しく、失踪事件の容疑者にもなりそうだった。だが、魅緑が犯人という証拠がない。そのため、魅緑は容疑者にはならない。
「それより早く寝よっと」
周りの人に見られないくらいの小声で一人で呟く。すると突然、銃声が1発聞こえた。2発、3発と時間を空けながらだった。
(今はこの近く…?)
銃声が大きく、周辺の人たちにも聞こえる音だ。この近くだと青蘭は疑った。周辺の人たちは怯えていた。
後ろを振り向くとそこにいたのは空気銃を持っていた紺色の長髪をしている猫妖怪の少女だ。紅葉と同じくらいの年齢だった。
(もしかして…)
なぜか青蘭を狙ってくる。女子高生に化けていることに気付いたのか。その少女のことを青蘭は知っているような目で見た。
その少女はフリル付きの可愛い黒の着物を着ている。膝くらいまでのひらひらとしたスカートを履いていた。レモンのような黄色の瞳をしている。
「その変装、もう辞めたら?」
猫妖怪の少女は、目を細めながら言う。怒っているような口調だった。
「あなたのことは全然覚えていません。誰ですか」
女子高生に化けていると気付かれても青蘭は知らないふりをした。すると、その少女は苛立ち始める。
「へぇ…あたしの名前さえ忘れてるの?やっぱりね」
段々と苛立付き始めていた。
「…はっ!もしかして…あなたは…鈴…」
ようやく青蘭はその少女の名前を思い出した。
「そうだよ。あたしはあなたを殺しに来た妖怪だよ。この空気銃でね!」
すると、またその少女は空気銃を構える。鋭い目付きで青蘭を見ていた。
「いいよ、俺を殺しても。ただし、負けたら鈴は俺の言うことには逆らわないこと。いいね?」
女子高生に化けていた青蘭は、私ではなく俺と言っていた。それを聞いていた周辺の人たちはざわめいている。
「もちろんだよ、青蘭。じゃあ、殺すとするか」
すると、2人は神楽坂という街の中で決着を付けることにした。青蘭は氷の妖術を使わないことにする。女子高生に化けたままで。
1発、2、3、4発。複数回、鈴は空気銃で青蘭に向けて撃つ。
「ギャーー」
「逃げろ~!!」
それを見ていた周りの人たちは逃げていく。
(何なんだよ…)
青蘭は氷の妖術を使うのではなく、店に売っている武器を使うことにした。
(あった。この双玉錘。神楽坂では稀にしか売ってない武器の商品)
目の前にある武器の店があった。万引きになるが使うしかない。この武器は鉄製。柄の先端が丸く、2つの球状に重りが付いている中国の伝統的な鈍器だ。
(これ、使い方は分かんないけど、取りあえず鈴が持っている空気銃を壊せばいっか)
中国の伝統的な鈍器である双玉錘の使い方は分からない。それでもやってみるしかないと思った。
「鈴、これでもくらえ!」
鉄製のお陰で弾丸を打ち返すことができた。
「そうは…行かないよ!」
すると、鈴は諦めずに銃で撃ち続ける。2、4、8、16、32、64発と。あちこちと逃げ回りながら青蘭も鈴を追いかける。
バババババババババババッ!(省略)
(これだったら双玉錘を使うのにも限界がくる!)
今回は弾丸をたくさん持っている。鈴は青蘭が負けると思っていた。
「鈴…やっぱりお前は厄介者だな!」
そこにいたのは血だらけの青蘭。女子高生の姿ではなく、妖狐の姿だった。
「うるさい…金持ちのくせに何なんだよ!」
鈴はさらに怒りが爆発し、撃ち続けようとする。だが、弾丸が無くなっていることに気付く。
(弾丸はもう使い切ったのか)
弾丸は既に使い切っていた。もし、負けたら青蘭の言うことには逆らっては行けない。という約束を同意してしまった。そのことに鈴は焦る。空気銃の他に何か方法を考えた。
(もう無い…でも絶対に負けたくないのに…でも大丈夫だ。今、屋根の上だもん。猫なら登れるからよかった…)
既に鈴は屋根の上に逃げた。けれど、銃や武器以外はほとんどが未経験だ。すると、後ろから鈍器で鈴の頭を打とうとしている。鈴が後ろを向くとそこに青蘭がいた。
(…はっ!何でここにいるんだよ!)
双玉錘が鈴に当たってしまう。だが、青蘭は双玉錘を捨て鈴を横抱きにして屋根から飛び降りた。
「これだったら鈴も好きだろ!」
「え…何?わあーー!」
鈴は訳が分からなくなり、こんがらがっている。夜中に青蘭に横抱きにされるのは初めてだ。まるで姫になったような感覚だった。
(あたしはこの決着…負けた)
夜中の決着で鈴は負けたと自覚をしたのだった。




