50.青蘭の役目
青蘭は今、志野の質問にとてつもなく困っていた。
(どうしようか…志野さんに正直に言おうか…言わないか…俺が質問をいくつかしたせいか志野さんに疑われた…)
信頼できそうな感じもあった。営業成績も一番でもあり、受け入れてくれそうでもある。
(俺が女に変装していることも絶対に他の人には言わなさそうだけど…)
言おうか言わないか迷っているところだ。本当に働きたいか。そのことが頭から離れられない。
(俺が男だということは言わないけど、一応本当のことは言うか)
そう思い、勇気を出して話すことにした。
「実は…ここで働きたいというわけではなく…事件の解決という理由でここに来ているのです」
緊張しているせいか言葉が詰まっていた。
「じゃあ…つまり、あの失踪事件の調査でここに来ているの?」
そのことに対して青蘭は、「うん」と頷きながら返した。
「何だか、探偵みたいだね」
「え?」
志野が言っていたことに青蘭はあまり聞き取れていなかった。みたいだねという部分しか耳にしていない。
「雪乃ちゃんって、観察力とか洞察力が強そうな見た目をしてるから探偵みたいだねって私から思っちゃって」
「そんなこと…ないですよ」
青蘭は控えながら返した。それしか返すことができない。
(こうやって褒めてくるとどうしたらいいかわかんないな…)
愛想笑いをしながら思っていた。引っ込み思案でもあり、大人しいほうでもある青蘭にとっては苦労する。
「あ、志野さん。何か接客の少ない仕事ってありますか?それだったら何でもしますので」
青蘭は接客が少ない仕事を求めた。『風森屋』に手掛かりがないかを探すためだ。
「接客の少ない仕事か…う~ん…」
志野は思い出している。この店での接客の少ない仕事を。
(何だろう…掃除とか物運びとかしか思い付かないよね…)
これまで、接客の多い仕事をすることが多かった。そのため、志野は接客の少ない仕事は掃除や物運び。目の前で見てきたことしか思い付かない。
「じゃあ…取りあえず今夜だと、床やここの周りの物の掃除とか物運びかも」
「分かりました」
曖昧な対応だ。『風森屋』の従業員たちも忙しく、聞く余裕もなかった。
(これで合ってるといいけど…)
営業成績が1番良い志野にとって、落ち着かなくなった。
(仕事が少ない。俺にとってはこれくらいの仕事量だったら行けるかも。面倒なことが減った)
内心では嬉しそうにしていた。青蘭は、目立つことは好きではない。ただ面倒なことは省略したいだけ。そのため、1人で穏やかに過ごすことが好きだ。
2人はそれぞれの仕事を始める。既に客は来ていた。
「それじゃあ、雪乃ちゃんは掃除を始めよう!」
志野がそう言い、渡されたのは真っ白で綺麗な雑巾だ。既に水で濡らしてある。
(掃除するだけだからシンプルな緑色の着物に変えてよかった…)
青蘭は、仕事を始める前に急いで緑色の着物に着替えた。黒いフリルのリボンも外した。椿柄の青い着物は訪問するとき、普段着として使っている。その着物が汚れるとなかなか落ちないからだ。
「あ、すみません。すぐにやります」
考え事から気を取り直し、雑巾で廊下を拭くことに集中した。この店の廊下は長い。なので面倒でもあったが、怪しまれないようにした。
(俺はただ、藍から依頼の手紙が来て雇っていることを気付かれないようにしないとな…)
今の青蘭の役目は、『風森屋』という店で雑用として働くこと。そこで何か手掛かりがないかを探す。そのことを、他の従業員に気付かれないようにしなければならない。
「雪乃ちゃん、ちょっとだけ1人でできる?」
志野は他の従業員から呼ばれたようだ。人手不足なのか、接客係の人数も足りないのか。それでも、青蘭は関係ない。
「できますよ。私はこう見えて1人でできる仕事は素早くできますので」
「じゃあ、お願いね。少し抜けるから」
志野が抜け、青蘭が1人で雑巾で廊下を拭くことになった。『風森屋』の従業員の人数が足りない。神楽坂での事件を解決をしなければならない。そのため、1個でも関係性を見つける。
(必ず犯人を見つけないと)
青蘭は、犯人を見つけ、探すことを考えていた。どうして、その事件が起こったのか。最近、神楽坂に行っていない。その真実が今もわからないままだ。
(まずはこの廊下を拭くのを終わらせよっと)
面倒だと思いながらも終わらせた。
その後、青蘭はまだ使われていない部屋の掃除をした。まだ客や従業員も来ていない。この時間だと掃除することができる。
「やるか…」
箒、雑巾、はたきを持って、素早く部屋の掃除を済ませた。すると、客の酔っぱらっている声が聞こえた。青蘭は、耳を襖のほうに傾けると「酒…」という言葉が聞こえる。
「もっとくれ~俺様に酒を…俺様に…」
余程酒癖が悪い客だ。かなり面倒そうに見えた。
(よくそんな客も受け入れられるね…この店は…)
神楽坂には行ったことがある。だが、余程の酒癖が悪い客は初めてみた。内心では引いていた。
(俺はこいつの話し相手には絶対にならないぞ)
青蘭は、冷ややかな目をしながらそう思っていた。
部屋の掃除を終えると、『風森屋』の中を探検するような感覚で部屋を見回ることにした。他の従業員には見つからないよう、慎重に行くことにする。
(終わった…あの男の客は厄介だ。だが、女に変装しても悪くないかも)
青蘭は、見回りながら手掛かりを探しに行っている。部屋の中で客と話している従業員も見かけた。けれど、青蘭のほうには見てない。
(俺は多分、接客する仕事には向いてないかもな)
すると、青蘭はあることを想像した。父親のことだ。青蘭の父親はよく神楽坂に来ることがある。もし、女に変装していることに気付かれたら一貫の終わりだ。
「あの親父のことを考えるとまた腹が立つ…」
金遣いは荒い。たくさんの女たちに囲まれる。青蘭はそれに巻き込まれたくなかった。だが、最近は青蘭の父親も来ていない。その理由は分からなかった。
「まあいいや、今日は親父のことを考えている暇はないから」
青蘭は独り言のような小声で言った。他の従業員には気付かれていない。
(ちょっとこれはまずかったかも…まっ、いっか)
気持ちを切り替え、『風森屋』に何か手掛かりがないかを探すことにした。




