45.不可視の死霊
一方、海斗は既に就寝していた。紅葉もぐっすりと眠っている。
「推しのライブの抽選は…」
海斗が何か寝言を言っていた。何日も眠れてないせいか体力もほとんどない。黄泉の国に来て数日が経ち、鬼の国と呪いの国。海斗はこの2つの守護国を知ることができた。
目が覚めるとそこは、以前海斗が真っ暗な部屋へ連れて来られたところだ。
黒と赤で配色され、中華風にデザインされた部屋。海斗の正面には朱色の長椅子。その椅子に座っているのは神怪だ。
「推しの…ひなちゃんの…ライブの抽選…」
海斗は仰向けになりながら独り言のような小声で言った。
「抽選の結果がまだだった…」
海斗の推しのライブの抽選結果がまだのようだ。仰向けになっている海斗にとって、立ち上がるのも辛い。すると、「起きろ」という声が聞こえた。
「…はっ!はい!すいませんでした!って…」
すぐに立ち上がり、胸を張って言った。だが、正面に神怪がいたことで不機嫌になった。
(何だ、神怪か。終わったわ)
すると、しかめ面をしていた海斗を見た神怪は眉をひそめた。
「おい、何だか嫌そうな顔してるけど俺になんか不満があるのか」
神怪は目を睨み付きながら海斗に言った。その態度は完全に傲慢。何て返せばいいのか分からない。そのせいか言葉が上手く出てこない。
(もし本当のことを言ってしまったら、神怪怒るだろう。だからどうすれば…)
海斗は頭の中で必死に言葉を探した。この傲慢な態度をしている神怪が苦手だ。
「おい、どうした。早く答えたらどうなの?」
「今ちょっと考えているから黙っててください!」
返答に待ちきれなかった神怪に対して、海斗はとうとう限界が来てしまった。そのせいで頭に血が上がってしまったのだ。すると、沈黙している雰囲気になった。
「…」
2人は気まずくなり、下を向いていた。それが数分間、一言も喋らないでいた。すると、長椅子に座っていた神怪は何かを思い出し始めたのだ。
―これでいいのですか、▩▩様。なぜ人様に迷惑をかけて謝らないんですか―
幼き少女の叱る声だ。その少女の名前と神怪の本名が思い出せない。いつ、どこで、何を起こしたのか。
「ごめん、悪かった。さっきの話はなかったことにしろ」
相変わらず口調が悪い。だが、海斗に謝ったこと。心から反省しているのが珍しかった。
「彼女の言葉を思い出したからな」
そのことを聞き、海斗は驚いた。神怪にも彼女がいたのは意外だ。
「その彼女さんは今もここにはいるの?」
海斗は神怪の彼女のことが気になった。その彼女の名前、性格など。だが、神怪は口を濁すような顔をしていた。
「昔はいた。だが今はいない。どこに行ったのかも分からない。もうとっくに別れたから」
神怪は哀しげな顔をしていた。何らかの理由で別れなければならなかったのだろう。
(こんな感じだと、彼女いたことを自慢できない)
海斗はそう思い、紅葉の話をすることを辞めにした。
「その…彼女さんの名前は何ですか?」
神怪の彼女の名前を聞くのにも気が張った。
「名前…か。全く思い出せない。しばらく会ってないもん」
「そうだもんね。とっくに会ってないとなるとね…」
海斗は途中、何て返せばいいのか分からなくなってしまった。すると、また神怪が何か言おうとしていたのだ。
「これだけは言ってあげる。実は、彼女と俺は異国人なんだよ」
"異国人"と聞いて、海斗は驚倒した。神怪の顔立ちが日本人のように見えていた。日本語も流暢に喋れる。日本人だと思っていた。
「じゃあ、何人なんだ」
「俺は、漢民族だ」
漢と言えば、昔の中国の王朝だ。
「漢って…」
海斗は唖然としていた。
「俺は、漢時代から生きていたんだよ。でも、何者かによってここの中にずっと閉じ込められた。確か…閉じ込められてから1000年くらいは経ってるな」
「何だか…刑務所みたいだね…」
苦笑いをしながら何かしら返した。閉じ込められているというか牢獄にいるみたい。海斗はそう思っていた。
「刑務所ってなんだ?後継ぎ者」
神怪に聞こえてしまった。それだけでなく、後継ぎ者と呼ばれた。すると、海斗はあることを思い付いた。
「刑務所は僕が作った言葉なんだよ。驚いたでしょ!」
完全に嘘だった。だが、これしかないと思っていた。もし、意味を述べてしまうと神怪は激怒。さらに、何かを起こす可能性が高い。
(これは最悪だ…神怪はかなり強い妖術を持っていそうだからこの方法しかなかったんだよ…)
神怪は疑心暗鬼な顔をしていた。嘘だと見破られたのか。
(頼む…神怪…お願いだから信じてくれ…)
海斗は、両手を握り合わせながら祈っていた。緊張しているせいか汗だくになり始める。すると、神怪の目付きが元通りになった。
「ふ〜ん。まっ、いっか。何だかどうでもよくなったから」
そのことに海斗は呆れ、何も返す言葉もなくなった。
(神怪…本当に腹立つな…何だか独裁者みたいだ)
海斗は神怪に対して、目を睨み付けていた。それでも、素知らぬ顔をしている神怪。すると、神怪が椅子から立ち上がったのだ。
「あ、そうだ。今回、後継ぎ者に見せたい場所があるから」
そう言い、神怪が何かお経みたいに唱えている。すると、真っ暗な部屋になかった扉が付いていた。扉が自然に開くと、空は紅い。海斗が扉の前の下を向くと塔の上にいることに気付いた。
(え…!?これ落ちるんじゃないの!?)
海斗は高いところが苦手でもある。そのため、扉の近くまでは行きたくない。
「ねえ、神怪っ…」
海斗が後ろを向き、神怪を呼ぼうとしたときだった。とっくに海斗の後ろにいたのだ。すると、扉の前で神怪は左手で海斗のことを突き飛ばした。
「え…」
海斗はそのことには予想外だった。
「後継ぎ者、これだけは言う!ここは妖怪や人間の死者には見えない境界線だ!」
神怪はあからさまに言った。
(境界線ってどういうことなんだよ!)
海斗は神怪に対して、苛立ちが止まらない。すると、また神怪はまた何か言おうとしている。
「この境界線はな、守護国や黄泉の国とは違ってどこまでもがないくらい広い。あとはな、恨みのある死者がここにいるんだよ」
恨みのある死者がいると知り、次第に海斗に襲いかかってくるだろうと危機感を感じた。だが、今はそれどころじゃない。
(本当に意味が分かんなすぎだろ!)
この境界線がどこにあるのかが分からない。
「また言いたいことがもう一つある!それはな、俺と後継ぎ者が住んでるところは霊廟だよ。俺を封印している」
中華風にデザインされた塔の上が霊廟だと知った。そのことに海斗は何となく理解した。
(神怪は多分、遥か昔に悪事を起こしたのだろう。だから1000年以上も閉じ込められている。いや、封印だ)
海斗はそう解釈をした。あとで、この境界線や神怪という漢民族のことを知ろうとしていた。海斗は、塔の上から落ちながら神怪のことを睨み付けていた。




