第7話 猫耳勇者ちゃん、都会へ行く(そして俺はこっそり人助け)
「うーん……この辺りも、特に異常なし、か。ケモミミ住民と、時々ふわっと浮くポストくらいで、平和そのものだな」
神コンソールのマップを眺めながら、俺、神代カケルは若干手持ち無沙汰になっていた。ぬいぐるみ魔王は相変わらずハグされて動けず、スライム雨地帯はドローンのおかげで小康状態。世界はバグっているなりに、ある種の安定期に入っているのかもしれない。
「へいわがいちばんですぅ~☆ マスター、そろそろおやつの時間じゃないですかぁ? パンケーキ生成しませんことぉ?」
「パンケーキはもういいよ! あれのせいで神託モジュール止まってんだぞ!」
「えー、でもおいしいのにぃ……むぅ」
頬を膨らませる『バグ』をなだめつつ、俺はふと、あの猫耳勇者ちゃんのことを思い出した。アリア、だったか。あの子は今、どこで何をしているんだろう?
俺はコンソールの『重要キャラクター追跡』機能(いつの間にか使えるようになっていた)を起動し、アリアの現在地を検索する。マップ上に表示されたマーカーは……おお、結構移動している。街道を抜け、この世界の王都らしき大きな街、『光都ルミナステラ』に到着しているようだ。
「王都か……。あの子、本気で原因究明するつもりなんだな」
感心しつつ、マップをルミナステラにズームインする。
石造りの壮麗な街並み。行き交う多くの人々。活気のある市場。さすが王都、規模が大きい。そしてもちろん、衛兵も、商人も、貴族らしき人物も、皆一様にケモミミを生やしている。もはやこれがスタンダードだ。時折、街灯や看板がふわっと浮き上がっては元に戻る、軽微な重力異常も散見される。パンケーキ屋台がやけに繁盛しているのは、きっと気のせいではないだろう。
その中心街の広場で、アリアの姿を見つけた。鎧姿は少し場違いに見えるが、本人は気にする様子もなく、衛兵に何かを尋ねている。ぴこぴこと動く猫耳と、時折混じる「にゃ」という語尾のせいで、深刻な話をしているようには見えないのが、なんとも言えない。衛兵も若干困惑気味だ。
「異常現象の聞き込み、か……。まあ、頑張れよ」
俺はモニター越しに、心の中でエールを送る。直接手は貸せないが、応援くらいは……
と思った、その瞬間だった。
広場に面した坂道から、一台の荷馬車が猛スピードで駆け下りてきた! 御者が手綱を捌ききれなかったのか、それともこれも何かのバグか。車輪がきしみ、積荷の果物や野菜を派手にぶちまけながら、広場の人混みに向かって突っ込んでくる!
「うわっ! 危ない!」
人々の悲鳴が上がる。アリアも異変に気づき、剣に手をかけようとしている。だが、間に合うか!?
俺は反射的にコンソールを操作していた。デバッグツール! 緊急停止! 何か止められるものは……あった!『緊急時エネルギー障壁(デバッグ用)』! これだ!
俺は荷馬車の進路の少し先、アリアや人だかりの手前に座標を指定し、震える指で『実行』ボタンをクリックした!
シュンッ!という音と共に、半透明の光の壁が、荷馬車の目の前に出現した。
ゴッシャァァン!!
凄まじい衝突音。荷馬車は光の壁に激突し、前輪が砕け、積荷の残りが派手に宙を舞った。だが、壁はびくともせず、荷馬車の突進を完全に食い止めた。広場の人々は衝突の衝撃に息を呑んだが、誰一人怪我はないようだ。
「……ふぅ、間に合った……!」
俺はコンソールの前で、安堵の息を漏らした。心臓がバクバクいっている。
広場では、人々が呆然としながらも、互いの無事を確認し合っている。アリアも、剣を抜く寸前だったのだろう、驚いた顔で光の壁を見上げていた。
やばい、見られたか? 俺は慌てて障壁を解除する。光の壁は、まるで最初からそこになかったかのように、すっと消え去った。
だが、アリアは動かなかった。彼女は、荷馬車の残骸や騒然とする人々には目もくれず、ただ一点、さっきまで壁があった空間……そして、そのさらに上空、まるで俺の視線を感じ取っているかのように、真っ直ぐに見つめていた。
その翠色の瞳には、驚き、困惑、そして……疑念と、強い決意の色が浮かんでいた。
「……にゃ……」
何かを呟いたようだが、声は届かない。でも、その口の動きは、はっきりとこう言っているように見えた。
『……誰なの?』
「……まずいな」
俺はごくりと喉を鳴らした。今までは、間接的な手助けだった。だが、今回はあまりにも直接的すぎた。明らかに、人知を超えた何者かの介入だと、彼女は確信しただろう。
「マスター、すごいですぅ! スーパーヒーローみたいでした! バグ、感動しちゃいましたぁ!」
『バグ』が、いつもの調子で隣で騒いでいる。
「でも……あの子、マスターのこと、本気で探し始めちゃうかもですぅ? バレちゃったらどうしますぅ?」
「……バレるか」
俺はモニターに映るアリアの真剣な横顔を見つめながら、呟いた。
「それも、考えないとな……」
この世界の管理人(仮)として、ただバグを眺めているだけでは済まなくなりつつあるのかもしれない。俺の存在が、この世界の新たな『バグ』……いや、『変数』になり始めている気がした。
(第七話 了)