第6話 ポンコツ妖精との対話(意思疎通できるとは言ってない)
「ふむ……この辺りは……特に目立ったバグはなさそうだな。平和な農村地帯って感じか」
俺、神代カケルは、神コンソールのマップを眺めながら呟いた。スライム雨地帯のプチ清掃ミッション(?)を終え、少しだけ管理者としての自信(?)をつけた俺は、さらにテラ・グリッチアの探索を進めていた。隣では、妖精『バグ』がふよふよと浮いている。
「へいわがいちばんですぅ、マスター☆ のんびりするのもいいですねぇ~。お昼寝とか!」
「お前はいつもどおり呑気だな……。こっちはいつ致命的なバグを踏むか、気が気じゃないってのに」
「だいじょぶですよぉ! マスターには、わたくし『バグ』がついてますから☆ なんかあっても、きっと……たぶん……なんとか……なる……かも?」
語尾がどんどん怪しくなっていく相棒(?)に、俺は盛大なため息をついた。こいつの「大丈夫」ほど信用できない言葉はない。俺は探索を続けながら、コンソールのシステムメッセージや、未実装・エラー表示になっている機能をつらつらと眺めていた。
「えーっと……『神格レベルアップ機能』、未実装。『ワールドバックアップ』、エラー。『緊急脱出プロトコル』……ああ、これもバグで動作不能か。詰んでるな、完全に」
「マスター? つんでるってなんですかぁ? おいしいんですか?」
「……食い物の話じゃない。万が一の時に、元の世界に戻ったり、時間を巻き戻したりする機能が全部使えないってことだよ」
「わー! じゃあ、ずーっとバグと一緒ですねぇ、マスター! やったー☆」
キラキラした目で喜ぶ『バグ』。こいつにとって、俺がこの世界に閉じ込められている(かもしれない)状況は、嬉しいことらしい。まあ、悪気がないのは分かるんだが……。
「そういえば、『神託モジュール』ってのもあるけど……『パンケーキ需要過多によるサーバー負荷増大のため、一時停止中』? どういうことだよ!?」
「パンケーキ! おいしいですよねぇ☆ バグ、はちみつたっぷりかけるのが好きですぅ~!」
「だから、そうじゃなくて! なんでパンケーキのせいで神様の機能が止まるんだよ! どんだけパンケーキ好きなんだ、この世界の住民は!」
「だってぇ、マスターが降らせたパンケーキ、ふわふわでとってもおいしかったって、ワールド掲示板(管理AI専用)で評判でしたよぉ?」
「俺のせいかよ! っていうか、そんな掲示板あるのか……」
なんだか、自分が世界の混乱の原因であると同時に、妙な流行の発信源にもなっているらしい。頭が痛くなってきた。
「なあ、『バグ』。ちょっと聞きたいんだけど」
「はいですぅ! なんなりとお申し付けくださいですぅ、マスター☆」
「あの猫耳の勇者ちゃん……コンソールだと『ユニット:アリア』って表示されてる子。ステータスに『目的:異常現象の調査(発生源不明)』って出てるんだけど……やっぱり俺のこと探してるのかな?」
「わー! アリアちゃん、マスターに会いに来てくれるんですかぁ? やったー! お友達になれるかもですぅ☆ バグもアリアちゃんとお話ししてみたいです!」
「だから、友達云々の前に、原因作ったの俺なんだって……。それに、会えたとしても、こっちから話しかけられないんだろ?」
「むー……そうでしたぁ……。じゃあ、プレゼントこうげきですぅ! きれいなお花とか、かわいいぬいぐるみとか、アリアちゃんが好きそうなものをいっぱいあげれば、きっと言葉がなくても仲良しになれますって☆ ねっ!」
なぜか自信満々な『バグ』。プレゼント攻撃……。ネトゲの好感度上げかよ。まあ、現状、俺がアリアちゃんに対してできることなんて、それくらいしかないのかもしれないが。
「……それより、『バグ』。もっと根本的なこと聞くけどさ」
「はいですぅ! バグ、マスターのためならなんでもお答え……できる範囲でがんばります!」
「このコンソール、セーブ機能とかないのか? 下手なことして取り返しがつかなくなったらどうすんだよ」
「セーブですかぁ? えっとぉ……しすてむが不安定なので、今はオートセーブだけみたいですぅ。最後にいつセーブされたかは、バグにもよくわかりませんですぅ☆」
「はぁ!? オートセーブ!? いつセーブされるか分からないって、一番重要な情報だろ!」
「だいじょぶですぅ、マスター! きっと、すごーくいい感じの時にセーブされてますって! 例えば、マスターがカッコよくバグを解決した時とか☆ ねっ☆」
「全然大丈夫じゃねえし、何の根拠もねえよ!」
こいつとの会話は、キャッチボールというより、ボールをひたすら壁に投げつけているような虚しさがある。俺はぐったりと椅子にもたれかかった。
「……なあ、『バグ』。もう一つだけ」
「はいっ、マスター!」
「この世界……テラ・グリッチアって言ったか。ここって、元々はどうなってたんだ? 俺が来る前は、もっと……普通の、まともな世界だったのか?」
「えっとぉ……それはですねぇ……トップシークレット? きみつじこー? ってやつですぅ☆ バグにもよくわかりません!」
『バグ』は、人差し指を唇に当てて、おどけたように片目をつぶった。
「でもぉ、マスターが来てから、毎日がお祭りみたいで、バグはとっても楽しいですよぉ? 世界がキラキラしたり、魔王様がふわふわになったり!」
「俺は別にお祭り騒ぎを起こしに来たんじゃないんだがな……」
俺はため息をつき、再びコンソールのマップに視線を戻した。こいつに聞いても無駄だ。世界の真実も、俺が元の世界に帰る方法も、自分で見つけ出すしかないらしい。
「まあ、いいか。まだ見てないエリア、たくさんあるしな。何か手がかりくらい、転がってるかもしれん」
ポンコツで役立たずで、時々イラっとするけど、なぜか憎めないこの妖精を隣に、俺の異世界探索(という名のバグ探し)は、まだ始まったばかりだ。
(第六話 了)