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第5話 今度はスライムが降ってきて、ちょっとだけお掃除しました

 ぬいぐるみ魔王がハグに弱いという、しょうもないが重要な(?)情報を入手した俺、神代カケルは、ひとまず魔王軍ぬいぐるみの監視を解いた。アイツらは当分、あの場所で団子みたいになって転がっているだけだろう。


「さて、と。次はどこを見てみるか……」


 俺は神コンソールのワールドマップを、まるでネットサーフィンでもするようにスクロールさせていた。もう最初のパニックは薄れ、代わりに「この世界、他にどんなトンデモないバグが潜んでいるんだ?」という、ある種のゲーマー的好奇心が勝ってきていた。


「マスター、次はどこを探検しますかぁ? 空飛ぶお城とか、虹色の川とか、見に行きませんことぉ?☆」

「そんな分かりやすい観光名所みたいなバグがあるかよ……いや、ありそうだな、この世界なら」


『バグ』の提案もあながち間違いではなさそうなのが怖い。俺はマップの未開拓エリア……というか、まだ俺が詳しく見ていない地域に視点を移動させる。深い森、険しい山脈、広大な砂漠……。ファンタジー世界のお約束のような地形が広がっている。


「ん? なんだここ……天気がおかしいぞ」


 俺が注目したのは、緑豊かな森林地帯に位置する、そこそこ大きな街だ。マップ上でも、その一帯だけ妙なエフェクトがかかっている。コンソールの情報ウィンドウには『天候異常を検知:セクター・イプシロン』と表示されていた。


 ズームインしてみる。街並みは、石畳と木造の建物が並ぶ、いかにもファンタジーな雰囲気だ。だが、空からは雨粒とは明らかに違う、キラキラと輝く半透明の……スライム? のようなものが、しとしとと降り注いでいるのだ。


「うわ……今度はスライムが降ってきたぞ……」

「わー! キラキラスライムですぅ! きれーですぅ☆ ぷにぷにしてみたいですぅ!」


『バグ』は相変わらず呑気だ。人々は、大きな葉っぱで作ったような傘を差したり、フード付きのマントを羽織ったりして、スライムの雨から身を守っている。子供たちの中には、地面に落ちてぷるぷる震えるスライムを、面白がって棒でつっついている子もいる。スライム自体に害はなさそうだが、常にスライムが降ってくるというのは、地味に鬱陶しいだろう。


 俺はコンソールのシステムログを確認する。『エラー:天候制御モジュールとマテリアル生成試作7号機が競合。致命的なエラーではありません』。ステータス表示は『異常降水:膠質生命体シャワー(等級:無害、迷惑度:小)』となっていた。迷惑度:小、か……。


「まあ、命に関わるわけじゃないなら、放置でも……」


 そう思った時、街の一角にあるパン屋らしき店の前で、人々が困っている様子が目に入った。降り注いだスライムが店の入り口付近に溜まってしまい、ぬかるみのようになっているのだ。通行人が足を滑らせたり、店主らしきエプロン姿の男性(もちろんケモミミ付き)が、溜まったスライムを懸命にスコップで掻き出そうとしていたりする。だが、スライムは降り続くので、あまり効果はなさそうだ。


「……ちょっと、面倒なことになってるな」


 見て見ぬふりもできた。だが、さっき猫耳勇者ちゃんにしたように、ほんの少し、手助けしてやりたいような気持ちが芽生えていた。俺はコンソールのメニューを探る。天候そのものをいじるのは、また別のバグを誘発しそうで怖い。だが、この溜まったスライムを掃除するくらいなら……?


『デバッグ&メンテナンスツール』の中に、使えそうな機能を見つけた。『自動地形清掃ドローン展開』。説明には「軽微な障害物及び非敵対性異常物質の除去」とある。これだ。俺はパン屋の前をターゲットに設定し、『展開』ボタンをクリックした。


 すると、マップ上のパン屋の前に、数機の小さな円盤状のドローンが出現した。見た目は某お掃除ロボットに似ていて、どこか可愛らしい。ドローンたちは、効率的に動き回り、あっという間に溜まっていたスライムを吸い込んでいく。まるで、意思を持っているかのように、人々が通るスペースを確保し、パン屋の入り口を綺麗にしていく。


 作業は数分で完了し、ドローンたちは音もなく消えた。パン屋の店主は、綺麗になった店の前を見て、目を丸くしている。そして、天を仰いで、何度も深く頭を下げていた。他の住民たちも、何が起こったのかと驚きつつ、安堵の表情を浮かべている。


「……ふふっ」


 俺の口から、自然と笑みがこぼれた。直接感謝されたわけじゃない。俺の存在に気づいているわけでもないだろう。それでも、自分のしたことで、誰かの困り事が少しだけ解決した。それが、なんだか無性に嬉しかったのだ。


「マスターすごーい! お掃除名人ですぅ☆ さっすがですぅー!」


『バグ』が、いつもの調子で俺を褒め称える(?)。その声も、今はそれほど悪くない気がした。


「まあな。これくらい、神様(仮)の嗜みってやつだ」


 俺は少しだけ得意げに鼻を鳴らし、再びワールドマップに視線を戻した。

 致命的なバグは困るが、こういう小さなトラブルを解決していくのは、案外、悪くないかもしれない。


「よし、次だ、次! 他にも俺の助けを待ってる(かもしれない)バグを探しに行くぞ!」


 引きこもりゲーマー、神代カケル。異世界テラ・グリッチアの(非公式)管理人としての活動が、今、静かに始まった……のかもしれない。


(第五話 了)

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