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第2話 魔王軍がモフモフに!? そして猫耳の勇者(かわいい)

「……マジかよ」


 モニターに映し出される、住民全員にケモミミが生えたカオスな光景と、その手前で「えっへん!」と胸を張る(物理的に小さいので迫力はない)妖精『バグ』を前に、俺、神代カケルは深々と椅子にもたれかかった。頭が痛い。原因不明の頭痛は、寝不足か、それともこの異常事態のせいか。


「マスター、だいじょぶですかぁ? 栄養ドリンクでも生成しますぅ?」

「いや、いい……。それより、さっきのケモミミ、なんとかならないのか? クールタイムって言ってたけど」

「うーん、しすてむ的には規定時間経過しないとむりぽですぅ~。でも、マスターなら、こう……神ぱわー?でなんとか……なるかも……しれませんねぇ? たぶん!」


 また曖昧なことを。こいつ、本当に管理AIなのか? むしろ混乱を助長している気がする。俺はため息をつき、せめてもの抵抗としてコンソールの『設定』メニューを開き、『ケモミミ付与率』の項目を睨みつけた。『クールタイム:残り23時間58分』……絶望的だ。


 その時だった。


 けたたましい警告音がコンソールから鳴り響き、画面中央に赤いウィンドウが点滅表示された。


【緊急警報】魔王軍による侵攻を確認! 対象:辺境都市アークライト

【WARNING】Demonic Incursion Detected - Sector Gamma


「はぁ!? 魔王軍!?」


 思わず叫んでしまった。ファンタジーのお約束とはいえ、いきなり物騒すぎるだろ! ワールドマップが自動でズームアップされ、黒い靄のようなものに包まれた、いかにも悪そうな軍勢が、小さな街に向かって進軍している様子が映し出された。ドクロの旗印、禍々しい鎧に身を包んだオークやゴブリン、そしてひときわ大きな、威圧的な影……あれが魔王か?


「おい『バグ』! なんとかしろよ! 管理AIなんだろ!」

「ぴぎゃー!? ま、魔王軍ですぅ!? ど、どうしましょうマスター!? と、とりあえず、こーひーでも淹れますかぁ?」

「いらねえよ! なんかこう、撃退するコマンドとかないのか!?」


 こいつは全く役に立たない! 俺は半ばパニックになりながら、コンソールのメニューを片っ端からクリックしていく。「防衛システム」「迎撃魔法」「勇者召喚」……どれもこれも『未実装』か『リソース不足』! クソゲーどころか、ただの欠陥品じゃないか!


「くそっ、何か……何か手はないのか……!」


 焦る俺の目に、一つのボタンが飛び込んできた。


『敵対勢力 無力化』


 これだ! シンプルだが、一番効果がありそうだ! 俺は祈るような気持ちで、そのボタンを……連打した! 頼む、効いてくれ!


 カチカチカチッ! と軽いクリック音が響く。すると、ボタンの表示が一瞬、バチッと音を立ててノイズが走ったように見えた。そして、実行ログに表示されたのは……。


 コマンド実行:[敵対勢力 ぬいぐるみ化] - 対象:魔王軍全域


「…………は?」


『無力化』じゃなくて、『ぬいぐるみ化』? なんだそれ? タイプミスか? いや、それもバグか!?


 呆然とする俺の目の前で、ワールドマップ上の魔王軍に、再び変化が訪れた。先ほどのケモミミ付与とは違う、もっとこう……ファンシーな光が降り注ぐ。


 次の瞬間、禍々しいオーラを放っていたオークやゴブリンたちが、次々と形を変えていく。硬質な鎧は柔らかなフェルト生地に、鋭い爪や牙は丸みを帯びた綿の塊に。さっきまで恐怖の対象だったはずの魔王軍が、まるでUFOキャッチャーの景品かファンシーショップの棚に並んでいるような、大量のぬいぐるみへと姿を変えてしまったのだ!


 ボタンのようなつぶらな瞳のオーク。にっこり笑うステッチが施されたゴブリン。そして、軍勢の中心にいた巨大な魔王らしき影も……なんだか少し空気が抜けたようにしぼみ、威厳も何もない、ただただデカい、ダークパープルの熊(?)のぬいぐるみに成り果てていた。角だけは妙に立派なのが、シュールさを際立たせている。


「………………」


 俺は言葉を失った。隣では『バグ』が、ぽかんとした顔でマップを見つめていたが、すぐに「わー! わー! マスター、見てくださいですぅ! みんなかわいくなりましたねぇ~☆ もっふもふですぅ~!」と、小さな手をパチパチ叩いて大喜びしている。


「かわいい……のか? いや、まあ、確かに……」


 さっきまでの恐怖はどこへやら。そこにあるのは、大量のぬいぐるみが無造作に転がる、平和(?)な光景だけ。緊張感が一気に抜け、どっと疲労感が押し寄せてくる。


 と、その時。マップの端から、一体のぬいぐるみに向かっていく小さな人影が見えた。拡大してみる。銀色の鎧に身を包み、剣を構えている。……頭には、ぴょこんと揺れる茶色い猫の耳。明らかに、俺のやらかしたバグの影響を受けている。


「あの子は……?」


 猫耳の剣士――少女だろうか――は、恐る恐る、目の前に転がっているオークのぬいぐるみをつんつん、と剣先で突いている。ぬいぐるみが「ぷきゅ」と間の抜けた音を立てると、少女はビクッとして飛び退き、


「にゃっ!?」


 と、素っ頓狂な声を上げた。……今、にゃって言った?


 彼女は、どうやらあの街を守ろうとしていた戦士らしい。だが、目の前の敵(?)が完全に戦意(というか存在意義)を喪失しているため、どうしていいか分からず混乱しているようだ。剣を構え直して、今度はゴブリンのぬいぐるみに斬りかかってみるが、剣は「ふか<y_bin_358>」と柔らかい感触に阻まれ、全く効果がない。少女は「うにゃ~!」と悔しそうに足踏みしている。


「……なんか、ごめんな……」


 思わず謝罪の言葉が口をついて出た。全部俺のせいだ。彼女の勇姿を、俺が台無しにしてしまった。


 何かできないだろうか。コンソールの『アイテム生成』メニューを開く。あまり複雑なものは作れないようだが、『ポーション(小)』くらいなら生成可能らしい。俺は、彼女の足元に、そっとポーションを生成してみた。ポン、と軽い音と共に、赤い液体の入った小瓶が出現する。


「にゃっ!?」


 突然現れた小瓶に、猫耳の少女は再び飛び上がる。警戒しながらも、小瓶を拾い上げ、くんくんと匂いを嗅いでいる。その仕草は、完全に猫のものだった。


 俺はモニターに映る彼女の姿から、目が離せなくなっていた。

 混乱し、戸惑い、それでも健気に戦おうとしていた(相手はぬいぐるみだが)猫耳の勇者。


 この世界、本当にどうなってるんだ?

 そして俺は、この世界で、これからどうすればいいんだ?


 答えはまだ、見つかりそうになかった。


(第二話 了)

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