昔話
時は500年程昔に遡る。
龍族の縄張りに隣接する国の貴族の娘として産まれた私は、魔力や属性の適性検査を受ける5歳の年に両親と国から捨てられた。
人々が神と崇める聖なる龍族と対の闇の魔力が多く、聖なる力を受け入れられない私の身体は気味が悪いらしい。
解せぬ。
私はただ両親に望まれて産まれただけの人間なのに。
適性が分かった瞬間にこれだもの。
化け物だなんだのと騒ぐ大人たちを私はただただ眺めていた。
子供らしくない態度なのは重々承知なのだが、それにはワケがある。
それは、私に前世の記憶があるからだ。
剣も魔法もない世界。
科学とテクノロジーが発達した平和な争いのない世界。
そんな世界の記憶があり、精神年齢だけは大人のそれと同じだった。
その後、国王へと結果が知らされて私は国の生贄として龍族へと捧げられた。
無駄に豪華に着飾れたが言葉通り身一つで龍族の生活区域の森の中に放り出された私は、トコトコと歩きながら龍族について以前家庭教師から聞かされた話を思い出していた。
龍族とは神の御使であり、それぞれの魔法属性を持つ種族なのだそうだ。
寿命も長く、その巨体に相応しく魔力量も桁違いなのだとか。
魔法の扱いにも長けており、精霊達とも親和性が高くこの世界では最強の種族らしい。
何もしなければ温厚で、一度怒らせれば国一つ滅ぼす事なんて簡単に出来てしまうので人々からは畏れられている。
そんな話を聞いた時、私は「ふーん」としか思わなかった。
国の内地、もっとも守りの強い王都で暮らしていたからかも知れないが。
暫く歩いていると、とても綺麗で美しい人と出会った。
赤く燃え上がる様な美しい髪に宝石の様な瞳の男の人。
と言ってもここは龍族の生息域。
人が人であるはずが無い。
おそらくは人の姿形をした龍だ。
「……人の子がこんな所で何してる?迷子か?」
「いえ。生贄だそうです」
私がそう言うと彼はキョトンとしてから笑った。
なぜ笑うのか。
ちょっと意味がわからない。
「なんで笑うの」
「ごめんごめん。自分で生贄と言う奴は初めてで」
ムスッとする私に彼はそう答えてから顎に手を置いてじっと私を見下ろした。
何を考えているのか分からないが、ここでやっとこの人に会えたのだから先に続く言葉をじっと待った。
何も出来ずに野垂れ死ぬのだけは嫌だしね。
「とりあえず王の所へ連れて行くか……」
彼はそう言うと私をひょいと片腕で抱き上げた。
目線が高くなりびっくりして彼にしがみ付くと、彼はスタスタと何処かへ歩き始めた。
「王ってなに?」
「王は王だ。俺達の長」
「ふーん」
長という事はこのあたりの龍族を纏めてる人って事だから、その人に気に入られれば生きていられるし、気に入られなければ私は死ぬという事か。
出来れば気に入られたいけど、どうなるかな……
暫くすると集落が見えてきた。
龍の姿をした者もいるし、私を抱き上げてる彼の様に人の姿の者もいた。
生活する上で過ごしやすい姿で居るみたいだ。
キョロキョロと辺りを見回す私をそのままに彼はこの集落で一番豪華な家の中に入った。
その家の中には3人の人の姿の龍が居た。
真ん中で偉そうにカウチに寝そべっているのがおそらく王と呼ばれる人なのだろう。
その予想は当たっていた様で、私を今の今まで抱き上げていた彼が私を床におろし真ん中の王へと跪いて報告をしたから。
「王よ、森で生贄だと言う人間の娘を拾って来ました」
「ふむ……娘、こっちに来い」
ちょいちょいっと指で手招きする王様に、私は恐る恐る近付いた。
私が近くに行くと、王様は体を起こしてずいっと顔を近付けてじっと上から下へと視線を動かして私を見た。
怒りに触れればぷちっと殺されるだけの私は、ただただ王様の次の言動を静かに待った。
「娘よ、お前は生贄と言ったな?」
「はい。国に生贄として捨てられましたので」
「なるほど。つまりお前の事は我らの自由だと?」
「おそらく……?」
王様が何を考えて言っているのか分からなくて首を傾げながら答えたが、返ってきたのは沈黙だった。
じっとお互いを見つめ合う事数分、王様は高らかに笑ってぐしゃぐしゃと私の頭を撫で回してきた。
「あの……?」
何が何だか分からず戸惑っていると、王様はにっかりと笑いかけてきた。
「今更返せと言われる事がないのは重畳だ。聖龍共には悪いが、他の龍族には嬉しい知らせになるな」
私には何のことだかさっぱりわからないが、王様の今の言葉を聞いて周りの人達は騒がしかった。
なんなんだ?
「どういうこと?」
周りや王様の反応から、もうぷちっと殺される事がない事が分かった私は王様に理由を聞いてみることにした。
何が何だか分からないままなのは嫌だしね。
「あぁ、お前さんはワシ達龍族にとって宝の子だと言うことだ」
「宝?なんで?」
「次代の王としての素質があって、王の器として成り立つ子だからだ」
「次代の王?私人間なのに?」
どう言うこっちゃ。
詳しく聞いてみるとこうだった。
龍族は代々同種族から次代の王として素質のある器の子が生まれるそうだ。
その子に今代の王が力を継承して代替わりするのだと。
だけど、今代はいくら待てど暮らせどどの龍族にも次代の王としての素質をもつ器の子が生まれなかったのだと。
そうなると困ってしまうわけで、寿命が迎えるまで気長に待つつもりではあったそうだが、他の種族に器として適性のある子が生まれていないとも限らないそうで龍族に関わらず幅広く探していたそうだ。
そんな時にここに生贄としてやって来たのが私で、なんと私には龍族の王としての素質があり器の子になり得るのだそう。
ただし、聖龍との相性は最悪らしく聖龍の王にはなれないのだそうだが、他の7種族の龍達の王にはなれる素質があるのだとか。
そんな馬鹿なと思ったが、魔法に長けた種族の王様の言う事だ。
本当のことなのだろう。
私の魔力の質を見て判断したそうだし。
人生、何が起こるかなんて分からないしね。
その後、王様の指示のもと宴が催された。
長年探し続けた器の子が見つかったというか、自らやって来てくれたからと。
私は親と国から見捨てられただけなのだが、龍族にはあたたかく歓迎されたからまあ、良しとする。
今の私はまだ5年しか生を受けてから経っていないのだから、この先生きて行くには彼らの世話になるしかないんだし。
「それでは行くとしようか。レティシア、ワシに捕まれ」
「あ、うん」
宴から3日後、王様、もといファジュルに呼ばれて近付けばひょいと抱き上げられて龍の姿になった仲間の背に乗った。
ファジュルの膝の間に座らされた私は次々と龍の姿となる仲間達を眺めながら綺麗だなと思っていた。
ファジュルを頂点とするここの龍達は皆、真紅や薄紅等赤系統の色をしていた。
ファジュルが言うには炎を得意とする火龍の集まりなのだそう。
皆がそれぞれに龍となると、ふわりと浮く感覚がして下を見てみれば地面がどんどんと遠くに離れていった。
空はとても綺麗で、何百匹もの赤い龍が青い空に映えていた。
寒いかと思っていた空の上は意外にも快適で、ファジュルが魔法で防いでくれていた。
感謝感謝である。
刻同じくして、他の地に居た大勢の龍達も一斉に一つの地へと飛び立っていたのだとか。
世界を震撼させたその龍の大移動は、世界各地で歴史に刻まれた。
龍族と隣接していた国々は安堵し、そうでない国々は何故今大移動をしたのかと戦慄した。
理由はなんて事はない。
ただ私の為というか、龍族の今後の為に一ヶ所に集まって生活するってだけだ。
龍族が集まったのは闇龍が治めていた帝国だ。
何故そこなのかと言えば、私の魔力属性の中で一番適性があるのが闇の魔力だったからだ。
そこで各龍族の王と出会い、可愛がられ愛でられて生活しながら私がこの先治めることになる領土が急速に広がっていった。
森に住んでいたエルフと地龍が手を組み、住み易い地形に整えて森を開墾し、岩山で暮らしていたドワーフ達は一部のエルフと火龍が造った酒精の強いお酒に喜び堅牢な城を築き上げ、私が成人となる18になる頃にはこの世界で一番の領土の帝国が出来上がっていた。
亜人って怖い。
魔法って凄い。
「これからここがレティシアが治めていくことになる龍の楽園だ」
元々この馬鹿デカくなる前の帝国を統治していた皇帝であり、私を龍王達の中で一番溺愛してくれる闇龍の王であり何故か自分を私の父親だと言うサルヴァが私を抱き上げて帝国全土を見下ろせる空中に浮いてそう言った。
「パパ達はこの先どうなるの?」
「人の子の命は短く儚いからな。もう少ししたら我らの力をレティシアに継承することになるだろう」
「ふーん」
つまり、自分が父親だ母親だと事あるごとに言い争って我先にと私を構い倒していた親達の見苦しくも愛を感じられていたあのやり取りを見られなくなるって事かな。
それはちょっとさみしいかも。
国が大きくなる間、私は何をしていたのかと言えば、王様達から龍の魔力と私の身体を馴染ませる為にただひたすらに可愛がられていた。
帝国の姫として、次期皇帝としての勉強も間に挟みつつただただ魔力を注がれて馴染ませて龍族の王としての器として成り立つ様にお世話されていたわけだ。
何もしていないと言えばしていない。
ただ、親が一気に7人も増えて連れ添って来た龍達の大大大家族の一員になったってだけ。
そこにエルフやドワーフ、鬼人が加わったけど、私が特に何かをしたわけではないからノータッチ。
だけど彼らにお願いは少しばかりはした。
前世、ハーブティーが好きだったしお酒も好きだった。
だから薬草のエキスパートなエルフ達に色々と試してもらったり、お酒造りのエキスパート達にも色んなお酒造りをお願いしたりした。
もっとも、お酒に関しては私よりも親達龍王の方や安住の地を求めて移住して来た鬼人達が大喜びで手を貸してたみたい。
食事に関しても我が儘を言った。
素材の味や薄い塩味ばかりなのは嫌だったので様々な調味料は無いのかと、色んな味のご飯が食べたいと。
それはもう、料理をしてくれる料理人さんを困らせるほどには。
そこで、親達の部下というか、仕えてる人達が色々な国々へと旅立って探してくれて仕入れや取引を行って段々と食が豊かになっていった。
料理人さんも頑張ってくれたよ。
やれば出来るじゃん、と私はご満悦になったのは言うまでも無い。
「力を継承してもすぐに消えるわけではない。少しずつ衰えていくだけだ。だからそう泣きそうな顔をするな、レティシア」
「うん、分かってるよパパ。でも寂しいんだもん」
「俺もだ。愛しい我が娘」
成人を迎えてから数年、25歳になった頃私はついに龍族の王としての儀式を行った。
一気に7つの力を継承するのではなく、身体の負担なんかを考えて数年単位で受け入れていった。
初めは最も適応している闇龍から。
パパ、サルヴァとの思い出はたくさんある。
たくさんあるからこそ、徐々に衰えて動けなくなっていくのを見たくないと思ってしまう。
それでも、大好きな家族の為に私は王になる。
力を受け入れて眠りにつき、身体を順応させて目覚め、そしてまた力を受け入れて眠りにつく。
それの繰り返し。
元々人間であった私の身体にはいくら馴染ませたからと言って龍の力は膨大で、長い眠りを必要とした。
短くて数年、長くて数十年は眠っていたらしい。
身体の成長は止まっているものの、時は進むのでその間のお世話は志願したもの達が甲斐甲斐しくお世話をしてくれた。
全ての龍王から力を受け継ぎ、目覚めた私は人であることを辞め新たな龍族の王として生きて行くことになる。
それが、今から300年ほど昔の話だ。
*****
先代の龍王達の眠る場所は城の中腹、岩山の頂上にある。
城から少し離れた所に作られた芸術ような森に囲まれた洞窟が彼らの終の住処となっていた。
洞窟を守るように大きな木が周りを囲み、緑豊かなその場所には小さな湖もあり小動物が生息している。
少しずつ衰えて動けなくなっていくのには変わりわないが、人のそれと違い、長い長い年月をかけてゆっくりと眠りが長くなっていって、やがて目覚めなくなるのだそうだ。
だから未だにピンピンとしている者達もいる。
その筆頭はパパだったりする。
それでも、力の大半を私に譲渡してるから衰えてはいるのだけどね。
「パパ、何やってんの?」
終の住処の近くを巡回していた騎士に「森の中心付近に急にデカい木が生えました」と報告を受けてやって来てみれば、本当に馬鹿でかい木が悠然と聳え立っていて呆れてしまった。
何をやっているんだ、爺共が。
「おぉ、レティシアよく来たな」
「よく来たなじゃないよ。何してんの?」
「前にエルフ達に聞いたログハウスで生活してみたくてな、作ってみた」
「傑作だろ?」
どうよ、と自慢してくるパパ達に私も、一緒に来た護衛騎士も呆れて何も言えなかった。
何してくれてんだよ、この爺共。
「パパもパパだけど、ヘイヴパパもヘイヴパパだよ。なにノリノリで大木生やしてんのよ。寿命が更に短くなっちゃうでしょ!」
大地と緑を司る地龍の元王のヘイヴお父さん。
そのヘイヴパパが生やした大木はただの大木ではなく、パパが言う通りに家がくっ付いてるログハウスとなっていた。
それも、一棟だけでなく七棟だ。
一人一棟使うのか?
洞窟の部屋があるのに?
何のために作ってんだか……
「心配してくれるのは分かるがな、レティシア。そう簡単に死にはせんよ」
「知ってる。でもできるだけ長く生きていて欲しいから言ってんの」
「分かったわかった。可愛い姫様の言う事だ、できるだけ守ると誓うよ」
ヘイヴパパはそう言うとくしゃくしゃと私の頭を撫でた。
本当に分かってんのかな、この人達。
まあ、今考えても仕方ないか。
「それで、何でログハウスなんて作ったの?」
大木ではあるけど、家自体は人型サイズだからこの先長く眠りにつくときには不要のものだ。
龍族の本来の姿は龍なのだから。
それなのにログハウスを作る意味って何だろう?
「皆と話し合って決めたんだよ。ワシ等との思い出を少しでも残してやりたいとな」
そう言いながら森の茂みから現れたのはファジュルだった。
思い出を残す、ですって?
「それぞれとの思い出を残す為の部屋だとでも言うの?」
「正解」
よく出来ました、とパパは微笑んで私を抱き上げた。
突然視界が高くなり咄嗟にパパにしがみ付くと、パパは柔らかく微笑んだ。
「ちょっと!?」
「案内してやるよ、愛しい我が娘」
そう言うパパに連れられてログハウスの中へとなす術なく連行された私。
後ろに護衛騎士とヘイヴパパにファジュルと続いて入って来た。
ログハウス自体の作りはとても簡素なもので大木をくり抜いて入り口を付けたようなものだった。
よくやるよ、と思ったのは内緒。
入り口にはドアプレートの代わりにそれぞれの龍鱗を加工したものを付けていた。
一目で誰の部屋か分かるのいいね。
デザインもそれぞれ凝っていて、性格が出てた。
中もそれぞれの特徴が出てて面白かった。
部屋の作りは同じなのに飾り方がみんなそれぞれ違ってて、でも一つだけ一緒だったのが部屋の奥の棚にあったアクセサリーケースだ。
アクセサリーなんて思い出にあったっけ?
と不思議に思ってたらパパはケースを開けて中を見せてくれた。
中には、これぞ匠の技。繊細な銀細工で施されたとても美しくて細やかなデザインのアクセサリーが並べられていた。
そのアクセサリーの全てに嵌めてあるのは言うまでもなく宝石ではなくて龍鱗。
最後のプレゼントだと言われなくても分かった。
「なんかズルいよね、こういうの」
「そうか?」
なんて事なさそうに言うパパに、何とも言えない気持ちになった。
あれだよね、パパ達って長命種だし人でないから人らしい気持ちって理解しにくいのかも。
私は人だったし、前世の記憶もあるしそう言うのに敏感なのかもしれない。