第一話 匿名メールから
夜の9時。
僕――厚母 蘭舞は、風呂と宿題を済ませて、自室のベッドに寝そべりながら、スマホのゲームアプリを開いた。
この何もかもが終わった後にゲームをするのは、僕の1日のルーティンの中で、1番大好きな時間だ。
ゲームをしている時間が1番幸せだと思うほど、僕はゲームが好きだ。
ー✉️ー
それは突然のことだった。
ゲームを初めてから、1時間くらい経った頃だ。
"ブーッ ブーッ"
「ん?」
ゲームをしている時に、メールを知らせる通知音が鳴った。
こんな時に誰だ?
メールを開いて見るとメールの送り主は、匿名、とだけあった。
「はぁ…。ゲームしてるときに邪魔しないでもらいたいな…。ってか誰?というか今何時?」
スマホの時計に目を向けると、ちょうど22時10分だ。
こんな遅い時間に、一体、友達がいない僕に誰が何の用があるのだろうか。
知らない人からのメールは詐欺などの可能性がある、危ない。
とりあえず、メールは削除しよう。
僕は流れるような手付きでメールを削除した。
「よしっ。ゲーム再開」
"ブーッ ブーッ"
気を取り直して頭をゲームに切り替えた、が、またメールがきた。
少しイラつきながら、届いたメールを削除した。さっきの匿名からだった。
「怖っ、ほんとなんなの?」
怖いな。とりあえず、無視だ無視。
ゲームしてたら、いつかメールはこなくなるはず、そう信じとこう。
僕は再びゲームに戻った。
が、
"ブーッ ブーッ"
「あぁもう、ムカつく」
また同じ匿名メールのせいで、すごくイライラしてきた。
無視、無視するんだ僕!ゲームに集中!
"ブーッ ブーッ"
4回目。また、匿名メールの通知音が鳴った。
鳴ったと同時に、僕の何かがプツンッ、と音をたてて切れた。
「ブーブーブーブーうるさいな!ゲームの邪魔して!許さないよ、匿名!」
ゲームの邪魔をされたことを、スマホに怒りをぶつけた。
ったく、開けば良いんだろ!気持ち悪い。
僕は、新しい匿名メールを開いた。
一瞬、メール開くのはやめたほうがいいと思った。
だけど、匿名メールのせいでイライラしているあまり、躊躇なくメールを開いてしまった。
「えっ」
僕はメールをまじまじと見つめてしまった。
スマホの画面から、目を離せなくなった。
その理由はメールの内容が、あまりにも不思議なものだったからだ。
『神楽シノブ 高校1年生です。よろしくお願いします』
送られてきたメールは、この自己紹介文。
一応、匿名から送られてきた他のメールも全て読んでみた。
すると他のメールも、全てこの自己紹介文が送られてきていた。
ぞっとして、僕の全身に鳥肌が立った。
なんで僕にこんなメールがくるんだ?
自己紹介文を送ってきて、僕に何を求めている?
神に楽しいは、かぐらって読むのか?
「神楽シノブって、誰だ…」
初めて聞いた名前だ。
もちろん神楽シノブと話したり、会ったりしたことは一度たりともない、赤の他人だ。
でも、神楽シノブは僕にメールを送った。
つまり神楽シノブは、僕のことを知っている。
本当に、神楽シノブは何者なんだ?
高校1年生って僕と同じだけど、本当に高校1年生なんだろうか。
「神楽シノブ…またメールがくるんだろうか?」
メールの通知は、僕が4回目の匿名メールを開いてから、もうこなくなった。
でも、もしまたきたら……それだけは避けたい。
それでも、神楽シノブが何者なのか気になり過ぎる。
どうして僕のことを知ってるのかも、知りたい。
僕は、いい考えを思いついた。
「誰なのか、メールで聞いてみよ。そして、何故メールを送ってきたのか、確認しよう」
もしかしたらお母さんやお父さん、兄ちゃんの知人からかもしれない。
怖さで抵抗する自分を振り切って、メール文を打った。
『誰?』
打ち終わった後、スマホを閉じた。
「なんて返ってくるんだ…」
ちゃんと、メールを返してくれるのだろうか。
どうせなら何も返ってこなくていいけどな。
関わりたくない。
「ていうか僕、なんでこんなことしてんだろ」
なんかバカなことやってる気がするな…。
"ブーッ ブーッ"
メールの通知音が鳴った。返事がきたのだ。
自分の体中に、一気に緊張が走ったのを感じた。
メールを見ないと。神楽シノブが誰なのか、分からない。でも、怖い。
「くっそ…怖い、怖い。でも、」
でも、送ったのは自分だから。
送ると決めたのは、僕自身だから。
1回深呼吸をし、気持ちを落ち着かせた。
「よし、見よう」
送ったのは自分、と心の中で言い聞かせ、メールを恐る恐る開いた。
『あなたこそ、誰ですか?』
メールには一文、そう書かれていた。
思わず眉間にシワを寄せ、僕は「はっ?」と呟いてしまった。
向こうからメールきたのに、なぜ誰ですか?なのか。
でも1つだけ分かったことがある。
それは、この人は僕のことを全く知らない人で、赤の他人というわけだ。
「つまり、メールを報告して、ブロックしていいってわけだ」
そう解釈した。
僕はスマホを構え直した。
"ブーッ ブーッ"
またメールだ。報告してブロックするとこだったのに。
今度は何なのか。
仕方なくメールを開いた。
『厚母蘭舞 高校1年生です。よろしくお願いします。っていきなりなんなんですか?高校1年生って本当なんですか?そうやって、詐欺やナンパをするつもりですか?』
そのメールをみて、思わず息を呑んだ。
なんで僕と同じようなメールが、神楽シノブにも送られてきているんだ。
いきなり質問攻める。詐欺やナンパをするつもりかって疑われる……情報の整理ができなくなってきた。
「一体、このメールになんて返せばいいんだ…」
頭を抱え、本気で悩んだ。
まさか、向こうの方も僕と同じようなメールがきたということは……全く想像つかなかった。
ごめんなさいって、謝るべきか。
いや、僕は神楽シノブに対して、悪いことをしていない。何もしていない。
僕のほうにも、同じようなメールがきたんだって、はっきり伝えるべきか。
はっきり伝えたほうがいいに決まってる。
はっきり伝えないと、僕の伝えたいことは、相手に伝わらない。
『一回、焦っていたら落ち着いてください。実は自分も、神楽シノブ 高校1年生です。よろしくお願いします。っていうメールがきたんです。僕のほうも、よく分からない状況です。そして、僕は詐欺やナンパをするつもりではありません。何もしようとしていません』
最後に僕は、こう付け加えた。
『そして、僕は厚母蘭舞です。学年は、高校1年生です』
この二文を送った。
「なんて返ってくるんだろうか」
想像できなかった。
もしかしたら、一生返事が返ってこないかもしれない。
"ブーッ ブーッ"
一生返事が返ってこないと思っていたのに、意外と速く返事がきた。
僕はすぐに、メールを開いた。
『それ、本当ですか?』
神楽シノブは僕を疑っているようだ。
それもそのはず。顔を知らない赤の他人を、信じられるわけがない。
『はい。本当です』
メールを返信した。すぐに返事がきた。
『本当に高一で、厚母蘭舞っていう名前何ですか?』
本当に、僕のことを疑っているようだ。
別に僕も君のことを疑っているから、疑われていても構わない。
神楽シノブからまた質問で返されたので、僕も質問で返した。
『はい。高一で、名前は厚母蘭舞です。君こそ本当に高一で、神楽シノブっていう名前何ですか?』
『そうですけど…』
すぐに、返事がきた。
神楽シノブが本名で高一ということは、本当なのかもしれない。
でも僕はどうしても、完全に信じることはできない。
きっと向こうも、同じはずだ。
神楽シノブのほうも、僕の本名や学年が分かったとしても、信じることはできない。
しばらくすると、神楽シノブからメールがきた。
「はぁ!?マジっ、なんで!?」
自分でも驚くほどの大きな声で、思わず本音が声となって出てきた。
メールの内容は、
『あの、もし良かったら、メール、ときどき一緒にしませんか?』
というものだった。
「えっ。嘘だろ君。ってか、なんでいきなり!?」
動揺して、意味が分からなかった。
『どうしてそんなこと誘うんですか?いきなりすぎるし、お互いいろいろ疑うところだらけで、何も分からないですし』
そう返信した。
どうしてそんなことを誘ってきたのか。気持ち悪い。
僕も神楽シノブもお互い疑っているし、顔さえ見たことないのに。
一体どんな思いで、神楽シノブはこのメールを送ってきたのか、全く分からない。
『ときどき一緒に、メールしませんか?』って、もう友達じゃん。
そこまで考え、ふと思ってしまった。
「友達…。もし神楽シノブとメール始めたら、友達ができたってことになのか?メル友ってやつ?」
きっと、そういうことになる。
それはそれで友達ができるからいい。
厚母蘭舞、高校1年生。
恥ずかしいことだが、僕は人と対面して話すことが苦手なせいで、友達と呼べる人間が高校にいない。
まだ5月だから、これからできるかもしれないけど。
だから神楽シノブとメールを始めても、いいんじゃないか?
考えていると、神楽シノブからのメールがきた。
僕は素早くメールを開き、スマホの画面を見つめた。
『分かってる。分かってるけど、本当にメールしてほしい。だからお願い。一緒にメール、してほしい』
今度は、タメ語で頼んできた。
タメ語や文で、本当に神楽シノブがそう思っていることが伝わってきた。
ぼっちの僕はこう返事をした。覚悟はできている。
友達くらい、1人くらいいていい。
『いいですよ。でも1つ、個人情報のためにお願いがあります。お互い、住所や住んでいる地区を伝えるのは駄目。そして、自分以外の名前を出したら駄目。そのことを、絶対に守ってほしいです』
友達は友達でも、メル友になった赤の他人。
個人情報を伝え合うのは避けたい。
別の人の個人情報をバラすことになってしまうかもしれないから、避けたい。
神楽シノブからの返事は、すぐにきた。
『いいよ。後、このことは私達だけの、秘密にしよ。それと絶対タメ語ね』
僕と神楽シノブだけの秘密。当たり前だ。
もし親にでも話したら、知られたら………
ふと時計を見ると、もう夜の11時を過ぎていた。
このメールで、終わらせよう。なんかもう眠い。
『分かった。じゃあ、もう11時だから。メールやめよう。おやすみ』
ちゃんとタメ語で送ってから、僕はスマホの電源を切り、ベッドに入った。
ー✉️ー
いつの間にか、5月下旬になった。
今日の天気は曇り。雨が降りそうで降らない、ちょうど良い天気だ。
昼休みの昼食時間。
僕は自分の席で、不格好なウインナーを箸でつまんで、口に入れた。
今日ずっと曇ってるから、雨降ったらやだな。
そういえば、初めて神楽シノブとメールのやり取りをしたあの日から、一度もメールをしていない。
今日、何か送ってみようか。
どんな内容を送ろうかな……
学校帰り。
偶然、メールの良いネタになりそうなことが起こった。
一日中ずっと曇りをキープしていた空から、突然大粒の雨が降ってきたのだ。
「傘持ってきてなかったから、雨降ってほしくなかったのに。最悪だ…」
僕は両手でカバンを持ち、頭に雨が当たらないようにした。
両手が空いてない状態になったから、もしこけたら顔、怪我するな。
その時に、このことをメールのネタにしようと、閃いた。
「このことを送ったら、神楽シノブからはなんて返ってくるんだろう。というか、突然天気話を送ったら、神楽シノブは困るかもな。内容しょーもないし」
マイペースに歩きながら呟いた。
「…とゆうか僕、こんな呑気なことを考えてる場合じゃないんだ。雨がこれ以上強くなる前に、早く帰らないと」
両手がふさがったままこけないように、雨で足を滑らせないように、僕は家へと走り出した。
家に帰り着いた頃には、僕は全身冷たい雨と、流れる汗でびっしょりしていた。
だから自室に学校の荷物を置いたら、すぐにお風呂に入った。
神楽シノブにメールはその日の夜、ゲームをする前に送った。
『今日は帰り、突然大雨が降ってきたから、雨に打たれながら家に帰った』
たったそれだけの一文になってしまったけれど、僕なりに勇気を出して打った文だった。
自分では結構、これで満足した。
「よし、返事がくるまで、ゲームでもするか」
そう思ってゲームをしようとしたら、
"ブーッ ブーッ"
と、神楽シノブからメールの返事がきた。
びっくりした。速い、返事が速い、速すぎる!
「なんで、こんなに返事、速いんだ…」
まさか、僕からメールが届くのを待っていた?
いや、冷静に考えてそれは流石にないはずだ。
深く考えないようにしよう。
きっと、ちょうど神楽シノブはスマホを使っていたか、手元にスマホを置いていたのだろう。
だから、メールの返事が速くきたんだ。
そう考え、メールを開いた。
『そうなんだ。私のとこは、晴れだった。』
たった、それだけ返ってきた。
でも、僕はなんだか嬉しくなった。
「良かった…。ちゃんと返ってきた…」
「はぁ~」と安堵の息を漏らした。
神楽シノブの地域は、晴れだったらしい。
多分、これで今日のやり取りは終わりだと思うけど、神楽シノブから返事がきて良かった……。
僕は神楽シノブとのメールをやり遂げ、ゲームを始めた。
ー✉️ー
次にメールを送ったのは、6月に入ってからだった。
その日昼休みで、弁当に入っていたグラタンを食べた。
カップの底に占いが書いてある冷凍食品のグラタンで、僕は冷凍食品の中で一番好きだ。
でもグラタンは、少し箸だと食べづらいんだよな。
そのグラタンのことについて、神楽シノブにメールを送ってみようと思った。
その日の夜、僕はメールを打った。
『今日の昼に、冷凍食品のグラタンを食べた。グラタンが入ってるカップの底に、占いが書いてあるやつ』
返事はすぐにきた。
この前神楽シノブとメールをした時に、返事が速かったことを思い出した。
『知ってる。あれ、絶対高校生が対象年齢じゃないけど、占い気になるし、グラタンおいしい』
同感されて、嬉しくなった。
「返信、してもいいかな」
自分の口から出た言葉に、思わずびっくりした。
顔を知らない赤の他人に、メールの返事を送ろうだなんて。まさか僕の口からそんな言葉が出るとは…。
でも、今更遅い。
今日も、この前も、僕から先にメールを送った。
それに、初めて神楽シノブとメールのやり取りをし始めた時から、もう遅かったんだ。
『それ、結構分かる。でも、箸だと食べづらい』
グラタンを食べてる時、いつも思っていることを送った。
返事は、1分後くらいに返ってきた。
『めっちゃ同感』
それだけだった。だけどまたも同感され、さっきよりも更に嬉しさが増した。
また何か送ろうか。
でも、僕は今のメールで力を使い果たした気分だったので、メールを送るのはこれで終わりすることにした。
ー✉️ー
一週間後。
東京は今日から梅雨入りして、雨が朝から続いていた。
いつもしているお楽しみのゲームが、集中できない。
理由は雨の低気圧のせいで、頭がズキンズキンして痛いからだ。所謂、天気痛。
頭がぼーっとするから、僕はこの天気痛がものすごく苦手だ。
「あぁ~、頭痛い。早く梅雨、明けてくれないかな~」
"ブーッ ブーッ"
メールの通知音が鳴り、神楽シノブからメールがきたことが分かった。
僕はあまり人からメールがこないから、メールの通知音が鳴ると、神楽シノブからだとすぐに分かる。
初めて匿名メールで、神楽シノブからメールが送られてきたのを除いて、今、初めて神楽シノブから先にメールがきた。
『食べ物で何好き?ちなみに、私はこの世にある食べ物全部!』
元気な文が送られてきた。
好きな食べ物を男子高生に聞くとか、神楽シノブは暇か?
僕は女の子が暇そうに、ベッドの上でゴロゴロしているのを想像した。
なんか女子のベッドっていい匂いしそうだな、と一瞬気色悪いことを想像してしまったが、真面目に答えることにした。
『わらび餅かなぁ…』
そう、僕はわらび餅が大好物だと胸を張って言えるほど、大好きだ。
以前、兄ちゃんがわらび餅を買って帰ってきた時に、初めて食べるわらび餅が美味しすぎて、僕がほとんど全て食べたことがあった。
確か、その時お父さんが、「母さんと離婚した父さんも、わらび餅が好きだったんだぞ」って、どうでもいいこと言ってきたっけ。
兄ちゃんが産まれてくる少し前に、祖母と不倫が原因で離婚したお父さんの父さんのことなんて、僕にとってはどうでもいいことだ。
"ブーッ ブーッ"
神楽シノブからメールの返事がきた。
『なんで?』
理由を聞かれたので、丁寧に答えてあげた。
『初めてわらび餅を食べた時に、わらび餅が美味し過ぎたから』
僕がわらび餅との出会いを思い出していると、神楽シノブからメールの返事がきた。
『へぇ~そうなんだ。わらび餅、美味しいよね!』
神楽シノブもわらび餅が美味しいと思っていてくれて、嬉しくなった。
ー✉️ー
いつの間にか、6月の下旬になった。
最近暑さが増してきていて、昼休みの学校では、サッカーや教室での雑談が流行りとなっていた。
そんな中、僕は教室の自分の席に座って、考え事をしていた。
実は高校生になって2ヶ月経っても、僕はまだ友達ができていない。
神楽シノブと仲良くメールやってるから、僕は高校での友達づくりを諦めた。
最近は神楽シノブからメールがこないから、僕からメール送ってみようかな…。
僕は少し、顔を顰めた。
でもこういう時に、なかなかいいメールのネタが出てこないんだよな――
その日の夜。
僕はベッドに寝そべって、スマホのゲームアプリを開いた。
すると約1時間前に、神楽シノブからメールがきていた。
最近神楽シノブとメールをしていなかったから、向こうからメールがきていて嬉しくなった。
だから、僕の手は自然と、メールを開いた。
『何得意?』
送られてきていたメールは、この4文字。
前は好きな食べ物だったけど、今回は得意なことみたいだ。
きっとこの人はメールのネタからして、相当暇人なんだろうな……
そう捉えて、この暇人とメールを長く続かせるように、少し面白く答えてみた。
『テストで赤点を取ることと、コミュ力が高いところかな』
この答え方って面白いのか?
本当のことだし、いいっか。
コミュ力高いのは、ゲームで他のユーザーとやり取りをしている内に、自然とコミュ力が高くなった。人と対面して話すことは苦手だけど、オンラインで話すことは得意。
他のユーザーから、時々『コミュ力高いね』とか言われる。
『赤点!?私と真逆なんだけど。私はテストで学年最高得点を取ることが得意だよ』
神楽シノブから、メールの返事がきた。
神楽シノブは頭が良いようだ。
赤点取る僕にとっては、学年最高得点の人に自慢されたとしか伝わらないけど。
『自慢?』と、本音を送った。
『いや自慢じゃないけど。でも、蘭舞のメールの文からして、コミュ力高そうだなとは思ってた』
「はぁ…いやでも、テストは自慢じゃん」
でも、神楽シノブからコミュ力が高いって思われてたところは、嬉しい。
「じゃ、神楽シノブが自慢してきたから、僕も自慢げに返信してやろ」
『どうもありがとう。実は僕、いろんな人からそう言われてきたんだ。だからコミュ力高いって言葉は、聞き飽きてきた』
オンラインの中だけで、現実ではそんなこと言われないけど。なんか盛り過ぎたかもな。
『え?もしかして仕返し!悪ノリじゃん!最悪……。――じゃぁ私お風呂入んないといけないから、今日のメール終わりね!またしようね、バイバーイ!』
と、神楽シノブからメールの返事がきた。
ふと、時計をみた。ちょうど夜の9時15分だ。
この時間に風呂に入るということは、神楽シノブは何か部活でもしていて、帰りが遅いのかもしれない。
それにしても、神楽シノブからメールを強引に終わらせられたような気が……しないでもなかった。
深く考えないようにしよう。
強引にメールを終わらせられたけど、神楽シノブとのメールが終わったので、僕はゲームを始めた。
ー✉️ー
7月に入って約1週間後。
今日は、近くの区で祭りがある。
この区から近い区なので、学校では祭りの話で持ち切りだ。
「一緒いこー」「ごめん。今日部活」
「待ち合わせどこにする?」「駅でいんじゃね?」
ちなみに僕は行かない。祭りに興味ないし、行く人いないし。
だから、僕は何も予定がないまま、真っ直ぐ家に帰った。
夕食を食べ終わった後、スマホを見たら神楽シノブからメールがきていた。
祭りがある今日にメールがくるとは思っていなかったから、びっくりした。
神楽シノブは、祭りに行きそうなのに。
それか僕みたいに、祭りに興味ないとか?
「まぁ…他人のことだし、いいっか」
そう呟き、メールを開いた。
『そういえばさー。趣味とかある?』
送られてきていた文は、趣味についてだった。
趣味かぁ…。
趣味を聞かれたのって、かなり久しぶりだな。
「僕に趣味なんか聞くより、祭りに行ったほうがいいんじゃないか。この人は」
まぁいいや。答えてあげよう。
『ゲームとスマホ触ること。平日でも1日4時間は、スマホ触ってるかも』
『え…ヤバッ!4時間ずっとゲームしてんの?』
メールを送ったら、すぐに神楽シノブからの返事がきた。
『そんなわけ無いだろ。ちゃんと、動画観たりもしてるよ。まぁ、ほとんどゲームしてるけど』
ゲーム9割、動画1割ってとこかな。
『いやいやいや。4時間ずっと動画、ゲームなの?もしかしてスマホに依存してる?目ぇ絶対悪いでしょ?眼鏡かけてるでしょ?ってか、なんでそんなのにハマるの?』
「ひどっ、失礼な文送ってくるな…」
神楽シノブ、僕が赤の他人だと分かっててこのメールを送ったのだろうか。
目は結構悪くて眼鏡かけてるのは本当だけど。
だけどすごい決めつけるように伝えてくるの、やめてほしい。
「というか、そういう神楽シノブの趣味はなんだ?」
気になったので、僕は聞いてみた。
『決めつけるのはよくない。というか、そういう君は趣味なんなの?』
メールを送ってしばらくしたら、神楽シノブから返事がきた。
『読書と妄想』
読書はいいな。でも妄想が趣味とは気になるな。
今まで、妄想が趣味という人を聞いたことがないから、メール文を読んでいる目を疑った。
神楽シノブの頭の中、一体どうなってんだろうと、少し興味を持った。
『妄想!?君こそヤバいと思うけど』
神楽シノブがしている妄想について、知ることができるかもな。
その考えは、少しだけ当たったようだった。
『いや、ヤバくないって。ところでさ、蘭舞は寝る時とかに妄想するの?』
まさか神楽シノブって、寝る時に妄想してるのか?少し引くな。
『するわけない…。ってか、なんで寝る時?』
『だって、寝る時に妄想しないと眠れないんだよね~。あと、面白いしワクワクするし。多分寝る時に妄想する人、私意外にも結構いると思うよ』
確かに、寝る時に妄想する人は、意外と多くいるかもしれない。みんな言わないだけで。
でも、僕は神楽シノブの考えていることが一ミリも理解できない。
『ごめん。君の思うことが全く分からない』
神楽シノブに本音を送った。
『私も。スマホ依存の蘭舞のこと、理解不能』
と、送られてきた。
神楽シノブのほうも、僕のこと全く分かってないようだ。別にいいけど。
でも同時に一つ、不安になることがあった。
「こんなんで、神楽シノブとメール続けられるのか…」
少し不安になった。
ゲームもだけど、続けないと何も変わらない。
だから神楽シノブとのメールも、頑張って続けていきたい。
「頑張って続けてみよ」
と呟き、ゲームをするため宿題に取りかかった。
もうすぐ夏休み。
夏休みで、今よりもっと神楽シノブとのメールが、楽しくできるといいな――
ー✉️ー
「あ〜。涼しー」
僕は冷房が効いている昼休みの教室で、自分の席で背伸びをしながら呟いた。
もう、7月の下旬になった。
あと2日で夏休みだ。
「あ〜。夏休みとかマジ神〜」
「それな〜。夏休み何しよう?」
学校では、夏休みに胸を高鳴らせている帰宅部と、
「あぁ…夏休み、部活のせいで自由がぁ…」
「部活、週5で4時間とかマジで地獄すぎ」
夏休みのハードな部活練習を想像し、絶望する部活動生の大きく2種類に分かれていた。
僕は帰宅部だから、あと2日でくる夏休みがとても楽しみだ。
夏休みはゲームしまくろう。
一人で映画を観に行きたいな。ちょうど観たい映画があったし。
神楽シノブと、たくさんメールのやり取りをしたい。
今日の夜、神楽シノブにメールでも送ろう。
「夏休み、早く来ないかな~」
冷房で冷たくなった机に、頭を押しつけた。
机はひんやりしていて、気持ち良かった。
夜。ゲームをする前に、神楽シノブにメールを送った。
『僕の学校は、あと2日で夏休みだよ』
すぐに神楽シノブからメールが返ってきた。
『あと2日?いいな~私んとこはあと10日だよ?というか部活やだー!』
と、部活についての苦情付きで送られてきた。
前から思ってたけど、神楽シノブは部活をしているみたいだ。
夏休みがあと10日もあるなんて、可哀想だな。
『あと10日もあるなんて可哀想だね。ちなみに何部なの?』
少し煽り気味に聞いてみた。
一体神楽シノブは、どんな部活に入ってるんだろう。
神楽シノブは妄想オタクで、妄想しながら小説書いてそうだから、文芸部かな。
でも意外とスポーツ万能で、スポーツ系の部活かも。
そう考えてる内に、メールの返事がきた。
『可哀想じゃない。美術部』
美術部か。
妄想オタクの神楽シノブが入りそうな部活だ。妄想しながら、絵を描いてそう。
『へぇ~そうなんだー。ちなみに僕、帰宅部』
自分の部活を教えつつ、メールを返信した。
『蘭舞は文化系の部活か、帰宅部だって思ってました。なんで帰宅部なの?』
すぐにメールの返事がきた。
なんで部活に入らず帰宅部を選んだのか、あまり考えたことがなかった。
僕は部活に入らなかった理由を少し考えてから、返信した。
『入りたい部活がなかったし、部活って面白くなさそうだから』
『んまぁ、面白くない時はしょっちゅうあるけど。でも部活楽しいよ?』
返事が返ってきた。
部活は、確かに楽しいかもしれない。
でも、授業がない夏休みにもわざわざ学校に行って、何時間も部活をするのは嫌だ。
『楽しいかもしれないけど、僕、部活にあんま興味ないから』
と、神楽シノブに送った。
「あっ。そういえば、9時半からゲームのイベントがあるんだった」
スマホの時計を見ると、ちょうど21時25分だ。
とりあえず、今日はここでメールやめるか。
そう思い、メールをやめてゲームを始めた。
ー✉️ー
2日後。今日から夏休み。
僕は、今日で終わった1学期について、振り返りながら帰り道を歩いた。
1番はやっぱり、神楽シノブとメル友になったことだ。
初めはメールし合うの嫌だったけど、今思うとメール始めてとても良かったな。
少しだけ、笑みを浮かべた。
赤の他人とのメールが楽しいっていうのは異常だと思うけど、神楽シノブとのメールが楽しい。
次に神楽シノブからメールがきたのは、夏休みが始まって8日後のこと。
神楽シノブにとっては、夏休み初日だった。
送られてきたのは昼頃。
僕がダイニングで昼食を食べ終わった頃で、初めて昼間に神楽シノブとメールをした。
『|蘭舞聞いてー。私さ!部活で独自の絵を、描こうと思うんだよね。難しいかもしれないけど、挑戦してみたいんだ!』
メールの内容は、神楽シノブが夏休みに部活で、挑戦したいことについてだった。
神楽シノブ独自の絵か…
『いいんじゃない。具体的には?』
すぐに、神楽シノブからメールの返事がきた。
『決めてない』
決めてない、だと。普通はどういうの描くか決めてるだろ。
神楽シノブは頭はいいけど、計画性はないのか?
ちょっと呆れた。
「決めてないか…。でも、神楽シノブは夏休み入ったばかりっぽいから、急いで決めなくても大丈夫かもな」
でも部活の時に、部活と関係がない絵を描いても、大丈夫なのだろうか。
少し心配になり、聞いてみた。
『決めてないか…。まぁ、まだ夏休み入ったばっかだから、まだ決める時間あるけど。ところで、部活と関係がない絵を部活の時に描いてもいいの?』
もし駄目で部活の時に、部活と関係がない絵を描いてて顧問にバレたら、最悪退部になるかもしれない。
『多分駄目。だって私の学校の美術部、今年の夏休みはたくさん絵をコンクールに出す予定で、部活では、夏休みいっぱいコンクールの絵を集中して描くってことになってるから』
たくさんコンクールに絵を出す、か。
まずそもそも独自の絵を描くことさえ、難しい気がする。描く時間なさそう。さすがに無理あるかも。
『なら駄目じゃん』
『でも、どうしても挑戦したいから』
神楽シノブからすぐに返信がきた。
神楽シノブはどうしても、独自の絵を描きたいんだな。
僕は神楽シノブのために、何かアドバイスができないか考えてみた。
もし、僕が神楽シノブの立場だったら。美術部だったら。部活に関係がない独自の絵を、どうしても描きたかったら。
少しの時間赤点の頭で必死に考えた後、アドバイスをした。
『顧問にバレないように描いたらいいんじゃない?それか部活の時間で描くのは諦めて、家で描くか』
それくらいしか、思いつかなかった。一体なんて返ってくるだろうか。
僕はスマホの画面を見つめた。
すると、
"ブーッ ブーッ"
と、神楽シノブからのメールがきて、急いでメールを開いた。
『それいいかも。そうしよっ。じゃあ私、家では勉強に集中したいから、部活で顧問にバレないように描くね』
部活で顧問にバレないように、描くことを選んだか…
バレないように描けたらいいな。
「よし、今日はこれで、メールを終わろう」
僕はダイニングを後にして、自室に入りベッドに寝そべった。頭の中をメールからゲームに切り変えて、再びスマホを開き、ゲームを始めた。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
2話も是非お読み下さい。
シノブが蘭舞に“ある約束”をします。