王室典範(おうしつてんぱん)
「突然ですが、あなた様は我が大和国の王位継承権を持っておられます」
「え!? 冗談でしょ」
瓜生さんは、俺の質問に答えるかたちで、滔々と我が大和国の王位継承について説明をした。
まず、大和国憲法で『王位は世襲、継承順位は国会で定める王室典範による』と定められており、その王室典範では『王位継承は男系の男子のみ』と規定されている。すなわち現在の王室で王位継承権を持っているのは現国王の弟君のみということになるのだそうだ。
ということは、このままでは後継者がいなくなり、王家は途絶えてしまうということ?
「さようでございます。国王陛下は62歳、皇太子の弟陛下も57歳、お世継ぎのこれからのことを真剣に考えねばならない時期が来ています」
国王様にはお一人、弟の宮様には四人の姫様がいらっしゃいますけど。
「独身のうちは王族の一員として陛下のご公務の補佐をなさりますが、ご結婚されると王室から離れて一般人になられます。もし男のお子様が生まれても、女系の男子には王位継承権はありません。姫様たちもそろそろ結婚適齢期、もう時間的猶予はございません」
なるほど、わが国の王位継承がピンチなのはわかったけど、それと、俺と、どういう関係が?
「あなた様のひいおじい様のひいおじい様は国王であらせられました」
そういえばうちは由緒正しき家系なんだって、死んだおやじから聞いたことがあるけど… でも、それって、武士政権が幕府を開いていた時代だと思うけど。
「はい、それでも現在の王位継承資格者の中では一番血縁的に現在の国王様に近いお方ということになります」
でも、それって、もうほとんど他人ですよね。それよりも、英国みたいに女王様を認めるとか、女系の男子でも王位を継承できとるか、法律を変えた方がいいのではないですか。
「そのような意見もある一方で、現在の王位継承ルールは、わが国2600年の歴史と伝統に基づいており、安易に変えてよいものではないという意見の方もおられます。世論をまとめ、国会を動して法律を改正できる気骨のある政治家が今のこの国におりますでしょうか。批判や失脚を恐れ、王室典範改正は先送りにされ続けているのが現状でございます。王室庁としては、もう傍観者でいるわけには参りません」
でも、それにしたって、突然俺が皇太子なんて、それこそ世論が納得するわけがないと思うのだけど。
「あなた様には国王陛下と弟陛下の姫様のどなたかと結婚していただきます。これが極秘に行われた有識者会議での結論でございます」
で、私にどうしろと?
「あなた様には、わが国の将来の国王候補として帝王教育を受けていただきます。大学卒業後、姫様と結婚するまでは王室庁に勤務していただくことになるので就職活動は不要。住まいも、直ちに王宮内にある王室庁の寮に引っ越していただき、入庁前研修を受けていただきます」
今さら帝王教育って、そんなの、無理だって!
「姫様たちは幼い頃から帝王教育を受けておられますので、言いなりになっていればなんとかご公務は務まると存じます。それよりも、世継ぎの御子をもうけ、今後の王位継承を盤石とすること、2600年、154代に渡り脈々と続く大和国王家を途絶えさせないことこそが、あなた様の崇高にして最大の使命でございます」
それって、要するに俺は種馬ってことですか。
「まあ、ありていに言えばそういうことです。現国王様はなかなかお子様でできませんでした。確実にお世継ぎを得るためには、妊娠を確認した上での結婚が望ましい。姫様たちと自由に会うことができる環境を用意します。お手付きをしていただいても一向にかまいません」
いやいやいや、そんな、畏れ多い、絶対に無理だって。
「昨日試させていただきましたが、あなた様は見え見えのハニートラップにも簡単に引っかかる性欲旺盛なお方」
うっ、それを言われると弱い。
「身体はいたって健康、昨日採取した精液を検査させていただきましたが、精子は元気いっぱいでこちらの方も問題なし。何人かおられる五世のお孫様の中でも断トツで国王様の素質ありと判断させていただいた次第でございます」
「それでは、まずは引っ越しの準備を。引越しが済み次第、国王陛下のご家族と顔合わせの会食をしていただきます」