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第五話 第二回魔王会議(前編)

 竜とオークの勝負から二日後、二回目の魔王会議が実施される運びとなった。

 星喰らいはまだ傷が癒えず欠席。一方の大オークは、ピカピカに磨かれた筋肉を伴って、会議場に姿を現した。

 質実剛健がそのまま人の形となったような様子に、瀉血(しゃけつ)婦人は目をそらす。

 泳いだ目線は、そのまま窓の外に広がる景色に向かう。

 魔王会議は、一回目と同様に朝早くから開催されており、透き通るような青空が広がっていた。


 (のどかねぇ…………)


 子供のころ、彼女の父は「太陽はいつでも大地を見守っているんだ。悪いことをすれば、お前をたちまち焼いてしまうよ」とよく言っていた。恐怖で震え上がり、三日も散歩に出かけられなかった。

 吸血鬼たちの間で古くから躾けの為にある他愛のない小話だが、今は少しだけ、真実であってほしいと願っている。


「さて、あー前回、強いものが魔王となる。このような方針が提示されましたが、領主様方におかれましては、他に何か意見はございますでしょうか?」


 彼女は、素人であった。

 五年前に、吸血鬼の君主とその直系親族たちが一人残らず殺された。魔王国への加入を断ったためである。

 田舎町で医者をしていた彼女は、診療所にオーガの役人たちがやって来るまで、自分がドラクリヤ(君主一族)の遠い傍系であることも、住んでいる土地が魔王のものになっていたことも知らなかった。 

 以降、彼女は君主一族の伝統に則って主名「瀉血婦人」を与えられ、お飾りの領主を務めている。

 領地の運営はオーガ領より派遣された役人と、君主一族と関係のない吸血鬼達によって進められ、今日に至るまで婦人の意見が挟まれることはなかった。


「実力は示された。これ以上なんの文句がある」


 大オークが、抑揚のない口調で言う。

 婦人はオークが苦手であった。

 とある日の夕方、診療所を閉めていた時に、黒いローブの一団が歩いているのを見た。夜目をこらすと、それはオークからなる一派で、ただならぬ気配を漂わせていた。

 一団が、魔王の指示により君主一族を葬った者たちであると知ったのは、領主になってからのことだった。


「ヤヤ、大オーク殿はあの話をご存知ないのカ?魔王様ノ……」


 もったいぶったように、ゴブリンロードが言葉を濁す。

 館長も、ロードも、政治を好む者はもったいぶるのが好きだ。

 これがある種のパフォーマンスであることを婦人は学んでいた。内容を問わず、注目されたものだけが発言力を持つ。

 婦人も発言の期を伺っていたが、前回の竜やオークの気迫を思い出し、ついつい言葉を飲み込んでしまっている。

 逸る気持ちを落ち着かせるため、城のメイドが淹れてくれた紅茶を飲む。

 おいしかった。


「厳正な会議の場所に、胡乱な噂話を持ち込むな。よしんば本当であったとして、あの竜が血統主義を是とするとは思えんがな」


「もしも、噂が真実であったとしたら……いかがいたしますかな?」


 館長の声は、いかにも仮面の下でニヤリと笑っていそうである。

 まるで「では、ここでご登場いただきましょう!」とでも続けそうな雰囲気ではないか。瀉血婦人はサーカスの司会を思い出していたが、ことはそう穏やかな話でない。


 (ありえないでしょ、一朝一夕で噂の隠し子が見つかるなんて……)


 もしや、という思いはなくもない。だが常識的に考えて、ちょっと探しただけで見つかるのであれば、それはもう隠れているとは言えないだろう。

 考えながらも、実際にとんでもない血筋の持ち主で、魔王たちがいともたやすく見つけてきた人物のことを思い出した。

 瀉血婦人自身である。


「ではここで、特別なゲストに入場いただきましょう」


 婦人は飲んでいた紅茶を噴き出した。

 本当に見つけられたのか。

 隠す気ゼロではないか。「隠し子」の名前負けである。

 いや、別に「隠し子」は名前でもなんでもないのだが。

 隣に座っていたゴブリン・ロードは彼女の反応に驚いて飛び跳ねると、薄汚れた紙のようなものを彼女に差し出す。


「ごごご、ごめんなさい、結構ですわ」


 婦人がこぼした紅茶を拭いていると、ドアの重々しい音が会議場に響き渡った。

 「噓でしょ」と言いたくなる気持ちをぐっとこらえる。ここで狼狽えれば、領主としての威厳を失ってしまいそうだ。

 リッチを伴って入ってきた少年は、いたって平凡なオークであった。

 逆光のせいだろうか、幼さの残る顔立ちからは感情がくみ取れない。


「オークが魔王様の手足であるならば、我々リッチは耳。数年前よりご子息の噂を聞きつけ、秘密裏に調査していたのです」


 館長は席を立つと、ゆっくりと若きオークに近寄る。


「オーク連合国がオークになった時、魔王様は一人の女性戦士と……契りを結ばれました。この事実を突き止めた時、我らが王は口外禁止を厳命された」


「でハ、その女性はいずこニ?」


「残念なことに亡くなられました。忌々しくも先の戦争で……」


 少年は、館長に促されるままに空席であった魔王の席に座った。


「魔王様は女性を愛しておりました、しかし王国はある問題を抱えていたのです」


 館長が、瀉血婦人の方に顔を向けた。

 婦人は紅茶を拭くことをすっかり忘れ、信じられないという顔で自分を指さす。


「皆様もご存知でしょう、今から三百年ほど前、野心家のドラクリヤは人間と手を組み、多くの魔族を虐殺しました。傲慢な彼らの土地は今やオーク領とオーガ領の間に横たわっています」


 吸血鬼の君主一族が魔王の誘いを断ったのは、こうした時代背景ゆえだ。

 彼らは、魔族において唯一無二の血魔術を扱う。強力であると同時に他者の血がなければ術を行使できないという欠点があった。

 そこで当時、人間達と同盟を結び、新鮮な血を提供してもらう代わりに、人間を脅かす魔族たちに対して戦争を起こした。結果として、吸血鬼たちは多くの土地を手に入れた。

 遠い昔、吸血鬼は他魔族をけん制する役割を担っていたのである。


「オーク領は人間の国と、吸血鬼たちの土地に挟まれていました。この問題に対処してから、改めて妃として、彼女を迎え入れるつもりだったのです……」


 こうした話に疎い瀉血婦人でも、館長の言いたいことは理解できた。

 魔王がオーク領と結びつきを強めれば、またしても人間と吸血鬼が団結するかもしれない。だからまずは吸血鬼をどうにかしたかった、という話なのだろう。

 吸血鬼は排除できたが、愛する女性は戦争で死んでしまった。


「王は愛する女性を亡された! そして昨今の混沌極まる情勢ではご子息の命さえも危うい! この方を新しい魔王とし、さらなる王国の発展に努めることが!! 我らのなすべきことと思いませぬか!!!」


「星喰らいは納得しないだろウ、まさかその少年ガ、竜と戦うのカ?」


 気が付くと、リッチの長は少年の傍を離れ、大オークの後ろに立っていた。


「ここに、彼女を負かした方がいます。加えてご子息と同じオーク族であらせられる! 新しい魔王様の孤独を支えられるのは、大オーク様を置いて他に居ますまい」


 魔王に忠誠を誓っていた武人が、その死後に若き子息の後見人となる。なんと、ドラマチックであろうか。まるで寓話のようにできた話である。


「嘘でしょ……」


 瀉血婦人は、思いがけず言葉を漏らしていた。



────



 二回目の会議、その前日。

 第一回魔王会議がお開きとなった少し後、瀉血婦人は、魔王城の一室で付き人の吸血鬼とミーティングをしていた。

 付き人は、婦人に代わり領運営を取り仕切る人物でもあった。


「瀉血様、会議の資料ってのは、オーガたちが城内の魔族に聞き取りをして作成したものっす」


「……つまり?」


「ドラクリヤの所業による警戒心から、城に吸血鬼はいません。だから資料には、吸血鬼の文化について記載がないんす。てーかハナから吸血鬼の意見なんてあてにしてません」


「それは……ひどい話ですわね?」


 付き人が資料をテーブルにたたきつけると、婦人は小さく悲鳴を上げた。


「だから、会議での瀉血様の指摘は、空気の読めない茶々入れだったんすよ!」


 あんまりな言い方に、婦人は肩を落とす。

 「吸血鬼の選定が記載されてない」という言葉は、弱小領主が存在感を示したい一心での発言だったが、付き人の言うように、場を白けさせるにとどまっていた。

 彼女もなんとなしに感じ取っていたらしく、反論もせずにモジモジしている。


「なにが君主の血統ですの……力がほしいですわ……」


 思春期のモラトリアムじみた吐露に、付き人は首を横降りした。


「じゃあ降ります?この椅子取り合戦から?」


 それもいいでしょうと、付き人は言葉を続けた。


「ずっとお人形のふりでもしてれば、会議は勝手に進むと思うっす。瀉血様が何もせずとも、領民たちは文句は言わないんじゃないすか」


 彼女はお飾り領主である。過去を知る人の多くがそれを理解していた。診療所を利用していた老人、パン屋の少女、喧嘩っ早い農家の息子も、酔っ払いの大工も。古くに移住してきた人間たちですら、察しているふうであった。

 領主となり、辺境を出立する最後まで、彼らは目の前の領主を「瀉血婦人」とは呼ばず、診療所をやっていたころの名前で呼んだ。何度訂正しても意に介さずに、過去と変わらぬ笑顔で接していた。

 優しい、人たちだった。

 時が経って、ある日、オーガ領より資料が送られてきた。散歩すらも制限される環境で、寄こされた紙の束を眺めていた。

 知っている名前があった。隣に、知らない名前がたくさん並んでいた。

 資料は、吸血鬼領の戦死者名簿であった。


「……とんでもありません」


 自然と、居住まいを正していた。


「私は瀉血婦人ですわよ。吸血鬼領の領主にして貴き血の傍系。忌まわしくも誇り高いドラクリヤの末席」


 彼女は、自分が暮らしていた町以外をよく知らない。思い浮かべられる領民は、あの町の優しき人々の姿である。

 彼女は、世界がとても広いことをよく知っていた。あの町と同じように、多くの人が領地に住み、今日も懸命に生きている。

 だから、瀉血婦人はここにいる。


「誰であれ、私のものを不当に奪うなんて許しませんわ」


 彼女は、政治の素人であった。

 今はどうか、この無力な小娘に代わり、青空に浮かぶ太陽が吸血鬼領を見守ってくれますように。

 胸に小さく願いを込めて、領主は付き人を見た。


「ところで、その変な口調(古ドラクル語)は何なんすか?もしかして威厳を見せるため?」


「うるさいですわよ!」

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