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第二話 魔王会議(前編)

「下劣、愚鈍、あるいは蒙昧。何が言いたいと思う?この会議自体くだらんのだ」


 もはや会議どころではなかった。

 執政役は、今すぐにでも頭を抱え退出したい気持ちでいっぱいだったが、そんな行動に出たところで話は解決しないのは火を見るより明らかである。


「強きものが道理を支配する、これは世の常である。意志を継ぐだの、貢献だの、斯様な些末で稚拙な言葉遊びに興じるとは度し難い」


 怒気の含まれた声からは、ついでに灼熱の炎すらも漏れ出てきそうな勢いだ。


「魔王は、勝利によって我らの信を得た。再び王国の名の元に竜族を従えたくば、誰ぞこの『星喰らい』を討ち取る気概を見せてみよ」


 竜族の長、「星喰らい」の二つ名を持つ女領主は険しい顔で言い放った。

 かつて、魔王は自分が領主であるオーガ領を除き、五人の領主たちの上に立っていた。

 それぞれが各種族の王と呼べる存在であり、彼らは独自のやり方で領地を治めていた。

 中でも、西方にある山稜を根城とする竜族は、一人の長とそれ以外の者たちという、最もシンプルな構造をしていた。


「腑抜けたオーク、弱小のゴブリンに血を弄ぶだけの吸血鬼。陰気な死に損ない(リッチ)と主の命を救えなかった無能のオーガ……」


 竜の視線が、円卓全体を舐めますように移動し、空席の王座に固定された。


「この体たらくで、道理を敷けるものがいるなら名乗りを上げるがいい!」



─────



 時は、少し遡る。

 執政役からの連絡により、五人の領主たちが魔王城へと急ぎ参じた。

 早かったのは竜族の主、「星喰らい」である。

 連絡から半日と経たずに城のバルコニーに飛来した彼女は、人間の似姿へと形を変え、魔王の遺体を確認した後、挨拶もなしに賓客用の中で最も大きな寝室を占拠した。

 その後、四日ほどかけて各々が城入りしていき、最後にやってきたのがリッチの主である「館長」であった。


「いやはや、どうにも年を取ると道を忘れてしまっていけませんなあ」


 このように笑っていたが、城の魔族達はまたぞろ悪だくみかと辟易していた。

 メイドたちが彼らをもてなしている間、執政役含め、オーガの役人たちが必死にサービス残業をこなし、無事に準備が完了した。

 「次期魔王国最高権威者の選定方法に係る五領主による最上位意思決定会議」、早朝より開催である。


「名前が長すぎル、スマナイが短くしてくれないカ?」


 開催早々、ゴブリンロードが、首を絞められたカラスのような声で喘いだ。


「あー……えー、それでは……縮めて「魔王会議」と、いたします。各領主様方におかれましては、資料の適時読み替えをよろしくお願い申し上げます」


「共通語は覚えにくいゾ」とぼやく領主をよそに、執政役は司会進行を進める。


「本会議の目的は、次期魔王の選定方法を決定することにあります。各領地ごとの選定方法は資料4頁以降にまとめてありますので、一読いただければと思います」


「待って、吸血鬼の選定について記述がないようだけれど」


 執政官の話を、吸血鬼の女王「瀉血婦人」が不満そうに遮った。

 真っ赤な瞳は神経質な光を放ち、それを銀髪がいっそう引き立てている。老獪な魔族達の中にあっても、吸血鬼特有の容姿が、年若い彼女に神秘性と威厳を与えていた。

 円卓の後方にて、婦人の付き人が少し身じろぎをしたが、彼女は気付いていないようであった。


「……申し訳ありません、たった今説明させていただこうと思っていたのですが、吸血鬼の資料については用意するだけの時間がなく……。差し支えなければ、今、お教えいただくことは可能でしょうか」


「……いいえ、複雑で専門的で……今回の趣旨(しゅし)にはそぐわないから、除外してよくてよ」


 瀉血婦人は長髪をかき上げると、そのまま無言になった。

 ゴブリンロードが、付き人のゴブリンに「シュシってなんダ?」と聞いていた。


「伝統は大切だ。しかし今回はもっとシンプルに考えるべきではないか?」


 早くも司会進行は意味をなさなくなっている。

 執政役は額に汗をにじませながら、声がした方を見た。

 オーク族の盟主である大オークが、肩にかけた動物の毛皮を撫でながら、円卓を見渡している。


「王とは国。即ち頑強で、揺るぎなきものでなければならん」


「えーと……つまり?」


「先の対人間戦争でオーク領は最前線となった。我らは一歩も引かず、敵軍を打ち破った。死者の血肉は土地へと還り、生者は再建に尽くしている」


 大オークの言葉は紛れもない事実である。

 オークたちの領地は、王国と人間の国の境目にあり、二年前の戦争で数々の激戦の舞台となった。

 魔王の率いる軍は各領地から派遣された連合軍で成り立っていたものの、現地のオーク達も義勇軍として多くが参加し、ゲリラ戦術で人間たちを苦しめた。

 王国で二番目に死傷者を出したのは、オーク族である。


「つまり、オークこそ今の王国の礎であり、引いては盟主たるオレこそ、魔王様の意志を継ぐにふさわしいというわけだ」


 領主たちの眼の色が変わった。

 付き人から話を聞いていたゴブリンロードだけが、一歩遅れて反応する。


「待て待テ、ゴブリンハ、最初に王国に加わった種族であル、魔王軍の構成員モ、六割ガ、ゴブリンであル、今までノ、王国へのゴブリンの貢献を無視なさるのハ、いかがなものカ?」


「魔王とは、揺ぎ無き者であるべきだ。雑兵ばかりで、無計画に増殖しては食料を食いつぶすだけのゴブリンが、国の礎足りうると?」

 

 ロードは、奇声を上げながら円卓を叩いた。体を上下させるせいで、木の枝を組んで作られた王冠がずり落ちそうになっていた。

 隣に座っていた瀉血婦人が少し顔をしかめ、上体を反対方向に傾ける。

 大オークがせせら笑っている様子を見て、執政官はこめかみを抑えた。会議中の喧嘩は今までもあったが、今回ばかりはロードも癇癪を控えてもらいたかった。


「まあまあ、大オーク殿の指摘には幾分か真実が含まれていたかもしれませんが、ゴブリンの貢献もまた事実にございます、そうでしょう?」


 仲裁に入ったのは、リッチの主である。


「戦場で大量に残ったゴブリンの遺体は疫病の原因となりました。彼らも、人間の撃退に一役買ったのです」


 訂正しよう。

 リッチはロードの怒りを煽り始めた。ゴブリンなど、死ぬ以外は役に立たないと言っているのである。


「ちょっと、死は悼むべきものですわ。その言い方はよくないんじゃなくて?」


「吸血鬼、黙っていると思ったらまた戯言か?もっと立場を弁えたらどうだ」

「ヤッ、吸血鬼殿の言う通リ!ゴブリンはもっと敬われるべきであル!」

「吸血鬼殿、ゴブリンはあまり優しくするとつけあがりますぞ?」

(わたくし)には瀉血婦人という名前が……」


「無能どもが」


 言葉が、会議場を刺した。

 発言者である星喰らいは、指先の爪を眺めながら、言葉を続けた。


「雁首そろえてどうするかと思えば……道化にも劣る無様を晒すだけか?」


「な、なにを仰いますか、星喰らい殿……」


 なだめようとした館長を無視し、竜は言葉を続け、冒頭へと至る。



────



 竜という生き物は、単一個人で完結している。

 不老不死の体現者であり、世の開闢と同時に生まれ落ちた最古の生命である。

 竜は俗事のあらゆるを軽視しており、ただ一つ、力のみを重んじている。

 黒き鱗の「星喰らい」もまた、同様であった。

 名前は、その昔に天上から落ちてきた星々を、たった一人で撃滅せしめたことに由来する。星喰らいは同族たちの間でも英雄であり、ゆえに唯一の長である。

 ある時、一人の魔族が、星喰らいに勝利する。

 魔族は自らを魔王と名乗り、竜族を臣下とし、友となった。

 そして彼は死に、彼女に孤独という呪いを与えた。


「魔王の座を受け継ぐは強きもののみ。然るにオーク、貴様は我が傅くに能う力を持っているか?」


 大オークが口を開きかけるも、竜の主は鋭い眼差しによって静止した。


「戦争?礎だと?同族を死地に送ることでしか物事を語れぬ弱者が何をほざく」


 星喰らいの言葉は、まさに牙であった。

 内に抱える怒りは炎であり、その眼差しは爪の如く食い込んだ。

 今の彼女は、人間の似姿を取りながら、竜そのものであった。


「…………いいだろう」


 だが、超越種たる竜の牙を受けてなお、オークは倒れなかった。


「勝負だ、竜よ」


 言葉少なに、大オークは立ち上がった。会議場にいる誰もオークの領主を止める暇はなかった。

 竜もまた、それを受けて勢いよく席を立った。


「頭が高いぞ、オーク。我が炎で灰燼と化すがいい」


 竜とオークは、他の領主をよそに議場を後にする。

 もはや、会議どころではなかった。

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