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第十三話 仮面

 城の廊下いっぱいに、影が匍匐していた。

 城門まで避難してきたメイド達が、何事かと言葉を交わしている。


「……して、今度は何をやった。死に損ない」


「吾輩がいつも悪だくみをしているなどと思わないでいただきたい!」


「いつもしていると、魔王様より伺っておりました」


「……」


 人だかりの後ろで、領主達は城を眺めていた。

 少し前、大きな揺れとともに、城内にの魔力の霧が充満した。

 周囲に悪影響すら与える黒いそれを、リッチは「影」と呼んだ。


「原因はわかりませぬが、発生源は地下空洞でしょう。耐性がなければ瘴気にあてられ体を壊す、呪いの類と思われまする」


 もちろん、このようなことは、魔王城の完成以来一度も起こったことがない。

 リッチは、麻袋で顔を覆われている魔王を担ぐ、星喰らいを見た。


「時に星喰らい殿。魔王様の仮面は、特定の条件下で周囲の魔力を吸収し、呪いの力を強める性質があったのですが……今どこに?」


「…………」


 瀉血婦人は、沈黙する竜に疑問を覚える。


「あら、地下空洞で魔王様から取り外した後、投げ捨ててましたわよね?」


「そ、それが原因にございます!」


「仮面の仔細など、我が知るわけなかろう!」


 領主たちの会話をよそに、メイドが声を上げた。

 人影が、おぼつかない足取りで城内より出てきたからである。

 比喩の類ではない。

 文字通り、人型の黒いモヤが姿を現した。


「館長ドノ? 仮面がもたらス、呪いの効果ハ、具体的ニ、どのようなものカ」


 ゴブリンロードは、待機していたゴブリンの戦士たちに警戒を呼び掛ける。

 リッチの主が目を細めた。


「……魔王様は、死霊術に多大な関心を寄せておりました」


 彼は、魔王が直々に実験場でも用意してくれるのかと期待したが、違っていた。

 話を聞くに、意識のない死体を動かすプロセスが知りたいという話であった。

 もしも死体でなく、魔力自体に形を与え、軍団とするコンセプトを魔王が考えていたとすれば、仮面にこめられた魔術はその雛形かもしれない。

 つまり使用者が仮面に魔力を込めるだけで、即席の兵士が出てくる

 今や、仮面は地下の霊脈から膨大な魔力を受けていた。仮面が生み出した魔力の霧は、人の形へと姿を変えたのだ。

 リッチの説明に、ゴブリンロードは口を開ける。


「あなヤ……」


「感心している場合? 早く仮面を破壊しないと、大変なことになりますわよ!」


 黒い影は、初めて気が付いたというように、人だかりに顔を向けた。

 それは、まるで観察しているようにじっとしていた。

 それは、挙動不審な様子で立ちすくんでいた。

 

「あぁ、まずいですな」


 影は、まるで針で突かれたように走り出した。

 悲鳴を上げるメイド達の前に、ゴブリンと、城に常駐していたオーガが出る。

 戦士の一振りにより、モヤはあっけなく霧散した。


「雑兵の対処は貴様らでやれ、我は本命を叩く」


 星喰らいは、館長の首根っこを掴んで歩き出す。

 地面に置かれた魔王の遺体に、人間が寄り添った。


「ちょちょちょ、なぜ吾輩まで!?」


「魔術に通じているのは、貴様だけであろうが」


 抵抗するリッチの顔をひっぱたくと、首が真後ろまで回った。

 なおも「暴力はおやめくだされ」とうるさい館長に、竜は顔をしかめる。

 乱暴な様子を見ながら、ロードは一部のゴブリン戦士を呼びつけた。


「中で何があるかわからん以上ハ、人手ガ、必要であろウ」


 彼は言葉尻に「指揮官もナ」と付け加え、胸を張ってみせた。

 その横に、執政役が並ぶ。


「このままではオーガ領の大事です。私もお供させてください」


 城の中から、影が続々とやってきた。

 先程の挙動不審な動きと違い、知性ある生命のように整然した足取りである。

 ねじれた首を戻しながら、リッチは声を上げた。


「まずいですぞ、あやつら学習しておりまする!」


 影は、戦士達の一撃に耐えて見せた。

 魔力にあてられて、オーガがうめき声をあげる。直接触れれば、立っていられるかも怪しい。

 苦しむ戦士に近づく影は、すんでのところで両断された。

 大オークが斧を翻す。

 

「よかろう、ゴブリンとオーガは我に続け。オークと吸血鬼はここを守っていろ」


「ま、守るって、戦いの経験もないのに!」


「我の前で惨めな振る舞いをしたら殺すと、言わなかったか?」


 縋りつく吸血鬼を足蹴にすると、竜は城内へと歩を進めた。

 彼女の後ろを数名の魔族達が続く。

 その後ろ姿を、オークは何も言わずに見送っていた。



────



「なんダ……これハ……」


 地下空洞の入り口で、領主たちの視線は眼下の光景に釘付けになっていた。

 まるで、空洞全体が波打っているかのようである。

 地面を埋め尽くす黒い影、その中央に、ひときわ大きな黒霧が鎮座している。


「古き巨人の不死隊(アタナトイ)が如き様相であるな」


「朝方から、たった半日でここまでになるとは……」


 額に冷や汗をかく執政役とは反対に、リッチは興奮していた。


「術者が死してなお稼働し続ける魔術式、それもここまでの完成度とは……なんと素晴らしい!」


「所詮、仮面が作り出した泡沫の幻に過ぎん」


 影の大群は、空洞にやってきた魔族に気付いていない様子である。

 執政役は生唾を飲み込んだ。


「魔力の流れを見るに、あの巨影の下に仮面があると思われまする」


 魔術の行使には、いろいろな方法がある。

 声に出して唱えるのが有名だが、継続的に効果を発動させる場合は、直接術式を書き込む例もあった。

 リッチが仕掛けた対竜魔術なども後者である。

 破壊されても一定の魔力を込めるだけで修復される以上、仮面もどこかに魔術の式が書き込まれている可能性は高かった。


「表面に魔術式は無かった筈です。裏側に式が書き込まれているのでしょうな」


「解除は貴様に任せよう」


 星喰らいは、階段を無視し崖を飛び降りた。

 彼女の四肢は威容を顕し、その顔は炎を伴い伝説へと回帰する。

 人間の像はとうに失せ、大きな翼が空洞を覆う。

 かつて大地の救世主と称えられた、黒き鱗の星喰らいが降臨した。


「では俺と館長様も続きます。ロード様も、どうかご武運を」


 館長の二の腕をがっちり掴みながら、オーガの執政役が走っていく。

 ゴブリンロードの提案で、彼らは役割分担をした。

 巨影を星喰らいが叩き、他の影群を執政役と館長が対処する。ゴブリンたちは、後方から二人を支援する流れである。

 ロードは、果敢に向かう者たちを見下ろした。


「意外ですなあ。執政役殿におかれましては、城門に残ると思っておりましたが」


 リッチはいつ作ったのか、手製の短い杖でモヤを小突いている。

 館長の揶揄するような声に、執政役はこん棒を振るう手を止めた。


「久々に運動しないと。先日妻に、腹が出ているとなじられました」


 執政役は、魔王が主となる前、オーガたちの首魁であった。

 古き家柄の元に生まれ、同族から信頼と尊敬を集めていた彼は、いきなり現れた若造になすすべもなく敗北した。

 魔王である。


「それに、自分が率先して動かないと部下たちに示しがつきません」


 魔王は、外の知恵者の話をもとに、役人という職を設けた。

 知識と経験次第が重視されるそれは、家柄を重視するオーガの反発を招いたが、執政役は率先して試験を受けた。

 彼の中には、新しい支配者に対する恐怖と、敬意と、なにより悔しさがあった。


「────うぐっ」


 魔力にあてられ、執政役の視界がぼやける。

 館長が指先を振るうと、めまいはたちまち消え去った。


「家庭に仕事に、いやはや全く大変にございますな。将来は吾輩のように独り身も検討されてみては?」


「若いころなら、同意したでしょうね」


 オーガがこん棒を振るい、いくつもの影が霧散する。

 

「でも、妻に見栄を張り続けてきたから、今の俺があるんですよ」


 執政役は、妻の怒り顔を思い浮かべて苦笑した。

 リッチが術式を唱えると、岩片が空中を走り、いくつもの人影を貫いていく。

 倒されるほど、影たちの行動は精密になっていった。

 最初はただ近寄るばかりであったが、しだいに拳を振ることを覚え、回避行動を取り始め、転がる石を武器として使い始める。


「そのような苦労を愛するなど、理解しかねますなぁ」


 館長の背後に、ひとつのモヤが現れた。

 それは手をかざすと、驚くべきことに炎の魔術を放とうとした。

 しかし、飛んできた矢を察知し、回避するために後ろへ下がる。

 ゴブリンロードは、影たちの学習能力の高さを見越していた。


「我々の目的ハ、撹乱であル!位置を悟られるナ、行ケ!」


 弓を携えたゴブリンの戦士は、駆けだそうとして大きな衝撃によろめいた。

 巨大な二つの存在が、激突したからだ。

 咆哮をあげる星喰らいが、巨影を岩壁にたたきつける。

 吹きあがる粉塵が両者を覆い隠し、崩れる岩々が足元の影をつぶした。


「どれほどかと思えば、児戯にも等しいではないか!」


 灼熱の奔流が影を焼く。

 巨影が腕を前に押し出すも、竜は見かけ以上の素早さで躱してみせた。

 鋭い爪は影の両腕を捉え、喉元に牙が食い込む。

 瞬間、太陽と見まごう光が、空洞を照らす。

 星喰らいの火炎が、巨影の頭を吹き飛ばしていた。


「斯様な呪いなど、我はものともせぬぞ!」


 竜は身を震わせながら、巨影の肩を咥え、勢いよく投げ飛ばす。

 地下という限られた空間にもかかわらず、戦闘は彼女の圧勝であった。


「死に損ない! 仮面はどこだ!」


 動かなくなった巨大な影を踏みつけながら、星喰らいは館長を探した。

 気が付けば、すさまじい数の影たちも、すっかりまばらになっている。

 実力者達の手によって、事態はあっけなく鎮静化に向かっているように見えた。


「今、探しております、る……?」


 リッチの背筋を嫌な感触が撫でる。

 理屈ではなく、魔術師の直観である。

 仮面は、魔力を込めることで修復することができる。

 魔力によって生み出された黒い霧。時間を経るごとに学習していく影たち。鎮座していた一つの巨影。

 彼らは連携を取るそぶりを見せなかった。軍隊にしてはあまりにも脆弱である。

 個の成長は早いのに、群としてはまるで成長していない。


(あの魔王が、そのようなチグハグな設計をするか……?)


 矛盾。

 軍隊というコンセプトの失敗。

 死霊術師にとって、死体とは思考もできない動くカカシである。

 求めているのは、質ではなく数。敵の攻撃を打ち消すだけの肉の壁。

 館長は、呪われた仮面も同じであると思っていた。

 だがもし最初から、軍隊などというコンセプトは存在していなかったとしたら。

 魔王は圧倒的な力を持つ個であった。そんな彼が今さら即席の群を欲するのか。

 

「お待ちくだされ、何かがおかし───」


 館長は、警告のために星喰らいの方を向いた。

 彼は、何がおかしいのかを順序だって説明しようとし、思考を束ね、言葉を組み立て、声に出そうとした。

 そうする前に、閃光が走った。

 腕が舞う。

 竜の右腕が、地面に落ちた。


「星喰らい様!?」


 切り落とされた痛みなど、星喰らいにとっては些末である。

 彼女は、不遜にも竜の腕を切り落とした存在に、怒りの視線を向けた。

 

「貴様は…………」


 仮面には、魔力を込めることで元の形に修復する機能がある。

 この修復とは、仮面のみに留まらない。仮面を付ける者の姿、輪郭、在り方をも再現する。

 大量の人影は、ただ一つの個を再現するために生まれた失敗作にすぎない。


「よもや、再び相対することになるとはな」


 星喰らいの見つめる先で、一つの虚像が立っていた。

 その顔は人間で、その身体はオーガであった。


「……魔王よ」


 魔王の影、その表情は見えない。

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