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第十一話 第三回魔王会議(中編)

 ゴブリンのメイドが、長い廊下を走っていた。

 彼女の後ろを二人のゴブリン戦士が続く。

 

「急がなキャ……急がなキャ……!」


 ゴブリンたちはとある部屋の前で立ち止まった。

 使用者も用途も記名されていないそこは、部外者が決して通らぬ場所にある。


「ねエ! ちょっといいかしラ!」


 扉を、特定のリズムで叩く。

 この部屋の為だけに作られた、食事の時間を知らせるメイド達の合図である。

 いくつもの鍵を開ける音が聞こえ、中から人が顔を出した。

 ひどくやつれた、人間のメイドである。


「……後ろの方は、どなたですか」


 彼女は、後ろに控えるゴブリンの戦士たちを一瞥した。


「あなたヲ、守ってくれる人たちヨ」


「そうですか」


「いきなりでごめんなさイ、話があるから中に入れてほしいノ」


「………………どうぞ」


 人間は、メイドを中に入れるも、戦士達には外で待機してもらうよう願った。

 静かな部屋の中で、人間の、椅子に座るよう促す声が空々しく響いた。


「昨日の手紙、読みました。魔王会議に協力してほしいという話ですよね」


 ゴブリンのメイドが、父親に隠し子の真実を話したのは、昨日のことである。

 父の考えで、昨日の時点では接触せず、持って行った夕食に事の仔細を説明した手紙を忍ばせた。

 人間との戦争と、それに伴う虐殺。想定しうるあらゆる悲劇を、一枚の紙に書き連ねた。

 ゴブリンロードは、赤子を次期魔王に据えるつもりはないとも明言していた。


「あなたが出てくれれバ、会議の情勢はひっくりかえるワ、最悪を回避できるノ」


「申し訳ありませんが、お断りさせてください」


 人間が、深々と頭を下げた。

 いつも、余計な冗談ばかり口にしていた女の、あまりに短い回答だった。

 ゴブリンのメイドは頭をポリポリと掻く。


「でも、このままではあなたが殺されちゃウ、赤ちゃんだっテ……」


 母親は「人間」であるために殺される。

 子供は、どうであろうか。

 二人の視線は、自然と部屋の隅にあるベッドに吸い寄せられる。

 魔族達の争いなど関係ないというように、赤子のたてる寝息が聞こえてきた。


「では私が応じれば、あの子の安全は保障されるのでしょうか」


 人間は立ち上がると、赤ん坊のいるベッドに歩み寄った。

 身を護る術もなく、守ってくれる父親もいない。

 政争に巻き込まれる日が来ることは、覚悟していた。子供が寝静まった夜には、このことについて何度も何度も考えた。

 自分はどう向き合い、声をかけ、送り出してやるべきだろうかと、考えた。

 だが子供は、まだ言葉も話せぬ赤子であった。


「私が手放したその時に、誰が命に代えてでも守ってくれるでしょうか」


 戦士たちがいるということは、ロードに話が伝わっているのは明白である。

 今話を断ったところで、真実が影となり、どこまでも母子について回るのは目に見えている。

 人間には、魔王城に来た頃みたいに虚勢を張るだけの気力も残っていなかった。

 見えざる運命が、またしても彼女から家族を奪おうとしているのだ。

 もう、うんざりだった。


「そうは、させません」


 母親は、赤子を見下ろしていた。

 人間は、ゴブリンに背を向けていた。

 彼女は、幼い我が子の首を撫でた。


「誰にも、私の家族を奪わせはしません」


 あらゆる運命が手を出すことのできない場所へ行くべきだと、メイドは考えた。

 だから、昨日の夕食時にフォークをくすねた。

 ここで赤子を殺し、自らの喉に食器を突き立てれば、何人も彼女たちを引き裂くことはできまい。

 きっと赤子ほど楽には逝けないが、かまわない。我が子を手に掛けるのだから、自分はその分だけ苦しんで死ねばいい。

 昨夜のうちに行動しなかったのは、魔族達に疑念を生ませないためであった。

 誰かの手ではなく、自らの選択で死を選んだのだと、知らしめるためであった。

 人間は静かに、赤子の首に手を添える。

 骨を折るのは、どういう感触なのだろう。


「手放すなんてとんでもないワ!ゴブリンがあなたたちを守ル。絶対ヨ」


 人間の耳に、同僚の言葉は入っていなかった。

 手の平の温かな感触に対し、自分の指先が冷たくなるのを感じていた。

 彼女は息を吸った。何度も何度も息を吸った。

 自分の心臓が脈打つ音を聞きながら、目の前の生と向き合った。

 そうして、毎晩しているように赤子の寝顔を見た。


「……え」


 気が付かぬうちに、子供は目を覚ましていた。

 無邪気に笑いながら、そっと、彼女の手首を掴んだ。

 あの人がそうしたみたいに。

 魔王が、力なき者について語っていた時みたいに。


「────────あっ」


 彼女は、指に力を込めることができなかった。

 母親は、赤子にとって今の自分こそ、見えざる運命であることに気が付いた。

 そうして、静かに膝をついた。


「ド、どうしたノ、大丈夫かしラ……?」


「ごめんなさい……ごめん、なさい……!」


 赤子の頬が、涙で濡れた。

 魔王が死んでから、初めて流す涙である。

 ひとしきり泣いた後、人間はゴブリンに、魔王会議に出ると伝えた。


「長々とすみませんでした、領主様方は待ちくたびれているでしょうね」


「どうかしラ、まあお父様が上手にやってくれてるわヨ!」


 赤子を抱いた人間とゴブリンたちが、廊下を速足で移動していた。

 人間の眼元は、まだ真っ赤に腫れている。


「お待ちください。皆様」


 ふいに、リッチのメイドが立ちはだかった。


「これ以上はどうか進むことのなきよう、お願いいたします」


「……お父様の言う通りだワ、やっぱり監視役がいたのネ」


「館長は決して認めませんが、やはりロード殿は聡明にあらせられる」


 人間が一歩前に出た。


「進めば、どうなるのでしょうか」


「ふふふ。リッチがあなたと、赤ん坊を殺めることになります」


 ゴブリンの戦士が、背負っていた槍を構えた。

 ロードの娘が、早まらないように制止する。


「どうか、どうか進まないでください。今が正念場にございます」


 リッチの言葉に反し、人間はさらに一歩前に出る。

 

「会議が終わり次第、我々が秘密裏に、人間の国まで護送いたしましょう。いえ、安全を考えるならば我々が匿うことも致しましょう」


「それハ、リッチたちの総意かしラ?」


「…………」


 リッチのメイドが術文を唱えると、彼女の手の中に炎が現れた。

 戦士たちが、人間を守るため素早く先に立つ。


「お願いします。あなたを殺したくない」


 人間のメイドは、ゴブリンの戦士の肩に手を置くと、そのまま戦士達よりも前に出た。


「私はどこにも逃げません。この子と共に、運命に立ち向かうと決めたのです」


 人間たちが、リッチの横を通り抜けていく。

 リッチは、遠のく背中に向けて手をかざしたが、炎が放たれることはなかった。


「あの時のお面、今も大切にしています」


 去り際に、人間は小さく頭を下げた。



────



 魔族の長たちの視線が、人間に注がれていた。

 人間は、魔王の頬に手を添えると、穏やかな死に顔をじっと見つめている。


「アー、彼女が抱いている子こソ、魔王ノ、子であル」


 ゴブリンロードが、人間につかつかと歩み寄った。

 あっけらかんとした口調だが、この場においては爆弾発言である。


「バカな、ありえんだろう。魔王が人間とオーガの混血で、あげく人間と交わっただと?これは魔王様や、戦争で死んでいったオークたちを侮辱する行為だ」


 オークが声を荒げ、館長の方を見る。


「館長、オレは陰謀に明るくないが、奴らの下劣な策は、何らかのでっち上げだ!そうだろう」


「あぁ……うむ、どうでしょうなあ……」


「その赤子も、どこかから攫ってきたに違いない。館長から聞いていたが、やはりゴブリンという生き物は性根まで卑劣らしいな!」


 ロードが、人間の前に出た。


「どの口が言うカ! 少年の遺体ヲ、死霊術によっテ、利用しているのハ、そちらであろウ!」


 ロードは大オークを指さした。

 大オークの後ろにいる、リビングデッドの少年を指さした。


「ふん、自分たちの見下げ果てるべき所業をこちらに擦り付けるつもりか!卑怯も極まればここまで堂々としていられるとはな」


 強気のオークとは別に、リッチの主は旗色が悪くなりつつあるのを感じていた。

 監視を命じた部下は、どうして何も言ってこないのか?

 魔王が混血とはどういうことか?

 野蛮なゴブリンたちは、どうやって少年の真実を突き止めたのか?

 いくつもの疑問に答えが出ない現状が、彼に判断を迫っていた。


「それに……見損なったぞ、星喰らい」


 だんまりを決め込んでいた竜に、オークは矛先を向ける。


「お前は魔王様の盟友と認識していたが、こんな連中とつるむとは、オレに負けたのがそんなに悔しかったのか?」


 星喰らいは何も答えずに、魔王と母子を見てから小さく鼻を鳴らした。


「吸血鬼、貴様は魔王様とご子息の血を見た時、どうして人間の血筋について何も言わなかった」


「わ、私自身驚いてしまって……言う機会を逸してしまいましたわ……」


「ふざけるのも大概にしろ!」


 婦人はオークの怒号に気圧され、小さく丸まった。

 大オークは、もう一度館長に向き直り、彼に近寄った。


「館長、連中の謀略を暴くぞ。全て白日の下に晒したからには、野蛮なゴブリンも軟弱な吸血鬼も、惨めな竜もまとめて吊るしてくれる」


 彼は、企みが苦手である。

 彼は息子達の犠牲を無駄にするわけにはいかなかった。今度こそ憎き人間達に、怒りの鉄槌を喰らわせてやると、そう決めていた。

 だから、彼の考えに賛同してくれたリッチを信頼していた。

 最後に魔王の後見人という立場に据えてみせる、という館長の話に乗ったのも、全てはオークの為であった。

 彼は、そう信じていた。


「そ、そうですなあ……今ここに用意された魔王の遺体も、母子も、全てあちらが用意したものにございまする。我々に不利なアレコレが出る可能性は……あるかもしれませぬ」


「この子が、純粋なオーガと人間の混血であっても、一連の話は成り立つと思いますが」


 魔族の集う広間。その中心に立っていた女は、領主の話に聞き入っていた。

 彼女にとっては悔しいが、母子は後から出てきた存在だ。これも何かの裏工作と感じ取られても仕方あるまい。

 だが、魔王の孤独を、孤独に対する覚悟を、偽りと述べられては、静かにしてはいられなかった。


「魔王様が混血だと偽る必要など、あるのでしょうか」


 オークに目もくれず、人間がぽつりと言った。

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