表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ム限焉転  作者:
第二章 可能性の世界
94/110

第九十四話 フェイトスレッド・フォーチュン

 アルは商人とのいざこざを起こした

 傭兵団に胸のザワつきを覚えながら

 フィリップ邸へと帰宅していた。


 昼下がりの祭り後の街は、

 少し物悲しくも牧歌的な静けさが漂っていた。


 石造りの家々が並ぶ路地は活気が少し落ち着き、

 歩道に散りばめられた花びらや、

 緩やかにたなびく旗が、祭りの余韻を静かに語る。


 軒先で店を閉じる商人たちは

 口々に小さな挨拶を交わし、

 広場では子どもたちが遊び疲れたように

 日陰に身を寄せている。


 遠くでは教会の鐘が昼の祈りの時を告げ、

 温かくも哀愁を帯びた音が街中に広がっていく。


 そんな街を歩きながら、アルはため息をついた。


「…どうしたの?」


 隣を歩いていたセラが、

 少し首をかしげながら尋ねる。


「いや、なんでこんなに、すっきりと生きていけないのかねぇ、と思ってさ」


 アルは苦笑しながら頭を掻く。


「さっきの傭兵団のこと?」


 セラの声は、鋭さを含むもののどこか柔らかい。


「それもあるけど…」


 アルは目を細め、

 遠くで薄く靄がかかった街並みを眺めた。


「なんつーか、いろんなことがさ、こう、ややこしいだろ?」


「まぁ、それが人ってもんじゃない?」


 セラは肩をすくめる。


「みんな違う理由で生きて、違うやり方で折り合いをつけてる。だから、ああいう連中もいるわけでさ」


「折り合いねぇ…」


 アルは口の端を少し歪め、

 苦い笑みを浮かべる。


「でも、やっぱり納得いかないことが多すぎる気がする。どの世界も、もっとこう、単純だったらいいのにな」


「それはそれで退屈なんじゃない?」


 セラは軽く笑いながら言うと、

 腰に手をあてて前を向く。


「それに、世の中がどうあろうとさ、文句があったとしても、自分で選んで助け、助けられながら、生きていくしかないでしょ」


「お、おまえ…なんかすごいな…セラのくせに」


 アルのその言葉にセラは頬を膨らませ

 怒りを含んだ言葉を吐き出した。


「ひどっ! アルはオレをなんだと思ってるんだ!」


「す、すまない…わるかったって」


「ふんっ!」


 少し拗ねたセラはアルから

 顔を背けた。

 

 しかし、オレが話し出すと

 オレの方に顔を向ける。


「けど…どの世界も、世知辛いもんだな」


「そうだね…でもさ、それでもどうにかやっていくしかないでしょ?」


「まぁ、そうだな…」


 アルの足音が、石畳を静かに響かせた。

 どこか泥臭さを残しつつも、

 二人の会話には妙な軽やかさが漂っていた。


「あっ…アル、アル」


 突然、後ろからセネカがオレを呼び止める。

 何事かと、振り向くとセネカの指差す

 方向に、『フォーチュンテリング(占星術)

 と、書かれた看板の露天があった。


 その露天は古びた薄紫の布に覆われ、不気味にかすれた文字が刺繍されていた

 揺れるランタンが鈍い光を放つ。


 机の上には古びたタロットカードと

 ひび割れた水晶球が置かれ、

 風にのる微かな香の煙が異国の呪文を見えない声で、

 低く呟くように立ち上り囁くように漂っている。


「アル、ねぇ見て! すごくない? お願い、ちょっとだけ覗いてみようよ!」


 セネカは目をキラキラさせながら

 お願いのポーズをしてオレの方を見てきた。


 さながら、大工の源さんのお願いリーチの如く…


「うっ…」


 オレはこの純粋な瞳に弱い…


 …あかん


 うちのお姫様が見つけてしまった…


 これはもう…どうにもならない…


 くっ…


「ちょ…ちょっとだけだぞ…」


 ダメだ…こんな顔されたら

 オレには断りきれない…


「やったーっ!」

 

 セネカは嬉しそうに小さく声を弾ませ、

 興味津々といった様子で露天へと向かう。


「おやおや、風に運ばれてきた運命の子たちが訪れたね。さぁ、未来を覗いてみないかい?」


「早速、おねがいしますっ!!」


 鼻息が荒く、「ふんすっ!」って

 擬音が聞こえてきそうな勢いでセネカが

 意気込んでいた。


 ああ…この暴走列車娘はもう止まらない…


「あの…お手柔らかに頼みます…あと、うちの長耳っ娘が興奮しすぎてすいません…」


「あ、ああ…ふぉふぉふぉ、すこし、勢いに驚いたが、こうまで楽しみにしてくれるのは嬉しいものですよ」


 と、すこし妙齢な男性の顔は笑顔で答えてくれた。


「それで、何を観ましょうかね?」


 妙齢な占い師の男性にそう言われると、

 突然、セネカが悩みだした。


「…なにがいいかな…アルの将来? わたしたち…? それとも、相性? う~~~ん…アルがこれから浮気するかどうか…とか?」


 うぉぉぉい! 


 いきなり、なんてこと言ってるのんだ…

 オレはセネカ一筋だぞ…

 それなのに…泣くぞ…


「ねぇ、アルは何がいい?」


「な、なんでもいいです…うっ…」


「もうっ、アルってなんで、いつもそうなのっ!?」


 浮気されると疑われて悲しい気持ちの中で

 何を占ってもらえと…?


 それに、オレ自身ほんと占いって

 そう、好きじゃないし…


 なんで、女性ってこう好きなんだろうなぁ…


 …そういや、未来を知って安心したいとか

 悪い出来事を早めに知って、それを忌避したいからとか

 そんな感じの事を聞いたことがある気がする。


 …うちのお姫様も、そうなのだろうか?


 いや、いまは少し不機嫌なお姫様をどうにかしないと…


「ま、まぁ、二人の未来はちょっと知りたいかもな」


 こんな感じで、少しは機嫌がなおるかな…


「だよねぇ! わたしもそう思ってたんだ。ふふ」


「………」


 …ちょろかった。


 まぁ、機嫌が治ればそれで良しっ!


「決まったかね?」


「はいっ! わたしたちの未来を占ってくださいっ!」


「それじゃあ…伝統的なカードにするかねぇ」


 占い師が机の上に手を伸ばし、

 色褪せたカードをそっと拾い上げる。


 そのカードは、神秘的な紋様と

 象徴的な絵柄が描かれ、

 古びた縁取りが時代の重みを

 感じさせるものだった。


 ―――


「さて、このカードは大アルカナに属するもの。正位置では運命を司る『運命の輪』、逆位置では運命に抗う『死神』が示唆される…」


 占い師はカードを一枚一枚、

 慎重に並べながら言葉を続けた。


「さぁ、最終的なカードはこちら…」


 彼の手が止まり、静けさが広がる中、

 カードの裏側をめくると、

 そこには輝くような金色の光を放つ『太陽』のカードが現れた。


「これが…あなたがたには最高の未来を示すカード。『太陽』は希望、繁栄、成功を象徴します。あなたがたには光に包まれ、素晴らしい未来が訪れることでしょう。」


占い師の言葉は、穏やかな安心感と共に響き渡った。


「うわぁ、素敵な未来だって、アルっ。嬉しいねっ、ふふ」


 占いの結果に満面の笑みを浮かべて、

 すごく喜んでいるセネカを見て、

 オレはやって良かったと思った。


 これでダメな予言が出ていたら…


 …考えるのを辞めよう。


「そんな未来になるよう、オレも頑張っていくよ」


「うんっ。期待してるっ、ふふ」


 さらに、満面の笑みを浮かべるセネカに、

 つられてセラもクロミアさんもわいわいと占ってもらうのだった。


 ―――一時間弱後、


 一通りの占いが終わり、うちのお姫様を

 含み、全員が満足して今度こそ帰路についた。


 その姿を見て、

 占い師は店じまいを始めた。


「さて、今日の稼ぎは十分だな。」


 彼は満足げに呟くと、

 酒好きの本能がむくむくと頭をもたげた。


 ――もう一杯、いや、二杯は飲みたいところだ。


 占い道具を片付ける手を動かしていたその時、

 ふとした違和感が彼を止めた。


 「ん…?」


 カード束を手に取ると、

 先ほどセネカの占いで最後に引いた『太陽』の

 カードが少し張り付いているように感じた。


 慎重に指で触れてみると、

 表面にざらりとした異物感が伝わる。


 まるで、昨夜の酩酊の中で付着した酒や、

 何かの食べかすのようだ――いや、それ以外の何かかもしれない。


 占い師は眉間にしわを寄せ、

 そのカードをゆっくりと剥がした。


 そこに現れたのは――

 黒い渦巻きの中に、一人の人影が

 飲み込まれそうになっている不吉な図柄だった。


 そのカードは、

 占いの世界で破局や破滅を

 意味することで知られる『塔』のカードだった。


 占い師はそのカードを手に取り、

 改めて表裏を確認する。


 順位置だろうが逆位置だろうが、

 どちらにせよ良い意味には取れない。


「あちゃー…」


 占い師は顔をしかめながら、

 カードを元の位置に戻した。


 そして、一瞬考え込むような素振りを見せたが、

 すぐに肩をすくめて笑った。


「まぁ、占いなんてそんなもんさ。当たるも八卦、当たらぬも八卦ってね」


 そう言い放つと、

 占い師は早々にカードを片付け、

 机の上を拭き始めた。


 もはや、先ほどのカードのことなど

 すっかり忘れたかのようだ。


「よーし、今日は稼ぎも十分だし、一杯やるか!」


 そう呟くと、占い師は扉の奥に消え、

 どこからかグラスの音と陽気な鼻歌が聞こえてきた。


 その後ろで、机に置かれたままの『塔』のカードが、

 西に傾きかけた陽の光に照らされて暗い影を落としながら、

 不吉な囁きを呟いているように見えた――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ