第九話 まだまだ、練習中
数日後―――
「水よ、我が手に集まり集いて一つとなれ…」
オレはクロミアさんに教わった練習用の詠唱で魔力操作の練習をしている。
―――バシャ
…また、だめだぁ。
うまく、いかないものだな…
何がダメなんだろうなぁ。
相変わらず、ちょろちょろ感しかないし…
早く次の段階へ上がりたいのだけれど…
これじゃあ、いつのことになるやら…
それに、クロミアさんの本に書いていた、あの一文…
― 魔法は開いた紐。魔術は閉じた紐。魔力はストレンジレットの亜種である。 ジャスティ・ラフォンテーヌ ―
あれはどういうことなのだろうか?
開いた紐、閉じた紐というのは、
つまり素粒子の形状についての仮説だ。
簡単に言うと、素粒子は非常に小さな「紐」のような形をしているという考え方だ。
この紐は、ギターやバイオリンの弦のように振動し、
その振動の仕方によって異なる素粒子や力が生まれるとされている。
開いた紐は端があり、その両端は「Dブレーン」と呼ばれる高次元の膜に固定されている。
つまり、開いた紐は高次元の膜に結びついている。
一方、閉じた紐は端がなく、環状の形をしている。
つまりは、一本のゴムと輪ゴムだ。
この閉じた紐はどの高次元の膜にも固定されず、
自由に次元を移動できると考えられている。
だから、紐理論では素粒子を振動する「紐」として捉え、
その振動や形状の違いが素粒子の多様な性質を生み出すと説明している。
そして、この紐理論は、この多次元空間でのみ完全に機能する。
そのため、宇宙の基本的な構造を理解するために10次元や11次元が必要とされる。
その閉じた紐に重力子という仮説の素粒子がある。
宇宙を作る四つの力、電磁力、強い力、弱い力、そして重力。
その中で、重力が他の三つの力に比べてはるかに弱いのは、
重力子と呼ばれる素粒子が閉じた紐で次元を
移動しているのではないかと考えられているからだ。
それと、ストレンジレットは高密度と高重力の中性子星の中に存在する可能性がある物質だ。
簡単に言うと、この高密度の物質が他の物質に触れると、
全てストレンジレットに変換される可能性がある、
非常に、やっべぇ物質だ…
それを踏まえて、前のあの一文…
やっぱり、どう考えても、この世界の住人じゃない気がする。
そして、あの一文をにわかには信じられない。
もし、それが本当だとすると、そのストレンジレットの亜種の魔力?
魔力子と仮定しておこうか。
それは、どこから飛来してきたんだ?
そして、その魔力子は二種類の紐に分かれていると言うことになる。
そんなもん、どうやって調べればいい?
ただでさえ、世界最高の天才たちでも、
まだまだ研究段階にすらなってもいないものを…
検証することさえ不可能だ…
「………」
ダメだダメだ…
今は余計なことを考えずに集中しよう!
そして、オレはまた練習に戻った。
―――
夜になり、オレたちは夕飯を食べていた。
今日は魚のシチューに黒パン、
そして肉料理に羊肉のロースト、ドリンクは…
夜はあいかわらず、小ビールだ…
オレは、アル中にならないだろうか…
などと考えていると、クロミアさんが唐突に質問してきた。
「この近くに、空きがある小屋とかないですか?」
「なんだ、唐突に?」
「ほんと、どうしたのクロミア?」
二人の顔を見回して、クロミアさんが答える。
「わたし一人で暮らせる空間が欲しいのよね」
「え? ここで一緒に暮らせばいいじゃないの。それとも、なにか不満があるの?」
クロミアの一人暮らし発言にルーザは少し寂しそうな顔をする。
「不満…不満かぁ…あるといえば、あるような…」
「あるなら、はっきり言ってクロミア!」
「言っていいのかなぁ? はは」
クロミアさんは少し、気まずそうな表情をして人差し指で頬を掻いている。
「いいから!」
「じゃ、じゃあ…わたしは二人の夜の営みなんて、見たくも聞きたくもないのよ…はは」
「!!」
「ぶはっ!」(×2
ルーザはルーザで気まずそうな顔して、
アレンはアレンで口に含んでいたものを吹き出してしまった。
そしてオレも吹き出してしまった…
「ちょ、ちょっとクロミア…子供の目の前で…」
ええ…ええ…
子供のオレは、ちゃんと知らないふりしておきますよ…
だから、心配しないでください、母さん…
「げへ、がは…お、おまえ、もうちょっとこう…なんとか」
「だから、言っていいの? って聞いたじゃない」
「わかった、わかった…近場にないか聞いておいてやるよ…ったく」
「ありがと、アレン。おねがいね」
その後、少し気まずくなりながらも、
オレたちは食事を終わらすのだった。
―――
夕食が終わり、オレは今からクロミアさんから、
魔族の言語を少し齧ってみることにした。
クロミアさんに教えて欲しいって頼んだら、
すこぶる嫌そうで面倒くさそうな顔をされてしまったけどね…
それでも、すこしの間ならと承諾してくれた。
なんだかんだで、面倒見がいい人なのかもな。
「こんばんわ。じゃあ、早速始めるわよ」
「はい、おねがいします」
と、言ったのはいいのだが、体が小さいとはいえ、
普段の給仕服ではなくラフなナイトウェアの格好に目の置き場に困る…
それに、オレが子供だと思い込んでるんだろうな…
中身は立派なオッサンだぞ…
イタズラしちゃうぞぉ~
ぐへへ…
…あかん…やめよ。
むなしいわ…
「あ、あの、普段の服装じゃないんですね…?」
「え…ああ、明日も早いから、終わったらすぐに寝ようかと思ってね。何か変かな?」
「いえ、そんなことはないです…」
「そう、じゃあさっさと終わらせましょう」
けど…なんだろうか。
このドキドキ感…
「…で、ここは…そんな意味になるのよ」
…いかん、何も頭に入ってこない!
ラフすぎますって、その格好…
目に毒…
もとい、目の保養にしかならない…
「聴いてる?」
「あ、はい…聞いてまっする…」
「そう、じゃあ、ここを訳してみて」
「え! あ…はい」
やっべぇぇ!
ぜんっ…ぜん、わっかんねぇぇ…
「えーと、尋ねるより先にggrks…ですかね?」
「ぜんっぜん! 違うわよ! 話聞いてた? それにググれカスってなに!?」
「な、なんでしょうか…ね…あはは」
「はぁ…やる気ないなら、終わるわよ…」
なんかすいません…
ほんとすいません…
だから、そんななんてダメな子みたいな顔で見ないでください…
下を向いて反省していた時に、ふとクロミアさんの太ともを見てしまった。
いや、決して、いやらしい意味ではないよ!
すると、赤く? 紫? みたいな傷跡があった。
オレは気になって訪ねてみた。
「クロミアさん、その傷は…?」
「え…ああ、これは前に魔獣に噛まれた傷よ」
「…なんか、いらないこと聞いてすいません」
「別に気にしてないから、謝らなくてもいいわよ」
「そういえば、足少し、引きずってましたね…」
「まぁ、完治はしてないからね。でも、気を使う必要はないわよ。というか、使われる方がムカつくから、気はつかわないでね。それに、昔よりは大分良くなってるわよ」
「はい…でも、完治はしないんですか?」
「どうなんでしょ? 教会で名のある聖職者なら、或いは治るかもしれない。けど、治癒代が恐ろしくかかると思うから、試せないわね。治らないと無駄金よ…」
「たしかに…」
「まぁ、いまは続きよ。わたし、そろそろ寝たいのだけれど、誰かさんが余計なことばかり聞くから。ふふ~ん」
…あ、はい。
…すいません。
謝りますので、イヤミは止めて…
「すいません…オレから師事したのにご迷惑をおかけします…」
「…キミ何才? たまに、小難しい言葉使いするわよね?」
「え、あ、いや。普通に六才です。はい」
「まぁ、いいわ…その本貸しておくから、後は自分でお願い。わたしはそろそろ寝るわね」
そういうクロミアさんは、アクビをしながら、
ほんとに眠そうだった。
「はい…すいません。疲れているところ、御足労おかけしました…」
「だから、そういうところよ… まぁ、いいわ。それじゃあ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
そういうと、今度こそ自分の部屋へと戻っていくのだった。
オレはオレで、あと少しだけ本を読んで語学の勉強をして寝床に着くのだった。
―――
ふぁぁぁ…
ねみぃぃぃ…
さ…てと…
準備運動しますかね
オレは未だ寝ぼけ眼で外に出る。
そして、顔を洗おうと井戸の方へと歩いていた。
「あら、はやいわね。おはよう、アルさん」
「あ…はやいですね。おはようございます。クロミアさん」
「使う?」
「あ、大丈夫ですよ。終わるまで待ちますね」
「そ、じゃあ、遠慮なく」
………
…ん?
なんだろうか?
オレの目の前には、一糸纏わぬクロミアさんが見える…
う~ん…
オレ、溜まってるんかな…
だから、こんな幻が…
………バシャ
…ピシャ
クロミアさんが体にかけて飛び散った水しぶきがオレの顔にかかる。
…いや!
幻じゃない!!
まごう事なき、一糸纏わぬクロミアさんが水浴びをしている!
いやいやいや…
ちょっと、まてまて…
え…なに…今、どういう状況!
…見放題ってやつか!
三〇日間お試し期間か!?
…そんなこと言ってる場合じゃねぇ!
「あ、あの、クロミアさん…」
「あ、もうちょっとで終わるから、待ってね」
いや、別に急かしてはない!
「いや、そういうんじゃなくて…クロミアさん、素っ裸ですよ!」
「そら、水浴びしてるからね」
「あ、そうですね」
…って、ちっが~う!
「あの、恥ずかしいとかはないんですか…?」
「なぜ? 特段、気をつけるべき男はいないようだけど…誰かが、覗いてる?」
いや、目の前に立派なおっさんがおりまして…
非常に興奮しそうで、困るのですが…
「いえ、オレがいますが…」
「なら、大丈夫じゃない」
「あ…はい、そうですね…」
…なんか、もういいや。
こうなれば、じっくり観察させてもらおうか…
―――
「為すべき道を差し示し 立ち塞がる全てを突き抜け穿てシュタイン・ランツェ」
―――パヒュン
「………」
「一〇点くらいかな…」
「一〇点満点中ですか…ね?」
「一〇〇点よ」
「ですよねぇ~」
ハァァァ…
一度、どんなものかと試させて貰ったたけど…
ため息しか出ないな…
「ま、気を落とさず、研鑽を積みなさい。さすれば、道が開かれん…かもしれない」
「そ…うですね…」
「でも、経験を積むことは大事! もし、敵に魔法士がいたとしても少なくとも対処は出来るようになるわ…たぶん」
「なんだか、ふっわふわですね…」
少しバツの悪そうな顔でクロミアさんが答える。
「コホン…でも、経験を積むのは大事。これは本当よ」
「それは、同意します」
「相変わらず、言葉が…でも、月並みだけど、頑張ってね」
「はい!」
そして、オレはまた体力作りと剣術と魔法の練習に戻るのだった。