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ム限焉転  作者:
第二章 可能性の世界
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第七十六話 白虹は天に浮かぶ

 フィリップ邸でのパーティも

 最後の楽曲が流れ出し、終わりを告げようとしていた。


 しかし、そこにセラの姿はなかった。

 余りの帰りの遅さにフィリップは要人との

 会話をしている間さえも心配が募っていく。


 あまりにもおそい…


「失礼いたします、マダム。あなたとの会話を楽しむことができなくなるのは心苦しいのですが、我が歌姫の様子が気になり、湖畔に映る月のように不安を感じているのです。ですので、名残惜しいのですが、再びお話しできる日を楽しみにしております」


「あら、それは残念ね。でも…先ほどの歌声は美しかったわ。あれほどの美声の持ち主であれば、心配するのも当然ですわね。わかりました。わたくしも、次を楽しみにしておりますわ。ほほ」


 そう切り上げると、

 いてもたってもいられないフィリップは、

 ついには自分の足で休憩室へと向かうのだった。


「…まったく、ふふ、心配させおって」


 そう言いながらでも、セラに会えることに

 心が躍っていることを感じていた。


 休憩室までの間の廊下を堂々と軽やかに

 優雅に歩きながら、セラの笑顔を想像していた。


 そして、ドアの前に立ち息を整え、身なりを整え

 心の準備が出来たところで、ドアをノックする。


 ―コンッ。コンッ。


 しかし、何も返事が返ってこない。

 もう一度、ノックをする。

 だが、何も返答がない。


 仕方なく、ドヤをノックしながら

 フィリップは自分の名前を告げる。


 が、何も起きない。


 さすがに、変に思いフィリップは

 ドアノブを回してみた。

 すると、普通にドアノブは周り、

 そのままドアを開けた。


 ドアを開けて中の様子を見たフィリップは唖然とする。


 テーブルの上では色とりどりの焼き菓子が散乱し、

 果物の一部が床に転がっていた。


 甘い香りが漂う中、

 崩れた菓子の破片が静寂な部屋の不穏な雰囲気をさらに際立たせていた。


 そんな中、クロミアはうつ伏せで倒れていた。


 その様子を見て、周りにセラの姿もなく、

 ただ事ではないと感じたフィリップは、

 クロミアの意識を取り戻そうと声をかけ、

 彼女の顔を軽く叩いた。


「おい、シロミア。何があった。シロミア! 起きろっ!」


 しばらく名前を呼び続けると、

 彼女が嗚咽しながら意識を取り戻した。


「うっ…」


 意識を取り戻しかけてはいるが、

 まだ、夢現のクロミアにさらに、フィリップは名前を呼ぶ。


「おいっ、シロミア! なにがあった!? シロミアッ!」


「…だ、誰ですか、それは?」


「誰って…オマエの名前ではないのかっ?」


 未だ、虚ろな目で頭がはっきりしない、

 クロミアは周りを見渡した。


「おいっ、シロミア! ほんとになにがあった? セラはっ!?」


 また、頭がぼーっとしていたクロミアだが

 何度も名前を言われて、「はっ」とはっきりと意識が戻る。


「…そ、そうでした…わたしはシロミアです」


 意識を取り戻したクロミアは偽名まで思い出した。


「だから、初めからそう言ってるではないかっ! それで、セラはどうしたっ?」


「セラ様は…申し訳ございません。わたしの力不足でフォーゲルに連れ去られました…」


 その名前にフィリップは驚愕した。


「フォーゲ…ル…だと…何故、フォーゲルが出てくるのだっ!?」


「わかりません…申し訳ありません…フィリップ様」


「………」


 フィリップは険しい顔をしながら考えていた。

 それこそ、謝罪をするクロミアのことも忘れて…

 数秒とも数分とも取れる時間の中で、フィリップは

 むかしによく似た状況を思い出していた。


「ま、まさか、兄上がリーゼルの時のように…」


 彼の心臓が高鳴り、背筋が凍るような感覚が走る。

 そして、不安が胸に押し寄せ、ある場所へと急いで向かおうをしていた。


 そんな様子を見てクロミアがフィリップを止める。


「…どこへ、向かうのですか? フィリップ様」


 そう問われ、フィリップは足を止める。


「…決まっている。セラを助け出すのだっ!」


 そんな彼の表情は真剣そのものだった。

 だが、苦悶と焦燥、緊迫と決意が混ざった

 複雑な表情をしていた。


「シロミア。おまえはそこで体を休めておれ。わたしは行く」


 と、今にでも駆け出しそうなフィリップを

 さらにクロミアは強い口調で引き止める。


「お待ちくださいっ! 行ってどうなるのです?」


「そ、それは…」


「フォーゲルがあなた様に従うとお思いですか?」


「………思わない」


「でしょうね…それで、いったところで、あなた様は何が出来るというのですか?」


「………」


 フィリップは握った手から血が出てきそうなほど

 拳を握り締め、苦悶の表情を浮かべていた。


「…では…ではっ! どうしろと言うのだっ! 成されるがまま、兄上の暴走を見逃せというのかっ! オレにまた…大切なものを失えと言…うのか…わたしはっ! わたしは…また…」


 フィリップは怒りと焦燥が渦巻く中、視線を地面に落とした。


「落ち着いてください、フィリップ様。ここは援軍を頼みましょう」


 クロミアの言葉に、フィリップは呆然とした。

 まるで、何を言っているのか理解できない顔をしていた。


「…援軍だ…と? どこにそのようなものがいるのか? この家に、わたしに味方する者などおらぬ…」


 そんなフィリップをよそに、

 クロミアは話を続けた。


「この家にはいませんね。でも、家の外には、おられますよ。セラ様のご友人で、一番の味方が。そして、きっとあなた様の味方になってくれる方が」


「…なんの…話をしておる。オマエが話していることが、まったく理解できない」


 呆然としているフィリップにクロミアは

 全てを話すことにした。


「ふぅ…今まで謀っていたことをお詫び申し上げます。わたしは実はメイドではありません。名前もクロミアと申します。ベルヴィールで薬草学者を生業としています。そして、警備隊のアルレフレクス様とセラ様の友人で御座います。こちらのお屋敷には、無礼を承知で潜入してまいりました」


 そう言われて、フィリップはますます混乱していた。

 そんな、フィリップをよそにクロミアはさらに続けた。


「外にはきっと、アル様が待機されております。事情を説明すれば、力を貸してくださるでしょう。もう一人、別の方もいらっしゃいますが、その方も力をお貸しいただけますよ」


 フィリップの頭はフル回転していた。

 情報量が多すぎて、整理するのに時間がかかっていた。

 そして、しばらくの後、整理できたのか、クロミアに尋ねる


「…アルレフレクス…あやつがいるのか?」


「はい、おられます。むしろ、私たちが彼についてきたのです」


「…だが、わたしは彼に冷たくし、フォーゲルにも遠ざけるよう指示したのだぞ…そんな、わたしに力など貸す義理などないはずだ…」


「大丈夫でございますよ。彼ならばきっとお力を貸してくださいます。それに、元々セラ様を助け出すために来たのですから、フィリップ様からクロード様に変わっただけでございます」


 その言葉を聞いたフィリップは、

 気恥ずかしさを覚え、思わず笑った。


「…はは、そうか。そうだったのだな…わたしはなんと愚かなことをしようとしていたのか…」


「どうされますか?」


「わかった。クロミアとやら。力を借りよう…いや、貸してもらえるだろうか?」


「わかりました。少々、お待ちくださいませ。お伝えしてまいります。それと、こちらに到着するまでフィリップ様のお名前をお借りいたしますね」


「ああ、構わない。好きに使うといい」


「では、行ってまいります」


 そう言いながら、クロミアは給仕として

 完璧にこなしたのだった。


「なんとも、不思議な女性だ。それに、不思議な安心感がある…アルレフレクス…羨ましい限りだ…」


 フィリップの表情には、どこか晴れ晴れとした様子が浮かんでいた。

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