第七十三話 不穏な異音
―フィリップ邸玄関前―
ほんと、予想外なことばかり起きてるな…
一番の予想外はやっぱり…
…プティだわな。
アイツ、ほんとに何をしてたんだ…
女だったし…
ワケがわからんよ…
などと思っていると、一際重厚で荘厳な馬車が玄関前に着いた。
そして、一際異彩を放つ人物が優雅に降りてきた。
「ダレだ、あれ…」
やけに目立つな。派手とか目につくとかじゃなく、
こう…自然と目に入ってくる感じだ。
そして、なぜか目が離せない。
そんな雰囲気を持った人物だ。
傍で控えている従者たちも、
一段と厳粛に迎え入れている。
フィリップに対する礼儀など霞むほど、
厳粛で厳格な態度だった。
「おかえりなさいませ、クロード様」
クロード…どこかで…
……あっ。あれはフィリップの兄か。
なるほど、納得したわ。
フィリップも大変だな…
クロードのような兄がいるなんて、
そりゃ圧迫感も半端じゃないだろう。
オレは少し、フィリップに同情した。
…それより、なんでフォーゲルがクロードの傍にいる?
あれ、フィリップの護衛じゃないのか?
…まぁ、いいや。
なんか色々ありそうだな、この家は…
だが、フォーゲルはオレの方に一瞬視線を向けた。
「どうした、フォーゲル?」
「…いえ、なんでもございません」
「そうか、では行くぞ」
「はっ。クロード様」
そして、そのままのフォーゲルを引き連れて、
邸宅内へと入っていった。
「………」
…あれ、もしかして気づいてないか?
…もし、気づいていて何もしてこないとしたら…
くっそっ! どこまでもバカにしやがって…
オレはフォーゲルの余裕にイラついて仕方がなかった。
―――それから10分後
「…やぁ」
―ビクッ
「ヒッ…」
「ぷ…あはは」
オレが驚いたことに、セネカが楽しそうに笑っていた。
「び、びっくりした…」
「あはは、ごめんね。でも、この魔術すごいね。全然、気づかれなかったよ」
「そらな。でも、セネカ。すごいな、こんな短時間でもう、物にしてるとは。正直、驚いてる」
「あはは、なんか照れるな…でも、うれしいな」
そういうセネカは褒められて、
気恥ずかしいが嬉しそうな表情だった。
…やぱ、かわいいな、セネカは。
オレはもうこの世界でいることを決めているが
やはり、セネカが一番かわいくて好きだ。
と、認識してしまう。
「………」
オレが不思議そうな顔をしていると
心配して、セネカがオレに尋ねてくる。
「どうしたの?」
「いや…クロミアさんは一緒じゃないのか?」
オレは、戻るなら二人してだと思い込んでいたから、
クロミアさんが戻ってないことに疑問を持った。
「あ…あ~、クロミアさん…クロミアさんねぇ…」
…やけに、セネカの歯切れが悪いな。
ナニやったんだ…あの人…
「なぁ、セネカさんや」
「なんでしょうか。アルさんや」
…やっぱり、おかしい…
こんな、返し普通ならやってこない…
「なぁ…ナニ隠してるんだ、セネカさんや?」
「あ…え~と…あはは…どういえばいいのかな? 邸宅の中に入っていったというか…メイドとして雇われたというか…」
「………はぁぁぁ?」
え、えっ、なに、どういうこと?
「あの…はっきり言ってくれませんか、セネカさんや?」
「その…え~と…メイドと間違えられて、中で給仕やらされてます…ごめんっ! クロミアさん、止められなかった…」
「………」
自由かっ! あの人は自由かっ! 自由すぎるだろっ!
………はぁぁぁ
…ほんっんんっとに、なにやってんだ、あの人はっ!!
「はぁぁぁ…もういいや、あの人は放っておこう…」
「あはは…ほんと、ごめん…アルくん…」
セネカは、ほんとに申し訳なさそうに謝ってきた。
「いや…セネカが謝ることじゃない。だから、気にするな」
「う、うん。ありがと。アル。それより、どうするの?」
「ん~、下手に動くことも出来ないし、中のパーティが終わるまで待つしかないだろうな」
「そうだね…そうだ、一応調べてきたこと、聞いてみる?」
「そうだな、時間も有り余ってるし、丁度いい。聞こうか」
そうして、セネカから色々と屋敷について報告を聞くのだった。
―――『セネカs レポート』
セネカは屋敷の裏手へ回り込むと、
鋭い夜目で周囲を観察した。
木々の間を抜けた先には、離れがあり、
そこへと続く道には幾つもの足跡が点々と残っていた。
その足跡の多さに、セネカの眉がわずかにひそめられる。
彼女はさらに耳を澄ませた。
風が木々の葉を揺らす音と共に、
衛兵たちの微かな足音や、
かすかな話し声が遠くから響いてくる。
距離はあるものの、
その声は彼女の優れた聴覚で明瞭に捉えられた。
衛兵の数も少なくない。
怪しまれればすぐに捕らえられる危険がある。
それでも、彼女は足跡を辿り、
注意深く離れの方へ向かった。
月明かりの下、古びた木製のドアが浮かび上がる。
その前には二人の衛兵が立ち、目を光らせていた。
「ふぅ……危なかった……」
セネカは小さく息をつきながら、
屋敷から少し離れた場所に隠れ、
落ち着きを取り戻そうとした。
これ以上近づけば、
怪しまれるかもしれない…
そんな危機感が彼女の判断を後押ししたのだ。
彼女は再び木々の影に身を潜めながら、
アルの元へと戻ろうとしていた。
戻る途中、彼女は二人のメイドがささやき合うのを偶然耳にした。
「ねぇ、あの離れの夜の声、やっぱり怖いよね……」
「うん、なんだか気味が悪くて……」
そんな声が風に乗って聞こえてくる。
どうやら彼女たちも、
離れに何か不気味なものを感じているらしい。
セネカはその情報も心に留めつつ、
アルの元へと戻った。
―――『レポート、終了』
「アル、調べてきたんだけど、離れの裏手にはドアがあって、その前には常に衛兵が二人立ってる。それに……メイドたちが離れの夜の声について噂していたの。妙な声が聞こえるとか……」
彼女の報告に、アルは一瞬眉をひそめた。
「変な声か…色んな噂が絶えない理由はこういう所なんだろ…やはり何かあるのかもしれないな。セネカ、よく調べてくれたよ、ありがとな」
「えへへ、褒めらるのって、やっぱり、嬉しいね」
セネカは凄く嬉しそうな顔ではにかんだ。
…ああ、こういう笑顔をオレはいつまでも見ていたい。
「けど…あんまり危ないことをしないでくれよ…心配するじゃないか」
「…アルがそれを言うの? わたしがどれだけ心配してるか知ってる? 今回はいい機会だから、もっと心配してもらうっ! そうすれば、少しはわたしの気持ちが分かるかもねっ」
いつも心配かけるアルに、
たまには心配する側の気持ちが分かればいいと、
セネカは少し口を尖らせ、アルをじっと見つめた。
「…わかった…わかったよ…オレもこれから、気をつけますよ…って、言ってもこればかりは、どうなるか分からないしな…すまないな、いつも心配かけて…」
アルが申し訳なさそうに言うと、
セネカは少し眉をひそめたが、
すぐに穏やかな笑顔を浮かべた。
「うん…」
と、短く答えながらも、
どこか安心したような表情を見せた。
「…その離れがちょっと気になるが…今は…終わるまで待つか…」
「そうだね…もう、そんなに時間かからないでしょ」
「だな…」
さて…なんの問題もなく、開放されるかだが…
あそこまで、執着しているフィリップが
素直に返そうとオレは思えなかったのだった。




