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ム限焉転  作者:
第二章 可能性の世界
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第六十四話 不安定な他糸

 ―――祭りの朝、セネカはアルの身なりをじっくりと見ていた。


 彼はネイビーの落ち着いた衣装を纏い、

 貴族に紛れても違和感のない気品を漂わせていた。


 しかし、そのデザインは動きやすさを重視しており、

 肩に羽織ったマントは機敏な動きを妨げない絶妙な長さで、

 必要ならばすぐに外せる仕様だ。


 ブーツは柔軟な素材で作られ、

 足音を消す工夫も施されており、

 護衛用の短剣も腰に携えて、

 警備隊員としての準備も万全だった。


 全体として、貴族の格式を持ちながらも、

 戦闘や緊急時に素早く動けるようにデザインされた、

 洗練されたスタイルだった。


 整った服装と微かに香る香水が、

 今日の特別な日を感じさせる。


 そんなオレにセネカが告げる。


「よし、かっこよくなった。だけど…この羽すごいね」


 オレの帽子を見て、セネカが言う。

 呆然というか、呆気に取られている感じだ。


「…皆まで言わなくてもいい…」


 オレはそんなセネカにそう告げた。

 分かってるんだ…

 なんか…すごいことになってるって…

 それでも、セネカの手直しがあり、

 感謝を告げ、軽く頬にキスをしてから部屋を出た。


 部屋を出てしばらく歩いていると、

 ふとセラが気になった。


「………」


 …見に行ってみるか。

 昨日の夜も肩を落としたままのセラが

 気になり、急ぎ足でセラの部屋へと向かうのだった。


 ―――


 オレの部屋からセラの部屋までは急げば、

 十分足らずで到着する。

 今回は五分足らずで到着だ。


 部屋に到着すると『ラフィーノ』のマルエッタさん、たちが

 セラの着付けを行っていた。


 オレはそのセラの姿に立ち尽くす。


 今まさに衣装を身に着けようとしている

 彼女は下着姿で、女性らしく、そして

 毎日の鍛錬で余計な脂肪がなく、

 均整の採れた体型にオレは釘付けになった。


 一番、驚かせたのは顕になっていた胸を

 見てしまったことだ。


 オレは思わず息を呑む。

 

 形、色、艶、そのどれもがオレの好みを直撃し、

 脳裏にしっかりと焼きついてしまった…


 ほんの数秒、視線が交わった瞬間、

 セラが自分の状況に気づいて赤面し、

 両手で体を隠してしゃがみ込んだ。


「っ…!!?」


「わ、わるい…」


 なんとか言葉を絞り出したものの、

 オレはその場で固まってしまった。


 が、それを見ていた『ラフィーノ』の

 皆様がオレを咎め、部屋から追い出された…


 ―しばらくすると


 中から「わぁ、綺麗」と感嘆の声が聞こえた。


 やがて、オレも中に入るよう促され、

 部屋へと足を踏み入れる。


 いつもの制服姿のセラとはまるで別人のように、

 華やかな衣装に身を包んだ彼女は、

 一輪の花のように輝いていた。


 その姿に、オレの心臓は高鳴る。


「ど、どうかな…?」


 セラが少し照れくさそうに、

 オレに尋ねてきた。


 前にも一度見たことがあったが、

 今回はそれ以上の美しさだった。


 薄い黄色のドレスは、彼女の髪と絶妙に調和し、

 流れるようなラインがその優雅さを引き立てている。


 裾に施された赤と青の刺繍は、

 髪や瞳の色とも見事にマッチして、

 まるでドレスが彼女と一体化しているかのように感じた。


「…綺麗だ…」


 その姿に、

 オレはそれだけを言うのが精一杯だった。


 それを聞いたセラは、照れた様子で微笑んだ。


 その時、外から馬の蹄の音と馬車の車輪が回っている音が聞こえてきた。


 そして、フィリップの馬車が「ガタン」と音を立てて、

 セラの部屋前に静かに停まった。


 その音を聞いたオレたちは外へと向かった。

 マリエッタさんたちは、細心の注意を払い、

 セラを誘導したのだった。

 オレはその後ろをついて行った。


 外に出ると、そこにはフィリップの馬車が止めてあった。


 それは、黒く光る車体は重厚感を漂わせ、

 控えめながらも貴族らしい威厳を感じさせるものだった。


 扉が開くと、フィリップが姿を現した。

 その目がセラに向けられると、

 笑顔を浮かべた。


 彼はゆっくりと歩み寄り、

 彼女を見つめながら言った。


「セラ、なんて美しい姿だろう。まるで一輪の花のようだ。その輝きは太陽ですら、羞恥に隠れてしまうであろう」


 その言葉に、セラの頬は再び赤く染まり、

 言葉に詰まる…


「えっ…あ、は…はぃ…」


 その後、フィリップは彼女の手を優しく取って、

 馬車の中へと誘導した。


「さあ、こちらへどうぞ」


 しかし、次の瞬間、フィリップはアルの方へ視線を移した。


 目は冷たく、まるで彼の存在を無視するかのようだった。


「お前は歩いて行け。フォーゲルが案内する」


 そう告げると、フィリップは再びセラに目を戻し、

 優しい微笑みを浮かべて彼女を馬車の中へと導き、

 フィリップの共に乗車する。


 アルは、その冷ややかな態度に嫌悪感を抱いたが、

 セラのためにも、ことを荒立てるワケにもいかず、

 不承不承ながら、その従うのだった。


 フォーゲルは馬車から降りると、

 無言でアルを見下ろし、軽くため息をつく。


「まあ…命令ですので、案内はしますが、皮肉なことですよねぇ」


 フォーゲルは歩き始めながら、冷ややかに皮肉を言い放つ。


「お前のような下っ端に、貴族がわざわざ関わるなんて、まるで戯れのようなものだ」


 アルは黙ってその後ろを歩く。


 フォーゲルの言葉には棘があるが、

 彼の態度には微妙な余裕が感じられた。


 しばらく歩いた後、

 フォーゲルは突然足を止め、

 振り返ってアルの方を見つめる。


「本当は、あなたをここで足止めするよう命じられているんですよ。セラ様をフィリップ様に預けるためにね」


 フォーゲルは淡々と言うが、

 その声には何か違和感があった。


「ですが、私は家名に泥を塗るつもりはありません。貴族の名誉を守るために、あなたにはただ…」


 彼は一歩アルに近づき、

 冷静に言葉を続ける。


「このまま、お帰りいただけませんか?」


 その言葉にアルは驚いた様子を見せたが、

 フォーゲルの表情は微動だにしない。


 彼が言ったことに嘘はないのだと悟る。


「…本当にそれでいいのか?」


 アルが問いかけるが、

 フォーゲルは肩をすくめてみせた。


「私の知ったことではありませんよ。あなたがここに残りたければ、止めはしません。ただ、私としては忠告しておきます。お帰りになることが賢明かと」


「………」


 くそっ!  


 いきなりこんな展開になるなんて…

 フィリップのやつ、やってくれるな!


 だが、どうする?

 

 ここでフォーゲルとやり合うのは得策か?


 勝算は? 

 毒を使われたらどうする…?


 くっそう…

 引き下がるしか…ないのか…


 仕方ない、ここは一旦退くしかない…


 …すまない、セラ…


 だが、必ず迎えにいくっ!


「わかった…引き上げるよ。飼い主にそう伝えておけ」


「ほぉ~、それは重畳の極みですな。では、良い一日をお過ごしください。私はこれで失礼いたします」


「くっ…」


 オレは、フォーゲルがいなくなるのを確認し

 一旦、オレの部屋に戻り、さらに動きやすい

 服装に着替えて、クロミアさんとの合流

 を考えていたのだった。


 ―――


 フィリップの馬車にて―――


 馬車の中、セラはフィリップと二人きりになり、

 次第に不安が募ってくる。


「あ…あの…アルは乗らないのですか?」


 彼女の声は微かに揺れていた。


 フィリップはそれを見逃さなかったが、

 冷静な表情を崩さずに答える。


「彼は歩いて向かっているそうだ。僕たちが少し先に到着することになるが…心配いらない、彼は大丈夫だよ」


 その言葉にセラは少し安堵するが、

 心の中では違和感が残る。

 

 アルのことをよく知る彼女にとって、

 いつもそばにいるはずの彼がいない状況は異常に感じられた。


「でも…歩いて来るなんて…どうしてそんなことに?」


 フィリップは笑顔を浮かべ、

 優しい声で言った。


「気を利かせたんだ。君と僕、こうして二人きりの時間を持つのも悪くないだろう?  今日の君は本当に美しい。一緒に過ごせるこの瞬間を大事にしたいんだ」


 フィリップの言葉には、

 明らかに彼の感情が込められていた。

 

 フィリップの優しい声と配慮に、

 一瞬だけ心が揺らいだ。


 たが簡単に警戒を解くことはなかった。


 アルの姿が見えないことが、

 彼女の胸に再び不安を募らせた。

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