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ム限焉転  作者:
第二章 可能性の世界
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第六十二話 憂鬱なドレス

 ―――コツ コツ コツ


 大通りから一歩入り込むと、

 冷んやりとした石畳の道が広がる。

 古びた木造の建物が並び、

 石造りの壁の間にぴったりと寄り添うように建っている。


 路地にはいくつかの店が静かに営業している。


 まず目に入るのは「鉄の鍛冶屋フェッラーリイ・ファベル」だ。

 店の外壁には、使い古された鉄の剣や盾が掛けられている。


 少し先には「金瓶の酒屋ツム・ゴールデネン・クルク」という小さな酒屋があり、

 店先には様々な色の瓶が窓辺に並べられ、

 そこからほんのりと漂う酒の香りが鼻をくすぐる。


 その向かいには、「商人のパン屋ピストリナ・メルカトーリス」という

 パン屋がひっそりと営業しており、

 焼きたてのパンの香りが路地に広がっている。


 路地のさらに奥に進むと、

 道は徐々に暗く湿り気を帯びてくる。


 古い石の壁には緑の苔が生え、

 足元にはかすかに雨水が溜まっている。


 遠くからかすかに大通りのざわめきが聞こえるが、

 この場所ではまるで時間が止まったかのように、

 静寂が包み込んでいた。


 人通りの多い大通りの巡回が基本だが、

 たまにはこういった路地裏の巡回も

 怠ってはいけない。


 そのため、今日はいつもとは違い、

 路地裏をメインに巡回中だった。


 そして、いつもと違うのは、オレもセラも同じだった…


「………」



「………」



「………」


 セラが落ち着きなく、手を揉んでいるのが目に入る。


 オレも、セラと視線が合うたびに、

 自然と目をそらしてしまう。


 この重たい空気をどうにかしたくて、

 何でもいいから話そうと、思わず口を開いた。


「「な、なぁ…」」


 しかし、セラも同時に話しかけようとしていた。


「「あ…どうぞ…」」


 そして、また同調(シンクロ)してしまう…


「………」


 あまりの緊張ぶりに二人共口をつぐんでしまった…


 ああ…もう、なんかやりにくいな…

 …一昨日から、ずっとこんな調子だ。

 

 …ああ、もう、もやもやする!

 どうしたらいいんだよ…これ…


 だれか、たすけて…モルダー…


 そんな中、セラが口を開いた。


「…明日だな、アル…正直、行くのが怖いんだが、どうしたらいいんだ…?」


 彼女の声には、明らかな不安が混じっていた。


「まぁ…オレも一緒に行くし、大丈夫だ。心配するな」


「なぁ…もし行かないって選択肢はないのか…?」


 セラの問いは、どこか切実だったが、

 アルは小さくため息をつきながら答えた。


「それはもう無理だ…明日が当日だし、それに、フィリップは伯爵家の次男だぞ。庶民の立場で断ったら、相手の面目を潰すことになる。何が起こるか分からないぞ…下手すれば、どんな無理難題を押し付けられるか分からないし、最悪、手打ちだってありえる…あきらめろん」


「…そ、そうだよな…はぁ」


 セラは深いため息をつきながら、肩を落とした。


 その様子を見ていると、

 彼女が本当に参っていることが伺えた。


 そらそうなるわな…


 昨日も一昨日もフィリップと署内で出会い、

 相手をしていたのだから…


 ―――回想


「セラ、君も明日の建設祭を心待ちにしているのではないかな?」


 フィリップは優雅な微笑みを浮かべ、

 彼女への敬意と期待が込められているように感じられた。


「え…あ、はい…」


「我が家の伝統に則り、君のような美しい方が祭りの主役となることは、何よりの喜びだ。皆が君の輝きを目にするのを楽しみにしているよ」


 その言葉はまるで、彼女の美しさを

 引き立てるために全てを尽くすつもりであるかのように響いた。


「あ…はい…」


「君の存在が、明日の祭りに華を添えるのだから、ぜひ自信を持って臨んでほしい。私の目に映る君の姿は、他の誰にも負けない輝きを持つと確信している」


 彼の声には、まるで彼女を独占し、

 特別な存在として扱いたいという思いが滲んでいた。


「え、えっと…」


「おそらく、祭りでは多くの者が君の美しさに驚嘆することでしょう。私自身も、君が主役として輝く姿を目に焼き付けたいと思っています」


 彼の言葉には、セラを大切に思う気持ちが溢れ出ており、

 その奥には彼女を手放したくないという思いが秘められているようだった。


「は、はい…」


「明日は、共に素晴らしい思い出を作りましょう。君にとっても、特別な一日になることを心より願っています」


 フィリップの言葉は、

 まるで彼女を一層高めるような温かさと優雅さを持っていた。


「は…い、ありがとう…」


 そう言うと、フィリップは穏やかに微笑んだ。


 そして、フィリップはセラの隣に立ち、

 突然彼の手が自分の手をそっと握った瞬間、

 セラの全身にゾワっと寒気が走った。


 体中の毛が逆立ちそうな感覚に襲われ、

 反射的に手を引きたかったが、

 フィリップの力は強かった。


「大丈夫、君はとても美しい。明日、皆が驚くはずだよ」


 フィリップは終始セラを褒め湛えていた。

 その様子に、自分の体の寸法をどうやって知り得たのかを

 尋ねよううとしたが、出来ずにいた…


 それよりも、形式的にでもドレスや宝飾品を送られたことに

 お礼を述べなければならないのだが、

 それすらもセラには出来なかった。


 それほどまでに、

 セラに取ってはフィリップが驚異だった。


 さらに、ドレスを送られた意味について

 知りたいとも思わず、知ることを怯えていた。


 彼女の心には不安と戸惑いが渦巻いていた。


 そして、セラを褒める一方で、

 相変わらずアルに対しては敵意を見せていた。


 だが、それをおくびにも出さずにいるものの、

 時折アルに向ける視線がそれを語っていた。


 アルも前々からその敵意を感じ取っていたため、

 今さら驚くことはなかったが、

 セラとのやりとりを見て、

 さらなる警戒心を強めるのだった。


 ―――


 と、暇さえあればセラに近寄ってきていた…

 それは、祭りの日に近づくたびに増えていった。

 下手したら、休憩中や飯時にもやってきた…

 どんだけ、セラを好きなんだと思わざるを得なかった。


 そのセラの対応を見るたびに、

 ほんと不憫でしかたなかったよ…

 しかも、あいつ、オレをみるたびに睨めつけてくるし…

 セラはセラで、オレに助けて欲しそうな表情で見てくるし…

 なにか、諦めさせる方法はないものかね…


「………」


 これ…祭りが過ぎても続くのか…?

 いや…もっと、近づこうとする可能性も…

 ああ…考えるだけでも億劫になってきたわ…


 …どうすりゃ、いいんだろうなぁ~


 何が、フィリップをそんなに駆り立てているのか?

 オレは知りたくなったよ…


「………」

 

「あ、そういえば…」


「なぁ、セラ」


 肩を落とし、力なく項垂れて歩くセラに、

 少し気になることがあって、オレは問いかけた。


「…なんだ、アル?」


「明日、フィリップは迎えに来るのか?」


セラは力なく答えた。


「…朝の八時には来るんだって…」


「八時か…早いな」


「なんでも、十時から街の建設祭のパレードがあるからだって…」


「なるほど…で、ドレスの着替えはどうするんだ?」


「フィリップがオレの自宅まで来るから、自宅で着替えるよ…」


「一人でか?」


「え…ダメなのか?」


 やっぱり…予想通りだな。

 聞いておいて正解だった。


「さすがに、プロに頼めよ。ドレスを着るのって慣れてないと難しいんだぞ。ズレが出たり、全体のバランスを確認するのも大変だし、背中のファスナーとかどうすんだよ?」


「ああ…たしかに…」


 しばらく沈黙した後、

 セラは泣きそうな顔でオレに尋ねてきた。


「…なぁ…どうしよ…どうすればいい?」


 ほんと…セラは、普段はこんなに

 ダメなヤツじゃないんだけどな…


 これは相当だ。


「…まぁ、また『ラフィーノ』に頼んでみようよ。オレもついていくからさ」


「うん…うん…ありがと、アル」


 セラは泣きながら、

 オレに感謝の言葉を述べた…


 こうまで落ち込んでいるセラを見ると、

 同情もするし、フィリップに対する怒りが沸いてくる。


 その後、早速『ラフィーノ』に行って、

 頭を下げてセラのドレスの着付けをしてもらえることになった。


 「ラフィーノ」に到着したセラの様子を見た人たちも、

 さすがに可哀想に思ったのか、手伝ってくれることになったのだった。

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