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ム限焉転  作者:
第二章 可能性の世界
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第四十一話 逢魔が時

「ったく…聴いてるか、セラっ」


「ああ、聴いてるよ…はぁ…」


 オレは警備隊駐屯所の近くの居酒屋…もとい、

 飲み屋で、セラに愚痴を聞いてもらっていた。


「聞いてくれよ、セネカの父さんには、少し高いけど羽ペンやペン立てなんかをセットにした筆記道具をプレゼントするって決まったんだ。それは良かったんだよ。でもさ、セネカの母さんの贈り物については意見が割れてな…」


 オレは頭を掻きながら続ける。


「オレはちょっと背伸びして銀製の食器なんかがいいんじゃないかって提案したんだけど、セネカは『観葉植物のほうがいい』って言い出してさ。実用的なものがいいって言ったら、『贈り物なんだから心がこもってないと』ってさ。オレだって銀製品だぜ?  それなりに心がこもってるだろって返したら、今度は『お金をかければいいって話じゃない!』って…もうそこからは、お互い譲らず、ああでもない、こうでもないって…」


 セラは苦笑しながら、目を細めた。


「なぁ…アル…」


「なんだ…?」


「…オレはおまえのその愚痴を何回聞けばいいんだ?」


 セラは何度も繰り返すオレの愚痴に

 ほとほと愛想をつかして、そう言った。


「…だってさぁ、セネカが…さ…」


「ああ、もういい! だったら、両方渡せばいいじゃないかっ!?」


「っ!! そ、それだっ! 天才かっ!」


「はぁぁぁ…」


 セラはそれはそれは、深いため息をつくのだった…


 ―――

 

 coming in contact with


 main arm 5.4.3.2.1 contact


 contact!


 と、オレは心の中で呟いた…そして… 


「…ぁ」


 と、セネカが艶っぽい声をだす…


 そして、オレはそのまま…


 ……………


 ………


 …


 ―――


 オレはセラに言われ、

 両方を送ることにしたと告げると

 セネカもそれに同意し、喜んだ。


 そして、問題も解決したし、心も晴れた。


 その後はセネカと…


 …察してください。


「…アル…もういいの?」


「ああ、今日は控えておくよ」


「そう…ねぇ、アルはいつ頃、わたしの家に一緒にいけそう? お父さんとお母さんに結婚の報告しないと」


「そうだなぁ…再来週の日曜とかはどうだ?」


「…ん~、たぶん、大丈夫かな」


「じゃあ、その日にいこうか」


「うん、そうだね。楽しみだな~」


 セネカは報告するのが嬉しいみたいで

 すごく機嫌が良くなっていた。


 そして、オレの背中に抱きついてきた。

 すると、そう大きくはないが

 それでも、オレの背中に当たる柔らかい感触と

 少し、硬いものがあたっている感覚に

 オレは我慢できなさそうになっていた…


「な、なぁ…やっぱり…」


 そう言うと、セネカは「うん、いいよ」と返事をした。


 そして、夜は更けていくのであった…


 ―――


 その夜の次の日―――


 オレは、いつも通りベルヴィールの警備兵駐屯所から、

 自宅へと帰宅していた。


 セラは今日、始末書の作成に取り掛かっているため、

 『星屑亭(スターダスト)』でのいつもの酒盛りはお預けだ。


 オレとセラは仲がいい。

 オレだけではなく、セネカとも仲がいい。

 同郷というのはいいものだ。

 昔からの友達で、気心が知れているのは心地よい。


 オレは一人、寂しく帰宅中だった。

 夕日が街を染め、景色全体が深いオレンジ色に染まる頃、

 どこか不吉な予感が漂う。 

 狭い石畳の路地は、薄暗い影を落とし、

 夕闇が少しずつ深まっていく。


 古い木造の家々が密集した通りには、

 ほこりっぽい空気が重くたれこめ、

 いつもの喧騒がどこか陰鬱に感じられる。

 商店や露店が並ぶ中で、行商人たちが声を張り上げる音も、

 風に消されて遠くへ流れていくようだ。

 パン屋の店先から漂う焼きたてのパンの香りも、

 なぜか冷たい風にかき消されてしまう。


 路地の脇には、薄汚れた服を着た子どもたちが遊んでいるが、

 その笑い声も、どこか遠くから響いているようで、

 現実感が薄い。

 教会の鐘の音が、夕暮れを告げるように

 静かに響き渡るが、その音色はいつもより重く、

 少しだけ不気味に感じる。

 犬が不安げに吠え、馬車の車輪が石畳を軋ませる音が、

 不規則に響く。


 周囲の影が長く伸び、暗がりがじわじわと広がっていく。

 すべてが一瞬のうちに変わりうるような、

 不安定で奇妙な雰囲気が漂う。


逢魔が時(トワイライト・ゾーン)」という言葉がよく似合う時間だ。


 この時間は、まさに「逢魔が時(トワイライト・ゾーン)


 ――魔と出会う時間とされている。


 この夕暮れ時の景色を見ていると、

 何となくそう思えてしまう。


 現実と幻想が曖昧になるこの時間帯、

 そんな時に、オレは不思議な女性と出会った。


 それは、赤い髪のマントを羽織った女性だった。

 彼女はアルに視線を向けることなく、

 静かに近づいてくる。


 オレはどことなく見覚えのある雰囲気に立ち止まり、

 彼女を見つめる。

 その女性は仮面で目を隠し、

 マントを羽織っているため、

 彼女の正体は分からない。


 けど、どこか前の世界の夢に出てきた娘に似ている。

 だが、決定的に違う部分があった。

 彼女の髪は長く後ろで結んでいた。

 そして一番の差は彼女の耳が人間のものだったのだ。


 そんな赤い髪の女性がアルの前に立ち、

 仮面の向こうからじっと彼を見つめる。

 彼女の声には、どこか緊張感が漂っていた。


「キミはアルレフレクスくん…かな?」


 彼女の言葉に、オレは一瞬立ちすくみ、

 後ずさりした。

 知らないはずの人物が、自分の名前を知っている…


「そうですけど…あなたは?」


「ボクは…ちょっと理由があって名乗れないんだ…はは」


 オレのことを知っていていて声をかけてきたのに

 自分のことは名前すら離せないって、どういうことだ?


 オレは自分の名前すら、言えないヤツを

 信用することなど出来ないと考え、

 その場を離れようとする。


「ま、まって…」


 彼女の声には焦りがにじんでいる。

 それでも、オレは立ち止まらない。

 だが、次の彼女の言葉がオレの足を止めた。


「このままじゃ、世界が崩壊する!」


 その言葉にオレは反射的に振り返る。


 世界が崩壊する? 


 そんな馬鹿げた話が本当だというのか? 


 オレはその言葉が引っかかり、振り返ると、

 赤い髪の女性が一歩前に出て、

 息を整えながらアルを見つめていた。

 彼女の瞳には焦りと何か強い決意が宿っていた。


「…どういうことだ? なんで世界が崩壊するんだ?」


「…キミは魔術を使いすぎたんだよ…だから、世界の弾力性がキミの魔術の影響を受け止めきれなくなって、今に至ってるんだよ」


「魔術の使いすぎ? …弾力?」


「そう、弾力…意図しない事象を引き起こし、その影響が多次元的に広がる可能性があって、世界の弾力性に負担をかけいるんだ…そして、それは世界が自然に均衡を保とうとする力で、小さな異常や歪みを元に戻す力…キミはグロイエルとの戦いで魔術を使って、事象を捻じ曲げたよね?」


「!?」


 な…なんで、そんな事を知っている…

 それに…この世界ではそんな事実が

 ないことになっているというのに…


 だが、グロイエルを討伐したことを知っているという…

 それだけで、オレの中で疑念がわく…

 この女性は誰なのかと…


 そんなオレの心情を知ってか知らずか

 この女性は話し続ける。


「小さな事象の捻じ曲げなら、世界の弾力性で受け止められるのだけれど、大きな事象を捻じ曲げると、そうはいかない。大きな力には必ず代償が必要なんだ…リスクと言い換えてもいい」

 

「代償…」


「そう、代償。キミはグロイエルの攻撃の回避に魔術を何度も無意識に使った。ちがう?」


 …なんで、そんなことまで知っている。

 あの場所で、そんなことに気づく人なんていなかったはずだ…

 さらに、疑念が沸くオレに女性は話を続ける。


「そこまでいいんだけ…いや、良くはないんだけど、それ以上にグロイエルの止めに魔術を付与したよね?」


 そんなことまで!!


「回避に使った魔術が幾重にも積み重なり、最後のあの一撃が引き金になってキミはこの可能性の世界に来てしまったんだよ。その一撃は、これまでの回避魔術で積み上げたリスクの何倍にもなる負担だったんだ」


「………」


 かの…せいの…せかい…


 …オレもそんなリスクがあるかもとは思ってはいた。


 だが、今に至るまで、そこまで深くは考えていなかった…

 あの時は、あれが最善だと思っていたからだ…

 だけど、それが引き金になるなんて…


「…もし…もしも、剣に魔術を施してなかったら、どうなっていたんでしょうか?」


 そのオレの問に、彼女は答えらないでいた。


「わからない…この世界は全ての可能性を秘めている。だから、もし使わなくても勝てたかもしれないし、勝てなかったかもしれない…ごめんなさい。それだけはボクにも分からない」


「そう…ですよね…」


「でも、少なくともボクは討伐出来ていたと思うよ」


「なんで、そんなことを言えるんですか…気休めなら、やめてください」


「気休めなんかじゃないよ、だってアルくんなんだからさ」


 その声には不思議な力があった。

 彼女の言葉がまるでオレの心の奥底を

 見透かしているかのように感じられた。


 オレは何も言えず、ただ彼女の顔を見つめた。

 彼女の目には、揺るぎない信頼と、

 オレへの優しさが宿っていた。


「でも…どうして、そんなに自信を持って言えるの?オレが…その、どうして?」


 彼女は少し微笑みながら、オレの問いに答えた。


「だって、アルくんはどんな困難な状況でも諦めないから。君が君である限り、きっと最善を尽くしていたはずだよ」


 彼女の言葉を聞いて、

 オレの胸の中に一筋の光が差し込むのを感じた。


 突然、前の世界と少し似た別の世界に来てしまい、

 記憶も曖昧になってきていた。

 もういっそ考えるのをやめて生きていこうと

 していたけれど、やっぱりこの世界は

 オレがいた場所とは違うんだと、

 そう断言してくれる人が現れた。


 オレの記憶は間違っていない。

 この世界の方が間違っているのだと、

 強く思える瞬間が来るなんて

 考えたこともなかった。

 

 けれど、今のオレにはそれが救いなのかもしれない…

 そう思えてならなかった。


 そんなことを考えていると、

 彼女の手が何かを取り出し、オレに差し出してきた。


「そうだ。ボクがここに来た目的は、これをキミに渡しに来たんだ」


 オレの目の前に差し出されたのは、

 見覚えのない銀色のブレスレットだった。

 それは光を反射して、微かに輝いている。

 美しい彫刻が施されていて、

 まるで古代の魔術具のような雰囲気を漂わせている。


「これは…?」


 オレが尋ねると、彼女は少し真剣な顔つきで答えた。


「これは、君が無意識に使ってしまう魔術を制御するためのものだよ。これをつければ、君自身の意志でしか魔術を使えなくなる。無意識に力を使ってしまうことを防げるんだ。特に事象に干渉しようとすると止めてくれるよ」


 オレは一瞬、戸惑いながらもそのブレスレットを手に取った。


 その感触は冷たくて、

 それでも何か不思議な力を感じさせるものだった。


「…なぜ、オレにこれを?」


 彼女は穏やかな声で言った。


「アルくんがもっと自由になるために…そして、世界が君を失わないために」


 その言葉に、オレの心は不思議な安堵感で満たされた。

 彼女の瞳の中には、どこまでも深い信頼があった。

 それは、オレがどんなに疑いを持っても決して揺るがないものだった。


 オレは深呼吸をし、静かにブレスレットを手に取った。

 心の中で何かが解けるような感覚がした。

 この不思議な世界に翻弄される中で、少しずつ、

 自分自身を取り戻すことができるかもしれない、そんな気がした。


「また会おうね」


 オレがブレスレットを付けている中、そう言うと彼女が静かに立ち去る。

 そして、その場を見渡すと残ったのはほんのりとした光だけだった。


 光もやがて消え、空気だけが静かに揺れているように感じられた。



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