第十九話 セネカの魔術
デグロー子爵率いる貴族の騎士団が到着して翌朝…
日の出前の静けさがまだ辺りを包む中、
騎士団の宿営地は次第に活気づいてきた。
宿営地中央に設置された大きな天幕の中では、
クラウスの指示のもと、
各部隊のリーダーたちが集まって今日の戦術を確認していた。
警備隊から提供させた地図が広げられ、
討伐対象の魔獣の位置や動向が詳しく説明される。
外では、騎士たちが甲冑を身にまとい始める。
食事を取り、安全と勝利を祈り、全ての準備が整い、
騎士団は出発の時を迎える。
そんな感じで朝から物々しい様相を呈していた。
そして、ととさまのご機嫌が非常によろしくない。
それは、昨日の夕食後の今日の探索討伐のための作戦会議に遡る。
―――
二日間にわたる警備隊の魔獣捜索の結果、
北側の一箇所を探索するのみとなっていた。
騎士団は、魔力を好む魔獣の性質を利用して魔石で魔獣をおびき出し、
討伐を行おうとする計画を立てたが、
アレンはこの方法に対して不安を抱いていた。
「…それで、討伐が出来ればいいが、失敗すれば魔石は取り込まれ、さらに凶悪になったらどうするんだ!?」
「そのようなことなど、あろうはずがない! 我が『黎明の守護騎士団』に限って、そのような遅れをとるはずなどないわ!」
クラウスは自分たちの騎士団の失敗を指摘され、
自尊心が揺さぶられてしまう。
彼はこの場で、自分たちの騎士団の威厳を
守らねばならないという強い使命感を感じていた。
「…だが、もし…」
「ふっ…卿の言は、影を恐れること、まるで幼子の如しだな」
クラウスはアレンの発言を聞き、
自分たちの実力が疑われたことに苛立ちを覚えた。
その誇りと共に、アレンに対する軽蔑の色を隠そうともしなかった。
「なに!」
「やめろ、アレン…いやぁ、すいませんねぇ。我々が少々、慎重になりすぎてましたわ。ご勘弁を」
デュランは内心では、クラウスの態度に苛立ちを感じていた。
だが、これ以上揉め事を大きくしないために下手に出ることにした。
「まったくだ。慎重になるのもいいが、なりすぎては臆病のそしりを受けるぞ」
「なっ!? おま…」
「落ち着け。アレン! いやぁ、ほんと、すいませんねぇ、明日の予定も決まった事ですし、我々も準備がありますので、ここで失礼させてもらいますわ。それでは、ご健闘をお祈りします! では!」
デュランは心の中で深いため息をついた。
だが、状況を収めるために表面上は穏やかに振る舞った。
「これだから、下賤の者は…」
クラウスは小声で誰にも聞こえぬよう、警備隊を謗るのだった。
デュランはビシッ! と敬礼をしてテントから退出する。
アレンもオーレリアンも辟易しながらもそれに従った。
その後、クロミアさんを含めた警備隊の面々は、
アレンの愚痴をちょくちょく聞きながら、
今後の警備隊としての方針の相談を始めていった。
そんな感じで、ととさまの機嫌が非常に悪いのだ…
ああ…めんどくさい…
「なぁ、アル。オレ間違ってるか?」
「いえ、特段なにも…」
「だよな…なのに、あのバカ息子ときたら! 貴族じゃなかったら、二、三発張っ倒していたぞ!」
「はいはい…そうですね…」
こんな感じで、オレに愚痴を言ってきた…
介護が凄く、めんどくさい…
「聴いてるか、アル」
「あ…はい…聞いてまっする…」
ああ…早く終わって欲しい…
―――
「はぁぁぁ…」
あれから、討伐隊の出立に伴い、
アレンとデュランさんが後方からの襲撃に備えるという名目で、
騎士団に同行することになった。
侍従のアルベルトさんがその許可を取り付けた。
少しひと悶着があったが、騎士団の邪魔をしないこと、
討伐が成功した際にはどのような経緯であれ、
功績は騎士団に帰化されるという約束で、同行が認められた。
オーレリアンさんは長剣のため、
森での戦いには向かないと判断されたのと、
村の防備を疎かにできないとの理由で、
クロミアさんと村の守備を任されている。
そして、それまでの間、
ずっと愚痴を聞かされて辟易していたオレは、
やっと解放された。
そして、オレは癒しを求めてセネカの元に赴いたのだった。
だが、オレには一つだけ懸念点があった。
それは、昨日のいじめの件で、
セネカが何かしら思うところがあるのではないかと心配していた。
だが、そうでもなさそうで、
オレは安心して普通に接することができ、
懸念は杞憂で終わった。
「おつかれさま…これ、どうぞ」
「ありがとう、セネカ」
オレはセネカから飲み物を渡され、飲み干した。
「はぁ…なんだか、セネカの味がする」
「…なななにいってるの、アルくん!?」
ああ、クロミアさんとは違う、いい反応。
これだよ。これ。
この反応をオレは求めていた。
「いや、ホッとするなぁ、ってことだよ」
「も、もう…」
オレのお茶目な洒落を恥ずかしがりつつも、
どこか嬉しげな表情にオレは癒されていた。
「…っぅ!」
「ど、どうしたの?」
「いや…どこかで引っ掻いたのかな?」
痛みを感じ、腕を見てみると思いのほか広範囲に切り傷が広がり、
じわじわと血が滴っていた。
「うわぁ…いつのまに…」
「………」
セネカはオレの傷を見て、しばらくの間、
何か考え事をして話しだした。
「…アルくん、ちょっと、こっちに来て」
「え…ああ…」
セネカはオレを人が来なさそうな建物の隙間に連れ込んだ。
「え、あの…オレはここで何を…?」
これは…どういうことなんだろうか?
人気のない所に連れられて…
まさか! オレは、カツアゲでもされるのだろうか?
………
…ま、ないわな。
「え…えと、見せて…?」
「ッ!?」
な、なにをでしょうか…
ま、まさか…
「あ、あの、ボク恥ずかしいですし…おすし…」
オレは少し照れながら股間を隠す素振りをする。
「ちちち違うよ…そそそこじゃないよ! き、傷を見せてって言ってるんだよ…!」
セネカはオレの予想外の下品な行動に動揺し、赤面しながら、そう答えた。
「あ…キズの方ね」
そう言いながら、セネカに腕の傷を見せた。
「も、もう…なんの方だと思ったんだよ…」
「いやぁ…こっちの…」
「いわなくていいよ! そ、それじゃあ『ヤクト エスタ《魔術行使》』」
なんだろ…何か唱えてたみたいだけど…
セネカは手のひらを傷口にかざし始めた。
すると、その手のひらがぼぉーと淡い白い光を放ちながら輝き出した。
その後、オレの傷口がみるみる治り始めた。
「え! なにこれ!?」
オレはセネカが治癒ができることに驚いた。
「これで、よし。『ヤクト アスタ《魔術放棄》』どう、もう痛くない? ふふ」
セネカはオレの傷を直したことに、どこか嬉しそうに誇らしそうに微笑んだ。
オレは腕を振り回して確認したが、痛みも何もなかった。
むしろ、他の小さな傷も塞がってる感じすらあった。
「こ、これは!? セネカって、治癒魔法使えたの!?」
「え、えと…こ、これは魔法じゃなくて、その…魔術なんだ…」
「え…?」
魔術って…
もう失われたかもしれないと言われていたんじゃ…
その魔術を使える子がここにいる…
セネカの魔術発言でオレはその現実に衝撃を受け、ただ呆然としてしまった。