第十四話 友達になった日
魔獣に襲われてから翌日、村の防衛準備が着々と進んでいる。
昨日の内にファルニール領主ローラン・バーデンシュタット様に
魔獣出現の報告の書状を出し、
受け取った領主様は魔獣捜索のため
シエル村含むこの周辺一帯の管理を任せられている、
テオドル・デグロー子爵に兵士を携えて派遣の命を下したのだった。
その到着を待ち、森の捜索をする予定だ。
今はその準備段階と魔獣の襲撃の対応を進めている。
「…賑やかだな」
まるでお祭りのような賑わいに、
これで魔獣が見間違いだったらどうしようと一抹の不安がよぎった…
村人たちは総出で村の外柵の点検補修に取り組み、
警備隊の隊員は見回りを強化していた。
森の近くに住む住人たちは避難誘導され、
安全な場所へと移動する。
みんなの協力で作業は順調に進んでいたが、
緊張感は依然として漂っていた。
「これで少しは安心できるかな?」と誰かがつぶやいた。
アレンもアレンで村の広場で地図を片手に
点検の確認や部下への指示をだしている。
「北の外柵がまだ見回りが終わっていない。そちらを優先してくれ」とアレンが指示し、「了解です!」と若い隊員が答え、素早く動き出した。
皆、忙しなく自分たちの役割を淡々とこなしていた。
そんな中、女性たちは作業や見回りなどの作業をしている人のための炊き出し、
他村人達で物資の運び入れなど、やることは満載だった。
オレは物資搬入の手伝いをしていて、今は休憩時間だ。
同時にアレンの所で見回りの兵士と一緒に警戒を強めていた、
クロミアさんも一緒に休憩をしている。
「ものものしいですね」
「魔獣捜索ですからね」
「大丈夫なんですか? その…足が負傷してるのに参加しても?」
「わたしの探査能力は有力だと思いますから、この程度、なんでもないです」
「そうですか。気をつけてください」
「はい。では、行ってまいります」
そう言うと、クロミアさんはアレンの元へと向かうのだった。
今は、母ルーザも婦人方と一緒に炊き出しなどを手伝っている。
そんな、婦人のたちの中にこの前のエルフの子を見つけた。
恰幅がよく、気さくそうな女将さん肌の人の所で手伝いをしていた。
さほど、その子を奇異の目で扱うこともなく普通によく話かけながら、
手伝いをして貰っていた。
そのグループの人々は少しぎこちないが、
完全に拒絶しているわけではない。
なんだ、皆が皆、あの子を毛嫌ってる訳じゃないないってことか。
だけど、それ以外の大半の人はあからさまではないにしても、
距離を置いている。
そして、その子も休憩時間となり近場の木材に腰掛け休憩を始めた。
オレはその子に近づき、軽く息をついて話しかけた。
「や、やぁ。隣いいかな?」
「ッ!」
話しかけられたその子は落ち着きがなく、おどおどしていた。
彼女の手は微かに震え、視線は地面に向けられていた。
「その…ダメかな?」
「…ダメ…じゃない」
ボソッと一言呟くと、オレが座れるように体を少し横にずらした。
さて…
何をどう話していこうか?
無難に天気の話題からだろうか?
…なんか違う気がする。
…話題が見つからない。
非常に困った。
…これだから、ぼっち歴が長いヤツはダメだ。
えーと…えーと…
とにかく、なんでもいい。
何か話せ、オレ!
そんなことを考えてると隣に座った時から、チラチラとオレを窺っていた。
「昨日も思ったんだけど、キミの髪ってキレイだね」
「ッ!!」
「………」
その子は深くかぶっていたほっかぶりをさらに深くかぶり直した…
…しまったぁぁ!
これって…
一番触れて欲しくないところを踏み抜いたんじゃないのか?
…まずい
何も言わなくなった…
えーと、なにが別の話題を…
「…な…んで、そんなこと言うの?」
なんだか、さみしげな声でその子はオレに質問してきた。
「…なんでって…オレがキレイだと思ったからとしか。昨日なんて、陽の光に反射して紅くキラキラしてて、宝石みたいだと思ったんだ…それが、理由じゃだめかな?」
「ッ!!」
その答えに驚き、言葉をなくしたその子を見ると、
深くほっかぶりをしている隙間からでも、真っ赤になって恥ずかしがる、
その子の顔が見えていた。
「…だからさ、噂なんて気にしないで自信持ちなよ」
「………」
「キミのことは昨日始めて父さんから聞いたんだ。今まで、この村に住んでいて自分以外にどんだけ興味ないんだ? って思ったよ。はは… それに、ここ一年体力作りや剣の練習ばかりやってて、友達がいないんだ…だから…よかったらさ、友達になってくれないかな? ダメ?」
「ッ!!!」
その子はオレの提案に驚いた様子で一瞬黙り込んだ。
しかし、次の瞬間、彼女の目には涙が浮かんでいた。
え! え! なに…?
なんで、泣いてるんだ!?
オレ、なにかひどいこと言ったか?
「えっと…オレ、何か、気に障ること言ったかな?」
「ううん…違うの…はじめてなの…友達になろう、なんていわれたの…ぅ」
オレはしばらく、この子が落ち着くのを待った。
落ち着いたのを見計らって、オレはまた尋ねた。
「それで、どうかな? ダメかな?」
「…ほんとに、友達に…?」
「ああ、キミがよければだけど」
その子は少し戸惑いを見せながらも、コクンッと頷いた。
「じゃあ、オレはアルレフレクス。これからよろしくね」
「ボ、ボクはセネカ・ファム。よ、よろしくアル…レフレクスくん…」
「言いにくければ アルでいいよ。そう呼ばれてるから」
「そ、そう…? じゃ、じゃあ、アルくんって呼んでいい?」
「ああ、構わない」
「そ、それじゃあ、アルくん、よろしく」
「ああ、よろしく」
オレは優しくそう言って手を差し出すと、
セネカはその手を握り返した。
その瞬間、何かが変わった気がした。
彼女の表情も、少しだけ柔らかくなったように見えた。
二人で少しの間、静かに座っていたが、
その静けさは心地よかった。
新しい友達との始まりを感じながら、
オレはこれからのことを楽しみに思った。
「そうだ、昨日なんで、あんな森にいたの?」
「あ…え、と…その…ね、ねこの後ろを歩いていたら、いつのまにか…」
「なにそれ。あはは…」
「わ、わらわないで…もう…」
笑われたのが気に障ったようであったが、
セネカの顔はどこか嬉しそうに綻んでいた。
―――
「今度セネカの友達になった、アルレフレクスです。よろしくお願いします」
オレはできるだけ、遠くまで聞こえるようにはっきりと、
セネカが懇意にしてそうだったアンネ叔母さんに挨拶をした。
この炊き出しの場所からすぐ近くにいる母のルーザは、
小さくガッツポーズを取っていた。
「おやまぁ、よかったじゃないか、セネカちゃん。いいボーイフレンドができたわね。ははは」
「ち、違います。と、友だちです…よ」
「なんでもいいさ。えーとアル…なんだっけ?」
「あ、アルで構いませんよ。今日からセネカの友達になったアルです」
「ア、アルくん…恥ずかしい…よ」
「元気があっていいじゃないか。仲良くしてやってくれな。えーとアル…」
「アルでいいですってば…」
「じゃあ、アルッ」
「はい! セネカとはずっともでいる予定ですよ!」
「ア、アルくん…もう…」
何故、大きな声で友達を強調しているのかには訳がある。
今まで、少なくともセネカと友達になろうとした子がいたのかもしれないが、
噂のせいで周りに何を言われるのかが怖くて二の足を踏んでいたかもしれない。
そういった人を、オレが率先して友達になったと喧伝すれば、
もしかしたら次に続く人が現れるかもしれない。
そうなれば、数珠つなぎにセネカの周りに友達が集まるかもしれない。
だから、できるだけ大声で友達になったと喧伝している訳だ。
そのお陰が、めちゃめちゃ注目され、
めちゃめちゃざわつかれている…
うん、これでいい…
これでいいはずなんだ。
いいんだよね…?
そんな友達宣言をしているとコチラをずっと見ている少年たちを見つけた。
その中の一人が妙に印象に残った。
何故だろ? と思い、その少年を眺めていると理由が分かった気がする。
水色の短髪の髪に整った顔、
一番印象的だったのが右目が赤く左目が青い瞳をしていた。
俗に言う「ヘテロクロミア」だ。
だからなのか、オレの記憶に妙に残ってしまった。
オレが見ていたのを気づいたのか、
その少年たちはどこかへと去っていった。
なんだったんだろ?
…ま、なんでもいいさ。
そう考えながら、オレはセネカと一緒にアンネ叔母さんの手伝いをするのだった。