第十三話 誰が為に
昨日家に戻って、魔獣に襲われた子と一緒に辛うじて逃げ切れたと伝えた。
子供が魔獣と戦って生き延びたなんて話、
誰も信じない。
オレだって他人が言ったら信じない。
それに、みんなに心配をかけたくない。
なら、オレとあの子が辛うじて
逃げ延びたことにした方が話は早い。
どちらにしろ、命からがら逃げたのだから。
その話を聞いた、母ルーザはオレの無事を泣きながら
オレを抱きしめてきた。
その時の彼女は肩が震えていた。
本当にオレを心配してくれたんだとオレはそう思えた。
かたや、アレンは複雑な表情をしていた。
危険なことをしたのを責めるべきなのか。
その子を助けたことを褒めるべきなのか。
そんなアレンはオレに「その子を助けたことは本当に偉い。だが、今後はそんな無茶はするな」と言われた。
その時のアレンの声は誇らしさと心配が混じっていた。
ま、無茶もなにも、自分から危険に近づいた訳じゃないのだけどね。
それから、最後に助けた子がエルフの子だったことを伝えた。
すると、全員少し神妙な顔になった。
「エルフの子ってあの子かぁ…」
「なにか、まずいんですか?」
「え、ああ…そうだな。オマエは知らかったよな。頻繁に外に出る割には友達もいないようだし、知らなくて当然か」
グサッ!
なに、さらっとディスってるんだ!
中身が四十五才のおっさんがなんでわざわざ、
子供の友達を作らなければならないんだ…
どうやって、遊ぶかすらわからん!
前の世界なら、下手したら捕まるっての!
そんなことをやってるくらいなら
剣や魔法の練習したほうが遥かに楽しいわ!
「わたしにはク、クロミアさんが…」
「わたしはあなたの先生であって、友達ではありません」
即、否定された…かなしい…
「ちょうどいい、アルも知っていてもいいだろう…」
アレンが言うにはその子は髪の色のことで
畏怖の対象として恐れられてる「ラビッド」と混同され、
そう呼ばれているという。
それが、人であるならまだしも、
村で唯一の魔族でエルフであることが、
その恐怖と孤立をさらに深めている。
一度そのように呼ばれ始めると、
このような村ではすぐにその噂が広まってしまうのだ。
…この前、あの子が転んだ時に手を差し伸べ拒絶されたのはそういう理由なのか。
謂れのない差別や偏見、周囲からの冷たい視線にさらされ、
自分を攻撃し嫌ってくる者に対しての防衛本能だったんだな…
それと、瞳の奥にあった寂しそうな感情は
孤立と孤独による恐怖だったのだろう…
「つまり、そんな子が今回、魔獣に襲われた。これがどういうことになるか。わかるか?」
「それは…ッ!」
そうか!
今回、魔獣に襲われたのはその子だ。
そのため、ただでさえ忌み嫌われているのに
襲われたなんてことが広まれば、
禍を引き寄せたと思われても仕方がない…
それが、さらに助長し、ますます嫌われる…
それでなくても、ただ魔獣が出たということだけでも…
「どっちにしても、ますます嫌われそうですね…」
「そう…だな。だから、襲われたということは伏せた方がいいだろうな」
「父さん…もし…もしですよ。わたしがその子の友達になると言ったらどうしますか?」
オレはその子に対する同情だったのかもしれない。
それでも、何もしてもいない子が謂れのない誹謗で
悲しい目に合うのはなんか違うと思う。
なら、少なくともオレは自分に正しいと思うことをしたい。
こんな気持ち、前の世界でも…
否、前の世界では見ないように蓋をしていただけなんだ…
自分に火の粉が飛んでこないように生きてきた…
同じような目にあってる人がいたとしても、
オレは知らない振りをしてきた…
誰でもオレと同じようにする。
仕方ない、当たり前と見ないようにしてきた。
…それが、生きていくには楽だったからだ。
でも、今回はそうはしたくない。
ただ、そう思った。
たぶん、前の世界でもオレはこうしたかったのかもしれない…
だけど…
怖かったんだ…
手を差し伸べて裏切られることを…
手を差し伸べて周りから、馬鹿にされることが…
手を差し伸べた先に何もなかった時が…
けど!
結果がどんなになろうとも、やり遂げてみようと。
前の世界では出来なかったことを…
新しくこの世界にやって来たというのに
同じことをして何になる!
折角、新しい自分になれたんだ!
それなら、せめて自分の心に正直に生きて行きたい!
そう強く思えたんだ!
たとえ…家族に否定されたとしても…
「で…どうですか?」
―――ゴクッ
オレの行動次第でこの家族に迷惑をかけてしまう…
ここで否定されても、オレは文句を言うつもりはない。
オレだって、多分、やめてくれと思う。
それは仕方ないことだ。
平和に平穏にくらしていくなら、そのほうがいい…
だけど、否定されてもオレは勝手にやってしまうだろう…
そんな気持ちだからこそ、オレは震えている…
否定されるのが怖い。
一人でやり遂げるのは、心細い。
そんな感情が体に出ているのか、
オレは唇を震わせながらアレンに聞いてみた…
―――パンッ!
ヒッ!
「よく言った! アル! さすが、オレの息子だ!」
そう言いながら、アレンはオレを抱きしめ顔を頬に近づけて感動を表現していた。
ヒィィィィィ!
や、やめろぉぉぉ!
き、きもいぃぃぃ!
ヒ、ヒゲがぁあぁ…
ジョリジョリいってるぅぅぅぅ!
「うん、ほんとによく言ったよ。えらいね。アルさん」
「クロミアさん…」
「アル、アナタの思うようにしなさい」
「母さん…」
「それで、もし誰かが文句言ってきたら、このオレが叩っ斬ってやる!」
「斬るのはダメですよ。はは」
「ただし!」
「は、はい…」
「一度きめたことは、途中で放り投げるなよ! まぁ、やれるだけやってみろ。少なからず協力はする」
優しそうな微笑みを浮かべながら、
アレンはそう言ってきた。
それが、オレにはすごく嬉しかった
「父さん…はい! がんばってみます!」
そうして、オレは家族の理解を得たのだった。
その後―――
アレンは魔獣が現れたことを村中に知らせるため、
警備隊屯所と村長のところへと向かった。
―――
オレはあの後、部屋でクロミアさんにまた、
教わろうと思っていたのだが…
「先程は、かっこよかったですよ。アルさん」
「そ、そんなことないですよ…」
なんか素直に褒められるのって、なんかいいな。
「例え、このあたりが魔族に寛容であっても、先ほどのようなことはどこでもあることです。私自身も魔族だから、似たような経験をしたことがありますし、その子の気持ちは少なからず理解しているつもりです。しかし、アルさんのように、その子のために行動できる方は中々いません。心から感心しましたよ」
「そ、そうですか?」
あ、あれ?
ここまで褒められるとなんか怖いな…
「さて、アルさん。それとは別に、ほんとのところを教えてくれませんか?」
ドキッ!
な、何を言ってるのだろうか、クロミアさんは?
「さ、さぁ、なんのことでしょうか?」
「アルさんは嘘を付くとき、手で鼻の頭を描く癖がありますね」
「えっ!」
しまったぁぁ!
オレにそんな癖があったのか?
全然、気付かなかったぞ!
こ、これは素直に話した方がいいのだろうか…?
「えっと、その…」
オレは全てをクロミアさんに話したのだった…
「なるほどねぇ。それで、その子を助けるために魔獣と戦ったと」
「はい、そうです」
「はぁ…それでよく生き延びれましたね」
「ほんと、ぎりぎりでした…」
「ぎりぎりとかの話じゃないんですよ。おそらく、アルさんはそのギリギリの中の集中力で身体強化を使用したと思われます」
「やっぱり、あの魔力が全身を流れるのと同じ感覚がそうだったのかな?」
「おそらく、そうでしょうね。それは、誰でも出来るとは限りません」
「え?」
「アルさんの場合は毎日の鍛錬のお陰だったのでしょうね。でなければ、今頃ここでこうして話せてはいないでしょうね…」
「…ッ」
クロミアさんの言葉にオレは寒気を感じてしまう…
たしかに、あれがなければ、オレは…
そう思うと、今までやってきたことが無駄ではなかったと
強く実感出来たのだった。
「あと、聞いた魔石の大きさからして、まだ魔獣になりたてだと感じました」
「だから…」
「だからと言って、生き延びれたのはほんとに運が良かっただけですよ。それは肝に銘じててください」
クロミアさんにそう言われて、
ほんとに運が良かったのだと実感したのだった。
「心配かけたくないのはわかりますが、今度ちゃんと話しておきなさいね」
「は、はい、そうします…」
「と、言ってみましたが、これですっきりした~」
真面目に話していたクロミアさんから一転、なんか喉にささっていた骨が取れたようなすっきりとした顔をした。
「なんか、隠してるな~と思っていたんですよ。カマをかけた甲斐があったわ。これで、ぐっすり眠れそうです」
「え、それじゃあ、鼻の頭を描くとかは…」
「もちろん嘘よ。そんな癖分かるわけないじゃないですか」
「………」
騙された…と同時にやられたと感じた。
だが、なんだかすっきりした気持ちにもなった。
もしかしたら、クロミアさんはオレに煩わしさをなくそうとしてくれたのか?
「クロミアさん」
「なんでしょうか?」
「もしかして、オレの心の使えを取るためにしてくれたんですか?」
「…そうです」
やっぱ…
「と、言いたいところですが、ただ単にわたしがすっきりしたかっただけです。あしからず」
「………」
だぁぁ~
やっぱり、クロミアさんはクロミアさんかぁ。
まぁ、いいや。
それでも、オレ自身はすっきりできた。
「それでは、わたしはそろそろ帰ります」
「あ、あれ? 魔族語の勉強は?」
「今日は、終わりにしましょう。長話をして疲れました」
「…はい」
「それでは、おつかれさまでした」
「…おつかれさまです」
―――ガチャ バタンッ
ほんとに帰ってしまった…
「………」
まぁ、いいか。
今日はオレも寝よう…
夜も更けた頃、ある意味すっきりし、ある意味もやもやしながら、オレは就寝につくのだった…