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ム限焉転  作者:
第一章 転生
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第十二話 黒い獣②

 木々のざわめきが風に乗って囁く中、いつもと変わらない静けさを保っているように見えた。


 しかし、何かが違う。


 オレは体毛は闇のように黒く、

 その目は赤く光っている犬ほどの大きさの獣と対峙していた。


 鋭い牙がむき出しになり、

 唸り声はまるで森全体が共鳴するかのように響いた。


 微かな緊張感が空気をピリピリと震わせている。


 後ろにいる子は涙目で恐怖し震えている。


 獣はオレたちを捉えて、

 いつでも飛びかかれる準備をしていた。


 ―――ぐるるぅ…


 やるんだ!


 とはいったものの、ほんとどうする?


 戦うか…逃げるか…

 逃げ出したい…

 はっきり言って、逃げたい…


 でも、アレはヤル気まんまんだし…

 このままじゃあ、逃がしてくれなさそうだな。


 それに、この子もいる…


 やるしかないよな!


 オレは上着を脱ぎ、両手で掴んで、

 獣の動向に注視する。


 そして覚悟を決め、獣の挙動の一つも見逃さないように全神経を注ぎ集中する。


 どんどん集中力を高めていると、突然、違和感を感じる。


 なんだこれ…?


 それは、体中に何かが流れ込み体全体を包み込む纏う感覚…

 そう、魔法の練習で魔力を流している感覚に近いものを感じる。

 でも、少し違う。


 練習の時は体を回る感覚だけで、包み込み纏う感覚なんてなかった。


 そのお陰か、なんだかヤケにコイツの動きが遅く見える。

 しかも、体が軽い上に力強く感じる。

 それに、体の表面になにかが張り付いている感じもある。


 なんだろ、この感覚?


 …まぁ、なんでもいい。


 これなら、どうにかなりそうな気がする!


 「下がってて!」


 オレは後ろにいる子に、さらに下がるように指示した。


 「う、うん…気をつけて…」

 

「ああ、任せろ!」


 不安そうな子にこれ以上不安を抱かせないように、

 出来るだけ力強く答えた。


 けど…


 オレも誰かに「任せろ!」って、言って欲しいよ…ほんと…


 実際、足の震えが止まりませんよ…


 こんな時に勇気が出る言葉欲しい…


 愛と勇気だけが友達でもいいからさ!


 ………


 いかんいかん!


 弱気になるな!

 集中しろ!

 集中!!


 そう思った瞬間、ヤツは様子見を止め突然、

 オレに飛びかかってきた!


 ―――ガァァァ!!


 それを見計らい、オレは全力で上着を獣の顔に押し当てる! 

 

 獣は驚いて暴れ出したが、

 オレはなりふり構わず必死で上着を押さえ続けた。


「くそっ! おとなしくしろ!」


 そんな言葉で大人しくなるなら世話がないと思いつつも、

 オレはそう叫ばずにはいられなかった。


 獣は足をバタつかせ、暴れまわるが構わず、

 オレは力任せに上着を押さえつけた!

 

 首を右へ左へ動かし、体をよじらせ顔の上着を取ろうと暴れまわる!

 

 それを、オレはさらに腕に力を入れ無理やり抑えつけようとする!


「おとなしくしろ! っつてんだろうが! くそっ!」


 ガウッ! ガアァァ!!

 

 さらに、唸り声を上げながら、首を振り回し、

 体をねじりながら暴れだした。


 そんな獣をオレは負けまいとさらに力を込め、

 上着がボロボロになっていくのも構わず抑え込む!


 そんな獣を抑えつけながら、オレの中に疑問がわいた。

 

 なんで、オレはこんな暴れまわっている獣を抑え付けらているんだ?


 オレ、こんなに力が強かったか?

 なんで、こんなに力が出てるんだ?

 それに、さっきもコイツの動きがスローモーションのように見えたしな。


 どうなっているんだ?


 いや、そんなことは後だ!

 今は、現状をなんとかしないとな。


 だから、今はコイツを抑え込む!


 グルルゥ!!


 しばらくの格闘の後、獣は疲労したのか多少おとなしくなった。


 だが、気は抜けない。


 また、いつ暴れだすかわからない。


 そんな不安の中、それでも一応の抑え付けに成功したことに安堵する。


 よし!

 まずは上手くいった!


「よし、今だ! 逃げろ!」


 オレは後ろで怯えてる子に叫んだ!


 だが、いつまた暴れだすか分からないため、

 上着を押さえ続ける手を緩めなかった。


 そして、獣の息遣いが徐々に悪くなるのが分かる。


 しかし…

 

 オレの押さえつけている力も弱くなっていくのも感じていた。


 あ、あれ?

 なんでだ?


 なんか体から力が抜けていくのを感じる…


 さっきまではあんなに力が出せていたのに…


 これは…さすがにまずい気がする!


 そう思ったオレはこのまま、窒息させるまで力が持たないだろうと判断し、

 獣の動きが鈍くなったのを見計って、

 一瞬の隙を突いて上着を引き剥がし、

 全力でその場を離れた。


「早く、こっちだ!」


 そう叫ぶと、後ろにいた子の手を取り一緒に全力で逃げ出した。


 幸運にも、獣は一時的に混乱し、我を見失っているようだ。


 だけど…


 ヤツが我を取り戻した瞬間、

 また襲ってこられたら逃げ切るとは限らない!


 だから、オレはアイツが混乱している間に、

 獣の後ろ足を狙って魔法を放ってみようと思った!


「悠久の天駆ける紅き風よ、仮初の空の境界を破り来りて切り裂けヴィンド()・シュヴェルト(の刃)!」


 今回の魔法は練習している時よりも、

 幾分か威力も精度も速度も上がっていると実感できた。


 どうなっているんだろうか?


 今回は相当に集中を要求された結果なのだろうか?


 それならそれで!


 そして、オレが放った風の刃はヤツの後ろ足に当たり、

 確実に切り裂いた。


 ―――ザクッ!


 ギャウン!


 獣は痛みを感じたのか、情けないうめき声をあげた。


 …これは! いけるか?

 いや、欲張るな!


 今のうちに何発か、

 同じところを狙って傷口を広げて逃走をしやすくすればいい!


 オレはそう決めると、同じように何発かヤツの足元を狙い、

 風の魔法を放った。


 ―――ザクッ ザクッ ザクッ


 三発程続けて打ち、その全てがヤツの太ともを切り裂く


 ギャン! ギャウン!


 さらに傷口が広がり、獣はたまらずうめき声を上げた。


 ガルルゥゥ!!


 既に遠くにいるオレたちを見て、獣は唸り声を上げている。

 

 そんな獣に構わずオレたちは振り向かず、

 その場から全力で逃げたのだった。


 そして、オレはこの獣の額に赤い宝石があったことを思い出し、

 この獣が魔獣だったことに気づいたのだった。


 ―――


「ハァハァ…」


「ハァハァ…」


 オレたちは全力で走った。

 アイツの手が届かない場所まで逃げなければならなかった。

 森の木々の間を縫うように駆け抜け、

 枝葉が風を切る音が耳元で響く。

 やがて、光が差し込む金色の草原に出た。

 輝く麦畑が広がり、風に揺れる金色の穂が美しく、

 麦の香りが漂ってきた。


 麦畑の横の道を通り抜け、

 ついに村の入口近くの開けた場所までたどり着いた。

 オレは後ろを振り返り、何もついてきていないことを確認すると、

 その場にしゃがみこんだ。

 その子も同じようにしゃがみこみ、肩で息をしている。


「助かった…」


 その言葉が口をつくと同時に、安堵の感情が一気にこみ上げてきた。

 そして、自然と笑いが込み上げてきた。


「はは…あはは…」


「あははは…」


「こ、怖かったな…はは」


「ボ、ボクもすごく怖かった…あはは」


 おかしなものだ。

 

 さっきまでの恐怖が嘘のように、今はただ笑いが止まらない

 。恐怖と緊張から解放されると、

 笑うことしかできなくなるのかもしれない。


 二人してひとしきり笑ったあと、その子が口を開いた。


「そ、その…助けて…くれて、あ、ありがとう…」


 その子は恥ずかしそうに俯き加減でお礼を述べた。


「…服…ボロボロだね…ボクのせいで…ごめんね…」

「え、ああ…気にするな」


「気にするよ! ボ、ボクのせいでキミを危険な目に合わせたんだから…せめて、何かお礼ができればいいんだけれど…ボクには何もないし…うう…」


 その子は助けられたお礼すら満足に出来ない自分が情けなく感じてるようだった。


「ほんとに、気にしなくていいって」


「でも!」


 そう言うと、ずいっ! とその子はオレに近づいた。


 近づいたことで、はっきりと眼に映る日の光に照らされてキラキラと輝く赤い髪と、

 この子の容姿にオレは息を呑んだ。

 

 その光景を見て、オレは自然と言葉を口に出していた。


「キレイだ…」


「えっ…!」


「キミの赤い髪がキラキラしてて、ほんとにキレイだ…」


「!!」


 オレがつぶやいた言葉にその子は頭に手をやり、

 ほっかぶりが外れているのを始めて気づいたようだった。


 気づいた子は恥ずかしがりながら一生懸命手で髪を隠そうとする。


 そして、その子は俯きボソボソっと何かを喋りだした。


「…じゃない」


「え?」


「綺麗じゃない! きれいじゃないもん!!」


「お、おい…」


 そう大声で言うと、その子は駆け足でその場から走り去ってしまった。


「な、なんだぁ? なにがどうなってるんだ?」

 

 そういえば、名前すら聞けずじまいだったな…


 まぁいいか。


 同じ村にいるんだ。


 その内、また会うことだってあるだろう。


 しばらくの後、オレはあの子のことを考えながら家路へとついたのだった。


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