第十一話 黒い獣
陽の光が柔らかく降り注ぐシエル村。
草原には色とりどりの野花が咲き誇り、
風が吹くたびにふわりと揺れている。
村の端にある広場では、子供たちの元気な声が響いていた。
数人の子供たちが集まり、
木の枝を剣に見立てて騎士ごっこに興じている。
一人の少年が木の枝を振り回し、
他の子供たちも木の枝を振り回し遊んでいる。
彼らの目は輝き、笑顔が絶えない。
少し離れたところでは、女の子たちが野の花を摘んで花冠を作っている。
彼女たちは互いに花冠を交換し、頭に乗せては「綺麗!」と笑い合っていた。
穏やかな午後のひととき、
子供たちの遊び声が村全体に広がり、
平和な日常の一部となっていた。
「我は黒騎士アシュ○ム! われの眼前に立ち塞がる者は我が剣のサビとなるぅがういぃい!」
「まて! このロー○スの平和はオレが守る! こい、ア○ュラム!」
どこかで聞いた、冒険譚の一節を子供達が気に入り、
なりきって剣戟を演じていた。
―――カンッ カンッ
「あ、セラだ」
「こっち、こっち」
「おそいぞ! セラ」
先程まで決闘ごっこやっていた子供達は知り合いが来たことにより、
一旦中断した。
「わるい、今までオヤジの手伝いしてたからさぁ」
「また、肉の解体の手伝いしてたのか?」
「ああ、そのとおりだ、ロッシ」
「セラのオヤジさん、狩り上手いもんな~やっぱり、元冒険者なだけあるよな」
「そんなことないさ。ファビアン」
そう言いながらでも、
元冒険者の父がセラに取っては自慢の種だった。
「でもいいよな~セラってオヤジさんから剣を教えてくれるんだろ? 羨ましいよ」
「いや、オヤジ膝がダメだから、そんなに動けなくて、基本だけだよ。ミゲル」
かなり仲がいい関係なのか、子供たちはわいわいと楽しげに話し続けている。
そんな中、ほっかぶりの子がその子供たちの目の前の道を歩いていた。
「おい、あれ「ラビドリー」だぜ」
「あ、ほんとだ。どうする? 皆でからかってやるか?」
「…よせよ。くだらない」
「そうはいってもな、セラ。皆、言ってるぜ。アイツは魔族で「ラビドリー」だから、村に不幸を呼び寄せるって」
「バカバカしい…もし、ヤツがほんとにそうなら、とっくに村なんて滅んでるさ」
「…たしかに、そうだな」
「まぁ、それでも、もし、そんなことになったら、そんときはオレが守ってやるさ! この剣で!」
「おお! さすがセラ。かっけぇな」
「ただ、さすがに木剣じゃ無理だろ」
「それを言うなよ…早くオレも本物の剣を持ってみたいんだからさ…」
「締まらねぇ~」
「だな」
「あはは」×4
そんな和やかな中、ほっかぶりの子はどこかに消え、
代わりにアルが荷物を背負い、その隣をクロミアが歩いていた。
「おい、アレ、アレンさんところの子じゃないか?」
「ほんとだ。何してるんだろ?」
「それに、あの隣の人、魔族だろ?」
「え! そうだったのか?」
「しっかし、ちっせ~な、あの魔族の人」
「そういえば、アイツ、隣の魔族の人に魔法教わってるんだろ?」
「魔法! アイツ魔法使えるのか?」
「練習してるところ、見たことあるよ」
「ほんとかよ…」
「それに剣もならってるんだろ? 練習してるところ見たぞ。オレ」
「あ~あ、いいな。近くに教えてくれる人いるのって…なぁ、セラ。オマエとアイツ、どっちが強いかな?」
「そんなのどうでもいいさ。けど…その時は、オレが勝つ!」
「おお! たしかにオマエが負けるところなんて、想像出来ないわ」
「ほんと、ほんと」
「…なぁ、アイツ、名前なんて言うんだ?」
「たしか…アル…アルレフレクス…だったかな?」
「アル…レフレクス…よし、覚えた!」
その後、各々ひとしきり話した後、
セラは剣の稽古を他の皆は騎士ごっこを始めるのだった。
―――
「はぁはぁ…つ、疲れた…」
「だから、少し持つわよ って言ったじゃない。ちょっと、飲み物取ってくるから、そこで休んでなさい」
…ふぅ
村の広場で野菜や牛乳にビールや肉の買い物くらい楽勝だと思っていたけど、
買いだめになると中々に重かったな…
あれだけの荷物をクロミアさんだけに任せるのは、少々酷だろう…
ヴァントロー家から、帰宅したクロミアさんは
早速、お使いへと駆り出されていた。
そんなクロミアさんは、帰ってきてから
父さんや母さんに近況の報告をしたのだった。
母の父や母が変わらず
健やかに過ごしていると聞いて、
母は安心している様子だった。
口には出さないが、母さんの元気な姿を
確認したいのだろうと、思っているだろうが
口には出さないだろうと、クロミアさんが
語っていた。
アレンにも、いい加減、もう一度、
話をしてみなさいと、クロミアさんが
苦言を言っていたが、アレンは「いやだ」の
一点張りだ。
そんな、アレンにクロミアさんは
「…いつかは、そんなことを言わなくても会えなくなるのだから、たまには会ってあげなさい」
と静かに諭すようにアレンに話したのだった…
クロミアさんの静かな
諭しの言葉を聞いたアレンは、
一瞬目を伏せ、無愛想な表情にわずかな動揺が走った…
そして…
「…わかってるよ…けど、向こうだってオレに会いたいと思っていないだろう…」
不機嫌そうに、そう答えたアレンに
クロミアはさらに呟く。
「会えなくなったら、確かめることも出来なくなるわよ」
…と。
その言葉にアレンは複雑な表情を浮かべ
「…近いうちに訪ねてみるか」
と、呟いたのだった。
…どんなに嫌っていても、どんなに仲が悪くても
会えなくなってしまえばそれまでだ。
清々するかもしれない…
後悔するかもしれない…
けど、時が経てば考え方も変わるかもしれない。
仲が良くなる可能性だってある。
それを無為に諦めるのは、
きっと間違いだ。そう、
オレもどこかで感じていた。
そう考えていると、クロミアさんが
飲み物を持ってきてくれた。
「はい、お待たせ」
「ありがとう、ございます」
―――ゴッキュ ゴッキュ
「ハァァァ、生き返るぅぅぅ」
オレはクロミアさんが持ってきてくれた水を一気に飲み干した。
「なんだか、クロミアさんの味がする…」
「うぇ…なに、気持ちわるいこといってるのかな、キミは…」
ほんとにすご~く嫌そうな顔をされ、
距離を取られてしまった…
「いぇ…感謝してますってことですよ…ふぅ」
「そうは取れなかったけどね…でも、ありがとうね。さすがにあれだけの量、わたし一人ではどうにもならなかったと思う」
「いえいえ、クロミアさんの為なら、一肌でも全肌でも脱ぎますよ」
「…アルさん。どんどん気持ち悪くなっていきますね」
「あ…冗談ですよ。場を和ませようかと、ちょっとした洒落ですよ、あはは」
「…あんまり、そういった冗談は止めた方がいいですよ。いまから、これでは先が思いやられます」
「そ、そうですね…あはは」
ちょっとした、お茶目な冗談だったのに引かれまくってしまった…
「さて、わたしは荷物を整理してくるわね。それじゃあ、ほんと今日はありがと。じゃあ、後、がんばってね」
「はい、クロミアさんも頑張ってください」
そう言うや否や、クロミアさんはパタパタと
荷物の整理に家へと入っていくのだった。
ひとり残されたオレは、なんだか練習する気が起きず
、少し散歩しようと母に許可を貰い、
また、ちい散歩へと向かったのだった。
―――
今日は、逆側から回るかな。
オレは、前に散歩したコースの逆側から歩こうと踏み出す。
こちらは、川原ではなく森近くの散歩道だ。
平地とくらべ、山側に向かってしまうので
民家も人気もどんどん少なくなり侘びしくなっていく。
そんな道をしばらく歩くと森近くに差し掛かる。
すると、さらに周囲の風景は一変する。
道は次第に細くなり、
左右には背の高い樹々が密集して立ち並ぶ。
薄暗い森の中では、太陽の光が木漏れ日となって地面を照らし、
ところどころに明るい斑点を作っていた。
地面は湿り気を帯び、落ち葉と小枝が積もってふかふかしている。
腐葉土の匂いが漂い、足元にはシダや苔が広がっていた。
森の中には、小動物たちの気配が絶え間なく感じられる。
季節によって、森の風景は変わる。春には新緑が芽吹き、
花々が咲き誇る。夏には濃密な緑に包まれ、涼しい影が広がる。
秋には紅葉が美しく彩り、冬には雪が積もって静寂が支配する。
そんな森の中を抜けてしばらく歩いていると――
「――……―」
微かにどこからか木々のざわめきに乗って、
かすかな声が聞こえてくる。
オレの胸にザラザラとした嫌な感覚が走り、
その声が聞こえた場所へと足を速めた。
近づくにつれ、声がはっきりと聞こえ始めた。
それは、恐怖と焦りが混じった声だ。
それと同時に、低く唸る音が耳に入る。
声がした場所に到着すると目の前に広がった光景に息を呑んだ。
一人の少女が地面に倒れ込んでいた。
あの、ほっかぶりには覚えがある!
間違いなく、あのエルフの子だ!
その子の目の前には犬ほどの大きさの獣が威嚇するように唸り声を上げていた。
その獣の体毛は闇のように黒く、
その目は赤く光り、鋭い牙が覗いている。
「くそっ、間に合え…!」
オレは急いで駆け寄り、少女と獣の間に立ちはだかろうとするが、
獣は一瞬こちらに視線を向け、威嚇するため、近寄れずにいた。
「大丈夫か? 」
少女は恐怖で動けない様子だが、
オレの声に反応してなんとか立ち上がろうとする。
しかし、獣はそれを許さないかのように、
さらに低い姿勢を取って飛びかかろうとしている。
恐怖で足が竦んでいたオレだが、その様子を見て、
無意識に詠唱を唱え、獣に向かって魔法を放っていた!
「悠久の天駆ける紅き風よ、仮初の空の境界を破り来りて切り裂け ヴィンド・シュヴェルト」
しかし、オレの詠唱魔法は力不足で速度も足りず、
獣に簡単に避けられてしまう…
だが…あの子をこちらに呼び寄せれるだけの隙は作った!
「おい、こっちに来い!」
そういうと、少女はオレに向かい走り、
その子を庇うようにオレの後ろに下がらせる。
よかった…
だけど…この後どうする…
交戦するにしても、オレの手持ちは木剣と作業用の短剣だけだ…
…やれるのか?
………
いや…やるんだ!!
なんでもいい!
せめて、この子が逃げられる間だけでも時間を稼ぎたい!
無駄だろうけど、もう一発魔法を放ってみた!
「為すべき道を差し示し 立ち塞がる全てを突き抜け穿てシュタイン・ランツェ」
しかし、今回も簡単に獣に避けられてしまう…
さ…てと…どうするかな…
―――ゴクッ
オレは、体中から冷や汗が流れ出し、獣の威圧感に固唾をのんだ。