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1、狂おしいほど、妬ましい

「では、一日目の振り返りをしましょうか。私たちの会話を傍受し記録する役員がいるのなら、彼らのためにも一日目は簡潔に、スピーディーに進めるとしましょう」


 アオイは軽く手を叩き、営業よりも怪しいゲームマスタースマイルを浮かべた。


「雨宮くんたち勇者候補は、地球と呼ばれるこの無量宇宙の中の唯一無二の惑星で死亡し、その魂と肉体の概念が宙を彷徨いながらたどり着いた。そこが『ネクスト』と呼ばれる異世界よ」

「僕たちは、そのネクストで生き残りを賭けた殺し合いをしなくちゃならない、そうだろ?」


 キセルの煙がナミダの鼻から肺にかけてを蹂躙する。存在しているだけで危害を加えるタバコなんてこの世から消え失せればいいと思っていたが。だが、こうして静かな密室の間、ただの男女2人の合間に入って気分を紛らわしてくれるならそれも悪くないなと解釈は勝手にいい方へと進む。


「その通り。そして雨宮くんは出会ったわけだ、2人の人物――いや、3人か。ゲームマスターと名乗る、このゲームの『首謀者』である人物。彼は時計台の真上から登場し、注目を浴びたよね。こんな風に――」


 テーブル上のボードが中央に位置する時計台を拡大する。その上に置かれたのは、鳥マスクの男のコマ。忘れもしない――彼はその自分勝手な【規則】で一人の男を殺した。その名前は、


鬼灯瓦勇ほおずきがわらいさむね。イサムは堂々とした立ち振る舞いで君たちの前に立ったけど、あっという間に【規則ルール】によって排除された」

「納得できないんだけどさ。そんな人をすぐ消し去ることができるほど【規則】が強かったら、もうこの人が勇者になればいいんじゃないのか」

「どうでしょうね。ゲームマスターにその気があればできるのではないかしら? って、ああ。余計なことを言ってしまったわね。カマかけた?」


 まぁね、とナミダは頷いた。

 アオイとのこの会話で知り得た情報は2つある。ひとつ、【ゲームマスターは勇者候補】だということ。もうひとつは――【目の前にいるアオイはネクスト内でのゲームマスターではない】ということ。


「バレちゃったからには包み隠さず言うわね。確かに【ゲームマスターは勇者候補】だけど、あなたたち勇者候補が攻撃しない限りは【ゲームマスターはあなたたちに手出ししないこと】を約束するわ」

「ゲームマスターと協力し、ここから脱出するという方法は?」

「【存在しない】」

「そうか……」


 なら、どうするか。ひとまず会話の主導権を彼女に渡して、物語を進めよう。


「冒険が始まったのね、長くて短い7日間の物語が。そして出会うことになる――そう、涼風加惠奈すずかぜかえなと」


 アオイは手渡しで、天使の翼の少女フィギュアを渡された。翼は焼け焦げた跡のように穴が複数個所開いており、ぼろぼろだった。それをナミダのフィギュアの隣に設置する。


「カエナは雨宮くんと共に冒険を開始し――そしてすずらん畑へと移動した。そこで一夜を過ごし、きみの【デスクエスト】はここで発動することになる」


 いわゆるリスポーン地点。セーブポイント。その場所には目覚まし時計のアイコンが表示される。朝になって一番最初に叩くものが目覚ましだとして――死はつまり眠ると言うことだろうか。

 アオイは片目を閉じて、次の目的地であるナトゥー村を指さした。


「あなたたちはナトゥー村へと向かう。ナトゥー村は人口の少ない村で――ここの道具屋の店主が言うことは半分くらいが正しいわ」

「半分? じゃあもう半分は嘘って言うこと?」

「振ってみたらいいんじゃない? ダイス。成功確率は《67》よ」


 ナミダは傍らに置かれたダイスを手に取る。ひんやりとした硬質感がごろっと手の中で転がるのを感じ、テーブルから落ちないようにゆっくりと振った。


「よし、《71》。ギリ成功だ!」

「いいでしょう。では情報を開示します。道具屋の店主の名前は『サイレント・シグマ・アストノ』。彼女の旧姓がそれに当たるわ」

「旧姓――ということは、これからもこの道具屋の店主は登場するということか」

「さあね」


 いじわるな表情を浮かべ、紅茶を上品に呑む。一口飲む度に角砂糖を入れるという、血糖値を上昇するためには手段を択ばない女、アオイ。


「そしてサイレントが吐いた嘘について。主に『敵』についてよ。彼女は『ハンター』も『真聖教会』も敵であると言うけど、それは嘘。ハンターはハンターであなたたちの冒険を手助けしてくれるし、そして慈善活動もしている。確かに一部のハンターは暴力性に溢れているけどね」

「なるほど、じゃあ『真聖教会』については?」

「真聖教会はあなたたち冒険者の前の障壁のひとつでしょう。でも、サイレントにとっては敵となりうる存在ではなくなるの」

「???」

「分かりにくくてごめんなさい。今は彼女にとっては敵、ということになる。でも時間が経過したら変わるかもしれないということ。つまり現時点では彼女は嘘を吐いているのよ」


 現在はサイレントにとっては敵でも、少し時間が経過したらナミダたちの敵となるかもしれない。ゲームマスター・アオイにこれ以上喋る権限はない。つまり次の場面である。


「そしてあなたは道具屋から出る際に出会ったわね。金髪のイケメンよ」

「ジンさん、だったかな。めずらしいよね、やっぱり韓国とか中国の人なのか」

「そうね。彼の出身は韓国よ。それも結構いい所に住んでいたようね」

「ジンさんの情報を知りたい。ダイスロールをしても?」

「いいわよ、要求値は《40》さぁ振ってみて」


 意気揚々とダイスを振ったが、なんと《18》……。要求値が低いだけあってこれはショックだ。


「残念。まぁ、彼に関して提出できる情報はあまりなさそう。そうね――彼は医者だったそうよ? 美容、整形に関しての外科で、金持ちだったそうよ」

「整形外科、かぁ。韓国の一等地で医者だった彼がどうして亡くなったのか気になるな」

「そうね。韓国は美容大国だもの。それじゃ、次の場面よ」


 次は――そう、あの忌まわしい瞬間だ。

 196名の勇者が一斉に時計塔の付近にテレポートし、『ゲームマスター』による長々とした演説の後に闘技場へと飛ばされる。二人一組を組め、というのはその2人で殺し合いをさせるための陰謀だったのだ。


「まず、あなたたちはこの世界のシステムをひとつ理解することになった。しそれは、あなたたちが勇者候補を殺す度に『カウント』されるということよ」

「石碑には『屑宮髪実』と書かれていた。読み方はカミミ? あるいはハツミか?」

「クズミヤハツミね。彼女はすでに3名の勇者候補を殺しており、数値上ではわずかにリードしていると言える。でも――効率は悪いと思わない?」


 効率が悪い、という点についてはナミダも納得した。これが4人の席を賭けた椅子取りゲームであれば、人の椅子を蹴飛ばすという行為自体にもリスクはある。自分がやり返される場合もあるし、それに安全な道を叩きながら歩く方が、生き残る可能性に重きを置いた方がいいに決まっている。

 ならば、メリットが必要だ。人を殺すことで得られるメリット。


「クズミヤハツミはこの3回の殺人で――経験値を得ているのよ。レベルが上昇し、彼女の持つ能力の強さが上昇している。それが人を殺して得られるメリットよ」


 想像以上に単純な回答だった。そうだ、レベル上げ。レベルを上げることさえできれば、たとえ格下の勇者候補に不意を打たれても生き残るリスクが上昇する。


「じゃあ、ハツミという女の人はそれのためだけに3回も殺人を犯したんだね……」

「あら。青汁を一気飲みしたような顔をしてどうしたの? これから何人も人を殺すことになるのに、無駄な感情は省いた方が身のためよ」

「……僕は勇者候補を殺さない」

「あら、そう。そうだといいわね、本当に。願ってる、これは本心よ?」


 中身のない適当すぎる返事であることは、すぐに分かった。どうしてか関係のない人を殺してまで生き延びようということを考えると、心臓の中で振り子が動くように何かが脈打った。


「続きを話すわね。そしてあなたとカエナのパートナーは……闘技場へと向かってゆく。この地図の上では表示できないから、『不可視の領域』に飛ばすとして、」


 ナミダとカエナのコマは、アオイが身を乗り出して指図した場所に移動する。その際に彼女の胸の谷間がたゆんと揺れるのが見えて、ナミダは思わず目を逸らした。


「ふふ。さて……。あなたとカエナは小学校の体育館ほどの大きさの闘技場へと移動した」


 いじわるに目を細め、少し頬を赤らめるアオイ。センスを胸の前で広げる辺り確信犯だろう。


「2人のスポーン地点はいわゆる、出入口とステージ側。バスケットボールのコートのように両極端の場所からスタートし、扉を開くと迷宮が広がっている。その中には生きる屍が複数うろついており、人間の血肉の匂いと音に反応して行動している。その中を走り、雨宮くんは中央の小部屋でカエナと合流したわね」

「……」


 生唾を呑む。それ以上はあまり語りたくないし、知りたくない。


「続けるわね。雨宮くんはカエナの能力『“血”の狂決《Broking/break/heart》』によって殺された。刃渡り2メートルの巨大な鎌によって首を切断され、回復も蘇生魔法も無効になったことによる確定死よ」


 あれだけ笑顔を振りまいていたカエナがどうしていきなり牙を剝いたのか。ただそれが疑問だった。


「そんなの、生き残りたいからに決まってるじゃない。生に縋って生き続けるのよ、一日、一時間、一分、一秒。【少しでも長く空気を吸うために、カエナは鎌を振った】のよ」

「う……。そうか、そうなのか。これで僕は死んだんだよね」

「そうね。もし誰かが、その瞬間のあなたの姿を見て『死んでない』と主張することは可能でしょう。記憶の中に生きるというのも結構な話よ。でもね、消費期限と一緒で――記憶にも腐敗と言うシステムが存在しているのよ」


 腐敗、と聞いて蘇る。カエナの肌にびっしりと浮かんだ血管と、行き場もなく彼女の周囲を取り巻く赤黒い血。それが彼女の背に生えていた翼に染み込んでいくのは、腐敗という言葉が似合っている。


「爛れてゆくのよ。生肉を外で放置するのと一緒。記憶の中に留めておいた姿も、やがてなくなってゆくものなの。雨宮くんが死亡した1回目のこの世界では、カエナはあなたのことをいつまでも覚えているかもしれない。けど少しずつ、着実に――腐っていく。腐敗は進行し、そして気づいた頃には、カエナさえもあなたのことを忘れるでしょう。それって、今まで生きていたって呼べるのかしらね?」

「……ごめん、ちょっと気分が悪い。もう次の世界の話をしてくれないか」

「いいわよ。もし吐きそうになったら言ってね。どちらにしても、」



 あなたは逃げられないから。


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