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プロローグ 冒険は机上の茶会で

 今までのすべては妄想であり、そして妄想までしかない。

 ゆえに雨宮波打は窮屈でかび臭い時間の流れをゆっくり感じ取れる小部屋の中で足を組み替える猶予があった。その間に、物語はひとつの結末を終えた。雨宮波打の敗北と言う形――なのだろうか?


「それで、僕にどうしろっていうの?」


 日の光の差さない小さな部屋。ロウソクの火のみが光源の古臭い趣味の部屋である。中央に置かれた正方形のダイニングテーブルは足が長く、椅子の位置も高い位置にある。

 テーブルの上に広げられたのは、いくつかのゲームブックと、10面のダイスが4つ。1~10の値を示す出目のダイスと、10の位を示すダイス。この2つを同時に振ることで1~100までの出目を算出することができるのだ。

 そして、目の前に置かれたキャラクターシート。そこには『ナミダ』という名前のキャラクターの情報が記載されていた。

 出鱈目だらけの席に、さきほど無残な死を遂げたナミダが座っている。


「賽は投げられた……。とでも言っておきましょうか、雨宮波打くん」


 その対面に位置するのは、赤髪の少女だった。肩に触れるか否かの短い髪で、外に向かってハネている。いわゆるウルフボブに近い髪型のようだった。胸が大きく、前開きのゴスロリのような洋服を着こなしている。

 現実世界でいればトーヨコなんかでよく見られる地雷系という奴なのか。

 さらに特徴的な釣り目。性格の悪さを現しているのかは分からないが、しかし、どこか妖艶さと情熱を孕んでいるようだ。


「雨宮くん。きみは今、この女は腹黒くて性悪な上に、富と栄誉のためなら誰にでも股を開くビッチだって思ったでしょう」

「そこまでは思ってないよ。ただ、僕はこの物語を読み解き明かす読者がいるのなら、あなたの見た目が分かりやすいようにと加筆しただけだ」

「あらあらなんて分かりやすい描写だこと! でも、私たちがただ盤上の上で喋るだけの小説なんてどこに需要があるのかしらね」


 ふと思うことがある。今という時間を過ごす自分が夢の中や誰かの物語の中で、つまり眠っている状態の自分や創作者によって生かされているのではないかと。

 そんな題材の本を読んだ気がするが、なんというタイトルだっただろうか。


「デカルトの『我思う、ゆえに我あり』かしら? あ、そうだった。あなたの思考が読み取れることはトップシークレットだったわね」

「普通にバラしながら笑うなよ、気味悪いなぁ」

「とにかく、事項紹介が先決よね。私の名はアオイ。赤い髪のアオイさんって呼んでいいわよ?」


 アオイはにっこりと微笑みながら、先が金色のキセルをいつの間にか咥えていた。それに気づいた瞬間に火を点ける。方法は、もちろん指を鳴らして一発である。


「ではでは感想戦と参りましょうか。第一日目であなたは死亡した。つまりは負けたの、このゲームに」

「負けた? 僕は死んで、このまま帰宅する流れなの? それとも天に召される感じ?」


 ゲームだと言うのなら、これは明らかに『TRPG』と呼ばれるものだろう。キャラクターを操り、机上での冒険を行う。トラップや敵の攻撃をダイスで振って判定したり、あるいは知恵で看破したり。ユーチューブで3回くらいやっているところを見たことがあったが、プレイするのは初めてだった。


「そもそも前提としてさ、これがTRPGで僕がプレイヤーだとするなら……ゲームマスターはきみという話になるじゃないか」

「そうね」

「だとしたら、僕に気持ちよく冒険させるのもゲームマスターの務めのはずでしょ。もしここで終わるならこの物語は間違いなくクソゲーだ」


 少女は扇を開いて、口もとを隠すようにして静かに仰ぐ。


「クソゲーにはならないわよ。あなたの冒険をここで止めたいのは間違いないけどね」

「なんで僕に執着するの? きみになにかしたっけ? さっきの性悪女のビッチだって話なら全撤回するよ、だからまともにゲームをさせてくれ」

「ふふん。どかしらね、でもまぁ……あなたのキャラクターには重要な能力が隠れているのでしょう? 死亡したとしてももう一度数時間前からやり直すことができる【死 《デスクエスト》】が。」


 ナミダの身体は今、どこにあるのだろうか。カエナによって首を刎ねられたかと思えば――先ほどまで見ていた光景が嘘のように静かな部屋に移動した。実はこの世界はゲームの中で、本当は自分たちが賽を振って決めただけのお遊びにすぎないと。

 そして目の前には、なぜか知らない女の人がゲームマスターを執り行っている。


「……まぁ、ここを出るまではゲームに付き合うよ。どうせ今外に出たって退屈なんでしょ? アオイさん」

「ふふふ」


 アオイの傍には本棚が設置されており、大量のゲームブックが用意されている。『異世界症候群』というタイトルの本が蝶のように羽ばたき、吸い込まれるかのように彼女の手のひらに収まった。


「それでは、まずルールを確認しましょう。これは――いわゆるプロローグのようなものなのかしらね。私と雨宮くんが密やかなお茶会に招かれて、机上の論争を交えたひとつの物語を作ってゆくの」


 アオイは指をパチンと鳴らす。彼女の背後には厳かな雰囲気の扉があり、意思を持つようにひとりでに開いた。そこから背の高いティーポットとカップが2名分用意され、ナミダとアオイの手元に着陸した。

 その刹那、ナミダは扉の向こうの風景を確認する。

 どうやら廊下へと続いているようだ。外は灰白い風景が続いており、雪が窓を叩いているようにも見えるが真偽は不明だ。


「こうして私たちが命ずれば、勝手に飲み物を用意してくれる。もちろん豪華な食事も、清潔なシャワールームも完備されているわ。たった7日間しか猶予が無いとはいえ、お客様には丁寧なおもてなしをするのがここのモットーなのかしらね」

「なるほど。ちなみにここはなんていう部屋?」

「ここは第一遊戯室よ。ここはボードゲームやチェス、TRPGをする部屋」

「遊戯室か。ここってトイレは近い? 僕、緊張するとおなかがすぐに痛くなるんだ、1時間くらい籠ってるかも」

「ふふ、大丈夫よ。胃腸薬も完備されているわ。それに――魔法で治せばいいんじゃないかしら」


 いじわるに片目を閉じるアオイ。彼女の耳にぶら下がっているイヤリングが怪しく揺れ動き、それに見とれそうになった。


「では、ルールの説明をしましょう。雨宮くんと私の、7日間のゲームの簡単で、分かりやすいプレゼンテーションよ」


 アオイの頭上に文字が浮かぶ。その言葉の通りで、読みやすいゴシック調のフォントで『勝敗について:』の箇条書きが示されていた。



「私たちはそれぞれ、目的のためにダイスを振り、ときに知識を光らせて異世界症候群によって招かれた世界――『ネクスト』で冒険をする。雨宮波打くん、あなたの勝利条件は【7日後までネクストで生き残り、上位4人として選ばれること】。もちろんその反対が敗北、つまり――【雨宮波打が途中で死亡し、冒険が進行できなくなる】こと。分かりやすいでしょう?」



 つまりはあれだ、死なずに4名の勇者として生き残るために奮闘しろということだ。しかしそれも、たった1日目で矛盾してしまうことになる。


「雨宮くんたち【勇者候補は200名の中から4人に選別される】。それ以外の人物を全員殺害するか、他の魔物によって殺されるのを待つか。他の人物に殺されるのを待つのも手かもしれない、どうするかはキミに任せるよ、雨宮くん」

「たった7日間で全員を殺すなんて無理でしょ……」

「さあ、どうでしょう。まぁ今の雨宮くんには無理でしょうね」


 アオイは足を組み替え、次のルールを説明する。


「雨宮くんが何かしらの障害に当たる度に、『判定』を行うわ。ダイスを振って判定し、成功すれば情報を引き出せたり、障害を乗り越えることができるでしょう。失敗しても、他で挽回すれば問題ないわね」


 怪しく目が細くなるアオイ。触れていないのに、ダイスがカタカタと動いて宙に浮く。高速で回転し、テーブルの上で音を立てながら落ち、弾んだ。

 出目は10の位が70、1の位が3である。つまり《73》。


「障害にはそれぞれ『要求値』が示される。ダイスを触り、『要求値』以上の出目を出すことができれば情報を提示するわ」

「なるほど、それなら簡単だね」

「ええ。そしてここからが重要なのだけれど――『クリティカル』と『ファンブル』についても説明するわね」


 もう一度ダイスが宙に浮く。今回はゆっくりとした動きで回転し、旋回しながらテーブルの上に降りた。出目は《99》である、このダイスで繰り出すことができるほぼ最高の数値だ。


「《95》~《99》までの出目を出すことができた場合、クリティカルとみなしてものすごくいいことが起きるわよ、出してみてからのお楽しみってやつね」

「うわぁ、めっちゃ曖昧だけど出せたら凄そうだね」

「ええ、めっちゃいいことが起きるから期待して頂戴な。でもね、《1》、または《100》を出した場合――」


 ダイスは《100》の値を示す。間髪いれず、この部屋の灯りが一斉に消え失せた。冷たく張り詰めた空気が2人の間に流れ、低い声でアオイは笑った。


「最悪なことが起きてしまうの。それはもう、絶望的でとても取り返しのつかない、悪夢のような出来事よ」

「なるほど……運が味方してくれるなら、できるだけ引きたくないなぁ。運だけは悪いかなぁ、僕」

「あらどうして? 今こうして私と話ができること自体がとても幸運だとは思わない?」


 自信満々にふんすと鼻息をナミダにまで浴びせて来るアオイ。自信過剰は構わないが、一定の許容値を超えるそれは不愉快にしかならない。が、アオイはその見た目の良さである程度の無礼講は許される、つまり『かわいいは正義』みたいなタイプなのかもしれない。

 ビジュアルがいいという手札を握りながら生まれる人間は、実に得していると思う。


「きみみたいな人が、「運の総量は全員等しい」なんて言うんだろうなぁってさ。深い意味はないよ、いやほんとに」

「? まぁいいわ、とにかく続けるわね」


 ナミダの形を模した――までは過言だが、男性の形を模したコマがナミダの手前に出現する。

 その足元からテーブルの上を埋め尽くすように巨大なボードが広がった。要所要所には『勇者候補たちの集う時計塔』『ナトゥー村』『紛人の洞窟』などの名称が書かれている。


「雨宮くん。あなたを含む200人の勇者候補プレイヤーはここ。【ネクスト中心部に存在している天を突くほどに巨大な時計塔の広場に現れる】。そして【1日目の夜、勇者候補は二人一組を作り、23時にこの場所へ集合する】こと」


 たとえば、と指を鳴らす。そうすると、女性の身体を模した何者かのコマが出現する。男性の形のコマには突起物があり、女性のものには凹みが存在している。それら2つが組み合わさると、気味の良い音がした。


「【二人一組は、23時に広場から各闘技場に移動し、殺し合いを行う】。そして生き残った200人の内、1~100人が次の2日目に進む権利を得られるの。つまり2分の1ってことね」

「じゃんけんじゃあるまいし――」

「あら? じゃんけんって2分の1なの? グーを出して死ぬまで殴れば、100%の確率で勝てるじゃない? 死ぬまでとはいかなくても、例えば降参するまで殴るとか」

「はいはい。比喩を用いた僕が悪かったよ」


 ともかく、この1日目をどうにかして切り抜けるのがナミダに与えられた試練である。


「それで、【死 《デスクエスト》】の詳細についても聞いておきたいんだけど」

「ええ、今からする予定だったのよ。現時点で雨宮くんには2つのスキルを使用することができる」



 キセルの煙を深く吸い込んで、薄灰色の吐息をナミダに吹きかける。



「ひとつは【死 《デスクエスト》】。雨宮波打が通る『通過点』からやり直すことができる。現代風に言うならば――雨宮くんが一定のエリアに侵入したことで『オートセーブ』されるっていうことよ」

「なるほど。じゃあもし僕が死んだら、その地点にまで遡ってもう一度挑戦することができると?」

「そゆこと。ただし、使用には制限がある。一度使用する度にあなたのMPの上限値から−3した数値を消耗する。最初は10からスタートしていたでしょう? 今あなたは死亡し、もう一度やり直すから7から再スタートすることになるわね」


 つまり、残りの使用回数は2回までということになる。

 【デスクエスト】によって開始する場所。カエナと出会い、2人ですずらん畑の木の根で眠って、目が覚める瞬間からスタートするということだ。

 雑には死ねない。ならば――次で決めるしかない。


「そしてもう一つが【魂蘇生 《ネクロポーテンシス》】。これは肉体の状態を80%以上保持している死亡した生物に使用できる。その使者を『種族:アンデッド』として蘇生し、あなたの支配下に置くことができる」

「なるほど――僕のキャラにはそういう素質があるっていうことか」

「そうね。そうして復活した死体NPCとして扱う。少なくとも――中に人間の入った勇者ではないことを自覚しなくてはならないのよ」


 その言葉の意味を理解するのは、まだこれからだ。

 扇を閉じ、脇に置く。アオイはしなやかな手つきでダイスを拾って、長い付け爪の先端でコロコロと弄っていた。


「では、そろそろ始めましょうか。雨宮くんと勇者たちの1日目を――」


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