思い出
三題噺もどき―にひゃくよんじゅうきゅう。
桜が少しずつ、開き始めた。
いつもは無機質で、どこか冷たい町中を。
その暖かで、美しい色で染め上げていく。
ひらりと風に舞う花びらは、蝶と共に踊り。
ふわりと花開くその姿は、人々にほころびを与える。
「……ん」
外からの賑やかな声で目が覚めた。
昨夜、少し寝苦しかったから窓を開けたのだが、そのまま寝てしまっていたようだ。少ししたら閉じようと思っていたのだが、寝落ちしたかな。
「……」
今何時ぐらいだろう…。
今日は仕事もないし、特に予定もないからアラームもかけていない。
寝られるだけ、寝てしまおうと思っていたものだから。
何なら、今から寝直してもいいぐらいに、まだ眠たい。
頭がぼうっとしている。
「……」
頭の上の方に置いてあるスマホを探りだし、引っ張る。
充電コード……うざい。
勢いで根元を引っこ抜く。
そうやって、雑に扱うから壊れるんだと散々言われた。
「……」
おっと。
思っていたより寝ていたようだ。
時刻は、もう昼過ぎ。
さすがに寝すぎたなぁ。
一日の半分が終わってしまっている。なんてこった。
今日は寝るつもりだったとはいえ、さすがにぐうたらが過ぎるなぁ……。
「……」
と、頭でわかっていても。体を起こす気にはならない。
まだ、布団の中にいたい。
寒くはないが、この温もりを手放すには、まだ惜しいと頭が言っている。
「……ってか」
うるさいなぁ。
外からの声が、やけに煩い。
そんなに騒がしくしないでいただきたいものだ。
楽しそうに会話をするのはいいが、もう少し静かにしてくれ。
「……」
きっと、女性の集団か何かだろう。若めの。
声のトーンが全部、高い高い。
こういう、キャラキャラした、笑い声は大の苦手だ。
耳に痛いし、頭に響くし……なにより、なぜかメンタルが削られる。
学生とかだろうか。この辺り、何か所か学び舎があるから。
「……」
と、そこで思い至ったのだが。
そういえば、そろそろ終業式とか、離任式とかの季節だったはずだ。
卒業式は、もう終わっているだろうし。いや、小中はまだなのか?あまり詳しいことは知らない。子供がいるわけでもないし。仕事先のおばさま方の会話を盗み聞きしているだけだ。
「……」
そっか……。
もうそんな季節なのか。
ほんの数年前の話のはずなのだが、やけに懐かしく感じる。
年かな……。最近よく言われる。妹に。もうおばさんじゃんって。
まだ20代前半なのだけど。ま、現役高校生の妹から見たら、いい年なのかもな。
……そんなわけないな?
「……」
ま、年を感じているのは確かなので、何も言うまい。
しかし、高校生か……。
あの頃が一番、青春って感じだったなぁ。
中学の頃は、色々とあってそれどころじゃなかったし。
高校生活が一番、楽しかったな。
「……」
放課後に、友達とふざけて海に遊びに行ったり。
近くに(という程近くはないが)あった、海にノリで行った。時期が時期で、他の人もあまりいなくて。年甲斐もなくはしゃいだものだ。あの日に撮った写真とか、未だに残っている。
趣味でカメラもしていたので、友達モデルで撮影ごっこみたいなことして遊んでいた。
おかげで、制服が少々海の匂いにまみれたが。
「……」
後は、部活の後輩と夜遅くまで学校にいて、怒られたり。
友達と文化祭とか体育祭を、こっそりサボったり。
掃除もちゃっかりサボったりしていた。
これがな、先生にバレたりしないものだから。何気に、教師から目を付けられるなんてこともなかったなぁ。ま、他に手のかかる生徒は大量にいたしな。
「……」
それとまぁ、それなりに恋愛もしてみた。
好きな先輩がいたのだ。
元々、そういうのには興味がない人間だったのだが。自分でも不思議なくらいに、先輩を目で追っていたり、意識していたりしていた。あの時は、きっとどうかしていたんだろうな(笑)
先輩の卒業式の日に、友達に背中を押されて、告白なんてものもした。
まぁ、そりゃそうだよなっていう結果に終わったが。
「……」
あの頃は、馬鹿みたいに悲しみに暮れていたものだ。
今じゃあの時間の無駄さが嘆かわしい。友達にも迷惑をかけていたし。何かを察した1つ下の後輩にも、気を使わせていただろう。
「……」
そんなだった私も、最後の日に。
後輩から告白をされたときは驚いたが。
まさかという子だったもので。
何というか、驚きが来たな、あの時は。
あの子は2つ下の後輩で、多分私と先輩との事は知らなかったはずだ。
あまり聞いては居ないが。
「……」
ふむ。
今度聞いてみるか。
なんなら、今から聞いてもいい。
……聞きに行くか。
「……」
ようやく頭が冴えてきて。
今更気づいたが、どうやら先に布団の中から出ているようだし。
「……」
若干、寝室の扉の向こうから何かの物音も聞こえるし。
キッチンかな、これは。
ということは。
そろそろ……。
「――おきた?」
可愛い、元後輩、現パートナーが。
扉の向こうから、やってきた。
さて、何を作ってくれたのだろう。
お題:悲しみ・先輩・海