勇者に追い詰められた魔王が変身前に「これから第二形態になるんだけど、どんなのがいいと思う?」と聞いてきた
魔界から人間界に現れた魔王。
魔王は人間界に居城を築き、大勢の人間を苦しめ、姫をさらうという暴挙に出た。
その魔王を倒すために戦い続けた勇者の冒険も、ついにクライマックスを迎えようとしている。
「奥義・極覇斬ッ!」
勇者の奥義が魔王の体に炸裂する。
手応えあり。だが、魔王はまだ余裕のある表情をしている。
「ぐふっ……ワシをここまで追い詰めるとはな……」
皺だらけの顔を歪め、ニヤリと笑う。
「どうやら、貴様にはワシの真の姿を見せる必要があるようだ」
「変身か!」身構える勇者。
「ああ、これからワシは第二形態になる」
「望むところだ!」
勇者は緊張しつつ、どんな化け物が相手だろうと勝利してやると覚悟を決める。
「ところで相談なんだが」
「?」
「第二形態ってどんなのがいいと思う?」
尋ねられた勇者もきょとんとしてしまった。
「どんなのが……って?」
「実はまだ決めてなかったのだ。貴様が予想以上に早く来たものでな。だからどんなのがいいか聞いている」
「いやいやいや、決めるのはお前の仕事だろ!」
「そこをなんとか頼むよ。ワシこういうの苦手で……な!」
魔王のウインクを受け、舌打ちする勇者。
「まあいいや、手伝ってやるよ。まず決めるとすると、やっぱり大きさだな」
「ふむ、だったら巨大な方がいいんじゃないか? 大きい方が迫力が増す」
「だけど第二形態で巨大化するというのも、いささか陳腐な気がする。とりあえずでかくしました感があるというか」
「なるほどな……だったら逆に小さくスリムな方がいいか」
「いや、それもやられすぎて、今ではあまり新鮮味を感じない」
「“やられすぎて”って何? まぁいい、どうすればいいのだ?」
「真ん中ぐらいの大きさにしよう。俺より少し大きいぐらい……って感じの」
「よしきた」
大きさが決まった。忘れないようにメモ帳にペンを走らせる魔王。
案外律儀だな、と勇者は思った。
「次は角だな。変身すると角が生えてくるってのは王道だし」
「角か……沢山生やした方がいいのではないか? 全身からボーボーと」
「ウニみたいになるだろ! それに俺はゴテゴテしたデザインはあまり好きじゃないんだ」
「ならば一本にするか」
「いや、角一本はちょっと寂しい気がする。四、五本にしよう」
「四、五本じゃ困る。ちゃんと決めてくれ」
「細かい奴だな。じゃあ……四は縁起が悪いし五で」
「角の数は五、と……」
倒すべき敵の縁起を考慮するのも妙な話だが、大きさと角の数が決まった。
「次はどうする?」
「手足の数を決めよう」
「手足? ワシにはこの通り、ちゃんと手足はあるぞ」
「変身後に手足を増やすようなケースも結構あるんだよ」
「結構あるのか。ならば、いっそ百本ぐらい増やしてみるか」
「いや、あんまり増やすと気持ち悪い」
「ん~、じゃあさっきと同じで手を五本、足も五本にするスタイルでどうだ?」
「それぐらいがいいかもな。それでいこう」
きちんとメモする魔王。
「じゃあ、いよいよ強さを決めないとな」
「そりゃあメチャクチャ強い方がよかろう。なにしろ最終決戦だからな」
「いや、それだと俺が倒せなくなるから困る。強けりゃいいってもんじゃない」
「ふむ……ならば弱くするか? 一撃で死ぬぐらいに」
「最終決戦の相手が弱いのもなぁ……。中ぐらいの強さにできない?」
「できるぞ。えぇと強さはミディアムで……と」メモを取る魔王。
「ステーキかよ」
こんな感じで第二形態案を決めていき、一時間ほど経った。
「よし……だいたい決まったな」
満足そうにうなずく魔王。
「ではこの通りに変身してみるか」
「変身するのはいいけど、これってもうやり直しきかないわけ?」
「そんなことはないぞ。変身前に調整しておけば、やり直せるようにはできる」
「だったらそうしてくれ。もしかしたら、もうちょっと変えたくなるかもしれないし」
「それもそうだな。ならば、仮変身といこう」
「仮変身ってなんなの」
魔王はメモをよく見ながら、話し合った通りの姿に変身した。
「どうだ?」
「うーん……」
一目見るなり勇者は難色を示す。
「中途半端。なにもかもが中途半端」
ほとんどの要素を中庸にしたので、こうなるのは必然であった。
「これ全然ダメだわ。微調整ぐらいじゃ無理。根本的にやり直した方がいいと思う」
「ワシもそう思う。“無難”にもなっていない感じがする。これだったら第一形態のまま倒された方がいいまである」
「だよな」
「じゃあ……第二形態決めをやり直そう。いったん元に戻るぞ」
「そうしてくれ」
元の老人姿に戻る魔王。
「勇者よ、次はどうする?」
「いっそ超巨大にしてみるとか……」
二人であれこれ第二形態案を模索するが、どれもしっくりこない。試行錯誤の沼に完全にハマってしまった。
何度も変身をやり直し、二人とも疲れ果ててしまった。
魔王はもちろん、大量の案を出した勇者もうなだれている。
袋小路に迷い込んでしまった二人だが、勇者が何かを閃いた。
「あ、そうだ」
「ん?」
「お前は望めば、どんな姿にもなれるのか?」
「ああ、なれる。魔王とはそういうものだ」
これを聞いた勇者は口元を吊り上げた。
「よし、じゃあ今から言う特徴をよ~くメモしてくれ」
「分かった」
魔王はメモの準備をする。勇者のアイディアに身を委ねるつもりらしい。
「まず顔だ。お前の部下にサキュバスがいたろ。あんな感じの顔で頼む」
「ふむ」
「髪は黒髪ロング、艶やかさを大いに出してくれ。さらさらのストレート」
勇者の指示は続く。
「胸は大きい方がいいな。風船を二つつけるイメージで」
「全身のシルエットはボンキュッボン。もう一度言うぞ、ボンキュッボン」
「肌は褐色。これ絶対。南の島をイメージできるような」
「服装は露出を多めにしよう。かといって下品じゃないように」
「他には……」
まるで迷いがない。
魔王はバイト初日のような熱心さでメモを取り続ける。
「ふむ、これで終わりか。ならばこの通りに変身してみるぞ」
「ちょっと待った」
「ん?」
「もう“仮変身”はやめてくれないか? これを“本変身”にしてくれ」
次の変身で正真正銘最後にしよう、という提案である。
「確かに……戻れると思うと、きりがなくなってしまうしな。分かった、もう戻れぬように変身しよう」
提案に同意すると、魔王は本当の変身を始めた。
地響きを立て、光を発し、勇者が言った通りの姿に変身する。
その変化に勇者は目を輝かせる。
「うひょ~!」
露骨にスケベな声を上げる勇者。
「な、なんだ!?」
「ありがとう……! 俺好みの美女になってくれてありがとう……!」
「は!?」
全ては勇者の策略だった。勇者は魔王が自分好みの容姿になるように誘導していたのだ。
「ぐへへへ……」
「おい、その気持ち悪い目をやめろ! 今すぐ戻って……あ、ダメだ!」
魔王は“本変身”をしてしまったので、もう第一形態には戻れない。
「魔王ちゃ~ん!」
両手を広げ、美女と化した魔王に駆け寄る勇者。
「ふざけるな!」
すかさずビンタを喰らわす。魔王のビンタなので威力も相応なのだが、勇者はへらへら笑っている。
「たまんねえ……」
「ひっ!」
いくら殴っても蹴っても、勇者は興奮するばかり。
「落ち着け! ワシは魔王だ! ついさっきまでジジイだったんだぞ!?」
「さっきはさっき、今は今さ。それに、それはそれでかえって興奮できる」
「なんという性癖の持ち主……!」
魔王は戦慄する。
「助けてくれぇ~!」
「待てぇ~!」
追いかけっこが始まった。
鼻の下を伸ばした青年が、褐色の美女を追いかけ回す。
これでも一応、れっきとした勇者vs魔王である。
「くそっ、スタミナが……!」
「もう逃げられないぞぉ!」
部屋の隅に追い詰められた魔王。その時だった。
「勇者様……?」
現れたのは、さらわれていた姫だった。
幽閉ではなくある程度自由のきく軟禁状態だったので、この戦いの場にやってくることができたのである。
「ひ、姫……!」
「さっきからドタバタして、私を助けるために戦ってくれてるかと思ったら、何をやってるの?」
姫の目には、勇者がスケベ顔で女の子に襲いかかろうとしているようにしか見えない。
「いや、違う! 俺はちゃんと魔王と戦って、追い詰めたんだ!」
「じゃあどうして女の子を追い回してるの?」
「こいつは魔王なんだよ!」
「嘘おっしゃい! 魔王はもっとおじいさんだったわ!」
「いや、おじいさんだったんだけど、事情があって……」
姫が迫ってくる。もはやどんな弁解も通じそうにない。
魔王は姫のおかげで出来た隙を逃さず、魔力で空間に穴を作っていた。
「じゃあワシは魔界に帰るから。もう二度と来ないから安心してくれ」
「おいっ、逃げるなぁ!」
魔王は逃げ出した。部屋には勇者と姫だけが残された。
「二人きりになれたわね、勇者様」
「ま、待ってくれ……」
姫の形相は凄まじかった。目は血走り、髪は逆立ち、こめかみには血管が浮き出し、歯をむき出し、まさに“第二形態”といって差し支えないものだった。
そんな姫が、指の骨を鳴らしながら勇者に近づいていく。
魔王城に勇者の悲鳴が響き渡った。
完
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