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衣装哲学

作者: 文月詩歌

「まいど」

 O嬢の口上である。

 ここは関西でもなければ、お店でもない。

 それなのに彼女の口上は毎度々々「まいど」である。

 いやまぁ、「……だった」という方が正確かしら?

 彼女の口上が「まいど」であることは依然変わりなく、ここは相変わらず関西でもないし、これからも関西にはならない。なりようはずもない。

 最初から最後まで完投もとい関東である。

「なんだかお店みたいよね」

「お見せするものないですけど?」

 O嬢は主人の和石わいしにおかんむりの様子だった。

 ぷりぷりしながらも彼女はモーニングコーヒーをサーブするのである。

 喫茶店然とする我が家のリビングに「おかしいなぁおかしいなぁ。変だなぁ。怖いなぁ」と家主の和石は思いつつ、

「ありがとう」

「5千円です」

「一桁高くない?」

「スマイルは『0円』ですから」

 O嬢は小首を傾げて、にっこりと笑う。

 0円は無料ではなく、0がひとつ追加されるということだったらしい。ただより高いものはないなと、財布から壱万円札を取り出しながら和石は思った。それにつけてもO嬢の淹れてくれるコーヒーはうまい。

 淹れたてのコーヒーの香りをくゆらせ、ひと口啜り、もうひと口啜り、「コクと酸味と甘みのバランスがいいですね」といえば通ぶれるんだよなぁなどと考えてるうちに、和石はコーヒーを飲み終えてしまった。

 五千円……。

「で、O嬢は怒ってるの?」

「怒ってない」

「怒ってますよね」

「怒ってません」

「怒ってるじゃない」

「怒ってない」


 ――以下、繰り返し。


「怒ってんじゃん」

 和石がはぁはぁすれば、

「怒ってないと言ってるじゃない」

 と、O嬢はぜーはーぜーはー。

 和石は埒が明かないなと思った。

「オーケーオーケー。そうだね君は怒ってないね。冷静だ。ところで、そうだな、僕に何か言いたいことがあったり、してほしいことがあったりしないかな?」

和石は、洋画に登場する刑事が興奮する誘拐犯をなだめるシーンに自身を重ねながら、「あれ? 今のオレちょっといけてますね」とうぬぼれてみる。身振り手振りも思わず大仰になるというものだ。

 O嬢はそんな和石の顔をまじまじと見つめる。

「私のこの姿を見て思うことありますよね?」

「えっと。お釣りまだ?」

「あ?」

 和石の五千円は永遠に失われたらしい。

「ありますよね?」

 O嬢、もの言いは丁寧だが、圧がすごい。

「かわいい」

「本当にそういうのいいんで」

 遠慮ではなく拒絶だ。O嬢が「うわぁ」と漏らしたのを和石は聞き漏らさなかった。始まらないロマンスに涙する。

「私にこんな格好させて一体どういうつもりなんです?」

 メイド服を一部の隙もなく着こなす彼女はかわいい。

「どういうつもりなんです?」

 O嬢が繰り返す。

「そうせざるを得なかった」

 和石は目を閉じ首を振った。

 O嬢にメイド服を着させるより他になかったのだった。

 少なくとも和石の主観では――。

「あの時――」


 あの日、和石は浮かれていた。何故なら、通販サイトで購入したメイド服がようやく届いたからだ。

 メイド服を買ったのはもちろん元々メイドが好きだったからだ。

 和石は和装メイドのいる喫茶店に週に2回通う程度にはメイドが好きだった。そう思っていたのだ。その時までは。

「メイドさんがメイド服を脱いだら、ただの女の子ではないだろうか?」

「メイドの本質は奉仕の精神ではなく、メイド服かもしれない」

 例えば、アイドル好きな女の子がアイドルと同じものを持ちたがるように、例えば、サッカー好きな少年がヒーローのユニフォームを着るように、和石はメイド服を着て、好きなメイドに自分もなりたかったのだった。

 何かに憧れるこの純粋な気持ちを読者にもご理解いただけるだろうか? ちなみに、文月にはちょっとわかりかねます。


 閑話休題。


 届いた段ボール箱を前に小躍りする和石。

 ――ででんでんででん。

 鼻歌交じりの和石。

 ――ででんでんででん。

 開封する和石。

 ――ででんでんででん。

 和石がメイド服を取り出そうと箱の中を覗き込んだ刹那、世界リビングが光につつまれた。

 眩んだ目が視力を取り戻すと、箱の傍らに片膝立ちで屈む一人の少女が見えた。

 O嬢だった。

 すくと立ち上がった少女は全裸だった。

 一糸まとわぬ姿だった。

 生まれたままの姿だった。

「なんで裸なんですかね?」

「最初に聞くことがそこなんですかね?」

 O嬢の話はこうだ。

 未来から、未来(O嬢の時代から見た現在)を変えるために、現在(O嬢の時代から見た過去)にやってきたのだそうだった。

「どこかで聞いた設定ですね」

「それあなたの感想ですよね」

 和石の家のリビングにタイムスリップして来たのは禁則事項とのこと。

「裸の女が、男の部屋に来たらどうなるかわかってる?」

 和石がそう告げると、O嬢は「首輪をしているから恥ずかしくない。裸じゃない」などと意味不明な供述を。

 和石が力ずくでO嬢にメイド服を着せたのだが、外に漏れた声から逆に服を脱がせてると勘違いを招いて、公権力の介入を招きかけたのは別のお話。

 

「一体どういうつもりなんです?」

 O嬢の声で和石はハッと我に返った。

 ――回想終了。

「つまり、人は服を着ることで人間になるんです」

 和石の言葉に、O嬢は訳が分からないという風に首を横に振った。

 和石は続ける。

「メイドはメイド服を着ることでメイドになるわけです」

「未来では」

 人類は服を着ないのだと、O嬢は言った。

 人類は衰退したのかもしれないと和石は思った。

「そういえば、ずっとメイド服を着てるよね。あれからずっと」

「給仕が天職かなと思いました」

 O嬢は、服を着ているのではなく、服に着られているようだ。

「給仕に一生きゅうしにいっしょうを得たんですね」

「うまいこと言ったつもりですか? 給仕の読みは『きゅうし』じゃなくて『きゅうじ』ですけどね」

「ところで、なんで毎度々々『まいど』っていうの?」

「メイド服に『まいど』って書いてあったので」


女性用Oサイズのメイド服、maid'O'

「まいど」

久しぶりにお話を書きました。

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― 新着の感想 ―
[一言]  O嬢というとどうしても思い出すあの物語。でもそっちの「O」だったとは。いろいろ伏線があって楽しめました。面白かったです。ありがとうございました。
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