斜陽
§
宗教国家都市北西部。
それは高い山脈が連なり、険しい渓谷に囲まれた地域だ。
宗教国家の他の都市から鉄道以外で来訪するのは難しいけれども、決して狭い都市ではない。
平地や盆地、山間部や樹海の奥にまで、広い範囲に村や街が点在しているくらいだ。
また、それらは聖なる教の正統派、四位巫女神官ヒルドアリアの管轄地域でもある。
私はミルファーファ。
北西部出身の福音派四位巫女神官で、超巨大なワーム型の神鎧『トラムゼント』の宿主。
好きなことは寝ることで、気がついたら1日の大半を寝て過ごしていたりする。
暖かい布団の中でゴロゴロするのは気持ちいいから、これは仕方ないことなんだよぉ、うんうん。
趣味は枕集めで、一番のお気に入りはふかふかの抱き枕。
たくさんの枕に囲まれて眠ると、もう夢見心地だよねぇ、うんうんうん。
夢。
そう、眠る時に見る夢って不思議だよね。
大抵の人は意味のないもの、あるいは記憶の整理としての歪曲された組み合わせだとか、無意識的に抑圧された願望と体験の残滓からなる複合だ、と言うよね。
古くから『夢』は、宗教的な現象として信仰と深く関わりがあって、神や悪魔などの超自然的存在からのお告げ、神の啓示や神託あるいは予知夢として占われてきた側面もある。
私の生まれ育った北西部の僻地にある小さな村でも、土着信仰として『夢』には大きな意味を持っていた。
村人たちは自身の見た『夢』を、日々の活動の理由づけとしたんだ。
曰く、吉兆の夢を見たから山へ狩りに行くだとか、村の娘と婚姻の式を挙げるとか。
曰く、不吉な夢を見たから厄祓いをするだとか、遠出を控える、みたいな感じにね。
けれど、私の見る『夢』は他のみんなと全く異なるものだった。
端的に言えば、私は人の『死』を見ていた。
夢の中で会った村の人がいつ、どんな死を迎えるのか。
まるでその場にいるような鮮明さで知ることができたんだよぉ、うん。
さらには亡くなった人たちが夢の中に現れて、話しをすることも多くなっていった。
身内しか知り得ない話なんかもあったけれど、村の狭い共同体では噂として耳にしていてもおかしくない事だと、今にして思うんだけどね?うんうん。
――私はそれを村の人々へ話してしまった。
忠告や言伝のつもりで……夢を見るたびに話して回った。
それらは一部の狂いもなく、現実のものとなっていった。
不慮の事故や事件、あるいは自然災害によって。
《ミルファーファには死を司る神が宿り、亡くなった人の魂が彼女の中で蘇る》
私の評判は瞬く間に村中へ広まっていった。
曰く、天の啓示を授かる巫女だとか、特別な存在なのだ、とかね。
最初こそ、私もちやほやされて照れちゃったんだけど……
ある時に誰かが叫んだ。
《ミルファーファがよけいな事を言わなければ、あの人は死ななかったんだ!》
たった一言で全てが裏返った。
その場が一瞬だけ静まり、やがてざわめき始める。
私が『魔女』だと囁かれ始めるのに、そう時間のかかるものではなかった。
そんな日のうちに、私は村の地下にある座敷牢へ幽閉された。
《違う、違うよ!私はただ、みんなを助けたかっただけなんだよ!》
必死に弁解をしても誰も信じてくれず、話も聞いてくれなかった。
私と話しをしたら……言葉を交わしたら自分も呪われてしまうのだと思われていた。
――暗くて寒い虫籠のような場所にただ一人、どれだけの時間を過ごしたことだろう。
ある時、私のもとに両親が姿を見せた。
そうだ。お父さんとお母さんが助けにきてくれたんだ。
私は外から差し込む光に希望を感じて、泣きそうだった。
座敷牢に足を踏み入れた二人の表情は見えなかった。
そして……両親は私に向かって大きな刃物を振り翳して言った。
《あなたが変なことを口走らなければ、私たちまで村八分にされることはなかった……》
……それからのことはよく覚えていない。
気がつけば、私は大きなワーム型の神鎧に乗って村を見下ろしていた。
名前もない小さな村はまるで耕されたように跡形もなくなっていて。
――夕暮れの空の下、更地の真ん中で真っ白な少女が私を見上げていた。
なぜか、彼女の夕陽のような赤い瞳だけが記憶に残っている。




