ペガサスとユニコーンに乗って
空飛ぶユニコーンに乗って、俺は、じいちゃんと相棒のペガサスのあとを追う。あんなに荒くれだったユニコーンも、しばらく乗り回しているうちに、だいぶ扱いが慣れてきた。初めは隙あらば振り落とそうとしていたくせに、いまじゃ、長年の忠実な相棒みたいに、俺の言うことを素直に聞いている。
《やはり、ヘルメスは筋がいい。さすがは俺の孫だ》
聞いた話によると、じいちゃんは昔、村一番の健脚で通っていた凄腕のランナーであったらしい。俺も足は速いほうだが、じいちゃんが生きていた頃は、1日で村1周(約40キロほど)してしまったというから驚きだ。
「改めて思うけど、じいちゃんって、すごいんだね」
《なんだ。今頃気付いたのか?》
じいちゃんは茶化したように笑う。でも、ほんとに、すごいよ。だってさ、今じゃ、国を救った『英雄』だもん。
俺も……なれるだろうか。じいちゃんみたいに。なんのとりえもない、平凡な一市民であるはずの俺でも?
《なあ。なんのとりえもないって、それ、本気で思っているのか?》
「えっ……」
ふいに図星を突かれて、ドキリとした。
《ヘルメスは平凡なんかじゃないぞ。こんなことを言うと『じじバカ』って思われるかもしれないけれど、俺が見た限りでは、おまえはなかなかに優秀な男だ。なんたって、ほんの少し前まで剣も握ったことなかったおまえが、たったの数時間で、C級野生動物を倒せるまでに成長したんだからな。いやはや、おまえの急成長ぶりには驚かされるよ》
じいちゃん……。
《あー、もう、黙るんじゃねえ。こっちが恥ずかしくなるじゃねえか。おい、グズグズしてると置いてくぞ!》
突然、照れくさそうに顔を背けて、颯爽とペガサスを走らせるじいちゃん。顔が赤いのは、気のせい……じゃない、よな?
「ああっ、待ってよ、じいちゃん!」
どこまでも付いていくよ。大好きだよ、じいちゃん。
そして、ありがとう。俺は、じいちゃんのおかげで強くなれた。今なら、『英雄の孫』の名に恥じない自分でいられる。俺も、立派な『勇者』になる。絶対に、あの子を闇の王から救い出すんだ。
ユニコーンに乗った王子様――なんて、柄じゃないけれど。
「ねえ。あのさ、じいちゃん」
《なんだ?》
じいちゃんのあとを追いながら、ふと、疑問に思ったことを口にする。
「じいちゃんは王女様って見たことある?」
《いや、見たことはないが……なぜ、そんなことを聞くんだ?》
「俺もまだ見たことないからさ。王女様って、俺のはとこなんでしょう。ばあちゃんが元王女様で、王妃様は、ばあちゃんの姪っ子だって。歳は、俺より2歳下の16歳らしいけど、どうなんだろう、可愛いのかな」
じいちゃんが、堪えかねたように、ぷっと吹き出した。
《なんだ。可愛くなかったら助けないつもりか?》
「別に、そういうわけじゃないけど……」
でもさあ、気になるじゃん。会ったこともないんだよ。
《安心しろ。王女はたぶん美人だ》
「たぶんて……」
《なんたって、あのジョアンナの、姪の、娘なんだからな。そりゃあ美しいに決まってる》
じいちゃんは、当然だ、とばかりに言い切る。まあ、確かに、孫の俺から見ても、ばあちゃんは美人だとは思うけれど。
「じいちゃんってさ、ばあちゃんのこと、ものすごく愛してたんだね」
《何をいまさら。当たり前じゃないか》
ああ、否定はしないのね。もう、『じじバカ』って言うより、ただの『行き過ぎた愛妻家』だよ……。
「ダンナがコレだと、ばあちゃんも、苦労しただろうなあ……」
《何をぅ!? おまえ、やる気か!?》
「やらないよ! やらないけど……ああ、もう、うるさい!」
《うるさいとはなんだ! 祖父に向かって!》
空の上、二人でコントみたいなやり取りをしながら、敵陣へと進んでいく。
どこまでも果てしない森を奥深くまで進むと、急に、開けた場所に着いた。
霧が濃い。
そして、霧の向こうに見えるあれは……なんだ? 黒を基調にした、おどろおどろしい建物。ゴツゴツした石造りの壁に、尖った塔がいくつも並んでいる。あれが闇の王のアジト?
《相変わらず、趣味の悪い建物だなあ》
じいちゃんはポツリと呟いたあと、急に振り返って言った。
《ここから先、俺もついていくが、ひとつだけ言っておく。俺には実体がない以上、おまえの戦闘を手助けしてやることができない。たぶん、奴らには俺の姿さえ見えていないだろう。だが、今のおまえなら絶対にできるから、自信を持ってやれよ。いいな?》
「うん……」
じいちゃんが、これまでにしてくれたこと。すべて俺の中に生きてる。じいちゃんの想いを無駄にしないように、俺は全力を尽くすだけだ。
《さあ……行け!》
ここまで連れてきてくれたペガサスたちを森に残し、そびえ立つ門に向かって、俺は一歩足を踏み出した。
キィィと耳障りな音を立てて開く門。
重厚な扉を開けると、灯りのない真っ暗な空間に出る。そのまま手探りで暗い通路を進み、わずかな灯りが見えると、同時に、部屋の隅から、何やら毛玉のかたまりみたいな物体が飛び出してきた。
「キュー! キュー!」
何か喋っている? ネズミ?
《気をつけろ、ヘルメス! こいつらは、闇の王の手下の野生動物どもだ!》
「え? ええ!?」
驚いているあいだに、一発、体当たりをくらった。くそう。
「キュー! キュー!」
「うるせえ!!」
怒りに任せて剣を振り回すと、それだけで、毛玉たちがバタバタと倒れていくのが見えた。なんだ。思ったより強い敵じゃなかったのか?
《油断するな! まだまだ来るぞ!》
「わかってるって!」
その後も、立ちはだかる敵を次々に薙ぎ倒しながら、俺たちは屋敷の一番奥の、恐らく闇の王がいるであろう部屋の前に辿り着いた。
「こ、ここが……」
《いよいよだな》
いつになく緊張してきた。心臓はバクバク早鐘を打っているし、手汗もすごいことになっている。俺、本当に、倒せるの?
《自信を持て、ヘルメス。おまえは、じいちゃんの孫だ》
「そ、そうだけど……」
《あの子を、助けるんだろ? そして、それは、おまえにしかできないことなんだろ?》
そうだ。王女様。未だに囚われの身になっている可哀想な彼女のことを、俺は助けに来たのだ。俺の大切なはとこ。王女様は絶対に俺が守る!!!
「うわああああ……!!!」
そう叫ぶや否や、俺は、部屋の扉に向かって全身で突っ込んだ。
扉が開く。
そこには……手足を頑丈なロープで縛られ、猿ぐつわを噛ませられた、ひとりの少女の姿があった。
「ん~~~!! んんん~~~!!!」
もしかして、彼女が噂の王女様? 嘘だろ。めちゃくちゃ可愛いじゃないか。正直に言って、想像していた以上だ。
「って、そうじゃなくて!」
見惚れてる場合じゃない。彼女を一刻も早く助け出すのが先だろ!?
「大丈夫? いや、大丈夫なわけ、ないか。ごめんね、ちょっとだけ、じっとしててね。いま、外してあげるから」
――やはり現れたな。勇者よ。
声とともに現れたのは、牛のようなツノとエリマキトカゲのような襟をつけた、全身黒ずくめの男だった。男というか、まだ少年みたいだが。
本当、魔法みたいに、ボンッと現れた。この男、何者なんだ?
――貴様の行動は想定済みだ。ククッ。わかりやすい男め。思えば、貴様の祖父も、そうだった。やはり、血は争えぬというわけだな。この場合、『マヌケ』の血というわけだが。
「マヌケだと!?」
――ハハハ。そうやって、すぐ熱くなるところも、あの男にそっくりだ。おや? ……よく見れば、当人が横にいるじゃないか。久しぶりだのう、ユピテル。元気にしておったか。いや、貴様は、とうの昔に死んでいたな。毒入りのまんじうを食って死ぬなんて、哀れな死に様よのう。貴様らしいとも言えるが。
なんかわからないけれど、腹が立つ。じいちゃんのこともバカにして。国を救ったすごい英雄なんだぞ。
だけど、じいちゃんはそれより、自分の姿が『見える』ことにビックリしたらしい。
《み、見える……のか!?》
一応、俺が亡霊のじいちゃんの姿を見ていられるのは、じいちゃんの装備一式と勲章を身に着けているからで。それに、たまたま、一族の『洗礼』である18歳の誕生日が重なったからだ。闇の王は、そのどちらでもないのに、見えている。ということは……どういうことだ?
――ふん。私を誰と心得ておる。『闇の王』だぞ。たかだか50数年生きた程度の人間とは違うのだ。闇の力を得、千年以上の時を生きた私に、亡霊と話すことなど容易いことよ。
じゃあ……ひょっとして、攻撃も通じたりする?
ふと思い、じいちゃんのほうを見ると、じいちゃんもまた同じことを考えたらしい。ヤツの不意を突いて背後に回り、サッと剣を振りかざした。
――ウッ。いったぁあああ!!!
身体を押さえ、痛みに悶える闇の王。じいちゃん、ナイス!
「油断したな、闇の王。今度は、俺から行くぞ!」
宣言すると同時に、俺は、真っ向から向かっていき、思い切り、ヤツの目の前で剣を振り回す。いいぞ、いいぞ。このまま限界まで体力を減らしてやれ。
「じいちゃん!」
《おう!》
そうして、二人の刃が重なったそのとき、闇の王は、文字通り、溶けてなくなった。