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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
帰って来た殺し屋と15人前後くらいのハーレムの章
98/118

92 デブがせめてきたぞっ

「お久しぶりですわ、アランさま」


 相変わらずおしとやかな雰囲気を着たツキユミが、いつだったか以来のスイーツ店で微笑んだ。テンテルの以前の依頼料を回収する目的で集まったが、ついでに話をしたかったのだという。


 いつにも増して目を鋭くしていたメイド服のテンテルも、ここでは肩の力を抜いていた。というか、仮にも主人を差し置いてひたすらハチミツドーナツを頬張っていた。


「んむ……元気そうじゃん。(さつ)ってる~?」

「言い方をどうにかしろ。公共の場でギリギリのラインを責めるな」


「へっへっへ。ごめんごめん。なんかアランに会ったら楽しくなっちゃった」

「それは何よりだな」


 とはいえ、仕事の話を開けた所でしないでほしいものだ。ハーレムの主であることはバレても意外とどうにかなっているが、殺し屋だとバレれば流石に廃業だろう。


「ところでアランさま、また、頼み事(・・・)がございます。詳しくは、あの方に聞いて頂きたく存じますわ」


 ツキユミの方はかなり気遣い、声も潜めず世間話としての体を装っていた。これを見習えテンテル。


「分かった。興味本位なんだが、どんな顛末(てんまつ)だ?」

「方針の違い、と申し上げましょうか。イジャナ家存続のため、他の収入源を得たいということは以前にもお話いたしましたね。わたくしにはいくつか計画があるのですが、まだ本格的には動いておりませんの。とある方はそれを踏まえ、この計画が動く前に自分の計画を通すため、わたくしの父へ取り計らったのですが……」


 もしやツキユミは相手の計画を潰すため、相手を始末しようと判断したのだろうか。そうと頭をよぎったが、まずは最後まで聞くことにした。


「……その内容に問題がありました。かなり簡単に言えば、奴隷によるビジネスを職人でやろう、というものなのです。店は職人を安価で借しだし、その仲介料として料金だけを抜き取る。そのような方法です」


 要するに派遣会社か。ずいぶんと進んだことを考えるヤツもいたものだな。


「それの何が問題だったんだ?」

「先がない。それが問題なのですわ。良く言えば職人のギルドを作ることとなり、我々のギルドに所属する方は腕を上げるでしょうが、お客さまとなる方々には最終的には何も残らないのです。一時しのぎならば、それでよいのでしょう。しかし、一時しのぎの安上がりな店が高品質な商品を生み出す店の客を奪ってしまえば、後を継ぐ者が育たず、土地に根付く職人がいなくなってしまうのです。その後には、我々が職人を直に雇って商品を作り、それを売ってもらうシステムへ変わるでしょう。しかしそれでは、大市場の物流における国民の経済を支える『特産品』がイジャナ家のものにすり代わることになります」


「なるほど。大市場で店を出すには、土地の料金をイジャナ家へ納め、店頭へ並べる商品をイジャナ家から買わないといけなくなるわけだ」


 この古いヨーロッパ時代のような世界で、いわゆる中抜き文化を危惧したわけだ。イジャナ家は良い後継者を持ったみたいだな。


「はい。問題はそれだけではなく、大市場に出品できる職人が限られることで品質の競争が起こらなくなり、〝どこで買っても似たようなもの〟という状況に陥ってしまいます。現状の、あらゆる物品が雑多に揃っているという大市場の魅力を、自ら消してしまう訳にはいきません。ですから、お父様を説得いたしました。自分の手元に職人を残したければ、直接雇った方が確実かつ安い。雇い主がそうと気付くのは、時間の問題です。と」

「それで逆恨みされたんだな。苦労しているようだな」


「はい。それから……実は、雇われたと主張する〝あるお方〟がやって来たのですが、これをアランさんに、と。テンテル」


 ツキユミが呼ぶと、テンテルはモグモグしながらカバンへ手を突っ込み、手紙を出してこっちへ突き出した。


 なるほど、同業者か。ツキユミと俺との関係を知っているとはいえ、依頼を受けた上でターゲットに教えるなんて殺し屋の風上にも置けないヤツだな。そのお陰でツキユミはまだ生きているとも言えるのだが。


 封を切り、中には小さな羊皮紙が二枚。一枚目を読む。


『親愛なる友、アラン様へ。』


 うわジミーだ。絶対にジミーだ。


 強烈に、嫌な予感がする。


『恨まれるのもなんなので、先に教えてあげます。特別ですよ? 手を打ちたければ早くすることですね。』


 これだけで一枚目が終わった。続きを読みたくなかった。アイツ、絶対に何かやらかしている。もう一枚は、後から足されたようだ。


『追伸 そこら辺に歩いていた剣聖を安い値で雇ったので、ソイツに勝てば勝ちでいいですよ。親しき友人より。』


 中抜きみたいなことしてる……。


 何やってるんだアイツ。殺しの仕事だぞ。というか依頼料貰ってないんだろ。嫌がらせのために赤字を出すな。


「アランさま、いかがでしたか?」


 ツキユミとテンテルが二人して、俺の顔を覗き込んでいた。


「……そいつは……まぁ、知人でな。俺がちょっとした頼みを聞くなら手を引いてくれるそうだ」

「そうなのですか。内容について詮索はいたしませんが……。どのように決断なさりますか?」


 剣聖か……。気は進まないな。


「受ける。問題はない」

「左様ならば、資金援助をさせて頂きますわ」


「いや、それは……」

「アランさま、本来これは、わたくしが処理せねばならない問題と存じます。その解決を委託する以上、アランさまへの依頼として扱わせて頂きます。分かって?」


「……いいだろう」


 思わぬところで収穫があったな。残る問題は、剣聖とやらをどうにかするだけだ。


「まずは金貨五枚を支給致しますが、必要になられたのであれば、準備はあります」

「そこまではいらん」


 テンテルが会話を聞いてると、隙ありとばかりにハチミツドーナツのお代わりに立ち、ツキユミにまた座らされた。


 彼女は紅茶を一口飲みながら、さりげなく自分の皿を持ち上げてテンテルの方に差し出した。テンテルは嬉しそうにシュークリームをひとつ取り、頬張って、モグモグと食べながら満足げな笑顔をツキユミに見せつける。


 それに対してツキユミは、少し顔を赤くしながら微笑み返して、テンテルの唇を見つめてソワソワとしてしまっていた。どうやら相変わらずの片想いだ。


 そのとき、スイーツ店へやけに重い足音がやってきた。見るからに食事が好きなタイプの巨漢だ。テンテルが「うぉ~すげ~デブ」と言ったのを、ツキユミが脛を蹴って叱った。叱られたテンテルは悶絶していた。


 スイーツコーナーが最も近い席へ、有名な肖像画のベートーベンのような髪をした眼鏡の男と共に座った。


「金貨、銀貨、銅貨。同じ重さのコインがあるとき、もっとも価値が高いのはどれだと思う」


 巨漢が低くよく通った(バリトン)声で眼鏡男に聞く。


「んなもん、金貨に決まっているだろうがよ」


 眼鏡の男が足を組みながら粗暴に答えた。


「その通り。同じ重さに、より高い濃度の価値が詰まっている。圧縮――それが金貨の本質だ」

「で?」


「…………カロリー……」


 バリトンは言いながら、両腕を開いて上半身を天へと向けた。


「同じ重さに、より高いカロリーが詰まっている。スイーツは金貨と同じく、もっとも濃度が高いキング・オブ・カロリーなのだ」

「……で?」


「ここはもう閉店という意味だ」


 巨漢は立ち上がり、大きな声を注意しようかと踏ん切りがつかないでいる店員の前に立った。


「全て買おう。この十枚の金貨でな」

「じゅ、十枚!? すべて合わせても一枚にならないと思いますが……」


「カロリーへの敬意だ。その代わり、いまある材料の全ても使いきっていただこうか」

「も、もちろんです! あぁ、皆さま本日は閉店です! 申し訳ありませんが、食べきったらそのままお帰りください!」


 店員が叫ぶと周囲はざわついたが、十枚では仕方ないとみんなが諦めていた。


「そんな~」


 テンテルだけが、しょんぼりと机に突っ伏した。そんなにハチミツドーナツが好きかお前。


「……少々お待ちください」


 ツキユミが立ち、巨漢の前に立つ。彼女の背が低いわけではないが、お互いに首が辛くなりそうなほど身長差があった。


「ごきげんよう」

「聞いていなかったのであれば、改めて教えてやろう。ここのスイーツは全て買い占めた」


「存じております。ですがこちらもハチミツドーナツを、ひとつでも良いので頂きたいのです。もちろん、タダでとは言いません」

「ふ……。交渉は無駄よ」


「まぁ。それは何故でしょう」


 巨漢は並ぶスイーツ達からクッキーを取り、それをまるで金貨のように見せびらかした。


「カロリー……。それが最上だからだ。最も強い手札を揃えた上で、欲しくなるカードなど存在し得ない。故に、何を持ってきたとしても、交渉として成り立っておらん」

「なるほど。ところで、大市場にいらっしゃったことはございますか?」


「うむ。しかし、この店に勝る所なしよ」

「しかし菓子店があります。そのツテ(・・)を辿れば、その材料を仕入れる先に着くことは、自明の理でございましょう」


「ふむ。それで」


 ツキユミは口元に手を添え、まるで裏社会の秘密を話すようなウィスパーボイスで囁いた。


「……バター……」

「……っ!」


 巨漢が、初めて怯んだ。


「平素よりバターやチーズでお世話になっている、酪農家の方とのコネクション……。このカードはいかがでしょう?」

「なるほど。交渉の術を心得ている、か。よかろう」


「……終わったかぁ?」


 眼鏡男が二人を見比べ、待ってましたと伸びをした。


「何だってんだこの茶番はよぉ。おまえ今日、何リットルバター使ってたか覚えてんのか?」

「今日のバターは喉を潤し続ける。故に、明日のバターは、今日より喉ごしが良い」


「うるせえ痩せろ! あーあこれが剣聖(・・)なんだから分からねぇや。才能ってのはさぁ」


 剣聖。アイツがツキユミを狙っている、中抜きされた殺し屋か。不味い。


「まぁ、剣聖さまなのですね。申し遅れました、わたくしは――」


 手元のスプーンをツキユミの後頭部へ投げ付ける。すると、どこから抜いたのか巨漢が細身の刀でそれを弾き飛ばす。


「――きゃっ!?」

「スプーン? 貴様、なぜスプーンを投げる」


 急いで駆け付け、ツキユミの肩を抱いた。


「手が滑りまして! へへ、すみません。コネならまた後で、大市場にいらしてください! 紹介状を用意しておくので。というか実は緊急の用事で」

「待てい!」


 低い声が店中に響く。しかし巨漢は背を向け、何か作業をしたと思えばこちらへ向いた。


「デブは、食べ物のことで裏切らない」


 その手元には、ハチミツドーナツを美しく盛り合わせた皿があった。


「ど、どうも……」


 どうにも自らすすんで人を斬るタイプには見えないな……。だが、さっきの太刀筋。剣術は相当なものだろう。


「って見逃すんかい! ガツムネおい。コイツどう見ても怪しいじゃねえか!」

「スイーツの前だぞ。穏やかに」


「落ち着けるか!」


 なんだコイツら……。二人を置いて皿を持ち、三人で店から逃走した。テンテルだけが嬉しそうに皿を抱えてドーナツを食っていた。


「な、なんなのですか、アランさま」

「危なかった。あいつは、お前に手紙を渡した殺し屋が雇ったヤツだ」


「まぁ……! もし名乗っていたら……」

「色々と面倒なことになってただろうな」


 まるで解決したかのようだが、俺はこれからアイツの相手をしないといけない。先が思いやられる。


「むぐ……()もす()(ふぁ)(ふぁ)(テュ)()ミ~」

「こら。食べながら話してはいけませ――はむ」


 言っている途中でハチミツドーナツを食わされた。ツキユミはモグモグと素早く口を動かし、ちゃんと飲み込んだ上で、かじったドーナツを皿に置く。


「食べ歩きなどもっての他です。はしたないですわよ、テンテル」

「え~。食べ歩きこそじゃん。ってか食べないの?」


「ありがとうございます。ですが、一口で十分ですの」

「そっか」


 テンテルは食べかけのドーナツを取り、ツキユミのかじった部分を頬張った。するとツキユミは、カッと顔を赤くした。


「は、はしたない、ですわよ……」


 テンテルは目元をニンマリと笑わせた。


「どこが~?」


 テンテルはテンテルで、わずかに顔や耳が赤かった。


 おや……?




「剣聖のデブですか……。ハテナ」


 ステイシーは全くの無表情だったが、その心は困惑しているに違いなかった。


 二人きりで城周りの草原を歩き、風に吹かれて、あのバリトンボイスを思い出す。


「なんというか、まぁ、群衆に混じっていても一目で見つけられるタイプというかな」

「それで真っ先にみーの所へ来たのはどいうことです。ハテハテ」


「……どうしてだろうな。だがああいうタイプだと、お前が上手い方法を知っている気がする」

「みーを便利屋だと思ってますね。でも、真っ先に頼ってきたのはデレが見えたのでよかったです。マル」


「デレた覚えはない」

「それはそれとして、別に考えはありません。キャラが濃いのと解決方法は別々の話なので」


「それは……そうなんだがな」

「……でももしお願いされたらー、頑張ってあげないこともないですがー。チラ」


「そうだな。頼む」

「…………」


 ステイシーが口で言うだけではなく、本当にチラチラと見てきた。


「どうした」

「……むー。からかおうとするノリのアレなのですから、即答されるとからかい甲斐がありません。ムスー」


「なんだそのノリは」

「めんどくさい彼女ごっこです。まぁ、ゆーと付き合うとかありえませんが。ゲラゲラ」


「そうだな」

「…………」


「……どうした」

「あー。草原焼きてーです」


「本当にどうした」


 いつにも増して話が進まない。いや、出会ったときの方が話が進まなかったか。


「しょうがないので、矢面に立ってあげましょう。本人と対話したり殺られたりするので、その隙に情報を集めてください。キラン」

「それもいいが、もっと良い方法はないか」


「あと五秒で出せないならいま言った作戦で。セカセカ」

「ん? それは――」


 ステイシーの言っている意味が分かった。少し先に立てられた休憩の小屋から、件の剣聖――ガツムネとその相方が出てくるところだった。


「あ! テメー!」

「どうも」


「ほらな? ガツムネ。怪しいと思ったんだ。ゾンビと一緒に歩いてるじゃねーか!」


 彼に対してガツムネは冷静に、見に徹していた。二人を前に、ステイシーが一歩出る。そして、手を素早く振り、一瞬で様々なポーズを取った。


「みーの名は、すていしー・みゅーいー。お気付きの通り『ぞんび』なのです。あい、あむ、ぞんびぃ。ニコ」

「ウソだろ。同じタイプのヤツがいるのかよ……」


 眼鏡男は頭を抱えた。お前はお前で苦労しているようだな。


「ってかゾンビは見りゃ分かるだろ。ゾンビが喋った!?」

「喋ってるのは見て分かりませんか。ハテナ」


「うぜぇええええ!」


 男がステイシーを指差しながら、巨漢を見上げた。


「ガツムネ! 切れコラ! アイツ切れ!」

「……ケイ。静かに。それよりお嬢さん」


 ガツムネは膝を着く。それでやっとステイシーと同じ目線の高さになった。


「焼き鳥の部位は、どこが好きだ」

「愚問ですね。ぼんじりです。最強は、鶏皮でぼんじりを包む『すたいる』です。ジュル」


「素晴らしい。話を聞こう」


 聞くのか……。


「聞いてんじゃねえデブ!」

「おいおい、ケイ。まさかお前さん、デブが悪口だと思っているのか」


「悪意たっぷりで言ってんだろうが。痩せろお前!」

「知らんのか? ダイエットは武装解除だ」


 アイツはアイツで話が進まないな。まさか、さっきケイが言っていた同じタイプというのは……。


「さて、名乗って貰ったからには、名乗り返さねば名が廃る。どれ……」


 彼は肉に隠れた腰元の剣を抜き、その身体からは想像もできないほど素早くその場で舞うように振った。すると――。


 どこからともなく、ちょっと嫌な色合いの黄色く光沢のある液体が剣の周りに螺旋を描いて浮き出した。


「我は体組織を操る四天王のひとり。脂肪のガツムネッ!」


 バリトンがオペラ並みに響く。一気に情報が押し寄せてきて、頭で処理できなかった。唯一、こういう名乗りをするヤツが他にいたとはな、とは思った。


 ケイを見ると、俺の顔を見て察したのか、声にせず『だろ?』と言ってきた。俺はただ、頷いた。


「四天王? 他にもお前みたいのがいるのか」

「さよう。血液を操る瀉血のヴラド。骨を操る打撃王のボンウェイ。内蔵を操る小腸縛りプレイのミカ……」


「一人だけえげつな過ぎないか」


 なんで小腸だけ使ったんだ。肝臓とかも使ってやれ。


「というかアランさん。四十四話くらいかかりそうな『わーど』が出ましたね。四天王……ゲンナーリ」

「そうだな……。その……四天王がどうしてこの国に?」


 彼は『何を当たり前のことを』と不敵な笑みを返す。


「ローズマリー国は、貿易の国。そして外国人の通貨に頼っている。であれば、外国人をもてなす料理も盛んとなる。すなわち――グルメの国よ!」

「そうなのか……。あとの二人はどうした」


「ふたり?」


 ガツムネが言った疑問に、ケイの方が実に嫌な顔をした。


「一緒にすんな。俺はただデブの面倒見てるだけだ」

「ん? じゃあ単独行動なのか。後の三人は?」


 するとガツムネは、急に遠くを見た。


「いや、まぁ、色々あって三人とも死んだ」

「なんだってそんなことに」


「ヴラドは血を戻したときに何かの病気に感染して死んで、そのときに血を集めようとしてボンウェイが血を吸われて死んだ」

「なんでお前じゃなくて血が少なそうな方から行ったんだ。じゃあ、ミカは?」


「小腸縛りは人生で一度限りのワザよ」

「自分の小腸を使うのか……」


 残りひとりなら四天王の名は捨てろ。紛らわしい自己紹介をするな。


「アランさん。アイツ二話です。ヨッシャ」

「そうだな……。その、ところで、ジミーって男から何か依頼を受けなかったか?」


「うむ」


 ガツムネは頷き、俺を指差した。


「アランという強い男がいると聞いてな」

「は?」


 ジミーはツキユミの殺しを委託したんじゃないのか。まさか――。


 周囲を見回してみると、丘の向こうにジミーがいた。俺が向くのとほとんど同時に手を降った。


 アイツ――!


 と、見ていたらもう一人いた。ホフマンがコーヒーを啜って、ジミーの隣で『どれどれ』と言わんがばかりに双眼鏡を覗いている。


 アイツら――!


「お前はまだ名乗っていないが、話を聞く限りアランに違いないな」


 隣を見ると、ステイシーは首が折れそうなほど、物凄く顔を背けている。


「殺し屋ならば、腕は立つはずだ。抜けいアランよ」

「抜かん。〝殺し〟と〝殺し合い〟は本質的に違うものだ。あいにくだが、正面きっての勝負は弱いぞ」


「下手な嘘を。弱い者がダンビラポイントを仕留められるものか」


 そうか。ガツムネは確かに日本の古い名前っぽい。話を聞く限り、そんな世界観らしいヨタカの国出身であることは間違いない。


 いやそんなところで繋がらなくていい。


「ジミーに聞いたのか」

「左様」


「ジミーが嘘つきだって知ってたか?」

「うむ。しかしカロリーに誓って嘘ではないというのだから、真実だろう」


 勘違いがどうして事実に繋がるのか。意味が分からない……。


「さぁ、ダンビラポイントを仕留めたその腕、見せてもらおうか」

「むぅ……」


 まずいな。アイツ、やけにやる気満々だ。どうする。


 待てよ……。アイツはデブだ。実際のデブがどうであるかは関係ない。弾けるエロさの女が無条件で発情してくる無茶苦茶なこの世界なのだ。


 この『デブの中のデブ』であるガツムネならば、『デブへの差別』を応用すればどうにかできるはずだ。


「腹が減っては戦ができぬという言葉を知っているか?」

「知らぬわけがない。そうか腹が減ったか。一大事だな。では飯処はお前に任せよう」


 やはり食いついた。飯を奢ってどうにか引き伸ばそう。ツキユミに習って交渉材料を出せれば、戦わずに済むかもしれん。


 どこがいい。デブだから油が多そうなところだが、そんなグルメ情報は……。


 ふと、テンテルとツキユミに出会ったときの、古い記憶が甦る。


『じゃー……あ、じゃーメシ行こ』

『よろしくってよ。参りましょう』


『今日は一人多いことだし? たまには? 家系(いえけい)いっとく?』

『あ、あれは遠慮させていただきたいですわ。一口で死を覚悟いたしましたの』


 家系。ラーメンのジャンルだが、俺は食ったことがなかった。しかし予想はつく。


 痩せた者(ツキユミ)が拒むということは――デブ(ガツムネ)が好むということに違いない。


「家系を、知っているか」


 するとガツムネは感心し、感嘆の声を出した。


「見かけによらんな。世界中のデブが噂する、その秘密の言葉を知っているとは」


 お前……自分がデブへの風評被害になっていると自覚した方がいいぞ……。


「さぁ行くぞ」

「うむ。デブは一日にしてならずよ!」


「あ、俺パスで」


 パスを示す形で止まったケイの右腕を、ガツムネが鷲掴みにした。


「お前は細すぎる」


 ケイの左腕を、俺が鷲掴みにした。


「逃がさんぞ……」

「な、なんで結託してやがる! た、助けろゾンビ!」


 ケイの背中を、ステイシーが押した。


「言い方が気に入らないので助けません。レッツゴホキドキ」


 そして、三人がかりで眼鏡を連行した。


「離せぇええ! 油はいやだぁああ! うわぁあああ!」

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