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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
帰って来た殺し屋と15人前後くらいのハーレムの章
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91 プロの殺し

 ただ、おれはそれが〝しっくりきていた〟だけだった。


 自分が男か女かなんて気にしたことなかった。


「ホントさ、お前キモい。女のフリすんな」


 女のフリ? お前が勝手にそう見ただけだろ。遊んでて楽しいヤツと遊んでればいいじゃん。


「こんなの……。ウチの血じゃないね」

「なんだと? 俺のせいかよ!」


 誰の血だってカンケーねーし。着たいもの着てればいいじゃん。


「……アンタさぁ。調子乗ってるよね。アタシより可愛いって思ってんでしょ。見せびらかしてるんでしょ?」


 あいつが勝手におれのこと好きになったんだろ。


 なんでこんなに嫌われてんだろ。何もしてないのに。


「ぼ、ボウイ……さ、オレもう……パンツ脱いで……」


 勝手に来たヤツが、なんでオレをコントロールしようとすんだ。


 ――どうでもいい。


「うるせーよ」


 たった一人の友だちだと思ってたのに、めんどくさい目でおれを見てたのか。


 それが嫌だったから、『ウユユー』がおれを脱がそうとしてきたときに、ずっと我慢してたのが爆発した。


「あのさぁバカじゃねーの? なんでおればっかり狙ってんの? なんで他のヤツは無視でおればっかなんだよ」


「……な、なんでそう言われなきゃいけないんだよ。なんだよいいじゃん早くパンツ脱いで。と、友だちだからな。いいだろ?」


「キモいんだよ。もう来んな」


 そう言ってトイレから出た。置いていったそいつは、一緒にいたら楽しい友だちではあった。ただ、なんでもかんでもなウソつきだった。


 部屋に()が百人いるらしい。馬を五百()飼っているらしい。金貨が一億万(・・)枚あるらしい。


 だからそいつが言いふらすことなんて、誰も信じないはずだった。


「うわ~ボウイちんちん無いんだ~」


 なのに〝おれだから〟みんな信じた。


「おじいちゃん舐めてるんだろお前。うわ~」


 まぁ、どーせどうでもいいヤツらだからいいけど。最初っから嫌ってただろ。


「ねぇゲロ食べてるんでしょ。うわしゃべんなくっさ」


 ただ、どうして向こうから来るのか理解できなかった。ほっとけば、こっちだって行かないのに。


 だから、おれから子どもたちが集まる広場に行かなくなった。それでやっと静かになれた。でも、今度は退屈だった。


 うるさいバカたちの対応で潰れてた一日が、まるごと空いてしまって、でもすることは特になく、しょうがないからウロついてた。


 いつだか忘れたけど、服屋の前で足が止まった。ショーウィンドウには手足のない木彫りのマネキンが並んでて、普通より少しオシャレにしたチュニックたちの中に、すごくいい物があった。


 プリーツのミニスカートだった。あれくらいの丈のスカートっぽい裾なら大人の男でも多い。しかしスカートだけで、膝より高くて、フリフリとしてるのが好きだった。


 可愛い。でも、スカートなら男でも女でも不自然じゃない。しかも、どうにかすれば買えるかもしれない高さだった。


 それからは、一日が足りなかった。街が自分を知らない所まで行って、ヘンに思われようが何だろうがあっちこっちの家をノックして、手伝えることはないかって聞いて、意味わからないくらい重いもの運んだり、どこか分からない家に手紙を届けに行ったり、足がクタクタになるまでお小遣いを稼いだ。


 そのお陰で、売れてしまう前にあのスカートを買えた。買ったあとも服屋の鏡の前にずっといて、服屋のおじさんがちょっと困ったみたいに、でも嬉しそうに笑ってたのを覚えてる。


 それからは、ずっと大切にしていた。あれはもう、身体の一部だったと思う。それくらい、大事にしてた。擦れてダマができないようにしたり、穿いた晩はベッドのマットレスの下に敷いて寝押ししたり。ずっと大事に穿いていた。


 そして、教会の日。いつもの寝ないように頑張る時間がやって来た。どこにいても退屈だった頃と違って、あのときはもう働きたくてしかたなくってソワソワしていた。またいつあのスカートみたいな服が店に出るかと思うと、銅貨一枚だって多く稼ぎたかった。


 そして長かったゴタクが終わって、やっと帰れるってなったときに、急に叫び声がした。


「あ、悪魔だぁああああっ!」


 教会中がザワザワしていたけど、おれはアイツの声だって分かった。こんな所でもウソつきなんかやってるんだって思ってた。


 でも、アイツを見たら、こっちを指差して――――。




「……それから……その……」


 ボウイは言葉に詰まり、呼吸の中どうにか次を紡ごうと喘いでいた。


「なんとなく、そこから先は想像がつく。悪魔だって嘘で、下らないいちゃもんをつけ、スカートを裂いた……そんなところだろう」


 彼は頷き、手のひらの下の辺りで目を擦った。


「なんかさ、おれ、あのときからスカートさ、ムリになっちゃった……」


 今回のターゲット名は『ウユユー・ティーチ』だ。名前がどうこうなんてことは、もういい。ボウイの話の印象では極度の嘘つきであり……。


 ……いや、自分だけで先に行こうとしない方がいい、か。


「俺が思うに、ウユユーはお前で一度、〝場の支配者〟になれた。それが暴走した原因だろう」

「場の支配者……?」


「自分の嘘を、みんなが信じてくれた状態……と言えば分かるか? まぁ、誰も本気で信じちゃいないだろうがな」

「いや、信じてたよ。みんなバカだし」


「なんというか、自分が優位に感じられれば他はどうでもいい、というかな……まぁ、そこは関係がないところだ」

「……じゃあ、アイツはなんでああなったの? なんであんな分かりやすいウソしかつかなかったんだよ」


「どうでもいいこと、ちょっとしたものであるほど嘘というものは信じられやすいんだが、その逆に行く者もいる。大きければ大きいほど信じられるはずだ、とエスカレートするんだ。だが誰も信じず、自分が言われればすぐ嘘と分かるレベルの虚言をぶちまけるようになる」

「……そんなことになんの? でも、なんかこう……」


「納得感がない、だな。周囲にいた奴らのことを思い出してほしいんだが、なんだって行動というのはエスカレートしていくものだ。そして行きすぎて、失敗する。普通の奴っていうのはそこで切り替えて、ほどほどで止めるなり、他の行動に移るなりするが、それができない奴もいる。ターゲットは、そういうタイプだろうな」

「エスカレート……。そっか。おれも、前オナのときはシコシコだけで大丈夫だったのに、今は先っちょ責めでオホ声潮吹きアクメしなきゃ満足できないし……」


「いま人を殺す話をしている自覚はあるか?」

「あ、あるよ。ちゃんと真剣に話してんじゃんっ。もー」


 セックスが日常になりすぎている。というか、淫語がスラスラと出てきすぎている。染まりすぎだお前……。


「とにかく、ソイツは自分が注目され、嘘が信じられる快楽に溺れてるはずだ。ある意味ではお前に依存しているとも言える。次にお前と会っても、やっぱり同じことを繰り返すだろうな」

「…………うん」


「つまり、お前なら誘い出すのも誘導するのもお手のものというわけだ。そうして出てきた所を、俺が殺す。この作戦でいいな」

「分かった。えっと、じゃあおれはどうすればいい?」


「いま言った通りだ」


 ボウイはキョトンとして、それから恥ずかしそうに上目遣いをした。


「も~。そんな上手くなんかできないって……。なんて言って誘えばいいの?」

「嘘でいい。例えば『仕返しするから何処其処(どこそこ)へ来い』だな」


「言っちゃうのそれ?」

「人が集まって、かつ確実にお前がいる状況となれば向こうから飛び付いてくるだろうな。重要なのは、お前が現場にいないことだ」


「じゃあ、どんな流れでそれ言う?」

「悪いが、そこはどうしても決められん」


「え、なんで?」

「事前に決めた流れが失敗したらどうする? 行動と違って、会話はいくらでもパターンがある。その全部に対応するのは無理だ。その場その場でうまく誘導してやる必要がある」


「……ぜったいムズいじゃん」

「初めは大変だろうが、じき慣れる」


「ホントかなぁ……。ねぇホントにだいじょーぶこれ?」


 ボウイは不安そうだった。ターゲットは依頼人にとって巨悪そのものだ。強敵だと錯覚し、強敵には最高の準備がなければと力み、失敗する。ボウイに殺させたくない理由のひとつでもあった。


「いいか、お前のすべきことは誘い出すことだけだ。それ以上をしようとするな」

「できねーって」


「ムカついたり焦ったりして殺そうとするなって意味だ」

「それは……」


 ボウイは顔をそらし、頷いた。


「だいじょうぶ……だよ」

「ある意味、お前にとって一番難しい仕事なんだ。無理だと思ったら引け」


「引かねーし。ナメんな」


 かなり意地になっている。やはり危ないか……?


 いや、ここで信じてやらないと、あとが余計めんどうくさくなる。


「分かった。最後にひとつだけ聞いてくれ」

「なに?」


「もし〝見逃そうと思う〟なら、誘導はせずにまっすぐ俺の元に帰ってこい」


 ボウイはまたポカンとして、それから、今までに見たことのないほど目を鋭くした。俺への殺意さえも宿っている。


 だがお前は知るだろう。現実とイメージには乖離がある。


 人は、思った以上に他人を殺せない。特に自分と関係がある存在はな。




 見逃そうと思う。その言葉が頭から離れず、ボウイは思わず舌打ちしてしまった。


「……なるわけねーじゃん……」


 アランのことは心の底から好きだった。だからアランの子を妊娠して、産んだのだ。まだ名前が決まらないけれど、アランとの愛の宝石を授かって、幸せの絶頂にいたのだ。でも、ああいう冷たいところが無ければな、とも思っていた。


 懐かしい道。あのとき以来、家の周りにさえ近づくことはなかった。この昼の時間なら、運が良ければ出会えるだろう。


 ウユユーを殺したくなくなるとは、いったいどういうことだろう。命乞いをされたら? 友好的に接してきたら? いや、まさか。そんなことで、人生を殺し屋業に捧げようとするほどの憎悪が無くなってしまうわけがない。


 愛してるのに、この復讐したいって気持ち、ちゃんと分かってくれなかったんだ……。先生の……アランのこと、分かんなくなってきちゃった……。


 ボウイはしょんぼりとして、その歩みもトボトボと頼りないものになっていくその矢先、急に元気を取り戻した。


 そっか。分からなかったのはきっと、初めての相棒だからだ。だってアランは仲間と一緒にって感じじゃないし、だからきっと慣れてないんだな。そこだけは、おれと一緒だ。初めてなんだ。初めてなんだからしょうがない。


 ……そっか。おれは先生の初めてを……。


 そう思った途端、ボウイの歩みが浮かんがばかりにフワフワとして、スキップが始まりそうになった。路地の捜索は思ったよりも捗り、たまに久しぶりの顔と出会えば、口を揃えて「本気で心配したぞ」と言った。そのたびにまた、足取りが重くなった。


 あの心配顔たちを殺したくなった。アイツの嘘に乗っかったクセに、心配した? どの口で言ってるんだ。自分に都合いいとこばっかだ。だけど手は出さない。ボウイはプイと無視して、また路地の捜索に戻った。本当に殺したいウユユーを始末する前に騒ぎになったらダメだ。


 そうして探し続け、日が傾き始めたときのことだった。ウユユーが道端で、ぼうっと立っているのを見つけたのは。


 まずボウイは「ヤバい」と思った。先に見つかると不味いなんて、そんなこともないのに反射的に身構えて立ち止まった。足音が止まったことに気付いたのか、ウユユーがこっちを見て目を見開いた。そして……無表情に戻った。


 それはボウイをウソで貶め始めるより前の、いつもの表情だった。


「ボウイ……」


 そしてボウイは、また「ヤバい」と思った。今度は明確に理由があった。


 あれだけ憎かった相手が目の前にいる。殺すつもりで探し当てた。それなのに――――。


 ――――自分のどこにも、殺意が無かった。


「あ……ウユユー……」


 まるで『お友だち』だった頃のように、名前を呼んだ。そのせいで、余計に焦燥や失望や恐怖が大きさを増して襲ってきた。


 殺しの障壁とは断絶(・・)だった。人は相手との接し方を一度おぼえたら、そのまま接し続けようとしてしまう。世の殺しが杜撰(ずさん)になる最も大きな理由は、それが相手との『初めての接し方』であるからだった。


 アランは直感的に理解していたが、当然、ボウイにはそれが分からなかった。


「お、お前さ、どうしてたんだよ」

「……それは……適当にやってたよ」


「オレ、あのさ。あの、ごめん。あのとき……」

「え……」


 ごく普通に会話をして、ごく普通に謝られた。


 頭が処理しきれなかった。イメージのウユユーと、目の前のウユユーに抱く気持ちと、これからしようとしていることが一致してくれなかった。


 お前が変わっても、世界が変わっても、おれの憎しみは変わらないはずなのに。


 本当に始末していいのか。ホントは許してたのかな。


「……オレさ。オレさどうにかなっててさ」


 でも、じゃあ、今までやってきたことは。


「お、オレほんとは……ボウイのこと好きでさ。だって、かわいくて……」


 いままでやってきたとは、どうなるんだ。


「ね。オレ、おこられたからもう、親とかに怒られたからもう、いいな?」


 おれ、もう、ひとりころしちゃった。


「な、なんで黙ってんの?」

「……わかん……ない……」


 小さすぎて、声帯が震えたかどうかも自分では判別できなかった。なのにウユユーは、安心したように笑った。


「だよな。い、いつまでも怒るわけないからな。終わり、じゃあ」

「え……」


「みんな心配してたんだけど。い、一緒にさ、行かね? 後で来てさ、おどろかす?」


 勝手に終わらされた。勝手に進められた。いつも通りだった。そこがウザいけど、でも遊んでくれるのはウユユーしかいなかった。


「ま、待ってだって……」

「なんだよ。なんでダメなんだよ」


「ダメって言ってないけど――」

「――じゃあいいんだろ。で、どっちにする?」


 分からなかった。言葉が浮かばなかった。どうしてまだ殺意が湧かないのか。今まで殺したかったのに。今だってムカつくことされたのに。まだ殺したいって思えないのか。


「……決められない? しょうがねーなー。オレが決めてやるよ。だって、友だちだろ(・・・・・)?」


 その言葉が出た瞬間に、急激に〝全部が一致〟した。


 そうだ。あの言葉。おれに脱げって言ったときにも言ってた。いやそこだけじゃない。おれに何かやらせようとするときには、ゼッタイに言っていた。


 ボウイの中で、ウユユーという存在が他人として組み立てられていく。あのとき偶然にも気持ちが爆発したから、ボウイは拒絶できた。だけどそうじゃなかったらどうなっていた?


 言うことを聞かせる魔法の言葉で、犯されていたに違いないのだ。


「……あのさ。ウユユー」

「ん?」


 気持ちなんか関係ない。


「それはそれで決めといて欲しいんだけど、後でまた会えない?」

「なんで? このまま遊べばいーじゃん」


 いま始末しないなら、コイツはまたやる(・・・・)


「用事があるからもう行かなきゃだから。でも、今日中にもっかい会いたい」

「…………」


 彼は怪訝な顔をしていた。


 ボウイは軽く握った拳を口許に持ってきて、腰を回しつつクネっと身体全体にカーブを作った。シュビントから習った、エロく見えるポーズのひとつだった。


「だって、おれも……ウユユーと会いたかったからさ……」


 ウユユーは口を間抜けに開け、股間がひとりでにモゾモゾと動いた。


 ――――きもちわるい。


「ぼ、ボウイあのさ……」

「やっべ行かなきゃ! じゃあ六時に大市場の上んとこのカフェ前な! 知ってるよな?」


「あ、う、うん。だけど……」

「じゃ、後で!」


 ウユユーの言葉を待たずに駆け出した。


 これで彼の死は確定した。だが、後悔の気持ちはわずかにさえ無かった。




 太陽は落ちきって暗くなりかけ、月が上がり始めている微妙な時間だった。殺しにはこれ以上無いほどちょうどいい時間だ。


 前の世界では車の免許を取るときにも学ばされるらしいが、薄暮(はくぼ)は暗さに目が慣れていないため、夜よりも見えない不思議な時間帯だ。そのために、目撃を恐れる犯罪全般が起こりやすい時間でもある。


 大市場を見て回り、モニュメントのように置いてある日時計が五時に近くなったので、移動を開始した。


 ターゲットの姿は事前に確認しておいた。それらしい影へ近づきつつ、姿、顔、形の全てに集中。同時に懐のナイフへ手をかけた。


 初めてのデートを待つ顔だった。ただ幼かっただけなのだろう。事が起こる前に誰かに教えてもらえば、人としての立ち振舞いだってできただろう。もしかしたら、自分の起こしたことを反省して、人らしくなったかもしれない。


 最後の一秒まで、すれ違うだけの他人を続ける。


 お前がどんな聖人になったところで、依頼人には関係の無い話だ。


 ――――トンっ。


 肩がぶつかった。表情さえ見ず、「ああ、ごめんね」とだけ言って通りすぎた。


 これで終わりだ。ナイフを出してから仕舞うまで、二秒。振り向かず過ぎ去り、角を曲がる。


 ただ家に帰るように、人とすれ違い、闇に沈む街へ潜っていった。少しの遠回りの後、ビスコーサの家へ。ビスコーサとウォス、そしてボウイの三人が出迎えた。


「……おわった?」


 ビスコーサもウォスも、神妙な顔つきで俺の返事を待っている。きっと依頼のことを話したのだろう。依頼人が自分から話すなら、それでもいい。


「ああ。問題なく始末した。これで、終わりだ」


 そうして、ボウイはホッと息を漏らし、それから息が濁ったと思えば、急に泣き出した。


「……よかった……。おれ……なんかぐちゃぐちゃになってて……だいじょーぶかなって、これでよかったのかなって、思っててさ……」

「イメージトレーニングは、ただ実行する手順の確認以上に効果がない。それが分かったか?」


「うん……」


 ボウイの頭の上でビスコーサとウォスが目を合わせ、頷き、ふたりでボウイを挟んで抱いた。


「ボウイたん。これでもう安心っすよ」

「ま、また不安になったら、その、わたしたちがいる……から。や、ヤなやつにどんなデスゲームやるかとか、そういう話ならいくらでもできるから……大丈夫……大丈夫だぞ」


 ボウイはただの子どもみたいに笑って、赤い顔をこっちに向けた。


「……ねぇ、先生」

「相棒じゃあないのか?」


「んーん。もっと、いっぱい教えてほしいことがあるから、もうちょっと先生って呼ぶ。それよりさ」


 二人のサンドイッチから抜けて、俺にも抱き付いた。そして見上げて来て、みぞおちに顎を乗せた。


「赤ちゃんの名前、決めたんだ」

「そうなのか。どんな名前だ?」


「……何となくなんだけどね、先生との赤ちゃんだって考えてたら、何となく思い付いたんだ」


 そして、にんまりと笑った。


「アルビダ。どう? いい名前でしょ」

「ああ、そうだな」


「にひひ。ありがと。……あれ」


 見上げる視線が横にずれ、俺の脇に抱えられた紙袋を見つけた。


「それって?」

「……その。お前の話を聞いて、なんとなく、な」


「話? おれの話って、あの……」


 説明より見せた方が早い。そう思い、袋から取り出した。


 ボウイが好きそうだなと選んだのは、巻き付けスカートだった。しっかりとプリーツが入っており、腰の半周だけを隠すハーフだ。


「まぁ、気に入らなければ誰かにやればいい」


 ボウイは驚いたり喜んだりはせず、夢でも見ているかのように手に取り、それから布の位置を合わせて腰の少し高い位置でベルトを巻いた。左足が隠れ、右の生足がその黒いスカートから伸びているのに、ビスコーサとウォスが生唾を飲んでいた。


 きらめく目で息を吐くように「だいじょうぶだ」と言って、首を降り、少女の顔が微笑んだ。


「あのスカートより……ってか、いちばん好き。……ありがと」




 ――――それで、家に帰ったら、殴られた。お父さんにも、お母さんにも。家族の恥だって言われた気がする。痛かった。もう家族じゃないって言われた気がする。


 でも、どうでもよかった。ずっと大事にするって思ってたのに、もう着られないんだって。ずっと考えてた。


 自分の部屋に戻って、ビリビリに破られたスカートを脱いだ。その瞬間にずっと言い合ってたお父さんとお母さんが急に黙った。


 なんだろうって思って、最初は下穿こうかなって思ったんだけど、もうどーでもよくって、脱いだまんまで見に行った。


 そしたら、お父さんもお母さんも殺されてた。家族が殺されるって、たぶんショックなんだと思うんだけどフツーはさ。でもおれは、なんか、死んでるの見てホッとしちゃった。


 それよりも、その時にいた殺し屋がジェーンなんだけど、あの服だったんだ。細い布を身体に巻いただけの、エッチなやつ。


 それ見て、カッコいいって思った。


 デザインがよかったんだけど、それだけじゃなくって、それをすっごい堂々と着てて、これが自分の服だぞって言ってるみたいで、こんなにカッコいい人っているんだなって思えた。


「ふん。運がなかったのぅ……」


 その後でやっと殺し屋だって気付いた。どうして殺人鬼とかじゃなくて殺し屋だって思ったのかなって、いま思ったらぜんぜん血が付いてなかったなかったからだと思う。


「のう、お主。目を閉じるがよい」

「ねぇ。依頼って、受けてる?」


「…………依頼だと?」

「うん。……あ、違う。じゃなくって、新しい殺し屋欲しくない?」


 そう言いながら、右手を見せた。


「この手で、殺すから」

「……ほう? 殺す道とは、いずれ殺される道よ。覚悟はあるのかのぅ?」


 ジェーンがおれの首にナイフを当てたんだけど、でも、あのときはほんのちょっとも動かなかった。動いたらダメなんだろうなって、なんとなく思ったから。


「入れてくんないなら、今ここで、あんたを殺すから」

「くはは……! 面白い。ならば名乗れ」


「ボウイ。ボウイ・ショレア」

「ほう。ならばボウイよ。来るがいい」


 それで着いていって、組織に入った。そのあとは、ジェーンにちょっとだけ習った。


 ……なんでちょっとだけだったって?


 だって、先生と会ったのって、あの一ヶ月あとだったからね。もうジェーンより先生との方が長いよ。


 もっと長い人はゼッタイいないんだから、ちゃんと全部おしえてね。せ・ん・せーいっ。

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