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貴いお方が裸同然とはどういう了見だ  作者: 能村龍之介
帰って来た殺し屋と15人前後くらいのハーレムの章
96/118

90 ふたりは殺し屋

「ありがとうございましたぁ」


 指輪屋の、愛想が良い鍛冶屋の声を背に、店を出た。自分の顔が青くなってないか不安になってしまうが、ソフィアには気付かれていないようだ。


 ……本当か?


 あれ……本当なのか?


「す~ごく悩んでましたね~。『いちばん似合うの』って……も~えへへぇへ……」


 ソフィアはトロけているが、こっちはそれどころじゃない。とりあえず、悩んでいることにして購入は先伸ばしにした。


 指輪はあんなに……値が張るものだったのか……。


 自分で買うのはもちろん、仕事(ころし)のために利用したことさえなかった。だから、婚約指輪と結婚指輪の二種類が必要とも、どちらも一本でちょうど金貨一枚――二十万円相当――の値段であることも知らなかった。


 恐らく、俺がいた世界のレベルまで技術が追い付いていないせいで、貴金属が気軽に手に入らない。それプラス、技術料だろう。一枚の金貨で一本の金の指輪を買うと言えば普通に聞こえるが、量が四分の一になる。それが二本なら、俺の懐はギリギリ耐えられる。


 だがハーレムは十四人。最低でも二十八本で、職がない奴が九人いるのでそれを肩代わりで勘定に入れると、四十六本で、金貨が四十六枚。


 つまり、プロポーズで一千万円弱が飛び、破産する。


 しかも早くプロポーズしきって結婚に漕ぎ着けなければ、ハーレムの人数が増える。その度に、金貨二枚が上乗せされていく。ハーレムの増殖が家計に直接攻撃してきた。というか結婚指輪が約二十五本ってなんだよ。指一本につき五本だと? 俺の左手はどうなるんだ。薬指に二十五本じゃないだろうな?


 クソ……どうすればいい。今の手持ちは金貨が四枚に、多少の銀貨と銅貨だけだ。勢いで買ってしまうと、奴隷商から情報を買う金が無くなる。


 ……奴隷商か。金の相談相手なら、これ以上はない。


「では、ソフィアさん。これから騎士団へ行くので……」

「はぁ~い……んふっ。行ってらっしゃい。あな……あの……アランさん」


 ソフィアは急に顔を赤くしたと思えば、走っていってしまった。


 バーに奴隷商はいたものの……。


「あ~~~なんとやらをすれば影が差すんだからぁもぉ~」


「そっちを略すのか……」


 奴隷商は濃い酒の入ったグラスを振り、少し飛び散らせながら頭を抱えていた。そのため息は酒臭い。死体の処理に追われて飲んでいたのだろう。


 ベルは怖がりになってしまったのか、俺が座るなりその隣に座って、抱き締めるくらいにくっついた。


「あのねぇ。何度も来たら困るって言わなかった? あのホフマンとかっていうトラブルを連れてきただけでもうウンザリだっていうのに、どうせまたトラブルを持ってきたんだろキミぃ?」


 この調子じゃあ、処理は上手くいかなかったのかもしれないな。彼女は彼女で苦境に立たされているか。


「わたしは情報屋だ! って言ってんのぉ。ターゲットに関する情報の購入じゃなかったらタダじゃおかないかんなぁ? はい。じゃあ用事はなに?」

「助けてくれ」


 彼女は完全に固まり、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、グラスを落とした。


「あ……溢れ……いや、え、キミ……」

「…………」


「ねぇキミ、いま……ねぇいま、助けてって言った? いや聞き間違いかなぁ。ねぇ聞こえなかったからもう一回さぁ」

「……やかましい」


「キミが何を助けてほしいだって? パパとの釣りの話題でも欲しいのかい?」


 ……なんというか。かなり、(はばか)れるな。


「…………。金が、ちょっとな」

「カネ? 自分の職業を忘れてないかい? 高給取りのクセ、なんだってそんな大金が必要になるんだい。いくら?」


「金貨が五十枚だ」

「五十枚!? ははぁ、ハーレム用に家でも買う気かい?」


「結婚指輪が……ちょっとな」

「…………ふふふふ。……あっははははは! ひ~……はははは!」


 気付いた瞬間に、抱腹絶倒。ヒカリほどに笑い転げ、すぐ隣の席に倒れ込んだ。


「はぁ~……。最高のニュースだ。いい気味だね本当。こんなに笑えたの久しぶりだよ」

「……なにか、金策はないか……」


 彼女は酒に濡れた服を少し気にしたが、軽く払うだけにして、両手で頬杖をついた。


「金策も何も、今まで稼いだカネはどーしたんだい」

「仕事のために毎回使い込んでてな」


「変な殺し方ばっかりするからだよ。まぁそのお陰で、大物ばっかり殺すくせ怪しまれさえしないみたいだけれどね」


 唇をアヒルのように突き出しつつ、俺の額を指でつついた。


「しっかしバっカだねぇキミは。金策もなにも、片っ端から仕事を受けて、どんどん殺せばいいんだよ」

「それをしなかったから、こうやって来たんだ」


「救うべき依頼人がいないから? じゃ、わたしの知ったこっちゃない。キミの助けたい依頼人とやらは、キミお得意の鼻で見つけるんだろう。ウチの奴隷ネットワークじゃあ誰一人引っ掛かりはしないよ」

「…………」


「金のためだったら殺したくないって顏だ。ホント、キミって父親に徹底的に似なかったんだね。仕事の姿勢だけで言えば、あっちの方が好みさ」

「なら、アイツと仕事をしてみろ」


 すると彼女はすっと口を結び、今までの盛り上がりが嘘のように大人しくなった。


「……イヤだね。絶対。それよりキミ、じゃあ特別にタダでいい情報をあげるよ。キミの近くに、依頼人候補はもういる。アリアンナから金を取ったくらいだから、そいつからも頂いちゃいな」

「ああ。それなら知っている」


「うん? じゃあ、どうして依頼を受けないんだい?」


 俺もまた、ため息をついた。


「まだ……迷っていることがあってな」




「どーすんの? 先生」


 森でボウイが、プラプラと退屈そうに言い放つ。早く帰ってヤりたいとしか考えてない顔だ。


「忍耐力のテスト、だ。新しい暗殺道具でな」

「新しい暗殺道具?」


 ボウイへ、バルカン国で手に入れたサイレンサー付きマグ弾リボルビングライフルを見せる。


 事前のテストで、百メートルにつき五ミリ。つまり一キロ離れていようが狙いから五センチ程度しかずれないという、とてつもない性能だと分かっている。この世界どころか、以前いた現世でさえこのレベルはなかった。まさにティア姫の執念という結晶だった。


 もっとも、マグ弾であるためそこまでの遠距離は難しいが、そもそも銃さえロクに普及していないこの世界では十分すぎる性能だ。


「コイツは銃だ。すごい勢いで鉄の玉を飛ばす装置だと考えてくれればいい」

「へ~。でも、この穴じゃ――」


「――覗くなッ!」

「え……ご、ごめん……」


 珍しくシュンとした顔で、涙目にもなってしまった。すまないが、これに関しては決して譲れない。


 殺し屋だろうが、安全管理もまともにできないなら銃を持つべきじゃない。それで病院送りになって足が付くハメになるなら死んだ方がマシだ。


「いいか。コイツの威力を見せてやる」


 そうして撃鉄を上げ、近くの木へと角度をつけて撃ち込んだ。反射はせず、木片を散らしながら幹へと弾丸がめり込む。


 それにはボウイも目を見張る。


「す……っご……。え、ハンマーとかでもこんなには……」

「そうだ。それだけの威力がある。お前が覗いたタイミングでこれが飛び出したらどうなると思う? 言っておくが、人間の頭は木よりずっと柔らかい」


 みるみる内にボウイの顔が青くなる。自分の顔がそうなるのを想像したのか、これを使われたターゲットがどうなるかを想像したのか……。


「俺の言うことを聞け。銃を持っているときのルールだ。一、ターゲット以外に向けず、できるだけ空へ向けておけ。難しければ地面へ向けろ。とにかく水平に向けるな。二、この引き金は撃つとき以外に指をかけるな。三、ちゃんと両手で持って正しい姿勢で撃て」

「う~……使えるかな……」


「力や技が未熟なお前だからこそ、道具の使い方をよく学ぶべきだ。今日はシカを仕留める。それまで帰さんぞ」

「仕留めるって誰が?」


「お前がだ」

「え? 先生は?」


「俺も仕留める。それで公平だと思うならな」


 ボウイは絶望の顔をしたが、すぐに何か思い付いた微笑みで半目になり、イタズラ少女の顔になって俺に引っ付いた。


「……トイレとかさ、どうしても我慢できなかったら、ここでするしかないんだよね?」

「そうだ。スナイピングをするときは、基本的に垂れ流しにする」


「だよね~。でもさ、先生がそばにいたらおれ、おっきくなっちゃうよ? お……アソコが」

「…………」


「おっきいとおしっこできないけど、でも早くトイレしないとダメでしょ? 構えられないじゃん?」

「…………」


「そのときは……目の前でシてもいい? せ・ん・せ・いっ」


 先生降りようかな……。


「ダメだ」

「えー」


「さぁ持ってろ」


 ボウイに預け、その姿勢を見る。意外にもちゃんと俺の観察をしていたようで、俺が持っていた通りに銃身を持った。左手側に立てて、右手で銃身を保持する。


「この道具は他の殺し屋に見つかるわけにはいかない」


 言いながら、さっき撃ち込んだ穴にナイフを入れ、弾丸を取り出した。まだ少し熱い。


「……マリーにも?」

「ああ。マリーにも、だ。練習で何回かは使うが、本当に必要なときまではなるべく持ち出さないようにする」


「でもさ、こんな強いの隠すのなんかさ……。マリーはよくない?」

「よくない」


「むー……。先生、ちょっと冷たいとこあるよね。ぜんぜんエッチしてくれないし……」


 話し相手が殺し屋だって忘れてないか? 普通に彼氏と会話しているつもりだったのだろうか。


 銃を受け取りながら、ボウイに銃身をしっかりと見せつける。


「それだけの価値がある。奥の手中の奥の手だ。町で持ち歩くときも、ケースに入れて隠しておけ。絶対に裸で歩くなよ」

「せ、先生、そのことなんだけど……」


「どのことだ」

「こないだお自野と露出プレイで裸になって歩いてたら見られちゃった……」


「言うことを聞いてたか?」

「うん。だからもう裸では歩かない。その場でするだけにする……」


 相変わらず話が通じている感じがしない。ひょっとしたら俺の方が会話が下手なのだろうか。なんだかそんな気がしてきた。


「……スナイパーのやることは簡単だ。遠くから、ターゲットを撃つ。命中したら一気に逃げる。以上だ。質問は?」

「んーん」


「よし。行くぞ。まずは咄嗟の狙撃の練習だ。どれだけ待っても、撃てる瞬間が僅か数秒しかないことはざらだ。ターゲットを見つけ次第撃て。俺が手本を見せる」


 ふたりで、森の奥へと歩いた。


 そして四歩目で、引き金を引いた。


「え?」

「よし。仕留めたぞ」


「どこ?」

「向こう、奥だ。あの一番太い木の側に倒れているだろう」


「……それどれくらい奥の木?」


 三百メートル程度だが、そもそも見えないか……。訓練が必要だな。


「まずは、目を鍛えるところからだな」

「木もまだ見つかってないんだけど……」


 一緒にその木の根本までいくと、シカが一頭、力なく倒れていた。頭からは血。


「……あの距離で当てたの? え? 見えてたの?」

「ああ。訓練でどうにでもなる」


「どうにでもなる気がしないんだけど……。おれ、双眼鏡とか欲しい……ってか銃に付けられないの?」


 いきなりスコープの発想が出るとはな。ボウイの想像力は中々のものだ。


「ってか先生」

「ん?」


「じっと狙って撃つって話じゃなかった?」

「…………」


「っしゃ。じゃー撃ち直し、じゃん? 今度こそお手本――」


 撃った。六百五十メートル先のシカに当たった。


「仕留めたぞ。ちゃんと立ち止まってた。構え方も見ていたな?」

「そんなぁ……」


「お前の番だ」


 銃を渡す。彼は自信なげに周囲を見渡し、一頭を見逃し、二頭目に気付いた。


「いた……!」


 ボウイは銃を構える。教えてやろうかと思ったが、やはり彼の構えは俺のものをキッチリとトレースしていた。


 そうして引き金を引く。そのとき銃口がぶれ、弾はあらぬ方へと飛んでいった。


「いや当たんないってゼッタイ。先生ゼッタイおかしいって」

「訓練でそれくらいはどうにかなる。良い構えだったが、もっと押し付けるイメージで肩にストック……銃の尻を当てて、頬をしっかりとくっ付けろ。引き金を引くときは手の全体に力をいれず、人差し指だけを絞るイメージだ」


「ほんとぉ……?」

「動かないものから試そう。あそこの木の枝を見ろ。ちょうどいい感じに、葉っぱが一枚だけついているだろう」


「え、どれ?」

「あれだ」


「枝とかいっぱいあんじゃん」

「葉っぱが一枚だけなのはあれだ」


「………………どれ?」


 二百メートルでもキツいか……?


 まずは五十メートルにしよう。そうだな。それがいい。


「ちょっと待ってろ」


 歩幅で測って、五十メートル先で土に枝を刺して立てた。頂点には葉がひとつあり、ちょうどいい的だ。


 そうして戻る。


「じゃあ、ここに腹這いになれ」

「……エッチじゃん」


「は?」

「いや、言い方がエッチでよかった」


 言いながら腹這いになった。その隣で、同じ方を向いて同じ姿勢になる。


「いま枝を立てたのは見えてたな?」

「うん」


「その頂点の葉っぱを狙え」

「え、頂点に葉っぱ?」


「あるだろう」

「ないよ?」


「見てこい」

「いや無いって。うっそだー」


 言いながら起き抜けに駆け出し、枝を確認して、ちょっと怒った顔で戻ってきた。


「ちっっっっちゃ! ほぼつぼみじゃん!」

「ちゃんと撃てば当たる」


「さすがにウソ。ぜってーあたんねー」

「手本を……」


 俺が言いかけると、ボウイは銃を身に寄せて腹這いになり構えた。


「手本はいいのか?」

「……ぜってー当てるじゃんだって」


「そうだな。それじゃあ、まずは人指し指を絞る練習からだ」

「ん」


「この距離だったら、当てたい相手よりわずかに下を狙え。手を動かすなよ。しっかりと握った上で、人差し指だけを引き絞れ」


 そうして、ボシュッと放たれた弾は、葉のわずか数センチ横を通り抜けた。


「ど、どーなった?」

「良いセンスだ」


「当たった!?」

「いや、かなり惜しかった」


「……外してんじゃん! もー」

「最初から完璧は無理だ。それが、ちゃんと構えて撃つところまでできた。上等だ」


 彼は頬を膨らませ、足をパタパタと煽るように動かした。


 その足を叩く。


「いてっ。なんで!?」

「狙撃の基本は、ほんの少しも動かないことだ。寝相よりもな」


「どれくらい?」

「数時間」


「え~……」


 やれやれ……狙撃に向いてないな。となれば、動く獲物を撃つ練習をさせるか。


 基本の狙撃においては、相手が止まる瞬間まで狙いを定めたまま待つ。そのせいで、相手が見えているのに撃てないことが何度もあり、結果、長期戦となる。


 だが、そもそも動いているときに当てられるレベルになれれば、そんなことは関係がなくなる。問題はそのレベルになるまで、かなり時間がかかるということだ。


「ボウイ」

「ん?」


「そろそろ聞かせてほしいことがある」


 立ち上がり、土を落とした。彼も同じように立つ。


 銃を預かり、少し離れた地面に置く。うっかり蹴って暴発もまた、危なっかしい。


「どしたの?」

「あの話の続きじゃあないが、お前が殺したい相手のことでな」


 彼は目を見開き、それから、何度かのまばたきをした。


「なにが知りたいの?」

「決めてくれ。殺さないか、俺が殺すかをな」


 俺の都合だけじゃあない。これはいつか決めなくちゃいけないことだ。だから、悪いが今聞かせてもらう。


「え……? そ、それって、どーゆうこと?」

「そもそも、どうして殺し屋がいるか考えたことはあるか? もちろん、依頼人が『自分の手で人を殺す』という一線を越えさせないための、汚れ仕事という面もある。だが、それよりも重要な面がひとつ」


 それは、至ってシンプルであり、至って、現実的な問題だ。


「恨みがある人間を殺せば、足が付きやすい。だから代理で始末する」

「それは……なんで?」


動機(・・)があるからだ。疑われて探られたら……案外簡単にボロが出る。プロの殺し屋だって、完璧じゃあないんだ。疑われない、自分に関係のない殺しだからこそ成り立っているとも言える。つまり、お前が望む殺しは――」

「――あ。めっちゃムズいって……こと?」


 ボウイは絶望に近い顔で呟いた。しかしすぐに気を取り直して、笑顔になった。


「あ、でもさ、騎士団の一番はアリアンナじゃん? じゃあ、逃がしてくれるじゃんか」


 確かに、そもそも警備の最高機関である騎士団のトップがアリアンナなのだ。であれば、簡単に揉み消せる。


「悪いが、そんな甘い殺ししかできないのであれば、俺が殺し屋にはさせない」

「え……。そ、そんな……! なんで? いいじゃん。だって使えるものは何だって使うんでしょ?」


「便利すぎるものがあると、依存する。依存すれば腕が落ちる。ナイフ一本だけしか使えない。アリアンナにも頼れない異国で、次は誰に泣きつく気だ?」

「…………」


 彼は押し黙り、今にも泣きそうな顔でうつ向いてしまった。


「それに、子どものこともある」

「え? ……あの子が、どうしたの?」


「あの子を育てながら、殺し屋業を続けていくつもりか?」

「それはそうだよ」


「自分が殺し屋であることを、教えるのか」

「うん」


「良い手だとは思えんな。その子が人殺しを嫌っていたら、どうする」

「それは……悪い殺しばっかりじゃないんだぞって教えたらいいじゃん」


「殺しは悪いことに決まっているだろ」

「…………え?」


 彼は予想外とでも言いたげな顔をしていた。


「じゃあさ、先生はなんで殺し屋になったの」

「殺すことでしか下ろせない荷があると知ったからだ。だがな、殺しという手口を使う以上は悪事だ。子どもがそんな悪人を憎む人に育ったら、どうする。自分の子に通報されるかもしれないんだぞ」


「でも……」

「ただでさえ協力者でもない存在に自分の生活リズムを……」


 ホフマンが全く同じ台詞を言っていたのに気付き、思わず口を止めてしまった。


 ……いや、アイツは関係ない。ただの一般論だ。いちいち頭に出てきてくれるなよ。


 ボウイはそれを不思議そうに見つめていた。


「……生活リズムを知っている人間は、裏社会の人間にとっては脅威だ。それで家族を始末した奴がいるくらいだからな」

「……それは、そいつおかしいよ」


「そうだとしても、脅威であることは変わらない。殺し屋になるなら、自分の子には死んでも教えるな。お前の子どもにさえ、事実を伝えられないんだ。それに耐えられるのか?」


 彼の肩に手を掛け、ただ見つめ合う。ボウイの殺気という匂いは、未だにすり減ることもなく漂っていた。


「それでも、納得できないか」

「……当たり前じゃん。なんのために殺し屋になるって決めたか言ったじゃんか! そーいう奴でも殺せれば一人前なんでしょ!?」


「一流の殺しができるなら、な。ところで聞かせてくれ」

「なに?」


「どう殺す?」

「首を締めて、腕と脚を切る」


 即答だった。憎悪に呪われ、どう殺すかをシミュレーションし続けている依頼人には珍しいことではない。


「相当な出血だろうな。お前に血が付くだろう」

「ナイフを当ててから、なんでもいいから布を被せればいーんだよ」


「なら、その布を用意しないとな。どこでどんな布を買う?」

「大市場で、飛び散らないように分厚いのを」


「他にも、柄のものとか、薄いものとかもあるが……」

「へへん。引っ掛からないよ。分厚いのだけを多めに買う。じゃなきゃ血が漏れちゃうでしょ」


「不正解だ」

「え……」


 自信満々の顔が、あっけに取られた。


「ただでさえ、お前みたいな子どもが布を買い漁ったら顔を覚えられる。大市場でもな。それが、同じ布を一気に買い占めるとなると店主は不審に思い、お前のことを忘れないだろうな」

「……じゃ、じゃあ、色んなの買うよ」


「それだけか。なら不正解だ。店を分け、小分けにして買え」

「…………あ!」


 彼は思い付いた表情で、丸い目をさらに丸くさせた。


「あるよ、バレない布。ソフィアのウール――」


 言い切る前に頬を叩いた。


「……!? なん……」

「ソフィアを、危険に晒す気か」


「そ、そんなつもりは……。じゃあ大市場で買うよ! それでいいんでしょ!」


 余裕も消えて、怒りばかりに支配されている。


「ああ。それから犯行後に、血の付いた布はどうする」

「……それは、ちゃんと別の布を用意しといて、それに包んで……」


「不正解だ。答えは、死体の元に放置する」

「だ、だって、それじゃ……。証拠を残すなってジェーンが言ってたよ」


「場合による、とも言っていたはずだ。血なまぐさいものを持ち運べば、移動中にバレる。そこで捕まって、手元には血まみれの布。来た道を辿れば死体だ」

「……残った証拠でもおしまいじゃないの?」


「警備が色んな店に聞きに行くだろうが、小分けにして買っているから、ひとりひとりは覚えちゃいない。もしここで分厚いものを一種類だけにしていたら、一発で顔が割れる」

「…………だって……」


「殺す瞬間はどうする」

「…………」


「お前は手足を切るといった。まぁ、復讐なら中々いい方法じゃないか? だが殺しの仕事ならゼロ点だ」

「…………」


「お前は分かっちゃいない。お前の望んだ手口は全て、〝相手が生きているからこそ意味がある手口〟だ。拷問と何も変わらん。お前の想像の中で一度だって、俺が教えた方法を活用したか?」

「それ……それは……。その…………」


「聞かなくてもわかる。想像での殺す瞬間は、長ったらしくやってるとな。お前がなろうとしているのは、殺し屋じゃない。ただの人殺しだ」

「そんなの……そんなの変わんないじゃんどっちも……!」


「そうか? なら思い出してみろ、何百回もやった想像のことを。殺してから先のことを、考えたことは?」

「…………」


「せいぜい二から三割ってところだろうな。殺すまで(・・・・)が最も大事で、そこから先は適当だ。そこが、プロとアマの違いだ」


 ボウイは追い詰められ、怒りさえなくなっていた。


「お前の理想とする殺しは全て禁止。三秒以内に始末して即座に立ち去れ。それが必須なほど難しい殺しだ。私情を挟めば、もう無理と言ってもいい」


 あるのは絶望。願いが叶わないと分かった者の顔だった。


「だからもう一度聞く。殺し屋として――――どう殺す」

「……だって……だってぇ……」


 しゃがみこみ、いくつもの涙を地面へと落とした。


「……選択肢は、俺が殺すか、殺さないかだ。自分でやるというなら、あと百人は殺せ。それからなら、許してやる」

「百人って……どれくらい……?」


「何年か、もしかしたら十年は後だな。俺がプロと認めるまでだ」

「…………そんなの待ってられない……」


 しゃがむボウイの肩に手を置く。


「すまない。だがお前が捕まるのを、黙って見過ごすわけにはいかない。だから、凄腕になるのが待ちきれないなら、代わりに俺が殺す」

「…………」


「直接殺せない代わりと言ってはなんだが……なんだ」


 やはり、まだ迷っている。依頼人自身に、殺しを手伝わせるのは。


 だが考え方を変えれば、ボウイは初めての協力者ということにもなる。何度か見学もさせた。


 ……腹を決めるか。


「手を貸してくれないか……〝相棒〟として」


 涙に濡れた顔がバッと上がり、それから腕で涙を拭いて俺を見つめたと思えば、目付きを鋭くした。


「……それホント? そう言って誤魔化そうとしてない?」

「本当だ」


「これ終わったら終わりとか、二、三回でポイとか……」

「ない。相当脚を引っ張らない限りはな」


 疑いが晴れていくのが、鋭さを失ってきらめき始めた瞳で分かった。


「…………やった。……え、やった!」


 今までの暗さが嘘のように跳ね、小躍りまで始めた。


「もー言ったからね! 言っちゃったからねっ! やーりぃっ!」

「……喜んでいるところ悪いんだが、先に決めておくことがある」


「ん~? なに?」


 さぁ、一番の問題だ。


「取り分についてだ。依頼人からは金貨五枚を取るが、それを成果で分けるべきだと思う。お前はどうだ?」


 ボウイはただ、きょとんとしていた。


「え、ぜんぶ先生でしょ」

「いいのか?」


「だって結婚するんだし、どっちが貰っても一緒じゃない?」

「いや、仕事の成果として、どう貰うかは重要……」


「そんな細かいこと、こだわんないの! そのかわり、あとでおこづかいちょーだい? ア・ナ・タ……ん~」


 ボウイは言ってからいまいちな顔をして、俺の手を握ったと思えば、愛らしい少女の顔で首を傾けた。


「あ・い・ぼぉっ! にひひ」


 これで、ボウイとは表でも裏でも相棒になるのか。やれやれ……。


「ああ、それと、今回の殺しの料金だが……」

「え? ……え、ウソ。料金って……」


「料金は料金だ。依頼する以上は貰うぞ」


 ボウイのテンションがスッと下がり、手を離して、冷たい目で俺を見た。


「人としてどうかと思う」

「は、話は最後まで聞け。今回はお前も働く以上、値は下げる。金貨三枚でいい」


「取るんじゃん……」

「相棒だからってお互いに殺してほしいヤツをタダで殺し合う気はない。それに……」


「それに?」

「アリアンナから取っておいて、お前から取らないわけにはいかないだろ」


「それは……」


 彼は考え、口を尖らせた。


「んも~……。分かったよ。じゃあ、ちゅーして?」

「なんの『じゃあ』だ」


「それで許したげる。これ以上おいしー話ないよ? あ、満足するまでね?」

「…………分かった分かった」


 仕方ないのでしゃがんでキスをしてやる。ボウイは一瞬で息が荒くなり、なにか嫌な気配がした。


 十秒かそこらで、痙攣し始めた。


「おい」


 キスをやめる。ボウイのショートパンツに突起ができていて、ちょうどその先端から白い液がにじんで垂れるところだった。


「…………ごめん……出ちゃった……んひひ……」

「コンビ解消の覚悟はいいか?」


 ライフルを広い、家の方角へ向かうと、慌てて着いてきた。


「どっ、ちょっ、ごめんごめん! もうやんない! もうやんないからぁ!」

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