89 警告、告白。
泣きじゃくるベルをバーテンとあやしていたら、どうにか誤魔化しておくと奴隷商に追い出された。仕方ないので、いちど家へと戻ることにする。
……その前に、ついでにステイシーたちへ顔を合わせるか。父が来たことを知らせることが、おそらく今も監視している父へ『仲間はここにいるが、もう警告はした』というメッセージになる。
夜の塔でルイマスたちは、いつだか賢者テラリスが住んでいたほぼ最上階で過ごしていた。
「「「しぃ~……」」」
入るのとほぼ同時に、ステイシーとルイマスとモーニングスターが人差し指を立て、静かにするよう圧を掛けてきた。その中心には、赤ん坊をくるんでいると思われる布。
そろりそろりとステイシーがやって来て、ふたりで二階分降りる。このもうひとつ下で、いつかドゥカと出会ったんだったな。
「赤ん坊が寝たばかりなのか?」
「そうです。で、なんで左の頬が真っ赤なんですか。もしかしてハーレム崩壊でしょうか。ワクワク」
「いや、残念ながら別件だ」
「けっ。崩壊の暁にはみーも呼んでください。一大『いべんと』記念として、みーも叩くので。ワナワナ」
「悪くないかもな……」
一気に物事が崩れるとき、それくらいのことが起こったほうが清算された気がしてすっきりするかもな。
「わざわざ来るとはどうしましたか、アランさん。ハテナ」
「ちょっと待て。……ガーベラ」
呼ぶと、元気よく「は~いっ!」と返事をしながら現れた。
「「しぃ~……」」
彼女へ静かにするよう人差し指を立てた。
「あ、ご、ごめんね。どうして?」
「上で赤ん坊が寝てる」
「あ、いまお昼寝の時間か~。そっかそっか」
そして彼女も、「しぃ~」と指を立ててみせた。こっちがなにもしなくても楽しそうなやつだ。
「それでそれで、なんのご用?」
「また厄介な奴が来たから、警告に来た。俺の親父で殺し屋だ」
「そうですか。ずいぶんベタですけど、あのポンコツの仕業ですか。ハテナ」
「そう。あの女神の仕業だ。かなり厄介なヤツだから、絶対に関わるなと言いに来た」
するとガーベラが体を傾け、低い位置から顔を覗いてくる。
「……お話とかも……」
「ダメだ」
「そっか……」
「言っておくが、近付くのもダメだからな。遠くから見るのも禁止」
「そ、それは厳しすぎない?」
「そうでもない。俺にとっての、お前の母親だ」
「……そっか。分かったよ」
スッと真剣な顔つきになったと思えば、素直に頷いた。これで通じるのはありがたいものだ。俺の父親と平行世界の俺、どっちの方がマシなんだろうな。
「殺し屋というのは何でも使うが、アイツは特になんであろうが利用する。ターゲットが結婚式の参列席の一番端に座ったら、リングボーイに爆弾を仕組む。……というか仕組んで、もろとも吹っ飛ばした」
「り、リングボーイって、指輪を運ぶ男の子だよね? ウソでしょ。なんでそんなヒドいことできるの?」
「できるヤツだから殺し屋なんだ。それを知って関わるのは、使い捨ての仕事道具にされにいくようなものだ」
「じゃあ、アランさんもそうするの?」
「いや、俺の正体を知らない間は手出ししない」
「じゃあ、知ったら殺すの?」
「……場合による」
「あ、やらないヤツだ」
ガーベラが笑った。表情が微動だにしないステイシーは、かわりに口許を手で隠す仕草をした。
「ハーレムキモキモ太郎ですが、そういうところはちょっと良いヤツ感出しますね。ニヤニヤ」
「ね~。アランさん、そーゆーとこ殺し屋さんに向いてないって思うんだ」
「やかましい」
警告しに来ただけで、二人に嫌な捕まり方をした。その助け船か、あるいは逆か、神父もやって来た。
「別れてすぐやって来るとはな。どんな用事だ?」
「かなりヤバいヤツがこの国に来ている。俺の父親で、同業者だ。お前は教会の用事で城を出入りするだろうから、特に気を付けてくれ」
「ああ、ひとり分増えていたのは感じていた」
思わず眉間をつまんだ。そうか。お前、異世界人をなんとなく感じられるんだったな。
「それを先に言え」
「ふつう、同じ異世界から何人も来ることはないからな。お前が終わったら、別件で始末する予定だったのだ。それで……その者の名は?」
「本名は俺も知らない。本人も、都合良いように名前を変えているだろう」
「息子ではないのか? お前は」
「……当時は『お父さん』と呼んでいたからな」
彼は肩をすくめる。
「名も分からず、歳は恐らく六十かそこらだとして……。顔も分からぬ相手をどう警戒すればいいと言うのだ?」
「悪いが、関わる者全員を警戒しろ。心を許しそうになる相手ほど目を光らせるんだ。お前なら、なんとなく分かるんじゃないのか?」
もともとは異世界人を排除する役割で、上手く取り入って殺す辺りは同業者と言っても差し支えない。同じ手口なら、感付けるだろう。
「それより楽なのは、罠にはまることだ」
「殺されても生き返るから、か。良いアイデアとはいえ……。洗脳というものは怖いぞ。変えられた考え方は、死んで解けるものでもないからな」
「む……。フン」
彼は顔を背け、鼻を鳴らした。
「さて、これで用は終わりだ。俺はもう……」
「ち……ち……ち……」
階段から嫌なカウントダウンが聞こえてきた。来る前に帰ろう。
「うーっ、チンポぉおおおおおっ!!!」
無理だった。もうルイマスが居た。
「子どもが寝てるだろ」
「いかなる用とてチンポ以上のことはなぁあああい! チンポ出せぇええええ!」
またガーベラから嫌な気配がした。いわゆるアレルギー反応だが、少年少女に絡まれる度に彼女の好感が下がっていく音がする。
せめて話題を変えるか……。
「そういえばこの塔の名前、知ってるか?」
「しらなぁああああい!」
「ファスティウスの塔らしい。そこの神父いわくな」
彼を見れば、苦々しい顔が待っていた。
「あの神話、お前が広めたんだったな。ずいぶんと史実と違うようだが」
「し、仕方あるまい。これが我が主に信仰を集めようと試行錯誤した結果。人間とは、壮大なる物語でもなければ支配者の後光に気付くことさえないのだ」
「お前のオリジナルストーリーの結果、あの教会のバカみたいな像が生まれたんだろ」
史実とかなり違う女神像だが、そもそもその神話をでっち上げたのがこのモーニングスター神父という天使だ。
つまり、神が巨乳と伝えた張本人というわけだ。
「ゆーノ……シワザ……ダタノカ……。ジロ」
ステイシーの方がアレルギー反応を示した。本人たちには悪いが、性に対してまともな反応をしてくれるだけで、まだ自分が正気なのだと分かってホッとしてしまう。
「むぅ。どういうわけか、あの方が受けが良かった。最初はキチンと主の姿を伝えていたのだがな……」
彼はおもむろに、懐から聖書を取り出す。何度も読み込まれた跡として本の側面――親指で押さえる位置がボロボロになってしまっていた。
「面白い方に傾く人間どものせいで、もはや原型がない。読み返して確認せねば設定が抜けてしまうのだ……」
「伏線とかメモしない系の小説作家か何かですか。信者の方が詳しくて困ってそうですね。シラー」
「実際に困っているのだ、それで。熱心なのはいいが、私がいつ言ったかも覚えてないセリフを一瞬で引き出して来て、知識をひけらかさないで頂きたいものだな」
俺から振っておいてなんだが、聞くほどなんとも言えない気持ちになってきた。
この世界で死後の世界の証拠として信じられて語り継がれている物語は、その信者たちにウケることを狙って書かれたフィクションでしかないというわけだ。信じるべきものより、信じたいものの方が歴史に残るのだな。
「神父。この世界では、死んだらどうなる?」
「どうなるもなにも、情報資源のために分解して消滅し世界へ還元される。良く言えば『次の人の魂となる』だろうが、そうと伝えようとしたら記憶も消えてリセットされるなら消えるのと変わらないとウケが悪かった」
「そうか……」
「殺し屋のクセに、死ぬのが怖い口か」
「いいや、どっちかといえば……」
ソフィアたちが。自分の口からそう出かかって、頭が真っ白になった。
俺が誰かの死を恐れた? 考える限りで最悪じゃあないか。殺し屋廃業ってだけならまだマシだ。
こんなに分かりやすい弱点を抱えたときに、ホフマンがやって来たというわけだ。
「……殺し屋?」
「い、いや、なんでも……」
ガーベラがニヤニヤとしながら、肩を擦り付けてきた。
「ひょっとして、ソフィアさんたちのこと答えようとした~? ね~ね~アランさ~ん」
「してない」
「意外とアツアツなんだ~。素直になればい~のに~」
「お前そういうことを言うヤツだったか?」
「……えへへ。ふざけすぎ?」
ついでのように抱き付いてきた。甘えんぼうなのは分かった。
「……そういえば、あの赤ん坊はどうなった。獣人の」
「あー。えっと……えーーーっと……」
表情から急に暖かさが消え、言葉を考え始めた。見るに、元気だったルイマスもうつ向いている。
獣人の形を定め、この先に不幸な命を生まれさせないと意気込んでいた二人が沈黙した。その意味は……。
自分で見た方が早い。
四人を置いて、階段を上がる。
「ま、待ってアランさん!」
そして二つ上の部屋へと入り、足音を殺しながら、部屋の中心のくるまれた布を覗き込む――。
――布の中には、安らかな表情で眠る人間の赤ん坊がいた。いつか見た、遺伝に失敗した醜い赤ん坊とは見違えるようだ。
……どういうことだ? 振り返ると、四人が入り口で人差し指を唇の前に立てていた。そっと戻り、また階段を下りる。
「見た目には成功しているようだが、何が問題なんだ?」
二つ下の踊り場に着くなり切り出すと、ルイマスとガーベラが気まずそうに顔を合わせる。ガーベラの方などは、その獣の耳を伏せてしまっていた。
そうか。獣人としての命を決めようとしたのに、完全に人間の姿になってしまったということか。
「いや~……あの子は……」
「やれやれ。みーが説明しますよ。ヤレヤレ」
やれやれを二回言いながらゾンビが出た。
「アランさん。例の子はひとつ下の階です。ババーン」
「なんだと?」
ひとつ下……。セクサロイドのドゥカと出会った階だが……。
……滅茶苦茶イヤな予感がする…………。
早足に階段を下りて踊り場へ。ドアを開ける。
目の前に、この世のものとは思えないほどに美しいキツネの獣人が、裸にシーツをまとって眠っていた。
俺に気付いて目を開け、手をついて身を起こしたと思えば、すごい破顔した。
「うぁ~わぅ~うゎうぃ~えへへはは」
ドアを閉めた。そうして階段を上がり、部屋へと戻る。石のレンガの床に、ルイマスとガーベラが正座して待っていた。
「アランさん。ごめんなさい……」
「ごめぇええええん!」
「謝罪はいい。それよりどうしてあんなことになったんだ」
「成長の過程でどうなるかから逆算して遺伝の組み合わせを決めて、命が壊れないように育つプロセスを決めたのはいいんだけど……」
「成長のある一点ではなくて全部あの姿になっちゃったぁああああ! ミスったぁああああ!」
「人の命でミスるな。早く治してやれよ」
「実はそれでちょっと問題が……」
「問題?」
「オーブの魔術でやったのは情報のレイヤーマスクじゃあああ! 完全なる書き換えとは異なるが被せた後に変容させるとコアとなる魂も歪められてしまうぞぉおおお!」
「だったら、新しいマスクを作り直してやればいいだろ」
「一度被せた者はどうもできぃいいん! あの子は美女スタート美女エンドの人生じゃああああああ!」
「なんてことを……。名前さえ決まってないだろ」
この世界では、一生言うことのなかった言葉がポンポンと出てくる。「なんてことを」も人生で初めて言った。
要するに、優雅な相貌の成人女児だった。中身ジジイの次は、中身赤ちゃんとか何かの悪い冗談だろ。何かの要素をコンプリートしようとしてないか。
あの瞬間の印象で言えば、人懐っこくて甘えん坊。何より美女……。うちのハーレムが喜びそうな要素が揃っていて非常にまずい。
「いいか。絶対にソフィアたちに知られるなよ。絶対にだぞ。いいか」
「う、うん。分かった……」
「はぁああああい!」
せめて、今のシャーリーくらいの歳になるまでは隠し通さないと……。絶対にハーレムに入れてたまるか。
……待てよ。下にいたのがあの獣人の赤ん坊だったら…………。
「おい、じゃあ上の赤ん坊はなんだ。あれはどこの子だ」
「あれはボウイ君の赤ちゃんだよ」
え?
「え?」
え?
天井を見上げた。
そういえば、あの赤ん坊の髪の色はボウイと同じ色合いの黒だった。
……え?
「……あ、聞いてなかったの?」
「産んだとは……聞いたが」
「うん。それ」
「うんそれじゃないが? ……温泉帰りのときか?」
「そうって言ってた。なんだっけ、『せんせーの赤ちゃん生まれちゃった』的な……」
いやこの現実はおかしい。ボウイは想像妊娠だったし、なにより男だ。処女懐胎なんてレベルじゃないぞ。帝王切開でもなければ、どこからどう生まれると言うのだ。
「そんな馬鹿な話があるか。温泉に行く前に会ったときは腹は膨れてなかったぞ。どこかから盗んできたに違いない」
「ぼくもそう思って、調べてみたの、これで」
彼女は合掌し、その両手を開く。手と手の間に透明のフィルターが出来て、その向こうのガーベラはまだらのヘドロに犯された姿だった。
今まであまり気にしていなかったが、あのヘドロの部分は平行世界の俺の成分なのだろうか。どれだけ邪悪なんだ。逆に気になってくるな。
「二人の成分が一致した以上は、確かにボウイ君とアランさんの子供みたいなんだ」
「嘘だろ。獣人どころの騒ぎじゃないぞ。おと……」
男と男の子供。そう言いかけて、目の前にいるガーベラがまさにそうであると思い出した。獣人の少年と俺じゃない俺との子どもだ。
「幻覚……幻覚ではない……のか?」
「この世界は、情報だけで成り立ってるんだ。四次元時空における情報とは異質のね。だから、幻覚が現実になる現象も否定できない。この世界における魔法や魔術で十分な情報量が確保できれば、あとはひとりにとっての現実を、みんなにとっての現実にシフトさせる。理論的にはできるかも? ってレベルの話だけど……」
目眩がした。そんなバカなことがあるのか。セックスしてないのに子どもができたなんて。
「……ところで、ボウイはちゃんと世話に来てるのか?」
「うん。すっごく優しいお母さんの顔してた。その……エッチなことばっかりしてるけど、あれなら任せてもいいと思う。たぶん」
「そうか。すまんな、預かってもらって。子ども二人の世話はは大変だろうが」
「だいじょーぶ。ボウイ君も、おうちだと騒がしいからって言ってたし」
変に分別がついてるな、アイツ……。
「じゃあそろそろ俺は行く」
そして子どもたちを残し、ルイマスと共に塔を下りた。
次の日、目を覚ますと朝からハーレムメンバーが大集結していた。ソフィア、アリアンナ、ボウイ、ビスコーサ、ドゥカ、ルイマス、フローレンス、お自野、茂美、シャーリー、ウォス、ヒカリ、シュビント、マリーの十四人が、狭いソフィアの家に詰め込まれたようになっていた。
ルイマスの用事について、なんとなく想像がついた。
もしかして……ハーレム解散か?
「お、お待ちしてました……あ、おは、おはようございます……」
ソフィアがガチガチに緊張しながら改まった。
これは……ハーレム解散だな?
「おはようございます。で、どうしたんですか? みんな集まって……」
「ちょ、ちょっと来てほしいんですけど、いいですか……」
そうしてゾロゾロと皆が外へ出た。どうやら別の場所で話すらしく、少し歩いた。
ハーレムメンバーからは幸せがにじみ出ている。
やっぱり……ハーレム解散の流れだな?
…………。
………………。
……やめてくれぇ………………。
着いたのはローズマリー王国の城壁の側、草原と王国の境目だった。門は少し遠く、ソフィアの家からまっすぐ城へ向かってくれば、かろうじて見える位置だ。
見るからに何でもないところだが、いったいどうしたのだろう。性欲モンスターたちに連れてこられたこともあって、かなり嫌な予感がする。ついでみたいに犯されないか?
「アランさん。ここ、分かりますか?」
ソフィアがそう言いながら、あるところに立って言う。他のメンバーは、どちらかと言えば興味深そうに辺りを見回していた。
「ここに、こうです。よいしょ」
ソフィアは草の絨毯に横になる。それでようやくピンと来た。俺は気を失っていたから分からないが、彼女にとっては最初の、思い出の場所か。
「ここ、もしかして……」
「そうです。私がアランさんを見つけたところ、なのです!」
ここで俺は拾われた……か。思えばあのバカの女神が俺を誘拐したせいで、こんな妙な世界での生活を余儀なくされたんだな。
「ここで倒れてたんですね、僕は」
「そっから前の記憶は、どうですか? あれから、思い出せたことはありますか?」
「いえ、何も……」
「そっかぁ……。気になりますけど、しょーがないですねっ。ねぇ……。はぁ~……。ね?」
ソフィアは緊張がえげつなすぎて、顔色が真っ青だった。後ろでハーレムたちが「頑張れっ」なんて言っている。
ダメ元で……ハーレムの解散を宣言しないか?
「あ、あ、アラ……アランさ……」
「どうかしましたか?」
「………………」
ブルブルと震える手で、小さな箱を取り出した。高級チョコだろうか。高級チョコって言え。
元は塔で、俺から言い出したことだ。しかしそれは『泣き顔を見たら殺したくなる、全生命の命綱』から気をそらさせるためだった。だが結局その一回では全て解決せず、バルカンへ渡り、そこでハーレムが五人も増えた。
なぜこっちの話ばかりトントン拍子に進むのか。
小箱の蓋が開いた。案の定、黄金の輝きを持つ、ストレートタイプのリングが出てきた。
結婚指輪だろう。
「ほ、ほんとは金って女の子に送るやつだけど、わたぁ……アランさん……私はアランさんに似合うと思ったから……」
……この状況まで来たら、あがくのも無理、か。
いよいよ殺し屋引退か。いや、まだ分からない。少し考えてもみれば、ハーレムに魔王がいる時点でハーレムは守るべき存在でもなんでもない。むしろ俺の方が守られる立場かもしれない。
さらに言えば、ハーレム十四人のうち俺が殺し屋だと知っているのはソフィアとフローレンスを除いた十二人もいる。
残りの二人が受け入れてくれるならば……。
いや、やっぱりどう考えても十四人は多くないか?
「け、結婚してくださいっ! アランさん!」
二六の瞳が一斉に俺を見る。どう転んでもノーと言える状況ではない。
「……はい。ソフィアさん」
指輪を受け取り、左手の薬指へとはめた。本当はめでたいもののはずが、その黄金色が悪魔の瞳と同じで、見えないアイツがどこかで笑っているような気さえした。たぶん気がするだけではない。
「よ、よかったぁ~!」
そんな気分の一方で、ソフィアをはじめとしたハーレムたちは喜んだり、ソフィアを抱き締めたり、拍手したり、ともあれみな幸せの真っ只中だった。
お気楽なものだな……。
「そーだ、アランさん。実はみんなで決めてたことがあって……」
「決めてたこと?」
「そーなんです。やっぱり、結婚って大事じゃないですか」
「はぁ……」
「なので、式を挙げたら『〝恋人はもう、増やさない〟』ことにしました……」
背筋が伸びるのを感じた。気付けば身体が動き、ソフィア両手を取っていた。
「はぇ……?」
ソフィアを抱き締め、口づけを交わす。
「わ……はぁ……」
「式が待ちきれません、ソフィアさん。待ちきれないのでもう行きませんか。結婚式」
「や、やぁ……まだドレスとか式場とかの……準備ぃ……ありましてぇ……」
「そうですか……ではなるべく早くにお願いします。僕はいつでも準備できていますので……」
「はい、あの…………はい」
俺の手から離れたソフィアは、腰砕けでアリアンナの肩を掴んでよりかかる。
「そういえば、他のみんなはどうするんですか?」
その質問には、アリアンナが得意気になって答えた。
「実は、皆が貴様と出会った思い出の地で、順番にプロポーズをしようということになってな……」
町中でこの痴女軍団に囲まれながらプロポーズ? 正気か?
というか、それだと――茂美あたりで地獄のバルカン大陸に戻らないか?
「いや、それはちょっと……」
「む? 問題でもあるのか?」
「ほら、旅費の問題もあるので。それより、他のみんなは一緒に指輪を買いに行きませんか。一人一人でいいので……」
背に腹は変えられない。下手に遠征したらハーレムが増えかねないからな……。
しかし、思ったよりも良いアイデアだったのか――十中八九はこっちの都合の良いように解釈しているだけだが――みんな頷きあい、合意の目を向けてきた。
「そうしよう。まずはソフィア姫の分だな」
「ええ。そうですね。それじゃあ、行ってきます」
ソフィアの手を取り、皆を背に門へと向かう。
彼女はただ微笑んで、俺の腕をしっかりと抱いていた。
自分でも驚いたことに、それが嫌とは全く思えないのだった。




